■ベルリンは燃えているか -2- ■


●2月13日/2日目●

 何とまだ外は真っ暗ではないか。時差ボケで眠れなかったのか、と思いきや持参した目覚まし時計は午前6時を指している。他の時計も同じ時刻を指しておる故間違いはないようだ。なんだこの暗さは。ベルリンの夜明けはまだ遠いらしい。

tower  時差の具合でちょうど良いことに朝型に変わった私と妻は、柄にもなく朝の7時に朝食を済ませ、早速散歩に出かける。ようやく空も白んで来るが、街は白くか すみいかにもベルリンの朝の風情である。街行く人の数もまだ少ない。市内の地図を頼りにツォーロギッシャーガルテン駅前を通り、壁の悪戯描き一つに感心 し、ティーアガルテンという広大な緑地帯の朝露に濡れた緑に目を休めながら、ジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)の方まで足を延ばす。映画「ベルリン天使の詩」 で有名になった所で、高さ67mのその塔は通りの交差する広場に立ち、遠くからでもよく見える。真っ直ぐに延びた道の向こうに立つ金色の女神の様は、ゲル マンの厳格さを象徴している気がする。

 更に出勤でにぎわい始めたベルリンの街の風景に見とれながら歩き続けると、疲れてきた。いやマジで。時計を見るともう2時間半も歩いているではな いか。このバカ夫婦。着いた翌日には死の行軍、八甲田山に来たわけではないと言うのに。ホテルに戻る途中の街角で見覚えのある東洋人を見かける。サブさん だ。ご存じの方もあるとは思うが、私が原案を提供した実写「ワールドアパートメントホラー」に主演し、その後俳優業を続ける一方、自らメガホンを取り「弾丸ランナー」「ポストマンブルース」そして今回の映画祭に招待されている「UNLUCKY MONKEY」と わずか2年の間に3作もの作品を撮っている有力若手監督だ。前作も招待されているとのことでベルリンは2度目だそうだ。しかし精力的だよなぁ、2年に3作 とは。私がここ2年でやっとの事で「パーフェクトブルー」1本だからなぁ、私の3倍偉い。東京ファンタスティック映画祭での拙作上映の際にはわざわざ見に 来て頂いたり、何かと縁があります。実は失礼ながらサブさんの作品はまだ見たことがないので、この日の夜の上映で「UNLUCKY MONKEY」を拝見させてもらうことにする。

 ホテルに戻りマダムREXに通訳をしてもらい電話でインタビューに答える。前日の謎のインタビュー依頼の電話の主だ。いや謎にしたのは英語の分からん私のせいなのだが。映画祭期間中通して毎日発行される「Moving Picture」という機関誌に載せるのだそうな。さてその質問内容であるが『何故この素材を作るのにアニメを選んだのか? 実写でも出来ると思うのだが』ま たか、またそれなのね。あのですね、私の所に来たときには最初からアニメの企画で、他に選びようがなかったのと、私が日本語しか話せないように私が作品を 作るときには絵で語ることしかできないんですぅ。他にもいくつか質問されたが、日本で聞かれるのと大差のないものばかりであった。

 マダムREXとともに事務局に向かう途中、事情通の女性に上映館だの映画祭のシステム、あるいはまたゲルマンの性格等の教授を受ける。上映途中に 席を立つのは構わないが、彼らは時間に厳しいので始まりに遅れてはならないし、IDカードを無くしても再発行されないだろうから、パスポートとIDカード は絶対になくしてはならないとのこと。杓子定規なところはあるがルールさえ守れば快適に過ごせる国だと言うことらしい。彼女はことあるごとに口にしていた な。「ゲルマンだから…」と。

