Interview 18

2004年9月、アメリカから『妄想代理人』について

「Gamestar」という雑誌からのインタビューのようです。

Q1:TVシリーズを監督するのと、映画を監督するのとでは違いはありましたか? どちらの方がやりがいを感じますか? もう一度TVシリーズをやりたいと思いますか?

基本的に私は「面白い作品」を作ることが目的であって、それが映画であれテレビであれ、媒体はあまり問題ではありません。作っている最中は映画でもTVシリーズでも同じようにやりがいを感じますし、何よりどちらも楽しんで作っていました。
無論、テレビシリーズに比べて予算やスケジュールに余裕のある劇場作品の方が、より制作者の意図を徹底させられる分、肌理の細かい作りが可能ですが、その分制作時間がかかるというデメリットもあります。どんなものにも長所短所はあるものです。
私がTVシリーズ『妄想代理人』を企画したのは、表現したいアイディアが沢山溜まっていたという理由もありますが、劇場作品では不可能な連続物の面白さを狙ったためです。TVシリーズでしか作れない面白さを目指したつもりです。次回が待ち遠しくなるような物語を作りたかった。また13本それぞれを異なったテイストでシナリオをまとめ、複数の演出家で担当することにより、多様性を実現したいという狙いもありました。どの話数をとっても間違いなく『妄想代理人』という作品でありながら、同時にまるで別な作品のような味わいを持っている、そんなシリーズを目指していました。
『妄想代理人』は私にとって初めてのTVシリーズでしたので、短いスケジュールで作ることや各話の担当スタッフとの意志疎通において上手く対応できなかった面もありますが、思っていた以上に面白い作品になったと思います。なので、『妄想代理人』で得たノウハウや教訓を活かして、将来的に私はまたTVシリーズを作ってみたいと思います。

Q2:妄想代理人という作品のきっかけとなった現実の出来事はありますか? 少年バットに実在するモデルはいるのですが?

直接的にモデルとなったような事件はありませんが、狂言による事件は現実に起こっています。私がテレビや新聞を通じてそうした事件に触れた際、「なぜ被害者のふりをしたのだろう?」「狂言にどんなメリットがあったのだろう?」と考えていたことが『妄想代理人』という作品に繋がったのだと思います。
「少年バット」にも特にモデルはありませんが、日本で一時期「ノックアウト強盗」といった類の事件が連続して起こったことがあります。バットなどでいきなり人を殴りつけて金品を強奪するという事件です。最近でも自転車やスクーターに乗った強盗や通り魔の事件が起こっている。そうした事件からヒントを得ているとは思います。

Q3:他の登場キャラ(フィギャーデザイナー、レポーターなど)には、実在するモデルとなった人物はいるのでしょうか?

彼らにも特にモデルはありませんが、少年バットと同様に現在の日本の世相は投影されていると思います。
1話に登場するうさんくさいレポーターは、現在のマスコミの下品な在り方を皮肉を込めて投影したものですし、フィギュアにのめり込んでいる男はネガティブな意味でのオタクを象徴させようとした人物です。
2話の小学生は現代のリアルな小学生やいじめの問題を描こうとしたわけではなく、自分の周りでも見られる大人社会の縮図を小学校という舞台で描こうとしています。
3話に出てくる女性の家庭教師は、数年前日本で起きた事件にヒントを得ています。昼間は優良企業で働いていたOLが夜は繁華街で売春を続ける、という二重生活を送っていて、結局そのOLは殺害されてしまい、この事件は一時期マスコミを賑わせました。優良企業のエリートOLと娼婦という相矛盾するイメージが人々の関心を呼んだのだと思います。
また4話に登場する悪徳警官は、最近の日本における警察内部の腐敗をカリカチュアしたものですし、5話に登場する少年バットの模倣犯も、子供の価値観に溢れて大人がバカにされる傾向にある日本の風潮を皮肉に描くための装置としてイメージしていました。
このように、どのキャラクターにもモデルはいませんが、モデルとなるような事件や世相や風潮がイメージされていました。

Q4:ビデオゲーム、映画、アニメ等が、現実に起きている暴力事件の原因として取り上げられる事は多々ありますが、監督はどのように思いますか?

