■人間狩り


 前回の最後で次は話を作る段階と書いたが、その前に重要なプロセスを忘れていた。

 まずは脚本家探しである。これがなかなか見つからないもので、作品作りの度に頭を悩ますところなのだ。かつて「MEMORIES・彼女の思いで」ではあ まりの人材不足に私なんかが引っぱり出される始末。ことアニメ業界に限った話ではないとは思うが、有能な脚本家は同時に多くの作品を抱えていて依頼不能、 あまつさえそういう知り合いもいない、自称脚本家といった類は頼むだけ無駄。「パーフェクトブルー」でもやはり頭を悩めた。プロデューサー曰く「いい人い ない?」「こっちが聞きたいですよ、若くて元気のいい人とか、いないんですか?」「いやあ、それがねぇ…。今さんの知り合いでいないの? 脚本家…」

 「私の知り合いで脚本家……といったら…」

 かくして白羽の矢がたったのは、かの信本敬子氏。アニメからドラマ「白線流し」までこなす売れっ子脚本家である(本人が聞いたら怒るかもしれん な)。私の友人でもある上に、プロデューサーも前に仕事をしたことがある、仕事も信用できる、女の子が主人公だし、うってつけじゃあないか。

「じゃあ、とりあえず信本さんに…」

 この「じゃあ、とりあえず…」というのが曲者なのだ。打ち合わせで無策の時には重宝される言葉だが、なんとかなった試しはない。案の定、信本は忙 しく断られる。次の打ち合わせの席上、結局同じ会話となる「誰かいない? 脚本…」「いれば声かけてますよう。」「いないんだよねぇ…」 「うーーーーーーーーん」「はぁーーーーーー」唸ることしばし。この局面を打開するにはこの言葉しかない。

 「じゃあ、とりあえず探してもらうということで……」

 とりあえず言ってみるものである。脚本家を連れて来たのだ、プロデューサーが。実際に会う前にその脚本家の前の仕事を送ってもらったのだが、良い のだ、すごく。読ませてもらったのが「ハートにS」、「木曜の怪談・怪奇倶楽部」のうちの一本、それと「OL3人湯煙なんとか旅〜(すいません、失念しま した)」。特に「ハートにS」が良い出来で「あ、このひと分かってるなぁ」と思わずにんまり。プロデューサーの説明によると元は広告代理店にいた人で、芸 能界の裏話も多少分かるはずだし、向いてるのではないかということ。なあに、そんなことは付録さ。

 「決まりだな、この人に。」

 その名を村井さだゆき氏という。最初の顔合わせで私のろくにまとまってもいないメモ(前回参照)を見て検討。何とかひねりだしたアイディアでは あったが、気に入ってもらえるかどうか不安でさすがに私も緊張。村井氏に「面白くなるかも…」という感想をいただき、「パーフェクトブルー」への参加を快 諾してもらう。もっとも、こちらの腹積もりは「逃がすもんか」だったのだが。

 私のつたないメモを元に村井氏に作品のイメージを伝える。曰く「こう…夢と現実が交錯するような感じの……」「アイドルから女優への脱皮というこ となら劇中劇なんかも出して、それもストーリーに大きく絡んで……」「そうそう!“ザ・プレイヤー”とかね…いいよね」「夢と現実のシーン変わりも、あれ あれ、“スローターハウス5”みたいな感じ…」等々、村井氏とは映画の話や構成の好みも合い、旧知のような錯覚を覚えるほどだった。私の勘もまんざらじゃ あない。

 「じゃ、そんな感じでよろしく。」

 言いたいことだけ言ったものの、言われた方はたまったもんじゃなかったろうに。すいません。

 これでストーリーはプロットの段階に入る。しかし、人選に難儀していたのは何も脚本ばかりではない。作画監督・美術監督という作品の二大看板がこ れまた見つからないのだ。作画監督(以後作監)と言えば役者とも言うべきキャラクターの顔や芝居の統一を図る重要なポジションであり、また美術監督(以後 美監)は作品のバックグラウンドとなる世界観、色彩などをを司るこれまた重要な役職なのだ。

