妄想の十二「広げたマント」
-その1-

広げた風呂敷

「すいません。正直に言っておきますけど、もうボクそろそろいっぱいいっぱいです。ホントに」
 といったのは水上さんだった。シナリオも後半戦を迎えた頃だったと思うが、それまでのシナリオ執筆で相当な疲労とストレスも溜まっていたのであろう。言葉通りに受け取ってもいいと思える表情で水上さんはそんなことを口にしたのだが、総監督はこう返事した。
「いやいや、そんなことはないですよ」
 何を根拠に言っておるのだ、私は(笑)
 本人が真面目な顔で「そろそろいっぱいいっぱい」と言ってるのに「そんなことはないです」とは。
 しかし私も真面目に「大丈夫であろう」と勝手に思わせてもらった。それまでの仕事ぶりから見て、水上さんなら大丈夫である、と。決して、私が「東京ゴッ ドファーザーズ」制作で忙しくてシナリオに手を出す時間がまったくない、という状況のせいではなかった……といい切るのはちょっとウソがあるかも。すいま せん、水上さんにお任せしてしまいました。
 もちろん私も自分が「東京ゴッドファーザーズ」で手が離せないという理由だけで、水上さんにシナリオを押しつけていたわけもなく、尻上がりに内容が充実してゆく水上さんのシナリオに惚れ惚れしていたし、その調子で是非最後までと願っていたのだ。
 が。やはり「妄想代理人」を終わらせる段になっていっそう高いハードルが見えてきた。ここまでゲラゲラ笑いながらアイディアを出し、楽しんで話を作ってきた「妄想」の世界だが、いよいよラストスパートの12、13話である。
 広げた風呂敷はとじねばならない。
 たいして大きく広げた風呂敷でもないし、さほど解決してやらないとならない謎も多いわけではなかったのだが、12と13話のプロットには大変難航した。

 最初に12、13話の方向性について打ち合わせたのが、まだ7話が上がったばかりの2003年5月のことだったらしい。日誌から「妄想代理人」に関係した部分のみを引用する。

5/19 (月) 14時から、5話、7話シナリオ打ち合わせ。5話は世界観をもう少し書き込む方向で吉野さんにリライトを頼む。7話はほとんどいじる部分はない。 イメージをいくつか足したり、発砲を控えるといった程度。水上さんには、12、13話のプロットにかかってもらう。

6/4(水) 14時、代理人打ち合わせ。8話のブレスト。「明るい自殺」というのはいいモチーフ。ネット自殺を題材に、上手く死ねない一行が自殺を繰り 返す。実は死んでいることにすら気がついていない。老人、小学高学年の女児、ゲイの男という「何も産まれない」関係の一行。バット、現れるも空振り。サブ タイは「明るい家族計画」。12、13の方向性。11話から助走。11話を猪狩の女房がバットを撃退する話に。フィギュアオタクの亀井を電波ネットワーク の一人にして、猪狩の死の予言を伝えさせる。記号の町を破壊するバット、それと戦う猪狩という構図。


 この頃「東京ゴッドファーザーズ」の私は撮出しに追われている。水上さんはこの日の打ち合わせを元に8話「明るい家族計画」のプロット〜シナリオを脱 稿。9話は保留のまま、10話「マロミまどろみ」を吉野さんが担当し、水上さんは11話「進入禁止」のプロット〜シナリオにかかり、11話の初稿が8月に は上がっていたと思われる。そして続けて水上さんには12、13話のプロットにかかってもらった。私の方はその間「東京ゴッドファーザーズ」の追い込みに かかりきりで、「妄想代理人」はほったらかしの状態となり、8月半ばに「東京ゴッドファーザーズ」完成を迎えた。
 これ以後本格的に「妄想代理人」の風呂敷をとじるために打ち合わせを重ねるのだが、これがなかなか決め手になるアイディアが出ず、打ち合わせをして水上 さんがプロットを上げて再度打ち合わせして……ということが繰り返されたと思われる。重苦しい打ち合わせに私も決め手を見い出せず苦しかったが、水上さん はもっと苦しそうだった。日誌によるとこうだ。

