妄想の九「アニメのアニメ」

メタフィクション(笑)

 アニメ制作会社を舞台にした悲喜劇、第10話「マロミまどろみ」はとても良い出来の話数だと思う。
 シナリオは智ちゃんデビュー第2弾。作監は安藤さんと山田君で外聞としては大変立派だ。が。制作中、8話で原画を担当中だったかの名原画マン井上俊之をしてこう言わしめた。
「10話は気の毒っちゅうか、10話を地で行ってるねぇ」
 その通り、恐るべき制作状況であった。なのに作画も背景も出来が良く、バランスのいい話数になっているのはコンテの賢さと演出、作監、美監、色彩設計などメインスタッフのがんばりに他ならない。
 この話数のアイディアは水上さんが入る前から考えられていたネタなのだが、何となく「お蔵」の方向に傾いていた。私が元々イメージしていた卑怯な手段はこうだ。
「アニメのシリーズなのに実写を使った話数」
 つまり。本当にメタフィクションにしようと思っていた。
「きっとさ、シリーズも7話とか8話あたりになるとさ、制作状況は青息吐息になってると思うんだよね。でさ、その状況を救うためにも“実写”ってのはどう だ? 普通に“妄想代理人”のそれまでの続きとしてアニメが始まるんだけどさ、途中から段々動撮とか原撮とかが混じりだしてさ、どんどん白くなってくんだ よ(笑) で映像が止まって“どうするんですか?監督。まずいっすよ、これじゃアフレコは出来ませんよ”みたいなセリフが入ってくると、そこはアニメ制作 現場でここから実写なの(笑)。でその“妄想代理人”のアニメを作っている制作現場で少年バットによる被害者が出るんだよ。実際出そうだしさ(笑)。ほい で、そのアニメーション制作会社に現れる刑事は猪狩と馬庭なんだ、似た役者にしてさ。馬庭はアニメファンっていう設定かなんかにしておいて、アニメスタジ オを生で見て大喜びなんだ。けど捜査は進展せず、スタッフが一人また一人と追いつめられて殺されるんだ。こうさ……追いつめられたスタッフが深夜に仕事を している、その背後にはコンピュータのモニタがあって、そこにはバットを振り下ろす少年バットの原画がリピートしてたりなんかしてさ。シーン変わって翌日 にはそのスタッフはバットで殴り殺されている……みたいなさ。メタフィクションだよメタフィクション!いいよ、何なら俺、監督役で主演しようか!サブタイ トルは“妄想戦記”ね(笑)」
 本気だったのだ。
 もう「世界が認めた才能」が実写を撮るは主演もするはで大変な騒ぎになると大まじめにはしゃいでいたのだ。それは冗談だ。

舞台と話と語りの手口

  アニメ業界を舞台にしたネタで作るなら、シナリオは私が書こうと思っていた。しかしあまりに極端な冗談はさすがに現実味に乏しい気がしてきて、何となくや める方向に傾いていたのだ。なぜこのネタが再浮上したのか定かではないが、次の話数のネタをどうしようかという打ち合わせの席で、確か水上さんが面白そう だと言ったのではなかったろうか。
 ともかく、「アニメ制作現場を舞台にした話数」ということにして話を進めたろうか。明確に覚えているのは、10話のこの話は打ち合わせの席でゼロから作ったこと。
 特にお話になる雛形があったわけではないので、とっかかりとしてまず主人公をどういうポジションにするかを話し合ったように思う。他でもない我らが「業 界物」なので、アニメの舞台裏、制作現場やスタッフ、制作プロセスなどの紹介も重ね合わせた方が良かろう、ということになった。となると、原画動画、美術 背景、色彩設計、撮影などなどの絵にかかわるポジションは主人公として除外されることになる。なぜなら彼らの仕事は机から動かない。監督や演出というポジ ションも主人公として魅力ではあったが動く範囲が限定されていることに変わらない。そのポジションの仕事ととして動き回ってくれないと各プロセスやスタッ フの紹介もままならない。そして各スタッフの間を動き回るポジションというと「制作」しかない。制作といってもプロデューサー、制作デスク、制作進行など 色々あるが、各スタッフ間を頻繁に回って歩くのは「制作進行」しかない、ということになる。
 主人公は「制作進行」に決まった。
 制作進行を主人公にして、アニメ制作現場にまつわるアホみたいなエピソードをあれこれ盛り込んで行く、と。そういうネタにはあまり困らない(笑)。取材 も楽で、資料写真などいくらでも撮ってこられるであろう。だが、一方で、単なる楽屋落ち、楽屋話の羅列になるかもしれないという危惧があったので話はアニ メとは関係ないものにしよう、という風に考えてみた。
「アニメ制作現場を舞台にした」話ではあるが、それがどういう話かは全く別な問題である。話を作ったことがない人は得てしてここを勘違いする。「アニメ制 作現場を舞台にした話」はあくまで設定を指しているに過ぎず、そこで何が起こってどうなるか、が肝心な「お話」なのである。アニメ制作現場という舞台を貫 く縦軸が欲しい。
 この時、私に天啓が閃いた! またそれかよ(笑)
 急ぐ制作進行車に少年バットが襲ってくるという話を縦軸にして、それまでの経緯がインサートされる。これだ。
 基本は一幕物のホラーだ。走る車という密室、外には化け物という実にシンプルなシチュエーションだ。そしてタイムリミットを設定すれば尚良いではない か。そのタイムリミットに間に合うのかどうか、という最初から最後までがほぼ一直線の簡単な話になるじゃあないか。
 ふと大友克洋氏の短編漫画「夢の蒼穹」を思い出した。これは本来リンクするはずのない現代と戦場が夢を通じて結ばれ、最後に両者が不意にリンクして不条 理なムードで終わる短編だ。これの元になっているのはおそらく「スローターハウス5」であろうが、その手なら私も過去に十分以上に経験がある(笑)