 理想の人選を上げれば何人かはいるのだが、腕のたつ人間が暇なわけもない。更に常日頃酒を一緒に飲んで遊ぶのは作画系の人が多く、私の人脈には美術関係の人間が少ない。とりあえず美監はプロデューサーに当たってもらうことにする。

 さて作監である。キャラクター・デザインは江口寿史ということ、更に私はリアルかつシリアスな作品をイメージしてしていたので、自ずと人選は絞ら れる。私が真っ先に考えたのは他でもない濱洲 英喜(はます ひでき)氏である。濱洲さんには、私が初めて演出を担当した「ジョジョの奇妙な冒険・第5 話」で原画をお願いし、まさに圧巻、その回の白眉とも言うべきシーンにしていただいたという経緯がある。とはいえ、濱洲さんは当時東映動画の社員であり、 他の会社の作監など頼めるわけもない。他の作監候補の人に当たってもらうが、当然忙しいとのことで断られる。慢性的な人材不足に加えて、その頃大きな作品 が動き始めており、役立つ人々は各スタジオで奪い合いの状態だった。そんな時、知り合いの原画マンから重大な情報を得る。「濱洲さん辞めてますよ、東 映。」

「マジ!?」

 すかさず電話だ。濱洲さんはテレビアニメ「るろうに剣心」のキャラデザインの仕事を抱えており、その制作状況は色々な意味で芳しくなく、精神的に も高揚感は少ないとの話。チャーーンス!!「パーフェクトブルー」の作品の概要や条件を説明し、作監を引き受けてもらえまいかと拝み倒す。やれ「他の人は あり得ない」「今の濱洲さんに是非必要な仕事」「この出会いは天恵かもしれない」等々……さながら宗教の勧誘である。懇願すること数十分。控えめな氏が口 にした言葉は「僕で良ければ…。」

 「………………!!」

 そのときの私の気分と言えば、「七人の侍」で志村喬扮する勘兵衛が「この飯、おろそかには食わぬぞ」言ったときの利吉の気持ちさ。(分からない人 すいません)「これでこの作品はうまくいく。」己の実力も省みず確信した私は、思わず部屋の中で小踊りのひとつもしてから、机の上の描きかけの漫画原稿を を見て愕然とする。

 「…両立できるのか? 俺……。」

 一番心配なのは監督の私じゃあないか。おまけに私は元来がアニメ界の出身ではないので、シート上の指示や撮影のことはとんと知らない。そんなんで よくも監督だ、という話もあるがそこを補ってくれるのが、「演出」である。演出というと、監督と同義に思われる向きもあるかと思うが、アニメ業界において は必ずしもそうとは言えず、アニメーション上のテクニカルな部分を担当する役職を指すこともある。野球で言えばヘッドコーチみたいなものかもしれない。と にもかくにも私が監督をする場合、この立場の人間がいないとどうにもならないのだ。そしてこの人選はただ一人しか考えられなかった。「ジョジョの奇妙な冒 険・第5話」で同様の立場でお願いした、松尾 衡(まつお こう)氏その人である。氏は他にゲームの仕事もあり、スケジュール的にバッティングするかもし れないし無理かも…ということだったが、プロデューサーの方からも頼んでもらい、この厄介なポジションを押しつけることに成功。

 「しめしめ…。」

 一方美監は、色々と当たってもらった結果、池 信孝氏が候補に挙がる。過去の仕事を把握しきれなかったが、プロデューサーの推薦と、リアル系をこなせ、新鮮さもあるということで氏に依頼、参加してもらうこととなった。

 こうして作品の屋台骨をになう脚本家と、作画の両輪とも言うべき作監・美監、そして心強い演出が決まった。先にも書いたが業界はスタッフの奪い合 い状態であるので、原画マンにも声をかけ始める。「ジョジョ〜」の時の作監・栗尾“ラーメン”昌宏、酒飲み仲間で平沢仲間の中山勝一氏、新婚の森田宏幸 氏、間近に結婚をひかえた鈴木美千代氏…等々、有能な人材から参加の約束を頂く。

 人的資源を着々と確保し始めた頃、村井氏からプロットが上がってきた。