 何かイメージそのままの民族性ではないか。

 事務局のある建物の中には各国から集った様々な配給会社等のブースがひしめいており、行き交う人々も漏れ聞く言葉も実に多種多彩である。さすが国際映画祭。

 白人がやはり多いのだが、でかいな彼らは。184センチの私でさえ見上げる巨漢が多く、それに何より幅がある。65�の私など竹籤みたいなもの だ。マダムREXはプロデューサーらしく、その実に小柄な体で人々の合間を巧みにかいくぐり色々な人間と挨拶を交わす。人脈こそ命だ、がんばれマダム REX。彼女に一人の日本人を紹介される。頂いた名刺には「電通」と書いてある。電気通信大学の学生さんではない。「もののけ姫」監督・宮崎 駿氏のお付 きできたそうな。挨拶を交わすと、彼は言った。「見せてもらいましたよ、“パーフェクトブルー”」あ、それはどうも。「なかなかの力作ですね」

 そうかぁ「力作」ときたか、しかも「なかなかの」か。何か違う響きがあるよなぁ、「力作」って。さす が100億以上も稼ぐ作品の関係者だ。『うちの国民的優良超大作の足元にも及ばないし眼中にもないけど、チミもチミなりに健闘しているじゃないの』という ニュアンスが思い切り漂っていて実に爽快だ。ま、その通りだからしょうがないけど。ああ、金と権力にまみれてみたい。

 後で聞いた話だが彼らの40億だかの「特別招待作品」は、1000人規模の劇場を何と7〜8割も埋めるという大健闘を見せたそうな。しかも随分日 本人の姿が目立ったらしいし、きっと日本からの追っかけまでいるんだろうなぁ、すごいなぁ。拙作なぞその超大作の10分の1以下の予算(公称)、実制作費 だと多分20分の1くらいだから、客の入りが100人も有れば御の字だ、気が楽だよなぁ、ホント。

 日本映画のブースでまたサブさんとその彼女に偶然会う。立ち話で聞いたところ、彼の作品で予算8,000万程だそうで、撮影もそれほど時間をかけ られず、編集に至っては5日という異常事態もあったとか。新作では事態を改善するべく掛け合った結果、10日になったになったそうな。延びたうちに入らん だろう、それじゃ。いずこの世界も過酷だな。「UNLUCKY MONKEY」の成功を祈る。

 夕方ホテルで雑誌取材を受ける。ドイツで発行されているアニメ雑誌で「ANIMANIA」という。朝方立ち寄った駅の本屋で、ゲル マンの男や女の表紙に混じって“シンジ君アスカ君レイ君”の表紙を見つけて大笑いしたので、その存在は知っていた。そのインタビューアーによると 「ANIMANIA」の発行部数は2万5千、読者が回し読みするので実読者数は8万人だと言っておった。眉に唾して聞いておくとする。

 その最新号をもらったので少し中身を紹介しておく。表紙は3人のキャラクターの後ろに紫色のエヴァンゲリオンが両手を差し出している絵です。黄色 の文字で「ANIMANIA」とあり小さくカタカナで「アニメニア」とあります。紙も印刷も上等で値段は12.80ドイツマルクというので、日本円で 900円くらい、映画の入場料が同じくらいと聞いたので向こうの物価だと高い方か。肝心の中身の方だが、当然全てドイツ語で書かれているため私にはとんと 分からない。紹介されている各作品ともスチルはビデオからのキャプチャらしく画質はあまりよろしくない。ひどいのになると大きくキャラ(タイムカウンタの こと)まで入っている。「Here is Greenwood」「Record of Lodoss War」「HAKKENDEN」「MAHO TSUKAI TAI」「VOTOMS 」と言った作品が紹介されており、「PERFECT BLUE」も半ページの記事が掲載さている。ありがと。他には「Nobuteru Yuuki Interview」だの「子連れ狼」を特集した「Asian Cinema」だのがある。何より面白いのは読者からの投稿イラストと日本語の勉強のページであろうか。
 はやし:たかのさん、こちらはゲーネンさんです。 
 ゲーネン:はじめまして、ゲーネンです。どうぞ よろしく。
 といった具合である。日本のアニメ雑誌も提灯記事ばっかり書いてないで、そんな企画でも載せてみたらいかがなものか。

