妄想の十三「終わり無き最終回。」
-その5-

ラフプロット

 Aパート後半、いわば前半のクライマックスにあたるのが猪狩が記号の町をバットで叩き割って現実に帰ってくるという件。13話には好きなシーンがたくさんあるが、この安藤さんが作画してくれたシーンはとりわけ好ましい。
 このシーンについて振り返る前に、ここまでの話の流れをおさらいしたい。といっても、皆さんすでに本篇をご覧になって、完成した話はよく分かっているだ ろうから、ラフプロットで紹介したい。以前12、13話の産みの苦しみについて記した稿でも紹介したが、私の書いたラフプロットである。本篇のイメージと あまり変わりがないプロットだが、比べるとプロットからシナリオへの素晴らしい昇華具合も分かると思う。
 全部を引用するとさすがに長いので、12話のラストにあたるシーンから、猪狩が記号の町を叩き割って現実へ戻るあたりまでご紹介する。


○発作

 猪狩と月子がM&Fから消えたそのとき、美佐江の体を発作が襲う。
 慈愛大病院に運ばれる美佐江。
 薄れてゆく美佐江の意識には果てしなく続くと思われるほど長い廊下。ストレッチャーに乗せられて手術室へと運ばれていく。医者や看護婦の声が遠くなって行く。大きなエレベータに入る。
 そのエレベータ内は異様なほど真っ白である。正装した例のボケ老人がエレベータボーイとして立っている。ゆっくりと美佐江を振り返る老人。
老人「戻ってこないご主人は、地下にいらっしゃいます。参りますか?」
美佐江「……お願いします」
老人「本当に?」
 美佐江、頷く。

 現実的には美佐江は手術中である。心臓の鼓動を伝えるモニタが規則正しくリズムを刻んでいる。
 美佐江は自身の夢を通り、猪狩のいる記号の町へ入ってゆく。

 本篇ではここから先が13話ということになる。

○猛威を振るう少年バット

 堰を切ったように全国至る所で同時多発的に少年バットが猛威を振るう。まるで黒い塊、巨大な影のように成長したそれに飲み込まれてゆく人々。みな笑顔である。

○交錯する記号の町

 猪狩にとって心地よかった物や人にあふれた世界を歩いてゆく猪狩と月子。
(※記号の町、というより思い出の混合した世界というイメージです。基本的にはすべてが止まった空間で、猪狩が触れることで人や物が動き出す。記号の町では物理的な移動は成立せず、O.L.で場所が移動するといった表現を考えています)

 突然、煙草屋のラジオから馬庭の声が聞こえる。
馬庭の声「聞こえますか!猪狩さん。少年バットの正体が分かったんです。やつはその女が、鷺月子が10年前に生み出した空想なんです!」
猪狩「空想……ああ空想で何が悪いんだ。俺の想像を勝手に超えていっちまうくそ忙しい現実なんかより俺はここがいい」
 街頭テレビに馬庭の姿が映る。自慢の無線で呼びかけているのだ。
馬庭「聞いてください!少年バットは……」
 ガシャーン!
 街頭テレビを壊す猪狩。
猪狩「こんな機械が毒電波を撒き散らして日本をダメにしたんだ!携帯だ、メールだ、インターネットだ?伝えるべき重要なことなんか何もありゃしねぇ。冗談じゃねえ、男は黙ってサッポロビールを飲んでたもんだ」
 いつの間にかそこは赤提灯。目の前にはビールのジョッキが差し出される。
女店員「そうよ、おしゃべりな男なんててんでかっこわるいわ」
猪狩「そう、そして女は優しく控えめでな」
 グイッと飲み干す猪狩。が、女店員の顔にぎょっとなる。
 美佐江である。
 その若く美しい美佐江は猪狩が惚れた頃の姿。
美佐江「そして、なんてったって男は仕事。仕事が作る男の顔こそ本物よ」
 「若いのに言うねぇ、みっちゃん」と他の客が囃す。
 おののく猪狩。マロミが気づく。
「考えちゃダメだ!」
 カウンタ内で働く美佐江の背後、古びたラジオがいつの間にか心拍数のモニタに変じている。
美佐江「お客さんの仕事当ててみましょうか?私、得意なんですよ。お客さんはきっと……」
猪狩「……やめろ、やめてくれ!」
 月子に手を引かれて逃げ出す猪狩。居酒屋の空間がねじれ、戸口は遙か先にある。
美佐江「だめ!そっちへ行っちゃだめよ!あなた!!」
 そう叫んだ美佐江は現在の姿である。その前に立ちはだかるマロミ。
「どこから入ってきたのさ!じゃましないでよ」
美佐江「あの人を返して!」