話の体裁を整える

 日誌をひもといたら、この打ち合わせが行われたのが2003年の10月4日となっていた。

10/4 (土) 14時、シナリオ打ち合わせ。12話のプロットと10話のアイディア出し。10話はアニメ業界が舞台。「マロミまどろみ」を制作している会社の制 作進行を主人公に、追いつめられたスタッフが次々とバットの餌食になって行く、という話。とりたててストーリーを思いつかなかったので、構成を少しだけ変 則にしてかわす。雨の中、車で局へと急ぐ制作進行に、眠気が襲う。眠ると回想へ、回想の中で眠ると車へ、という「スローターハウス」パターン(笑)。

 ありゃま。記憶なんていい加減だな、「ストーリーを思いつかなかった」からだって(笑)
 ともかく手口は決まった。片方の世界で眠るともう片方で目を覚ます、というパターンだ。何しろ過労を抱えて外回りのために車を走らせる制作進行に眠気は つきものだ。居眠り運転してしまった瞬間に見る「夢」の替わりに、そこまでの経緯が断片的に語られて行き、最後に両方の話が繋がる、という感じだ。「眠 る〜起きる」という繋ぎを基本にしつつ、「スローターハウス5」よろしくアクションカットで両者を繋ぐことも出来るだろう。
 さてタイムリミットはどうしようか。制作現場にはタイムリミットはつきものとは言え、お話上必要とされるであろう1分1秒を争う分かりやすいタイムリ ミットなどがそうそうあるわけもない。長尺の作品ならともかく、21分で語るわけだから、タイムリミットは直接的で分かりやすくなければならない。
「やっぱり納品てことになるかな」
「現実的に考えて納品を1分1秒争うほどになってたら、それ以前に落ちてますよ(笑)」
 落ちるとはオンエアに間に合わない、という制作現場としては最悪の事態のことだ。ここ何年かの間に1、2度そうした「放送に穴を空ける」という事態を耳 にしたことがある。他人事なら大笑いだ。ちなみに「妄想代理人」の納期はオンエアの10日前。シリーズ後半では5日前4日前ということもあったが。オンエ アに間に合わないことなどそうそうあるわけではないが、それでも前日納品とか当日納品という事態もあることはある。オンエアの三日前まで原画を描いていた という話も聞いたことがあるが、一体どうやって間に合わせたのか(笑)
「放送に穴を空ける」という最悪な事態であるがゆえに、それに間に合うかどうかという劇的なものが欲しいが、確かに現実的にはそこまで切羽詰まった事態は 考えにくい。が、ここは一つ、「お話」として割り切って「納品のために放送局に急ぐ進行車」というシンプルで分かりやすいモチーフに決める。
「車で走るのはいいっすけど、大変じゃないですか、背景」
 と、非常に現実的な心配をしたのはプロデューサー豊田君。なるほどもっともである。主人公がずっと車で移動して行く、ということは彼を捉えるためにカメ ラを車中に置くと、絶えず背景をスライドさせて行かねばならない。となると必要となる背景がべらぼうな長さ、量になる。美術背景のキャパシティを大きく越 えるのは必至、スケジュールの崩壊を招く。
「高速道路ならいいではないか。リピートが利くぞ」
 こういう貧乏くさいアイディアならまかせておけ(笑)
「“音”はどうしようかね?」
「妄想代理人」各話数で固有の音を設定していたと先に紹介したが、その音のことである。
「ワイパーって眠気を誘うナイスなアイテムだな」
「雨ですね」
 ということで縦軸となる車のシーン、そのビジュアルのイメージは早い段階で浮かんでいたはずだ。
 これでだいたい大枠は決まった。
「雨の中、高速道路を納品のため放送局へとひたすら急ぐ制作進行車。“放送に間に合わないかもしれない”という緊張感。しかし単調に繰り返されるワイパー が眠気を誘う。ハンドルを握る制作進行がついウトウトと居眠りする、と、そこで見る夢は“なぜそんなひどい事態になったか”というアニメ制作現場のエピ ソードの断片。精神的に追いつめられたスタッフたちが次々と少年バットに襲われて行く。主人公がその回想の中でまたもやウトウトとして、ハッと目を覚ま す。そこは車中、迫るタイムリミットに追い込まれて行く主人公。そしてバックミラーに少年バットの姿が映る……」
 という具合だ。

