北欧出張のテンションが切れてしまったが、レポートは続く。
7時半に起床。
コーヒーで脳を起動し、シャワーで身体を起動。
そしてそしてそして。きょうの朝ごはんはホテルのビュッフェをパスして「あれ」のお出ましを願う。
日清カップヌードル。
ストックホルムでゲットした日本の至宝。
ただし、日本で買う値段の3倍くらいした。高価なカップヌードルである
備え付けのキッチンの備え付けのなべでお湯を沸かし、「前菜」のインスタントみそ汁に命を与え、カップヌードルにエネルギーを与えて待つこと3分。
うう、待ち遠しいこと。
その間に味噌汁をいただく。ああ、美味い。
備え付けの箸があるわけではないので、備え付けのフォークでいただく。
ズルズル。ううううう、美味い。
腰が抜けるほど美味い。ともすれば落涙しそうだ。
ありがとう、カップヌードル。
びっくりするほどの快晴。気持ちがいい。
11時半に車を回してもらい、イベント&上映会場へ。
一般の映画館ではなくシネマテイクという、日本でいえばフィルムセンターみたいなものである。
会場を下見して、通訳の方と打ち合わせ。
スウェーデンでの教訓を活かして、話す内容を整理して分量を減らす。
60分の講演で、通訳が半分喋るとしたらこのくらいの量であろう、という目算を立てておいた。
時間に余裕があるので、近所を散歩。
オスロにおける、日本のアニメと漫画の拠点といわれる店を「視察」する。
その名も「NEO TOKYO」。
うわ、小さい(笑)
スウェーデンにおける「アニメと漫画の拠点」とは段違いの小ささではある。これだけで、オスロでの受容度が窺い知れるように思えるが、この拠点がこれから少しずつ大きくなっていくのだろう。
店内にはアニメ雑誌のバックナンバーやフィギュアやグッズが並んでおり、「猫耳」をつけたノルウェーのお嬢さんの姿も見えた(先の画像ではあいにく手前の子の陰になっているが)。
なぜか「サッポロ一番みそラーメン」も置いてある。
店主さんによると「けっこう人気がある」そうだ。
「NEO TOKYO」のいっそうの発展を願い、せめてもの応援のためにサインを一枚描かせてもらう。
港まで歩き、今年完成したばかりだというオペラハウスに上ってみる。
「上ってみる」という表現は奇妙に思われるかもしれないが、そういう構造なのである。
建物は地上から緩やかなスロープをなして屋上へとつながる。
文章でその形状を伝えるのは難儀なので、画像をご覧いただきたい。
スロープの途中には、「立ち入り禁止」のチェーンが張られているが、皆さんお構いなしに上っている。
要するにこのチェーンは警告であり、「この先、上ってもいいけど何かあっても責任は取りません。自己責任ですよ」という意味らしい。
実際、すでに怪我をして病院に運ばれた人もいるのだとか。
真新しく白い建物は、快晴の低い日差しを反射してひどく眩しい。
屋上からの眺めが清々しい。
会場へ戻って軽食をいただき、さて、最後のミッション。
日本の大使からのご挨拶に続いて登壇。200席ほどの会場は満員。チケットはソールドアウトだったそうである。やれ、ありがたい。
用意したテキストを読み上げるのはあまり面白くはないが、制限時間を守る上ではたいへん重宝する。通訳さんの負担にならないよう心掛けながら、話すペースを適宜調整してぴったり60分で終わらせる。
(大使館の方からいただいた画像)
講演に続いて、「キャラクターデザイン」へのコメント。
参加者はわずかに3人だが、なかなか楽しい時間であった。事前に主催者側からキャラクターデザインのための条件が出されており、一般公募されたものである。条件は次の通り。
「ノルウェー人女性、20〜30代、職業を持っているが、現在に不満を感じている。寿司を食べている」
3人中、2人は「マンガスタイル」(日本のアニメ・漫画風の絵をこう呼ぶらしい)で、言われない限りノルウェー人が描いたようには見えない。
そのくらいジャパニーズ「マンガスタイル」は普遍性を持ちえているのかもしれない、とも思う。言語でいえば英語みたいなもので、異なる母語を持つ人間同士のコミュニケーションには英語が使用されることが多いが(実際、北欧諸国ではほとんどの人が母語と英語の両方を話せる)、戦後わずか数十年の間に日本で発展し浸透した「マンガスタイル」は、その省略やデフォルメの仕方において、普遍性を獲得しつつあるのかもしれない……などと大げさなことを考えてしまう。
日本の古式ゆかしい伝統文化においては、「わび」や「さび」という情感が翻訳しづらい言葉であったろうが、現在では「もえ」がそれに当たるのかもしれない、という連想もわいてくる。
「わび」から「もえ」へ。
外務省としてはあまり積極的に輸出したくないのだろうな、と思ったりもしてみる(笑)
キャラクターデザインへのコメントの後は、質疑応答。
先のコメントの時間で、会場の雰囲気がより和やかになったせいもあってか、割と積極的に手が上がる。
この会場でも「ヒラサワ」の音楽についてたいへんな好評をいただく。
平沢さんの音楽への興味は訪れたどの国でも反応がよいので、私としても大変嬉しい。
「アニメーションを作りたいと思うきっかけになったアイディアはありますか?」といった質問をしてくれたのは、赤いセーターを着たティーンエイジャーの女の子。ご両親と一緒に来ていたようだ。
「特にきっかけはありませんが、少なくともアイディアの刺激を受けるのはいつもアニメーションではなく、別な表現による創作物に触れることによってもたらされるケースが多いと思う。特に平沢さんの音楽はイメージの源泉ですが、たとえば「音楽の真似をしてアニメーションを作る」なんて、ちょっと面白い考え方ですよね。だって、どうやって真似するのか、分からないでしょ。たとえば漫画から漫画、アニメからアニメ……ではなく、別な表現形態から刺激され、それを何とかアニメーションや漫画に持ち込もうとするときに、当然何らかの「翻訳」が必要になります。その翻訳の仕方にその人なりの考え方が反映しやすいし、そこに面白いアイディアが生まれやすいと思っています」
こんな答えでも喜んでくれた様子の彼女は、今 敏がこれまでに監督してきた映画はどれも好きなのだそうだ。実際、会場の外で今 敏を見つけた途端にテンションが跳ね上がっていた。
曰く、「キャーキャー」
イベント終了後、会場の外で深々と煙草を吸っているとサインを求める人たちの中に彼女の姿もあり、持参した『パーフェクトブルー』『東京ゴッドファーザーズ』『パプリカ』のDVDを私の目の前に広げた。
「オール?」
彼女は花が咲いたような満面の笑みで頷く。すべてにサインをしていると、彼女は「ありがとうございます」「すごくうれしい」等々、日本語を口にしていた。
後に、映画館関係者に聞いたところによると、今 敏監督映画がきっかけとなって日本語の勉強を始めたのだそうだ。
おや、まあ。
我々が作ったアニメーションも立派に文化交流に貢献しているではないか。
なかなかいい話である。
本省の視察官にはちゃんと「視察」いただけたであろうか。
一旦ホテルに戻って、日本からの参加者一同でビールをあおって軽く「打ち上げ」。
これですべてミッション終了である。この後は、日本の大使主催の晩餐会があるのだが、かまわずビールをどんどん空ける。
「お疲れさまでした!」
フィンランドのビールも大変おいしいのである。
90分ほどの間に3人で10本以上のビールを空けてしまった。
晩餐会が行われる大使公邸には、すっかりほろ酔い気分で伺うことになった。