映画やアニメなどの表現が、実際に起きる暴力事件に影響は与えることがあっても、本質的な動機にはなり得ないと思っています。暴力の本質的な動機はそれぞれでしょうから一概には言えませんが、問題なのは暴力を振るおうとする欲求を自制できないことにあると思います。
今年、日本の長崎で痛ましい事件がありました。小学校高学年の女子児童がクラスメートの女子をカッターで殺害したのです。それも学校内で起きた事件です。この事件の背景にはインターネットでのコミュニケーションと、暴力を扱って話題になった映画があったため、暴力とビデオゲーム、映画、アニメ、インターネット等といった「バーチャル世界」の影響についてマスコミでも大きく取り上げられ、識者などがもっともらしい言葉を並べているのを目にしました。「バーチャルな世界と現実を子供たちにどう対応させていくのかを検討して行かねば」といった意見です。
間違ってはいない意見なんでしょうが、私はつい笑ってしまいました。『妄想代理人』1話に登場させたコメンテータそっくりだったからです。私はこのコメンテータを「何も分かっていない人」というイメージで描いていました。
だいたい「バーチャル」と「現実」を分けて捉えているという前提自体がおかしいと思っています。元々「バーチャル」な世界が「現実」を映す装置として機能していたかもしれませんが、それらはすでに一体化してどちらがどちらを映しているのか不可分な性質になっています。「現実」とは「バーチャル」が込みなのです。
暴力事件の理由を「バーチャル」の世界に押し込んでおけば事足りると考えている「常識人」の在り方は深く疑った方がいいと思っています。
子供にしろ大人にしろ、暴力への欲求はあるものです。相手を支配したいという欲求や感情だって根は一緒でしょう。たとえ一瞬であっても「こいつブッ殺してやりたい」という鋭い感情が生まれることは誰にでもあると思います。そう思うこと自体は仕方のないことでしょう。
こうした暴力への欲求は誰にでもあるという大事な前提が抜け落ちていると、暴力への欲求が生まれてしまったときにどう対処するかを子どもたちに教えられる筈もない。そうして育ってきた人間は対処を学んでいないわけですから、感情が行為に直結しやすくなるのも無理はない。
鋭い感情や激しい感情が湧いて、それを具体的な行動に移す間で歯止めが利かなくなってしまう原因にはこうした背景が大きく影響していると思います。
社会化された大人というのは、そうした鋭い欲求や感情を理性や道徳や倫理で相対化し飼い慣らすことが出来る存在だと思います。誰にでもある暴力への欲求を安全に晴らすための装置の一つとして映画やアニメやビデオゲームがあるという言い方だって出来ると思います。スポーツでストレスを発散させることが健康的で、アニメやビデオゲームで快感を得るのが不健康と捉えるのは差別といっていいでしょう。
余談ですが、少年バットを真似た事件が現実に起こるかもしれないという可能性は我々スタッフも制作中から考えていました。なので『妄想代理人』の企画の当初から、作品内に「模倣犯」を出して、それが本物の少年バットに無惨に殺される、というアイディアを考えました。つまり「少年バット」の影響すらも作品内に閉じこめてしまおう、という考えでした。半分冗談ですが、半分は本気でした。

Q5:「サイコロジカル・スリラー」と形容される事が多い監督の作品ですが、劇中で現実と妄想の境界線が曖昧になることが多いのですが、これは監督特有の「スタイル」確立を意識した意図的なものですか?

現実と夢や幻想を混交させることはとても面白い手法だとは思っています。私の初監督作品「パーフェクトブルー」でそうした手法を使って以後、それを楽しんでくれるお客さんも多いようなので意図的に使っています。それが自分の演出のスタイルだと思っているわけではありませんが、大きな特徴だとは思っています。それに現実と幻想を完全に分断して考える態度は、生き方としても好ましくないと思っています。我々が生きる現実は実に多層的であり、他人から見れば夢や幻想であっても、ある個人にとっては他ならない真実であることも多いでしょう。私はそうした捉え方をしたいと思いますし、人間と人間を取りまく重層的な状況や環境を描いて行きたいと思っています。

Q6:監督の作品は、巨大ロボットや、魔法を使ったバトル、といった多くの日本のアニメにみられるSF的なものを避けているように感じるのですが、なぜですか? そのようなSF的な作品を試してみたいと思う事はありますか?

SF的なものを無理に避けているわけではなく、私はそうした「よくある」題材にあまり興味を持てないというだけです。それに「よくある」ものを私が作ったところで「よくある」ものが一つ増えるだけのことですから、私が敢えて作る必要はありません。もちろん私が作れば他の方のものとは異なった作品にはなるとは思っていますので、面白い題材があれば将来的に作ってみたいという気持ちもあります。
私は常に「一般的」という基準を疑う目を持つよう心がけています。私の価値観がもし常に「一般的」であるなら、作品を作って人前に出す必要がありません。一般的ではないからこそ作る意味があると思います。
私は他の同業者が見向きもしないようなアイディアをこそ好みます。
「東京ゴッドファーザーズ」の物語そのものがよくそれを表してくれていると思います。「東京ゴッドファーザーズ」のストーリーが動き出すきっかけは、「ゴミ置き場で赤ん坊を見つける」ことです。「ゴミ」はいわばアニメーションの同業他者が不要として捨てたアイディアであり、私はそうしたアイディアのゴミ置き場から私がすばらしいと思うアイディアを拾ってくる、といえると思います。

Q7:なぜ役者や舞台セットを使った実写映画ではなくてアニメーションなのですか?