9/17(水) 14時から打ち合わせ三昧。まず代理人12、13の構成シナリオ打ち。決め手に欠けるがイメージは出揃っている。時間もないので、一度自分で書いてみることにする。無謀か

「無謀か」というのは私の他の仕事量との兼ね合いと思える。前月「東京ゴッドファーザーズ」が初号を迎えたとはいえ、11月に迫った公開のためにビジュア ル作成の仕事や宣伝のためのインタビューも数多く、また何よりすでに制作に入った「妄想代理人」1話のコンテを大部分残しており、レイアウトチェックなど も重なっていたし、ちょうど2話のコンテ・演出が逃げ出した頃でもあった。
 しかし12、13話の膠着した状況を何とか打開しなくてはならないし、原作・総監督として風呂敷の閉じ方は提示せねばなるまい、とも覚悟してみたらしい。期限は一週間!
 だが何か秘策があるわけもなかった(笑)。あったら打ち合わせで話してるっちゅうの。「何とかする」とは言ってみたものの、口をついて出るのは同じ言葉ばかりなり。
「う〜ん……どうしようかなぁ」

またこれか(笑)

 1 話のコンテを描きながら、12と13話のプロットを考える。絵の方は始まったばかりなのに話はラストを考える、というのは頭が捻れそうだった。あまり嬉し くない捻れだ。実際にプロットにかかったのは締め切りの三日くらい前だったろうか。下手の考え休むに似たり、とばかりにとりあえず書き始めてみたら、あら 不思議!
 やっぱり上手くない(笑)
 何が上手くないのか。確か、13話の「あんこ」に当たるものがはっきりイメージ出来なかったのだと思われる。「少年バットVSマロミ」は当初から決まっ ていたイメージではあったが、その具体的な様が今ひとつ決まらないこと、さらにはそこに至るプロセス「記号の町の崩壊」をいかに起こすかがはまらなかった のだと思われる。
 もう一つ大きな問題が月子とマロミ、少年バットの関係である。「喋るぬいぐるみ」「メタよりの使者」をこれまでさんざん便利に使い、視聴者にあれこれ謎 をかけてきておいて、さすがにその出自は謎のまま、というわけにもいくまい。そこまで私も人が悪くなれない(笑)
 それなりに納得出来る出自にまつわるエピソードを考えねばならなかった。
「マロミと少年バットは同じようなもんだからなぁ……生まれた時も一緒なんじゃないかなぁ」
 というようなことを考えたと思う。そして一挙に両者の出自を語れる設定を思いついた。
「マロミが車に轢かれて死んだのは月子の不注意のせいだったが、叱られるのが怖くて少年バットという通り魔をでっち上げてそのせいにした」
 呆れるほど子供じみている。これまでの事件の連鎖によって出来した大事に比べてなんて他愛もないのだろう(笑)。よし、これだ。
 また、それまでのプロットでは「記号の町で馬庭の呼びかけを受けて猪狩が目覚め、記号の町の欺瞞に気づいて街を壊して回りながら月子を追いつめる。そこへ少年バットが記号の町をぶち破って現れる!」というようなことになっていた。
 どうも動きが整理されない。
 猪狩も街を壊す、少年バットも街を壊して現れる、では両者の行為がかぶってしまうことになる。それと馬庭の呼びかけで猪狩が我に返る、というのもどうも きっかけとして弱いように思える。猪狩の中年引きこもりはかつての部下が呼びかけたくらいで溶解するものではない。
 またしてもこれを一挙に解決する方法を思いついた。が。果たしてそれでいいのかどうか少し考え込んでしまった。
「またこれかよ(笑)」
 思いついたのは美佐江を活用するというアイディアだった。
「夫婦愛っちゅうのは別にいいんだけどさ(笑)」
 美佐江を記号の町に侵入させて猪狩を目覚めさせようというわけだ。
「使いすぎだよなぁ、このアプローチも……しかしもう時間ないしなぁ」
 そしてその方法は当然二人で話し合わせるわけには行かない。
「……ま、いいか」
 ダメ人間と化した猪狩を目覚めさせるには、そしてそれが視聴者に対して説得力を持つにはもっとビジュアルに訴えかける必要があろう。
「まぁた、思い出だよ(笑)」