たちの悪い冗談

 主人公をどういうやつにするか。これは簡単である。最悪な制作状態を招くのだから、主人公は「無能な制作進行」。そういうエピソードなら枚挙に暇がない(笑)
 もう一つ大きな問題は主人公が携わっているアニメ作品をどうするか。
「マロミが大ヒットしてアニメ化された、ということにしましょう」
 というアイディアがすぐに出てきたと思われる。水上さんあたりからだったろうか。マロミのアニメ、というアイディアが出た時点で、この劇中内アニメは 「妄想代理人」本篇とまったく違ってテイストの絵柄、子供向けのアニメをイメージしたと思われる。こいつはいい。いつも通りの「妄想代理人」オープニング の後、視聴者の目に飛び込んでくるのは子供向けのアニメである。きっとギョッとしてくれるに違いない。実際の制作においては、その手の絵を得手にしている 阿部純子さんがこのパートの作監を担当してくれて非常に可愛らしい「マロミまどろみ」に仕立ててくれている。
 ここまでに出来たイメージに私の当初からのこだわりを加える。先にも記した「途中から段々動撮とか原撮とかが混じりだしてさ、どんどん白くなってくんだ よ(笑)」というたちの悪い冗談である。これはどうしてもやりたかった。何せ私は劇中劇から始めるのを得意にしている。「パーフェクトブルー」も「千年女 優」も「東京ゴッドファーザーズ」もみんなファーストカットは劇中劇だ。
 そしてその劇中劇はどんどん白くなって行く。アニメの制作事情を多少なりとも知っている方々はさぞや驚くに違いない。業界人ならもっと驚くだろうし、今 敏の失敗を願っているような人たちは小躍りして喜ぶであろう。ぎゃはは。こいつはいい。
 私はこういう冗談が大好きだ。実際この冗談にたいへん素直に反応してギョッとしてくれた方もいらっしゃった。「妄想代理人」の全制作も終了した打ち上げ の席でのこと、4話の主人公・蛭川役の声優さん、中嶋聡彦がわざわざ私に挨拶してくれた。中嶋さんは「妄想代理人」のオンエアを楽しみに見ていてくれたら しいのだが、10話の冒頭で大まじめにギョッとしてくれたらしい。
「ああ!やっちゃったよ、ついに」
 嬉しい。
「我々は見慣れていてるじゃないですか、セリフのボード。あれが出ちゃってるんですもん」
 とても嬉しい。ちなみに「セリフのボード」というのはアフレコ時、本撮が間に合わないカットに入れるもので、小さな四角内に役の名前が書いてある。10 話の冒頭では「マロミ」「少年」という二つのボードが出てくる。このボードが出ている間、それぞれの役のセリフですよ、というサインである。これを入れて おけば、画面が真っ白な状態でもアフレコは出来るのだ! って偉そうに言っちゃいかんだろ。

