妄想の十「笑う人、まどろむ人」
-その2-

 まずはエンディングのコンテをすべてご紹介してみよう。私としてはただ眠る、というよりもう少しエロティックな香りを込めたつもりだが、画力の至らなさを自覚した。






 

ハテナ

 オープニングに覚醒作用を込めたので、対になるようエンディングは誘眠効果を狙ってみた。私の日誌によると、エンディングのコンテにかかったのは2004年1月6日。翌日にはアップしている。絵が止まってりゃ早いわな(笑)
 この日は忙しい日でもなかったらしく、圧迫されたスケジュールというのがウソに思えてしまうかもしれないが、なかなか面白い現象が含まれていたので引用してみる。

1/6 (火) 11時半起床。晴天。吉祥寺のNTTに行こうとするが何と閉店。どういうこっちゃ。「東急」でそばを食そうとするが満席で並んでいる。エレベータ 待ちも恐ろしく間が悪い。いかん。いかん日ではないか。何とかしてタイミングをずらさないとこの調子で一日が進みそうな予感。そばを諦めることなく「ほさ か」へ。混んでいるが諦めずに座敷に上がる。鴨せいろともり一枚。満腹して駅へ。電車を一本やり過ごしてタバコを吸い、ついでに「新星堂」に寄り道。「豚 と軍艦」「股旅」「グロリア」「ローマの休日」のDVD購入。出社してオープニングの原画チェック。16時、りんたろうさんと9話の打ち合わせ。エンディ ングのコンテにかかる。まずはカットを割る。音楽を繰り返し聞いてストップウォッチでラップを計測。11カットに分ける。キャラを割り振り。カメラワーク を「?」型にすることを思いつく。自動的にラストの絵が決まる。18時、1話の撮影打ち合わせ。「ピノ」で夕食。おろし焼き肉定食。眠るキャラクターたち を描く。ポーズの参考集を買いに行くが、あいにく望ましいものは一つもない。自力で描くことにする。深夜2時半、絵を入れ終わる。仕事場で少し酒を飲んで 送ってもらう。

 エンディングの話からいきなり逸れるが、私が「足掻いている」様が健気で少々おかしい。要するに「何だか悪い間」を懸命にずらそうとしていたらしい。そういうこと、ありませんか? 私は、ある。
 そばを諦めずに混んだ店の一角に無理に入ったことはよく覚えている。普通ならそんなに混んだ店は多少空席があっても私は避けるのだが、ここで諦めるとま たもや悪い間で時間が進みそうな気がしたのだろう。駅のホームに上がって「電車を一本やり過ごしてタバコを吸い」というのも不自然な行動で、さらにはまた 改札を出て「DVD購入」なんてのも何をやっているんだか、という気がする。まるで「方違え」だ。知らない人のために一応解説。
【方違え-外出の時、目的地の方角に障りがあれば、前夜、方角のよい方に一泊して目的地に行くという俗信/岩波国語辞典】
「豚と軍艦」「股旅」「グロリア」「ローマの休日」なんて取り合わせがなかなかオッサンくさいだろう。「グロリア」はジョン・カサヴェテス監督、ジーナ・ ローランズ主演の方で間違っても新しい方ではない。どれもビデオで見てはいるが、しかし折角買ったのにいまだにどれもDVDで見ていないなぁ(笑)。この 4本の中ではあまりメジャーな映画ではないかもしれないが「股旅」(監督/市川崑)は面白いぞ。私は好きな映画だ。「豚と軍艦」も……と、どんどん違う方 に行きそうなのでエンディングに話を戻す。
 ともかく「方違え」のおかげかエンディングのコンテはこの日に始めて絵はすべて入れ終わったらしい。「眠るキャラクターたちを描く」のに「ポーズの参考集を買いに行く」あたりが私も健気な絵描きだろう。けっこう努力してんだから(笑)
「あいにく望ましいものは一つもない」というのもよくある話で、それでも足繁く本屋に行くのは万が一でもヒントや参考になるものに出会えるかもしれないと いう淡い期待と、ある意味「諦めるため」でもある。そしてたいていは諦めて「自力で描くこと」になる。そういうこと、ありませんか? 私は、よくある。
「カメラワークを「?」型にするを思いつく。自動的にラストの絵が決まる。」とあるので、当初からあったイメージではなくコンテを描き始めてから不意に浮 かんだのであろう。自動的に決まったラストの絵とは、エンディングラストカット、巨大なマロミの周りをキャラクターたちが「?」型に取り囲んでいるカット のことだ。
 この絵についてインタビューで何度か質問を受けた。
「あのキャラクターたちは、寝ているんですか?死んでいるんですか?」
 どっちだっていいいいじゃねぇか、そんなこと(笑)
 そのまま答えるのも大人気ないので大変親切にこんな風に答えていた。
「あのキャラクターたちは“?”型に並んでいます。つまり謎なんです」
 本当は彼らは寝ている。安らかに。ウソウソ。
 コンテインしてそして翌日。ついでに日誌を引用してみる。

1/7 (水) 12時起床。晴天。15時からアイキャッチの件で加藤氏と打ち合わせ予定。お雑煮を食べて出かける。アイキャッチ打ち合わせ。加藤氏は大変感じの いい方で、仕事も楽しんでくれそう。本篇でも何か仕事が出来る予感あり。エンディングコンテキャプションとフレーム指示。脱稿。夕食はラーメン。「航海 屋」でつけ麺と半炒飯と餃子とビール。美味なり。1話撮出し。30とちょっと。朝方帰宅。

 しかしまぁ私の日誌は肝心なことより夕食のメニューの方が大事そうに記されているな(笑)。忙しいと食べることくらいしか楽しみはないのだ。
「キャプションとフレーム指示」とある。キャプションは文字通り、コンテの絵の横につける説明などのこと。私は手で文字を書くのが苦痛なのですべてパソコンでテキストを打って、絵を入れてスキャンしたコンテに文字を貼り付けている。
 フレーム指示は、カメラワークの指示のことだが、エンディングの場合はPANの指示の他、発生するゴーストのためにフレーム指示も入れる必要があった (上記のコンテの他にもう一組ゴーストの指示用コンテがある)。ゴーストのアイディアは、オープニングで考えたゴーストといわば「韻」を踏む狙い。予想外 にオープニングの作業が手間取ったり、人的時間的制限もきつかったのでエンディングはすべて止め絵にしようと決めていたのだが、さすがに何もしないとあま りに寂しいのでリズムに合わせてゴーストが生まれる、としてみた。ゴーストの発生するタイミングは私がつけている。
 エンディングはすべて止めとはいえ、その分トレスの線などが汚いと目立つことになる。完成した画面は動画も仕上げも非常にきれいだと思う。線画はすべて 「東京ゴッドファーザーズ」作監小西賢一氏の手による(ラストカットのみ濱洲英喜氏)。トレス不要、清書した形で上げてくれたのである。