妄想の十三「終わり無き最終回。」
-その7-

誰がおまえの父さんだ

 手術中の美佐江が、その死を迎える。

 この猪狩はかっこいいと思う。
「誰がおまえの父さんだ!?」というセリフは実にかっこいい。飯塚さんの凄みもいい。花火が連発するのもかっこいいし、ここから始まる音楽もかっこいい。このカットを作った私もかっこいい。それは言い過ぎ。
 このカットはとても気に入っている。手前みそで恐縮だが私は「妄想代理人」全13話中一番気に入ったカットであり、ここから一連のシーンも大好きだ。
 気に入った事柄について書くのは楽しいので詳しく書いてみる。
 まずこのシーンのかっこいい作画。C.143からアイキャッチが入る手前のC.170までの28カットはすべて「妄想代理人」キャラクターデザイン安藤 さんの手による。私はこのシーンのコンテを描いている時から、多分描き始める前から安藤さんにお願いしたいと思っていた。ここはひたすら猪狩がかっこよく なくてはいけない。期待に違わぬ素晴らしい作画だと思う。私の拙い文章表現ではその十分の一も伝えられないので、是非完成画面でお楽しみいただきたいと思 う。
 アフレコでは「誰がおまえの父さんだ!?」という一言に随分とこだわらせてもらった。飯塚さんは、よく演じられている役柄のイメージ(特撮物やアニメの 悪のボス役など)とは裏腹に実に心優しく気遣いの細やかな方である。ご自身は「千年女優」の立花役がその純粋さに共感出来るようでたいへんお気に召してい たご様子。「東京ゴッドファーザーズ」のヤクザの親分の方はどちらかといえば「いつもの」役に近いと思える。
 コンテのキャプションにあるようにこのセリフは何としても「凄み効かせて」というイメージだったのだが、飯塚さんは最初その心根の優しさからなのか、ソフトな感じで演じられた。
「もっと迫力を出す方でお願いします」
 何度かリテイクさせてもらう。
「あんまりすごむと親分の方になっちゃうよ(笑)」
 と飯塚さん。
「そうです、そうです、“ヤクザ”の方で(笑)」
 飯塚さんに芝居のイメージをお伝えする際、何度かこの「“ヤクザ”の方で」がお馴染みのリクエストになっていた。そしてOKテイクは申し分のない調子になった。
「誰がおまえの父さんだ!?」
 このセリフがきっかけでバックに打ち上がる花火については先にも触れた。そしてこのドンッドンッドンッという花火の音をきっかけにスタートするかっこい い音楽は、「妄想代理人」オリジナルサウンドトラックからではなく平沢さんのソロから「Kingdom」。名曲である。
「Kingdom」には2つのバージョンがあり、5thソロアルバム「SimCity」(1995年)に収録されたのが最初で、そして今年リリースされた 「SWITCHED ON LOTUS」にリメイクが収録されている。いずれも素晴らしいが、13話で使用されたのはこのリメイク版のカラオケバージョンである。
 アルバム「SWITCHED ON LOTUS」は「他界した9人のカトゥーイ達への追悼アルバム」と銘打たれている。公式ウェブサイトの解説を引用させていただく。

平沢の音楽製作に多大な影響を及ぼしたタイランドのカトゥーイ(ニューハーフ)達。平沢と交流のあった9名ものカトゥーイ達が、わずか数年の間に亡くなりました。このアルバムは、亡くなった9名のための追悼アルバムです。
タイ・カトゥーイの影響を特に強く受けて作られたアルバム「SIM CITY」「SIREN」からの曲を中心に、大幅にリメイク新録音される作品と、書き下ろし2曲を含む10曲入りフルアルバムです。

 粒ぞろいの名曲が装いも新たに生まれ変わり、切なくなるほど美しい鎮魂のためのアルバムになっていると思う。私は推薦します。是非お聞き下さい。

 平沢進「SWITCHED ON LOTUS」CHTE-0028 \3000(tax in)

 ただし、一般には流通していないらしいので、オフィシャルサイトでお申し込みを。
 http://www.chaosunion.com/

 このアルバムは「2004年1月10日発送開始」されたものだが、サントラに使用出来るということもあって、私は事前に「カラオケバージョン」というも のをいただいて仕事中に随分と愛聴させてもらった。カラオケで聞いていてとりわけ気に入ったのが、「Kingdom」だった。何か非常に劇的で力強い感じ がしたのである。華やかなリズムと狂騒を煽るような女性コーラス力強くも切ないメロディだと思う。繰り返し聞いているうちにこのシーンでのイメージが浮か んできたのである。コンテにかかる遙か以前のことだ。
「これ……猪狩がブチ切れるところで使えないかな」
 そう思ってカラオケバージョンを何度も繰り返し聞いているうちに、「ブチ切れた猪狩の姿」が重なってきて、それはもう切っても切れないものになってしまった。
 なので、シナリオに線を引いてラフコンテを作った段階で、「ここから音楽“Kingdom”」と記された。ここまではっきりと音楽イメージがあったのは この箇所だけである。この時から私の頭の中では「“Kingdom”をバックにブチ切れた猪狩がバットでガシャン!ガシャン!と記号の町を叩き割る」とい う映像になってしまったのだ。

記号の町を叩き割る

 私の大きなこだわりの一つは、この「ガシャン!ガシャン!と記号の町を叩き割る」イメージだった。猪狩にはどうしても自分の力で記号の町を叩き割って現実へ帰らせたかったのである。
 なにゆえそこまで「叩き割る」ことにこだわりがあったかといえば、元ネタがある。またかよ(笑)。
 そう、たいていのことには元ネタがある。それをどこでどう活かしてどう発展させるかが大切なのだ。そのために多くの創作物に触れて引き出しの中味を増やしている。
 さてこのイメージソースも、またもや平沢さんである。またかよ(笑)
 1995年に行われた平沢さんのインタラクティブライブショウ「SIM CITYツアー」。この冒頭でヒラサワがスクリーン(ヒラサワと観客の間にある薄い紗膜)に映し出された映像をハンマーで次々と「叩き割って」、そして名 曲「Archetype Engine」が始まる。
「かっこいい」のであった。その実現の在り方としては、決してゴージャスではないのだが、とにかくイメージがかっこいい。
 ご覧になりたい方は現在DVDも発売されているようだが、平沢進オフィシャルファンクラブ「GREEN NERVE」会員様のみ購入可能ということなので欲しい人はまずファンクラブへ。

INTERACTIVE LIVE SHOW 1995「SIM CITY」
CHTE-0027 \5000(税込)

 最初にプロットを考えた時のイメージでは、猪狩がレイヤー状に立ちはだかる記号の町の風景を次々と叩き割りながら現実へと歩いて行く、という感じだった のだが、あまりに作画内容や処理が大変になりそうで、さらにはそんなに尺の余裕もなかったので完成品で見られるような形になった。しかしイメージは十分表 せたと思う。
 ちなみに割れる記号の町はもちろん作画ではなくCG処理。BGで描かれた風景をパソコン上で貼り付けて、それを割っている。確か、アフターエフェクトの プラグインで済ませているはずだが、デフォルトで装備されている「ひび」はさすがにちゃちに過ぎるので、もう少し様になるように「ひび」は私が描き下ろし た。
 出来れば完成品よりもう少し重みと色気を模索したかったのだが、そこはそれ、迫るオンエアには勝てないのであった。