 さてさて、この楽しい悪巧みもいっぱいのこのアイディアだが、誰がシナリオを担当するか。私も一本くらいシナリオを書きたいとは思っていたのだが、この 当時、私は1話のコンテが遅れていて脚本を書いている時間がなかったのだろう。水上さんもアニメの制作現場に詳しいわけでもない。というところでおずおず と手が挙がった。
「私、やってもいいですか」
 えらい。吉野智美24歳、いやこの時はまだ23歳か。5話で何稿も重ねて苦労したからもう懲りたかと思いきや、自ら手を挙げるなどたいしたものだ。
 決定、シナリオは吉野さん。
 制作進行・吉野智美が描く、無能な制作進行による現場の悲劇。
 捻れが素晴らしいじゃないか。

もっと尺を

 10話のコンテは佐藤竜雄氏。「学園戦記ムリョウ」などの監督として知られる方。仕事をご一緒するのは初めてだが、以前共通の知人を介して、とある酒屋の日本酒試飲会でお会いしたことがある。
「妄想」のコンテをお願い出来たのは、マッドハウス丸山さんのご紹介。結果的にコンテアップが遅れてスケジュールがひどく圧迫されることにはなったが、佐 藤氏のコンテはシナリオに対して非常に当を得た内容で、作画的にも無理の無いものであったと思う。感心したコンテの一本である。
 コンテが上がったのは編集の一週間前くらいだったろうか。内容では非常に助かったものの、これはさすがに辛かった。編集までにあまりに時間がないので、 この話数もほとんどコンテ撮による編集となった。そして私個人として一番辛かったのは、ある日の制作デスクから伝えられた次の一言だった。
「すいません……コンテの尺が足りません」
 ぎゃ。
 コンテには各カット数ごとにその尺が打たれている。それらをすべて合計しても定尺21分に足りない。多いならともかく足りないのは致命的である。再度計算してもらったが、やはり足りない。しかも1分。
 ぎゃ。
 本来なら、このエラーはリテイクとしてコンテ担当者によって返されて対処してもらうべきものだ。では、すぐに佐藤さんに調整してもらうということで。
「佐藤さん、いま東京にいないんですよね」
 ぎゃ。
 いない……って。そりゃいかんがな。どうするよ。
 対処の方法はいくつか考えられた。まず10話の演出担当・遠藤氏と打ち合わせして、カット内容によって尺をのばせそうなものは伸ばす方向で考えてもらう ことにした。しかし足りないのは1分である。60秒である。1440コマである。編集時に間を調整したりする必要があるので、その「糊代」を考えるとコン テではせめて30秒くらいは定尺より長めにしたい。つまり、計90秒コンテが足りないことになる。
 ぎゃ。
「尺伸ばしだけじゃ90秒はさすがに無理ですよね……どうしましょう?」
 その時、私に天啓が閃いた。まただよ(笑)
「マロミアニメ講座ブローアップだ!」
 アホや。
 10話ではメインスタッフが登場する度にストップモーションとなり、そこへマロミが現れてそのスタッフの役職を解説するが、本篇内では主立ったスタッフ しか出てこないので、AパートBパートのラストに本篇では紹介されない重要なポジションをまとめて解説する、という視聴者に非常に親切な企画だ。そして何 よりマロミをあまり動かさなくても(原画の手間が少ないということ)解説のセリフで持ってしまうであろうこのアイディアは圧迫された制作現場に大変優しい 企画でもあった。
 結局このアイディアは却下したが、他に名案がないときはこれで凌ぐつもりであった。本気で。
 ちなみに本篇でご覧いただける「マロミアニメ講座」のアイディアは確か私の冗談が元だったと思う。キャラクターの顔が中途半端な絵でストップモーション になるのは「スナッチ」のオープニングからヒントを得ている。また「マロミアニメ講座」で流れるBGMは「妄想」オリジナルサウンドトラックではなく、平 沢さんのプロジェクト「旬」から。「旬」の「OOPARTS(オーパーツ)-out of place artifacts」というCD収録の「SIPHON」という曲。チンドン屋すら思わせる頓狂な調子も楽しい曲。これは音響監督の選曲で私もお気に入り。
「マロミアニメ講座ブローアップ」で凌ぐにしても、コンテは必要である。しかし誰が描くのか。おいおい、何のために総監督がいる。
 ぎゃ。
 そうだ私だ。そうだとも。この時私はやっとのことで9話のコンテを終わらせて「さぁ!やるぞ最終回!予定よりスケジュールが減ってしまったが頑張って行 こう!」というかけ声も高らかに、いやかけ声はウソだが、ともかく13話のコンテに入ってテンションを上げていこうとしていた。なのに10話。それも尺足 らずのフォロー。最終回はどうなるの?しくしく。
 しくしくしている場合ではない。他話数のアフレコの合間など、空いている時間に頭を捻って「マロミアニメ講座ブローアップ版」やその他の可能性も視野に入れつつ追加のコンテのことを考えていた。
 その時、私に天啓が閃いた。いい加減にしろよ(笑)
 本篇内に挿入出来るエピソードを思いついたのだ。完成品ではアイキャッチ明けBパート冒頭に出てくる夢のシーンである。「オンエアに間に合わなかった猿 田が担当者二人を前にして、恐怖のあまり体から徐々に色が抜け、動撮になり原撮になる」というエピソード。
 早速、他話数のダビングの待ち時間の間に、何かのコピーの裏にラフなコンテを描いた。その時も現在も、シナリオから考えるとこれが不要なシーンであるこ とは重々承知している。折角吉野さんが考えて考えて書いたシナリオに余計なシーンを差し挟むのは心苦しかったし、私だって良いと思ってOKを出したシナリ オにそんな真似はしたくなかったのだ。とはいえ、どうも「マロミアニメ講座ブローアップ」は取って付けたようにしか見えない気がして、実現を考えにくく なっていたのである。
 ダビングスタジオで描いたラフを元に早速コンテを起こした。追加したのは27カット、トータルはほぼ90秒。さすが私。これで編集も乗り切れるじゃないかと、意気揚々と迎えた編集作業。まずはすべてのカットを繋いでみたら。
「定尺より1分以上長い」
 ぎゃ。
 何でそんなに長くなってるわけよ。トホホ。
 しかしそんなことでしくしくする私ではない。そういうこともあろうかと思って、私の追加したコンテは2段階に分けてあったのだ。追加分後半の13カット を欠番にしてもらい、編集は半分以上がコンテ撮というひどい状態ながら何とかなった。いや、編集さんが何とかしてくれたのであった。

