Interview 05
1998年2月 アメリカから「パーフェクトブルー」に関するインタビュー


1)大友克洋氏と一緒に仕事をするようになったきっかけは何ですか?

 元々私は漫画家としてデビューしまして、短編や連載漫画を発表する一方、時折大友氏の「AKIRA」の連載を手伝ったりしておりました。アニメーション に関わるきっかけとなったのも、やはり大友氏の縁です。氏が企画・脚本を担当した「老人Z」という作品の美術設定・レイアウトとして参加しました。以来漫 画とアニメーションという二つの業界で仕事をしております。

2)「メモリーズ」での今さんの担当された仕事は何ですか?

「MEMORIES」のうちの一編、「彼女の思いで」で脚本・美術設定・レイアウトを担当していました。脚本という仕事は経験がなかったのですが、大友氏の以来で脚本に携わることになりました。

3)「パーフェクトブルー」の監督になられた経緯は?監督になられたのは大友氏の意向ですか?

 原作「パーフェクトブルー」の小説家・竹内氏が映像化を思い立ち、その企画が巡り巡って私のところに届けられました。原作の小説は読んでいないのです が、原作に近い形のラフプロット読んだところ、私には向かない内容の話でした。「アイドルの女の子が、彼女のイメージチェンジを許せない変態ファンに襲わ れる」というもので、出血の描写も大変多く、映画「パーフェクトブルー」よりも、もっとストレートなアクションホラーと言ったストーリーでした。
 この依頼があった当時、私は漫画の連載を抱えて大変忙しかったのですが、プロデューサー及び原作者にお会いして話を聞きましたところ、映像化に当たって の内容の改変は構わないという約束も頂き、また「初監督」という魅力に負けて無謀にも引き受けることにしました。企画協力として大友氏の名前はクレジット されておりますが、私はこの「パーフェクトブルー」という作品制作において、氏とは一度も会っておりませんので、大友氏の意向で私に監督依頼が来たわけで はないと思います。

4)もともとアニメーションファンでいらしたのですか?もしそうなら、どのアニメ(映画もしくはTVシリーズ)がお好きでしたか?

 アニメーションは好きで、高校生くらいまではテレビ・映画ともよく見ておりまして、「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」「機動戦士ガンダム」などの作 品に熱中したものです。宮崎駿監督作品「未来少年コナン」なども好きでしたし、「ルパン三世・カリオストロの城」などはアニメーション、というより広く映 像を学ぶ意味でも大変参考にさせてもらいました。

5)「パーフェクトブルー」のストーリーはどなたのアイデアですか?今監督ですか?大友さんですか?脚本家ですか?

 原作小説があったわけですが、前述したとおり映画とは随分違った内容です。
 映像化に当たっては「アイドルが主人公であること」「彼女の熱狂的なファン「オタク」が登場する」「ホラー作品であること」という大枠をはずさなければ、監督のやりたい方向で構わないということでした。
 そこで、まず「映画・パーフェクトブルー」の中核となるモチーフを見つける必要があったのですが、その部分は脚本家に依頼するわけにはいきませんし、やはり監督の私が自分で見つけなければならず、いたく苦労いたしました。
 原作のモチーフを使って、全く新しいストーリーを作るような気持ちでアイディアを出し、過去に漫画用に考えていた様々なアイディアを引っぱり出して形 作っていきました。そうする内に「周りの人間にとって「私」よりも「私らしい存在」が、主人公の知らぬうちにネット上で生み出されている、というアイディ アが出てきました。
 その存在は主人公にとって「過去の私」であり、ネット上にしか存在しなかったはずのその「もう一人の私」が、外的な因子(それを望むファンの意識)やま た主人公自身の内的な因(過去の方が居心地の良かったかもしれないと思う後悔の念)によって、その「過去の私-もう一人の私」というものが実体化し、それ と主人公自身が対決するという構図が生まれ、そこで初めてこの作品が「映像作品」として成立するという確信を得ました。
 先程原作小説のストーリーを「アイドルの女の子が、彼女のイメージチェンジを許せない変態ファンに襲われる」と要約しましたが、「アイドルの女の子が、 急激な環境の変化やストーカーに狙われるうち、彼女自身が壊れていく」という風に考えることにしたのです。

6)上記の3人で脚本を書かれたのですか?それとも、脚本ができあがってから、今さんがプロジェクトに参加されたのですか?