 手をつないで走る月子と猪狩。猪狩の足がもつれて転ぶ。
 二人が倒れ込んだそこは、神社の縁日。
月子「大丈夫!?お父さん」
 猪狩、顔を上げ不思議そうに見返す。
猪狩「お父さん……?」
月子「どこか打った?痛い?」
 浴衣姿の月子はまだ小学生。飼い犬・マロミを連れている。
猪狩「あ…いやぁ、ちょっと目眩がしただけだ」
月子「仕事ばっかりじゃなくて少し休めばいいんだよ」
猪狩「そうだ……そうだな……」
月子「ほら見て!」
 ドンッ!
 花火がうち上がる。そこはもう河原である。無邪気に見上げる月子の横顔。
猪狩「そうだ……俺は娘が欲しかったんだ……」
 ドンッ!
 人混みに押されて月子との距離が出来る。
猪狩「俺はどうも親父が嫌いでな……息子だったら俺も嫌われるに決まってるってな……変な話かな」
「ううん、ちっとも」
 その声にハッと顔を上げる猪狩。
 ドンッ!
 花火に照らされたその顔は若き美佐江。人混みで逃げられない猪狩。
(※ドンッという音と光が回想ショットにシンクロして行く)
 ドンッ!
 夜の公園。猪狩がプロポーズする。
「結婚してくれないか?」
 ドンッ!
 夕暮れ、ビルの屋上。
美佐江「……あなたの期待に応えられない」
 ドンッ!
 朝靄の海辺。
猪狩「そばにいてくれればいいんだよ」
 ドンッ!
 夜、美佐江の家の前。
美佐江「私、きっと長生き出来ないし、子供だって……」
 ドンッ!
 言葉に詰まる猪狩。
 ドンッ!
美佐江「そうなの……現実って、厳しいわね」
 ドンッ!
 猪狩の顔に苦渋。見るとそこには現在の美佐江。
美佐江「でも……あの時、あなた言ってくれたわ……すべてを受け入れる、って」
猪狩「……ああ、そうさ」
 焦るマロミが叫ぶ。
「耳を貸しちゃダメ!」
美佐江「あなた、私、もうすぐ死ぬわ」
 ハッとなる猪狩。
美佐江「でも……その前にあなたに会ってお別れしたかった……私のよく知っているあなたに」
猪狩「美佐江……」
美佐江「私……幸せでした」
猪狩「……よく分かってるんだよ!!」
月子「お父さん?」
猪狩「……俺はお父さんなんかじゃない!」
 そこは記号の町の風景が複雑に絡み合い、重なり合った複合体。まるで猪狩の混乱を象徴するような景色である。
 猪狩が、振り上げた拳で手近な風景をたたき割る。
猪狩「こんな場所がまやかしだってことも知ってるんだ!」
 近くにいた野球少年のバットを奪い、レイヤー状に幾重にも重なっている風景をたたき割って行く猪狩。
「俺はただの中年の引きこもり男だ!ああそうだ!ここには何一つ現実はありゃしねぇ!」
マロミ「壊さないで!あんたの居場所がなくなっちゃうよ!」
猪狩「俺の居場所なんかとっくにねぇんだ!俺は逃げたくてここに逃げてきた!けどな!どんなに逃げたって背負わなきゃならねぇものが俺を待ってやがんだ!」
 止めようとするマロミをバットでぶん殴る。
 記号の町がバラバラと壊れてゆく。
 立ち現れる現実の風景。