キイイーッ!

  以前にも書いたが10話は全13話中もっともスケジュールが圧縮された話数である。にもかかわらず出来はよいと思う。その要因の一つが作監安藤さんと山田 君の仕事ぶりであろう。作監二人の持ち分の振り分けは安藤さんがアニメスタジオ内で他が山田君。山田君の仕事場は私のいる分室ではなく本社の方だったの で、その真面目な仕事ぶりは完成した映像からしか窺い知れないが、安藤さんは階は違うが同じ場所にいたので直接的にその仕事ぶりが伝わった。何たってずっ といるんだもん、会社に。安藤さんと席を並べていた鈴木さんの証言はこうだ。
「寝ないんですよ、安藤さん」
 恐ろしい仕事ぶりである。仕事場に来ちゃあカップ麺ばかり食ってグーグー寝てばかりいた人間は爪の垢でも煎じて呑むがいい。
 安藤さん、しかもレイアウト、原画共にほとんど描き直しているのではないか。
 井上俊之曰く。
「すごいね、さすがに“もののけ”“千尋”を支えた男は違うね」
 私もそう思う。安藤さんは国民的映画とさえいわれる「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」の作画監督である。しかし絵の腕力はさることながら、ほとんど寝 ないってどういう集中力なんだ。しかし、やはり鈴木さんの証言によると、安藤さん自身はこう言っていたらしい。
「前よりは持たなくなったんで寝るようになった」
 う〜ん。恐るべし。
 その仕事ぶりもさることながら、10話の安藤さんの仕事で非常に気に入っているカットがある。主人公の猿田がコンセントの件で上司に怒られた後、倉庫で 一人モップを振り回すシーンがあるが、段ボール箱を繰り返し叩き続ける猿田のバストショットは実に素晴らしい。
 コンテではこうなっている。