 前記の答えでも分かると思いますが、大元のアイディアは私が考え、それを村井氏が脚本化し、私と原作者、プロデューサーをまじえて更に練り込んでいきました。話のプロットやシナリオに大友氏は全く関わっていません。

7)制作期間は?その制作期間は他のアニメに比べて長いのでしょうか。大きな予算の映画ですか?何人の人が制作に参加されたのでしょうか。

 私が企画を受け取ってから3年弱、脚本が上がってからは1年半程です。最近の劇場用アニメーションとしては短い方だと思います。もっとも当初はビデオ作 品としてのスタートでしたので、分相応ではないかと思いますし、予算的にもビデオ作品の規模です。
 劇場作品としては、期間的、予算的、あるいはスタッフの数としてもかなり小さな枠です。制作に関わった人数というのは、私にも把握できません。動画・仕 上げといった、特に人の数を要するプロセスは殆どが韓国のスタジオに発注しておりますので、私が顔を見なかったスタッフの方が多いのです。

8)作曲家はどのようにして選ばれたのですか?(サウンドトラックの出来はいかがですか。)

 レコード会社がタイアップで入っていたので、そちらの方で探してもらいました。どういう仕事をしてきた作曲家なのか全く分からなかったので、BGMのイ メージなどは私が持っているCDからピックアップして伝えました。テクノやアンビエント・ミュージックを考えておりましたが、意志の疎通に大変苦労しまし た。
 サウンドトラックに関しては成功したとは言えません。制作状況の悪化なのか制作管理者の怠慢のせいかは分かりませんが、私がOKを出していないものが「完成品」とされてしまっているからです。

9)このプロジェクトに大友氏はどのように関わられてのですか。氏のされた仕事は何ですか?

 前述したように作品内容には全く関わっておりません。原作者がアニメ化の企画を持って回っていた頃に、大友氏がアニメーションの業界事情などを原作者に教えたりした、ということだそうです。

10)このストーリーは何かにヒントを得て作られたのでしょうか?ダリオ・アルジェントの作品に影響されたのでしょうか?

 他のインタビューでも何度か聞かれたのですが、あいにくダリオ・アルジェントという監督の作品を私は見たことがありませんし、どのような作品を撮ってお られるのかも知りません。このストーリーの基本になったのは、無論原作小説ではありますが、「核」となったアイディアは前述したように、私が以前漫画用に 考えていたアイディアでした。

11)声優をどのように選ばれましたか。メインの声優は誰でしょうか?せりふは撮影の前に録音されたのですか?

 主役の声優はオーディションテープを聞いて決めました。20〜30人いたと思いますが、何度も聞くうちに際だって聞こえた「岩男潤子」さんにお願いすることにしました。
 セリフは撮影後に録音しています。といっても極端な制作状況の悪化から、フィルムが全て揃わない段階でのアフレコとなってしまい、声優さんには大変な迷 惑をかける結果となってしまいました。色が付いているカットは全体の2〜3割、他はアフレコ用に作った間に合わせのカットを繋いだ状態です。
 当然演出側としても細かい注文を出せる状況ではなかったのですが、声優さんたちの努力で随分と助けていただきました。

12)プロジェクトに参加しているクリエーターの名前は?

「クリエーター」という言葉の意味を計りかねるので答えることが出来ませんが、クレジットを見れば分かることかもしれません。

13)パーフェクトブルーは日本のアニメーションとしてはユニークな作品なのでしょうか?

 その通りだと思います。内容的にこれまでのアニメーションが扱わなかったものですし、描写の方法もポピュラーなものではないと思います。
「パーフェクトブルー」は日本のアニメーションのムーブメントにのって生まれてきた作品ではありません。従来ならアニメにそぐわない、あるいは前歴がない という理由で通るはずもない企画が「偶然」取り上げられ、変わったものを作りたがっていた私の元に「偶然」舞い込み、巡り会った脚本家と私の趣味が「偶 然」近しいものであった、という幾重にも重なった「偶然」で生み出された作品だと思います。
 その後の完成までの劣悪な制作状況などを思い出しましても、あまりの「偶然」の多さに目がくらみ、背筋がぞっとします。よくも完成したものだと思います。制作期間後半の日々の方が、作品よりもよほど「ホラー」でした。

14)この作品に関わられたクリエーターの方たちはホラー映画ファンでしょうか?今監督は映画ファンですか?もしそうなら、どんな種類の映画がお好きですか?

 原作者の竹内氏はホラー映画のファンだと思いますが、他のスタッフには特にそういう傾向はないと思います。私自身はホラー映画も、映画の一ジャンルとして捕らえている程度で、特に思い入れはありません。
 映画は好きでよく見ます。忙しさから、ついビデオで見ることが多いのですが、話題作から過去の名作まで何でも見ますし、好きな監督など挙げればきりがあ りません。特に好きな傾向の映画というと、TerryGilliamの「THE ADVENTURES OF BARON MUNCHAUSEN」やJean-PIrreJeunetの「THE CITY OF LOST CHILDREN」のような、ファンタジーの形を借りて「リアル」なテーマを浮き彫りにするようなスタイルの作品です。

15)殺害シーンはレーティングを考慮して、控えめに演出されたところがありますか?日本人は血なまぐさい映画(ゴーリームービー)にたいしてどのように反応しますか?

