妄想の十三「終わり無き最終回。」
-その9-

  決めゼリフ

「その居場所がないって現実こそが俺の本当の居場所なんだよっ!!」という猪狩のセリフはいかにも作り事めいているが、ここではかっこよく聞こえるのでは ないか。いわば「決めゼリフ」である。「予告編」などで切り出されるようなタイプのカットではなかろうか。
 こうした「そのものズバリ」をセリフにするのはあまり好きではないが、うまくはまると効果的だと思う。水上さんが考えてくれたこのセリフは秀逸だと思う し、演出的にも徐々にテンションを上げた結果に口にされるので、割と上手く機能していると思うがいかがであろう。
 ふと思い出した。かつて私は「MEMORIES/彼女の想いで」の脚本を担当したが、この中で同じような真似をしてけっこうハズカシい思いをした。ハインツという主人公が吐く次のセリフである。
「思い出は逃げ込む場所じゃない!」
 うっひゃあ。おハズカシいというよりドハズカシい。
「そのものズバリ」もここまでやるとイケナイという好例である。すいません、本当に。ちなみにこのシナリオを書いたのは28歳くらいで、脚本としては私の デビュー作になる。若気の至り、と言いたいが28にもなっててそうも言えまい。不徳の致すところである。このセリフが出てくるカットも当時予告編だか特報 だかTVCMだかに使用されて、見るたびに顔を赤らめた覚えがある。
 昔の思い出に逃げ込むのはやめよう。これらのセリフはいずれも相手に向けられたものではない。自分自身を納得させるため、確信を得るため自分に向けた言葉ではあるが、どちらかといえば観客や視聴者に向けて、より機能を発揮していると思える。
 猪狩のセリフの方が前者の傾向が強いのでハズカシい思いをしなくて済んだと思えるが、勢いを付けてからではないとこういうセリフはなかなか上手く行かな いのではなかろうか。こういう「そのものズバリ」のセリフを乱用された作品を見ると得てして私はこう感じる。
「じゃあ、話なんか要らないじゃないか」
 そのセリフにテーマや主張を集約出来るならわざわざ物語を作る必要はないじゃないか、と思うのだが、世間一般では視聴者や観客が納得するために好評を持って迎え入れられるようである。だってその方が「みな同じように」感想を共有できるから。
 ちょっと嫌だな、私は。

帰ってきた係長

 C.168は特に水上さんに受けたカットだ。私は素直に喜ぶ。脚本を書いた人間が完成した作品を見て喜んでくれることは、演出家として非常に嬉しい。な ぜ脚本家に受けると嬉しいかというと、脚本家は脚本家で執筆中に完成したイメージを浮かべている。そのイメージを引き継ぎながら、脚本家が考えてもいな かったような、脚本家自身が「参った面白い」と思えるものを作れたことを喜ぶのである。なので私としては脚本家から「思った通りのもの」という感想をいた だきたくない。まあ、ピノキオみたいな鼻になった脚本家は得てして作品に「思った通りのもの」を要求するようであるが。
 また、脚本を大幅に変更して「脚本と違うもの」を作り上げるような演出家も私は信用しない。だいたいそういう輩はシナリオをまず読めて……不愉快な気持ちになるのでやめておく。

 C.165の後半で「アクションはラストにグッと溜まる感じ」、つまりスローモーションになって、166、167、168とスローが続く。私はあまりスローを好んで使う方ではないが、13話では何カ所かでスローを使っている。
 カット内の情報が非常に大切であるにもかかわらず、あまりにアクションが速くて認識出来ないような場合などは、情報を伝えるためにスローにして印象づけ ることがあるが(Bパートの月子の手からマロミがこぼれる、とか)、このカットの場合は……何でスローにしたんだろう(笑)
 コンテを描いている時に感じた生理的なリズム、「なんだかその方が気持ちがよい」といった、直感としか言いようがない気もするが、あえて屁理屈を付けてみる。このカットを描いた時、こんなことを思っていた。
「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、猪狩にとっては偉大な一歩である」
 大袈裟だな、一々(笑)
 もしかしてお若い読者の中にはこの元ネタを知らない人もいるだろうから念のために紹介しておく。1969年、アポロ11号が初めて有人月面着陸に成功して、初めに月面に降り立ったアームストロング船長の第一声がこれ。
「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である」
 そんな大層なものと引きこもり中年男が現実に戻ってくることを一緒にするのもどうかと思うが、イメージを伸張するにはこうした大袈裟なイメージを借りてくるのは私がよく使う方法。
 ほとんど冗談とは言え、背後にそういうイメージがあったから「大きな一歩」をより印象づけるためにスローにしたと思われる。
 そして感動的な一歩によって現実に戻ってきた猪狩を迎える言葉がこれ。

馬庭「係長が帰ってきた!」

 私はこういう落差が好きだ。
「月面着陸」という偉業のイメージから一気に「係長」。
 これがイメージの圧縮と伸張(笑)
 ホントだぞ。