C.120
叩きまくる猿田。
S.E.バンバンバンバンバン……
さらに狂気じみていくその顔、エスカレートして、
大きくふりかぶる
猿田「キイイーッ!」

 コンテ尺で11+0というカットである。モップで叩き続けるという動きっぱなしの中でさらに表情変化させるという、こんな面倒くさいカットを要求する佐藤さんもすごいが、応えた安藤さんもまたすごい。
 作画内容としてはいかに面倒くさいとはいえ、このカットは猿田のキャラクター表現として肝だと私は思うし、それを外さない佐藤さんのセンスに敬意を表し たい。その重要性を外すことなく、安藤さんは素晴らしい原画(レイアウト段階ですでに安藤さんのラフ原画が入っていたと思う)にしていると思う。10話の 白眉ではないか。

キャラクターのエッセンス

 安藤雅司氏は改めて断るまでもないかもしれないが、「妄想代理人」キャラクターデザインである(8話を除く)。そのどれも私は気に入っている。
 ここまで肝心なキャラクターデザインについて触れてこなかったので、遅まきながら振り返ってみる。

2003/2/4(火) 11時半起床。夜、安藤さんが「妄想代理人」キャラのラフを持ってきてくれる。下手な人間には難しい線かもしれないが、非常に魅力的。よく分かっている人だな。是非にとお願いする。

 安藤さんにキャラクターデザインをお願いしたのは、「東京ゴッドファーザーズ」制作も佳境を迎え始めた頃のこと。安藤さんは、そのお人柄もあって快諾と いう感じではなかったが、「とりあえずメインキャラを描いてみる」という返事をもらったときは大変嬉しかった。その「とりあえず描いた」月子や猪狩が上 がってきたときはもっと嬉しかった。
「安藤さん、続きもお願いします」というのが私。
「安藤さん、作監もお願いします」というのがプロデューサー豊田君。
「作監はちょっと……」というのが安藤さん。
 作監をお願いしたいのは山々だが、ジブリを出た後で色々な作品でもっと原画を描きたいという希望も分かるような気がするし、無理にお願い出来るものでも ないので、とにかくキャラクターデザインだけでも何とか押しつけ……いや、何とかお願いしたいと考えた次第である。
 安藤さんとキャラクターデザインについて打ち合わせした折り、「リアル系にも漫画っぽくも振れる感じ」という方向性になっていたのだが、上がってきた最初の絵は正に希望通りだった。
「おお、月子よ、おまえはこんな顔をしていたのか」
 原作者は大いに喜んだのだ。私は「妄想代理人」では絵を描かないと決めていた。「千年女優」でも「東京ゴッドファーザーズ」でもキャラクターデザインに 私の名前が併記されているように、いつも率先してキャライメージを伝えるために最初の絵は自分で描いてきたが、自分のキャライメージにも飽きて来ていた。 第一、私が描き出すと絵が面倒になるに決まっている。また違う捉え方をすれば「妄想代理人」はいかに「私と違う要素をいかにたくさん取り入れるか」が私な りのテーマでもあった。
「妄想代理人」の絵柄のイメージは当初から「あまりリアルじゃない方」と考えていた。私が最初から監督の予定ではなかったので、あくまで原作者としての希望だったと思うが。
 制作中だった「東京ゴッドファーザーズ」のようなリアルな路線(私としてはかなり漫画的なエッセンスも取り入れたつもりだったが)は無理だと思っていた し、そっちの路線を続けるのもうんざりもしていた。無理だ、という理由はあまりにリアル系の絵でキャラクターデザインを設定すると、描ける人間がただでさ え限定されてしまう。劇場作品でさえアニメーター探しに苦労するのに、テレビシリーズとなれば絶望的である。的がよけいだ。絶望である。無理して上手くな い人間がリアルなキャラを描けば、元のデザインとの落差というか出るボロが巨大になる。漫画っぽいキャラだからといって描くのが易しいわけではないが、上 手くない人間が描いても出るボロは少ない。要するに目立たない。
 諸々事情も手伝って、「リアル系にも漫画っぽくも振れる感じ」という柔軟性のある路線を考えてもらった次第。やる気のある人はリアルに描写すればよい し、漫画的な解釈がお好みの演出さん作監さんはそれでも良し、と。言うのは簡単だが、そんな微妙な路線を描いてくれる人がそうそういるわけではない。安藤 さんはそこらあたりを考慮して、長年在籍したジブリ的なとっつきやすさと「妄想代理人」の世界観に必要なリアリティを案分して、素晴らしい絵柄を作ってく れたと思う。
 しかし私が何より素晴らしいと思うのは、絵柄よりはキャライメージである。キャラクターデザインと一口にいっても、大きくこの二つの要素があると思われる。絵柄は文字通り、どういう絵の描き方か、ということである。これには説明は要すまい。
 問題は「キャライメージ」である。少々説明が必要と思う。
 たとえばシナリオを読んで、猪狩というキャラクターを考えたとする。シナリオには外見の説明は特になされておらず、中年であるといった程度の情報しかな い。猪狩はご存じのように、体格が良く中年らしく腹も立派に出ており、額も鉄腕アトムを極端にしたように禿げ上がってきている。大きい鼻、太い眉毛、無精 ヒゲもその特徴だ。短く結んだネクタイもさらに特徴的だろう(これは安藤さんがどこかで使いたかったというアイディアらしい)。
 上記のような外見とそれによって受ける人格的な印象(頑固そうである、血の気が多そうだ、といった)が「キャライメージ」といえると思う。そして猪狩に このキャライメージを持ってくるセンスが、キャラクターデザインとしてもっとも大切なことだと私は思う。このキャライメージをどう描くかという「絵柄」は 私にとっては大きな問題にはならな……いや、それはそれでなるのだが(笑)、ともかく私が安藤さんのキャラクターデザインでもっとも優れていると感じるの はこのセンスである。
 確か猪狩について安藤さんはこんなことを言っていたと思う。
「オッサンだけどどこか色気がある感じなればいい」
 それを上手く描けたかどうかは視聴者の判断にお任せしたいが、13話で安藤さんが原画を担当してくれたシーン(「誰がお前の父さんだ」と月子にいうあた りから記号の街を叩き割って現実に戻ってくるまで)の猪狩は、もちろんシーンの良さも手伝っているだろうが、全話中もっともかっこよく色気すら感じさせて くれるオッサン・猪狩だったと思う。