夢で逢いましょう

 苦吟の上に割り切った原作者の日誌にはこうある。

9/23(火) 秋分の日。出社して12、13のプロット叩き。

 そしてその翌日。

9/24(水) 「妄想」シナリオ。12、13のラフプロットは水上さんも気に入ったようで、これで展望が開けた。

 このときは本当にホッとした。
 こう書くと随分すんなり私がプロットを書いたように見えるが決してそうではない。ラフプロットは確かに一気にこの日書き上げたが、それまでに随分唸った日が続いたんだから(笑)
 それに。この「女房がメタの世界を通ってダメ人間と化した亭主を救いに行く」という構図は、私が別な映画用に考えていたアイディアの流用なのである。そのタイトルもズバリ「夢で逢いましょう(仮)」。実写用に思いついたネタである。
 随分前から私に「実写撮ってよ」と迫ってくる男がいて、私はヘラヘラ笑って誤魔化していたのだが、あんまり何度も言ってくれるので、私が監督するかどう かという実現性の可否はおいといて、低予算の実写でも撮れそうなネタを考えていた。ある時浮かんだのがこの「夢で逢いましょう(仮)」。ある30代の夫婦 の危機を亭主の夢と過去をからめて描く内容だ。
 私は今でも面白いと思っているこのネタを惜しげもなく「妄想代理人」を終わらせるために投入したのだ!
 ホントはちょっと惜しかったけど(笑)

 かくして私が提出した「プロットラフ案」を受けて水上さんはさらにブローアップしたプロットを上げてくれた。奇しくもこのプロットの最終稿が上がってきたのは私の誕生日だった! さぞや喜んでいるであろう様子を日誌から引用してみよう。

10/12 (日) 12時起床。曇天。誕生日。40年生きたことになる。岡本綾さん(「東京ゴッド〜」ミユキ役の女優さん)と「東京ゴッド〜」ムック本用に対談予 定。16時20分、タクシーが迎えに来る。豊田君と私と女房。話好きな運転手。雨の青山墓地で幽霊と見まがう女を乗せた話はちょっと笑える。傘も差さず、 裸足の女だったそうな。実は単に夫婦喧嘩で飛び出してきたらしい。17時半汐留、フィッシュバンク東京に到着。41階からの眺望は大変宜しい。足元まで見 える東京タワーは初めて見た。意外に小さいものだ。岡本綾さんと小一時間対談。終了後、ちょっとした打ち上げパーティ。皆さんに誕生日をお祝いしてもら う。岡本綾さんから大きな花束をいただいて感激。美味しい料理に、葉巻やブランデーなどもいただく。良きかな良きかな。

 全然書いてないじゃないか(笑)、「妄想代理人」のことなんか全然関係なしに喜んでるじゃないか。
 ま、それはともかく。12、13話のシナリオは水上さんの手によって素晴らしい仕上がりになったのは間違いない。最終回13話のシナリオが上がったのは11月末。ほんのわずかな直しはあったかもしれないが、ほとんど初稿が決定稿であった。
 13話のシナリオを読んだ私の喜びようを日誌から引用してみよう。

11/29(土) 12時半起床。14時からシナリオ打ち。パンを食べながらシナリオ#10、13を読む。10話は問題なし。13話もたいへん面白い。たいへん大変そうだけど。感動的な回ではないか。「最終回。」に相応しい。