私には、舞台芝居や実写映画といった別な表現方法を選択する余地は最初からありませんでした。私にとっての主な表現手段は「絵」であり、私が日本語を使うのと同じように、意図を伝える上で絵による表現に慣れているのです。私は絵を描くことが大好きであり、絵が私の言葉なのです。
私は実写を撮りたいと思ったことはありませんし、撮ることに憧れてもいません。舞台芝居も同様です。アニメーションがもっとも気に入った表現方法です。絵描きの私にとって、アニメーションはコントロールもしやすいですし、私の意図も表現しやすい。
私は実写という表現手段を使ったことがないのでよく分からないですし、よく知りもしない表現手段を自分の思うようになるまで修得する時間が勿体ないということもあります。何しろ私がいまの絵を描けるようになるまで40年(現在私は40歳です)かかっているのですからね。私はその技術に自信とプライドを持っていますし、その技術があるからこそアニメーションを作っているのです。

Q8:私は個人的には「東京ゴッドファーザーズ」が大好きなのですが、自分が監督した作品で一番好きな作品はどれですか?

私が監督した作品は3本の劇場作品とTVシリーズ『妄想代理人』、合わせて4本ですがどれもそれぞれ印象深く私にとっては大切な作品です。どれが一番、ということはありません。『妄想代理人』を生み出すには「東京ゴッドファーザーズ」が必要だったでしょうし、「東京ゴッド〜」が生まれるには「千年女優」が不可欠だったように、私は作品単体ではなく作品の流れを何より大事にしています。
ただ「東京ゴッドファーザーズ」はこれまでの作品の中で、質的にもっとも高いレベルでまとまっていると思えますので、その点で一番好きな作品といえます。

Q9:現在のアメリカのアニメーションはどう思いますか?

正直なところ私にはよく分かりません。アメリカのアニメーションについて自分なりの意見を語れるほど、数を見ていないからです。
ただ、アメリカのアニメーション映画はほとんど2Dから撤退して3Dアニメーションに移行しているようですね。TVアニメーションはまた別の状況があるのかもしれませんが、ディズニーにしろドリームワークスにしろ2Dアニメーションはもう作らないのではないかとすら思えます。
3Dアニメーションの方が多くの人々に抵抗なく受け入れられやすいという傾向はあると思いますし、確かにアメリカでは3Dアニメーション作品に面白い内容(3Dという手法の面白さは別にして)の映画が排出されているようにも思えます。
しかし少々疑問も感じます。3Dのアニメーションなら面白いものが作れて、2Dでは出来ない、ということはないなずです。面白いアイディアやストーリーはどのような表現手段であれ良い作品になり得る可能性を持っています。
アメリカで3Dアニメーションが主流になっている原因には、従来的な2Dアニメーションの制作システムが不必要なほどに肥大化して人件費等が莫大なものになってしまった等々色々あると思いますが、現状多くの人に支持される3D作品があるということは、単に面白いアイディアを生み出せる才能が3Dアニメーションの世界にいるということではないでしょうか。あるいは3Dアニメーションなら予算が確保しやすいという事情が多くの才能を呼び集めることになっているのかもしれません。
私自身は今後も2Dアニメーションを続けて行くと思いますが、3Dアニメーションに対する興味も膨らみつつあります。新しい技術を取り込んで行くことは非常に大切だと思います。しかし同時に、新しい技術を自分のものにするために必要な膨大な時間を考えると、慣れ親しんだ技術に磨きをかけながら一本でも多くの作品を作ることも大切に思えます。
また2D3Dといった手法の違いはともかく、アニメーション作品が目指している方向性が、ドリームワークスやディズニーなどアメリカ製のそれと、日本製のものとではアニメーションそのものに対する考え方も随分違うと思います。なので同じアニメーションといっても日本製アニメーションとアメリカのアニメーションはまったく違う性格を帯びているのではないかと思います。
アメリカの映画業界でも日本のアニメーションに注目しているなどといわれることもあるようですが、しかし実際にアメリカで日本のようなスタイルや方向性でアニメーションが作られたことはないでしょうし、これからもそういう可能性は低いように思われます。
逆に日本でアメリカのアニメーションのような方向でアニメが作られることもないと思います。そうした明確な違いがあるから棲み分けも生まれるでしょうし、異なった文化であるからこそ相互に刺激や影響が生まれるのだと思います。

Q10:最近観た映画で素晴らしいと思ったものはありますか? また、期待している映画は?

最近映画はほとんど見ていませんが、湯浅政明監督の劇場アニメーション『マインド・ゲーム(MIND GAME)』は非常に面白かったです。作画の魅力に溢れた映画でした。海外でのリリースにも期待したいと思います。
まだ見ていませんが、現在やっと日本で公開が始まったマイケル・ムーア監督の「華氏911」は非常に期待しています。見るのが楽しみです。

Q11:監督の次の作品について何か教えて頂けますか?

現在、劇場用アニメーションの新作に着手したばかりです。私のオリジナル作品ではなく、小説を元にした映像化です。私が以前から大変興味を持っていた作品で、また私はその作家を非常に尊敬しています。
内容は「夢」を題材にした作品だという以外はタイトルなどもまだお知らせできません。再来年には公開になると思います。楽しみにしていて下さい。