リアリズム

  メインキャラクターに関してはこちらの方からも多少キャライメージを提示させてもらったとは思うが、途中からはすべて安藤さんにお任せしていた。私なんか がよけいなことを言わない方がよほどいいと思った。特に私が素晴らしいと思い、その上がりに大受けしたのはメインからは少し外れたキャラクターたちであっ た。おそらく安藤さんもメインキャラクターたちよりは気楽に描いてもいたのだろう。何というか、安藤さんの悪戯心に溢れた観察眼がいかんなく発揮されてい たと思う。私はこれを「意地悪さ」と呼びたい。無論最上の褒め言葉のつもりである。意地の悪い物の見方がとっつきやすい絵で表現されている。これは極上の 捻れである。
 そしてこの捻れがもっとも威力を発揮しているのが10話のキャラクターたちであろう。10話のキャラクターが上がってきたとき、私はあまりにおかしくて腹を抱えて笑った。
「ぎゃははは、いるいる!こんなやつ!」
 そう思ったのは私だけではないはずだ。実際、鈴木美千代さんはこんなことを言っていた。
「これ……見たら怒り出す人いるんじゃないですか(笑)、自分のこと描かれたと思って」
 デザインされた「演出」「作画監督」「美術監督」「色彩設計」「撮影監督」などが特定の誰かに似ている、ということではないのだ。いかにもその役職に 「いそう」なのである。そして鈴木さんの言葉にあるように、自分がモデルにされたわけでもないのに自分を元にして描かれたのではないか、と思いそうな感じ がするのである。これはすごいことだと私は思う。リアリズムとはそういうことではなかろうか(笑)
 とりわけすごいのが色彩設計の女性である。秀逸としか言いようがない。絶品。何がいいって「可愛い……かも?」というあたりである。業界人でなければ分からない、という感覚でもないと思う。
 もし実際にこの色彩設計・鹿山里子が制作現場にいたとする。特に忙しいときでなければそれほど可愛いとは思わないかもしれないが、睡眠不足と過労が続いた修羅場の時にこの子がそばにいたらきっと思うのだ。
「あれ……可愛いな、鹿山さん」
 そして職場に新たな恋が生まれる、と。
 よくある話なのだ、実際。
 そういう凄みを併せ持っていると思う。
 安藤雅司、その観察眼、恐るべし。