 特に控えめにしたつもりはありません。
 あれ以上に執拗にすると、暴力描写自体が目的になりかねませんし、あれ以下に押さえるとそれらのシーンが表現するべき「感情」が弱まるような気がしました。
 お客さんの中にはそういった描写に対し拒否反応を示す人たちもいるでしょうが、簡単に人が死んだりするより、暴力の重みや痛さを表現することも大事だと思います。

16)この映画のターゲット層は?SFやファンタジーアニメーションのファンが多いと聞いていますが、そういった人たちにも受け入れられるでしょうか。

 ターゲットをことさら考えて作っていたわけではありません。それはいつものことですが、「自分が見たい物」を作ることしか考えないのです。
 この作品がどう受け取られるかはまだ分かりませんが、アニメファンに限らず「今までにないもの」を見たいという欲求は誰にもあるはずですし、また逆にそういう今までの尺度では測れないものに対しての拒否反応もあるかもしれません。
 受け入れられるかどうか、私も楽しみにしております。
 
17)日本で劇場公開されましたか?その反響はいかがでしたか?

 この質問に答えている現在、東京の2つの劇場での公開から一週間ほどしか経っておりませんが、現在のところ反響は思った以上に良いみたいです。日本各地 での公開が終わってみないと、本当の反響というのは分からないでしょうし、更にアニメーション作品の成功というのはビデオやレーザーディスクの売り上げに よるところも大きいので、現段階では何とも申し上げにくいです。

18)「パーフェクトブルー」を通して描きたかったテーマは何ですか?

 この作品では日本の芸能人やそれを取り巻く業界人、あるいはファンという特殊な人間たち、またストーカーや殺人といった極端な事件なども扱っております が、テーマとしていることは、そのレベルの大小はあれ、誰にでもある成長に伴う「心の揺らぎ」であると思っています。
 新しい状況に立たされたとき人は少なからぬ不安を抱きますし、更にストレスが加わっていくと仕事や対人関係、日常生活すらも思うに任せなくなることがあると思います。
 そんな「心の揺らぎ」といったものを描くために物語の前半で「確固とした日常」を描き、そして事件・事態の進行に伴いその確固だった筈の「日常が壊れて いく」というプロセスを描く事で彼女を表現したつもりです。壊れていく彼女の日常の、目眩にも似た「酩酊感」を味わっていただければ、この作品を作った者 として大変嬉しく思います。

19)今監督の次の作品は何ですか?

 ある意味で変わった作品の「パーフェクトブルー」が世間的に受け入れられ商業的にもうまくいけば、こういった傾向の作品の企画も通りやすくなるかもしれ ません。私としては「パーフェクトブルー」を土台にして、更に「変わった」作品を作りたいと思っていますが、内容的なことはまだ申し上げることは出来ませ ん。

20)今監督はマンガ家出身ということですが、今までどんなマンガを書かれましたか?

 一言でいうにはあまりに難しい質問ですが、「リアルな日常とファンタジーの融合」を目指した作品を描いていたつもりです。達成できたかどうかは別問題だと思いますが。

21)日本映画(実写)の現状は?また、アニメーションの現状は?(例えば、よく劇場公開されるかどうかなど)

 日本の映画産業がテレビの隆盛に押され、またハリウッドの大資本による大作の魅力に対抗する術もなく、その活性を失って久しくたちます。
 そんな中、低予算ながら自由な発想の元にアクションやスペクタクルやロボットを描け、セットも組まずにいかなる世界でも描けるアニメーションという分野 が、豊富な漫画作品などを背景に台頭してきました。アメリカならば実写で取れるような素材も日本ではアニメーション以外に作れる分野はありません。とは言 えディズニーのようなフルアニメーションによる「アニメーションのためのアニメーション」(アニメーションそのものに魅力を持たせるという意味です)を作 るほどの予算はありません。そこで日本のアニメーションは、物語や世界観、あるいは構図の取り方やカメラワーク、リミテッドアニメーションならではの独特 のタイミングの取り方を生み出すことにより、「MadeinU.S.A」の物真似ではない独自のアニメーション文化を形成してきました。
 しかし同時にその特性を自ら狭めるかのように日本のアニメーション業界は「ロボット・美少女・SF」という三種の神器を掲げ、似たような作品群を乱造し てきました。それはアニメはいわゆる子供向けという既成概念が原因で有り、また制作者も受け手と同じ「子供的」なレベルで作品を作る馴れ合いにも問題があ ります。更にその安直さが日本では実写に比べアニメが低い文化に見られる原因でもあります。
 こうした状況が最近では少しばかり改善され、アニメに対する偏見も以前よりは減ってきたこともあり、多少ではありますが作られる作品の裾野も広がったよ うな気がします。この「パーフェクトブルー」のようなおよそ子供が見ても理解できないような作品が作られるのがよい証拠です。
 また最近ではアニメーションへのデジタル技術の積極的な導入が始まっており、新たな表現も広がってくると思いますし、願わくばその技術的な進歩とともに 扱う内容も既成概念にとらわれない新しい物であって欲しいと思います。現在日本のアニメーションは、その制作本数や生み出す経済効果から言っても大変な隆 盛期であり、ここ数年がこの業界が更に確固とした独自の文化を形成・発展出来うるかが試される時期なのかもしれません。