 美佐江の心音が止まる。

 馬庭がハッとなる。
「猪狩さんが戻ってきた!」

 かなり粗っぽいがそれほど完成した13話とイメージは異なっていないと思う。このプロットは私が書いたものではあるが、それ以前に書かれた水上さんのプロットを元にして書いている。
 私が付け足し、こだわったのは、美佐江がその死と引き替えに猪狩を目覚めさせるという件と、その猪狩が記号の町を「叩き割る」というイメージである。

メタにはメタを

  猪狩は記号の町に入り込みすっかりダメ人間と化している。かつてはきっと常に覚醒した頭で現実を見据えていたであろう猪狩は、格闘し続けてきた現実に跳ね 飛ばされた形となり、その生命力が消失した猪狩の前に口を開けた記号の町に取り込まれた、というイメージである。これを呼び覚ますにはなまなかな手段では 無理である。何せ現実を見たくないのである。いっぱいいるよな、そういう人。
 こういう人に説得を試みても無駄である。何せ目の前の説得という現実にも耳を塞ぐんだから。なので理屈は通用しない。上等な視聴者にだって理屈は通用し ないと思う。そこで「なんだか分からないけど目が覚めるような気がする」というイメージで考えることにした。
 猪狩がいるのは記号の町というメタの世界だ。メタにはメタを。
 というわけで美佐江にはまず同じメタ世界に潜ってもらうために、手術中の睡眠に入ってもらった。手術中の夢を通ってメタに入り込む。マロミのガードは美佐江の「愛」によって突破するのだ(笑)
 そして美佐江の愛は執拗で、逃げても逃げても猪狩を追って行く。一旦生まれた縁(えにし)は片方の都合だけで簡単に切ることは出来ないのだ。追ってくる 美佐江の「愛」と猪狩が目を背けようとするばかりに却って意識してしまう「過去」(猪狩に求める気持ちがあるから美佐江も記号の町に入り込めたし、追って も来られる)、そしてその両者が交錯したところに化学反応を起こさせる、そのきっかけとなるのが花火である。
 なぜ花火か。意味はない。
 何となく説得力があるイメージだという気がしただけで、理屈はない。同時に花火はノスタルジーを誘ってくれる美しいイメージだ。記号の町にも相応しい。 そしてまた、花火によって喚起され、次々と連鎖して行く猪狩と美佐江の思い出は、まるで次々と破裂する花火のようでもあるというイメージを重ね合わせられ ると思った。感傷的な思い出はつねに連鎖するパルスのように頭をよぎる。それが私の「思い出」のイメージ。「千年女優」の構成は正にそれだし、9話 「ETC」の「OH」回想インサートカットも同じイメージだ。ワンパターンではある(笑)
 花火の音もいい。プロットにあるメモ「※ドンッという音と光が回想ショットにシンクロして行く」というイメージは理屈ではない部分で猪狩を目覚めに導く アイディアとして気に入っている。花火の音やその明滅は、1話や9話の解説の際に記した「メタへの進入路」としても機能している。
 いきなり現実的な話になるが、この花火の処理には少々困った。
 まず作画は面倒である。
 手描きの作画では手間がかかる上に、高密度を期待するのは難しい。CGで処理するにも他話数が同時進行していてCG担当者のキャパシティはいっぱいだ し、だいたい試行錯誤をするだけの時間もない。CGで作ってみたのはいいが、イメージが違って使えないとか美しくなかったりした場合、ここは「外せない」 シーンだけに失うものが大きい。そこで私も考えた。
「実写素材だ!」
 もう、すぐに楽するんだから(笑)
 なぁに、アニメに実写を混ぜて悪いなんて法はない。テクスチャだって実写素材だ。動く実写素材を使って何が悪いか。必要とあればどんな方法でも躊躇せずに使う、それが合理的な精神というものだ。
 早速ネットで検索して版権フリーの実写花火素材(CD-ROM)を取り寄せてみた。
「おお!これは使える」
 ただ、素材をそのまま使用するとあまりに絵との違和感が大きいので、実写素材が馴染むようにCGで加工してもらうことにした。幾度かの試行錯誤の後に出来たのが本篇でご覧いただける映像。撮影監督、須貝氏の工夫である。