■東京ファンタスティック映画祭'97始末記■

またもや番外編

1997年11月4日に行われた渋谷パンテオンでのファンタスティック映画祭での拙作上映の様子をお伝えしてみます。



●11/04●

 何だこれは!? 11/04、午後8時。渋谷の映画館・パンテオンの前には黒山の人だかりが出来ている。ははぁ、誰かの出待ちだな。誰だろう?青 田昇とか? ちょっと違うみたいな気もするけど、まあいいや。私は芸能人を一目見ようと黒山の人だかりの一部になるような人間ではないし、何しろ仕事で来 ているのだ。それに何より青田昇のわけないか。残念。冥福を祈ります。

 人混みをかき分けて進むと大きく手を振る見覚えのある女性。宣伝関係のKさんだ。「あ、どうも」「監督、こちらの方へ」などと言われ、胸にバック ステージパスみたいなシールと多少の優越感を胸に控え室へと向かう。嬉しそうにKさんが言う。「すごいですねぇ」「何が?」「いやお客さんの数ですよ」 「え?あれってもしかして…」「そうですよ、みんな…」

「えーーーーーっ!! パーブル見に来た客だ!?」

 何てこった。帰りたくなっちゃった。とりあえず気持ちを静めねば。控え室だのロビーをうろうろしてはウーロン茶でのどの乾きをいやす。

 控え室で意外な人との再会があった。大友さんが監督、私が原案を提供した実写「ワールドアパートメントホラー」の主演で、今じゃ「弾丸ランナー」 などで監督として有名なサブさん。別にホモじゃないらしい。きれいな女の方と一緒だったし。「久しぶりです。フィルム見させてもらいます。」なんて、煽ら ないで下さいよ緊張感。
 控え室には他にも「D坂の殺人事件」の舞台挨拶に来ていた岸部一徳と真田広之を目撃。真田広之は生で見ても小さいな。心労のせいか? お金はちゃんと 払った方がよいと思うぞ、等とどうでも良いことを考えて気を紛らわそうとするも、入り口にあふれる客が消える気配はない。こんな数の客の前で舞台挨拶で何 か喋るだって!? 普段緊張等というものと縁遠かった私は、久々に落ちつかぬ心持ちを味わい、「たまにはいいよな、こういうのも…」などと心の中でうそぶ いてみる。まずい、本当に緊張してる。

 一緒に舞台挨拶をする、未麻役の岩男潤子さん到着。知らない方のために断っておくが、いわおじゅんこ、と読みます。私も最初は、いわおとこじゅん こ、と読んで大変屈強な人物を想像してはアフレコでその溢れんばかりの怪力でも発揮されたらどうしよう、等と心配したものですが実際は名前と裏腹に大変小 柄な人です。ロビーに到着した岩男さんは小さい体を関係者に囲まれ、事故から救出された少女のようである。「良かったね、無事助かって!こわくなかったか い?」
 あ〜〜〜〜〜、何を考えてるんだ私は。

 控え室でも客の多さが話題に上がる。無邪気に喜ぶ主催者、スポンサー、そして次第に気が重くなる岩男さんと私。岩男さんはコンサートまで開くほどなんだから緊張しないでしょ? と水を向けるが「何か全然違いますよぉ。」と消え入りそうな声でやはりひどく緊張した面もち。
 衛星放送のスターチャンネルの取材があるとかで、緊張がほぐれない者約2名が2階のロビーに向かう。カメラとライトを向けられるのには慣れてないが、丁度いいや気が紛れて。毒をもって毒を制す、つもりだったが単に毒が2倍になったという話しもある。

 スターチャンネルのインタビューアー、というか司会はなかなか可愛い感じの女の子で、あとで気が付いたら寺尾友美ちゃんだった。最近あまり見かけ ないと思ったら、こんな所にいましたか。メモを見ながらの、一本調子で発言へのフォローもないインタビューはとてもうれしかったです。何を喋ったか覚えて いないが、苦労した点だの見所だの視聴者へのメッセージだとか、そんな素晴らしくも型どおりの中身の濃い内容だったと思う。私も上るぞ、大人の階段。記念 に黄金に輝くスターチャンネル特製の腕時計をもらう。かっこエエ。

 客入れの時間が迫り、メッセージボードとやらに岩男さん共々サインをし、記念撮影の後再び控え室へ。スポンサーの社長や原作者の竹内氏も顔を揃 え、またもやファンタ史上でも最高だとか言う客の多さに驚き喜んでいる。「いやぁ、監督すごいですな。さっき外見てきましたけど、お客がブアーッと並んで ましたよ。しかし、この作品にはほんま客が集まりますなぁ!カナダでも韓国でもぎょうさん人が集まったし、すごいでっせ。」私に顔を寄せてにこやかに、し かもなぜか小声で喋る竹内氏はうれしさのあまり、胡散臭さはいつもの5割り増しだ。いいよな竹内さんてば。岩男さんはといえば、周りの人間相手に舞台挨拶 で話す内容を練習しており、「抜け駆けは禁止だぞ。」と横やりを入れてみたらもうセリフを半分忘れてたな。なんか陸奥A子の漫画にでて来そうなキャラク ターなのね。目がバッテンで、アセッ、アセッみたいなぁ。
 一方我々の挨拶の前にミニライブをするM-VOICEちゃんは青い衣装に身を包み準備万端。「もう衣装もパーフェクトブルーですよぉ!」と元気いっぱい。ははは…そりゃ嬉しいや、ホント。

 始まりを知らせるチャイムが鳴り、来ていた知り合いやスタッフは客席へ。映画祭プロデューサー小松沢氏のテンション高い挨拶が聞こえ、M- VOICEのミニライブが始まると、私の緊張感はいやが上にも盛り上がり、尿意も高まる。まずはトイレだ。M-VOICEが生で歌うエンディングテーマを 聞いていると、何かこう、全部終わった感じがひしひしとしてくる。制作中の様々な苦労やうれしさが胸に去来し、みんなの顔が脳裏をよぎる…さよならパー フェクトブルー………放尿も終わり。チャックの確認だけは忘れるもんか。

 舞台袖でマイクを渡され、小松沢氏の紹介とともにいざ舞台へ、盛大な拍手が鳴り響き、私、岩男さん、そして竹内氏の順で中央へ。ふと目を上げると、わ!顔の海か!これは!? 会場が埋め尽くされているではないか! あ、客席の中に青田昇氏の顔が!? もうその話はいいって。
 小松沢氏に何か聞かれて答えたのだが、よく覚えていないな。東京ファンタスティック映画祭のオフィシャルサイトの記事から抜粋させていただく。

今敏監督、岩男潤子さん達の登場でひときわ大きな拍手。今監督は「自分達の創った作品を 本当に観にきてくれているだろうか」と、まだ半信半疑のようです。原作者の竹内義和さんに「岩男さんと同じ舞台にたつのが夢でした」と言われた岩男さんは「新しい役へのチャレンジという事でとてもとまどいました」と可憐な声で応えます。

 半信半疑?半信半疑、か。当たりだな、悔しいけど。会場に来ていた人間の大部分が岩男ファンだろうしな。
 さて罵詈雑言や石を投げられることもなく、無事舞台挨拶も終わり、上映開始。会場に私の席は用意してもらっていたのだが、見たくもないので、雑誌取材を 2本ばかし受けて時間をつぶす。beginという雑誌と、韓国のpremireという映画雑誌だったような気がする。前者は大変熱心かつ作品にも好意的な 感じがして、関係ない話にも花が咲き随分と喋ってしまった。後者は小松沢氏と一緒にインタビューを受けたのだが、氏が色々と話してくれたので助かった。作 品についてはいくらか答えられるものの、そんな「韓国では日本の作品が上映が禁止されていることについてどう思うか?」なんて聞かれたって困るよ、私。と りあえずは答えはするが。「人の伝えたいという欲求や、知りたいという欲求は止められるものではありませんよね、云々。」訳すとこうなる。「よその国の事 情なんか知らないよ、俺。」

 インタビューを受けながらも頭の片隅では一つの不安が、エアーズロックのような存在感と迫力で居座っていた。「拍手がなかったら……めっちゃかっ こ悪っ。」 会場から漏れる音がずっと聞こえていたので、セリフの断片やSEの感じで上映の進行具合は当然分かっている。さあいよいよ映画もラストだ…… お!聞こえるじゃないか拍手という奴が。よしよし、客がでてくる前に引き上げるとするか。しかしまあ、上映時間81分の間喋り倒したもんだ。

 控え室には、ルミ役の松本梨香さんも来ており、賑やかなムード。ま、とりあえずは上映が成功したという事で一安心。客席で見ていたスタッフに一般 客の反応の断片を伝え聞くと、「よく分からない」という声が多かったとか。しめしめ。けど分からない作品じゃないと思うけどなあ、みんな犯人当てに興味が あったりするのかな。「実写でも良いんじゃないの?」という予想された反応もやはりあったらしい。韓国でも聞かれたし、色々なところで言われるんだけど困 るんだよな、この意見。最初からアニメの企画でやってるんだから、こっちは。それに私はネイティブの絵描きだ。実写のイメージを想定して絵に翻訳してる訳 じゃない。

 客が帰るのを待って、一応裏口から退散。驚いたことに私の作品のファンだという男の方がいて、サインを求められる。色紙、単行本にサインをしたま では良かったが、ちょっと待て、何だその紙袋から取り出したレーザーディスクは? ガーン! 「ジョジョの奇妙な冒険/第5話」!? 一応サインはするけ どさ、面白すぎるよあんた。一緒にいた松尾氏も大爆笑。というのも、松尾氏とはこの「ジョジョ」で初めて一緒に仕事をしたという経緯だ。笑うしかない。

 こうしてオチも付いてファンタでのパーフェクトブルーの上映は無事に終わり、我々は渋谷の夜の街へと消えた。

 
 さて天国の青田昇氏は喜んでくれたろうか。          もういいって。