 取材の話に戻すが、まず彼の名刺に驚いた。こ、こ、この名刺に描かれたキャラクターは2頭身にデフォルメされてはいるが、も、もしや「キャプテン・フューチャー」ではないのか。彼に尋ねるとにっこりと笑みを浮かべ「もっともドイツでポピュラーなアニメだ」と答えてくれた。キャ、キャプテン・フューチャーがか? 何か、こう、それって「ゲルマンだから…?」

animania

差別する気はないが、やはりいい大人が持つビジネスカードじゃないよなぁ。


 さて質問内容の方だが、これが実に「またか」というものばかりである。

 ●サイコサスペンスというジャンル、それも実写でできそうな内容を何故アニメで制作したのか?
 「アニメの企画なの」
 ●タイトル「パーフェクトブルー」の意味は?
 「無い」
 ●カツヒロ・オオトモはこの作品にどういう影響を与えたのか?
 「与えてない」
 

  ここまでは殆ど100パーセントFAQだ。ところでよく見かけるこのFAQという略ですが、何の略なのでしょうか。意味としては「よくある質問」とい う風に私は解釈しておるのですが、正しいのでしょうか。最初にこのFAQというのを見かけたのは雑誌かどこかのウェブだと思うですが、バカな私はこれを 「ファッキュー」と読み、「FUCK YOU」の新しい表記かと勘違いして、「随分失礼だな」と迂闊にも思ってしまったという経験があります。誰か正式名称を教えて下さい。

 話がそれた。これらの質問にはさすがにおしゃべり好きなこの34歳もうんざりしており、よほど面白い答えが浮かばない限り手短に答えるようになっ てしまった。通訳してくれているマダムREXも「また、これですわぁ、どうしますゥ?」と、相手が日本語を分からないのを良いことに私に愚痴をこぼし 「さっきと同じ答えでいいですよねぇ」とネイティブの関西弁で提案してくれるまでになった。有り難い。

 ベルリン滞在中に上映後のティーチインを含めて、計10回のインタビューがあったのだが、この「ANIMANIA」のインタビューアーは作品に対 して随分と浅い読みしかしていないようだった。基本的には作品を評価してくれているようだったし、気に入っているらしいのだが、質問内容にひらめきは感じ られない。まず「どんでん返し」がお好きなようで、犯人当てのサスペンスという一義的な捉え方のようである。別にそれでも良いし、それだけでも楽しめるよ うに作ったつもりだ。更にこれまでの日本の目玉のでかいアニメキャラクターに比べてリアルで新しい、とのこと。十分目は大きいし、アニメらしいと私は思っ ているんだけどな。まして新しくなんぞあるわけもない。それとこの作品に出てくる日本のアイドル事情について、あれがリアルかどうかを尋ねられたのだが、 説明しようにも日本以外に、まずああいう芸能人としての「アイドル」という概念がないのだから答えに窮することしきり。英語字幕では「Pop star 」なのだ。違うっしょ、したら。私もネイティブの北海道弁で考える。

 松田聖子が分からぬ人間にどうやって水野あおいや制服向上委員会などの存在を説明しろと言うのだ。真面目に答えようと思案していると、彼は言った。
「“アイドル”というのは“メグミ・ハヤシバラ”みたいなものだろう?」
 違うって。染まりすぎだよあんた。仕方がないので作品に出てくるのは「日本のリアルな“アイドルシーン”だ」とつきたくもないウソをついておく。ええい、信じてしまえ。
 それと彼はさすがに日本のアニメに関する知識が広いらしく、ヨーロッパではあまり見られないはずの「MEMORIES」も見ているようで、その一編、私 が脚本を担当した「彼女の思いで」と「パーフェクトブルー」の相似についても指摘していた。ま、それはそうだ。やりたかったことに大差はない。
 この日の夕食は上映を控えたサブさんと彼女を交え、ベルリンに何度も来ているという女性の案内でおいしいと評判のドイツ料理を味わう。うまい。確かにう まい。ビールは無論のこと、ソーセージもステーキも豚料理のアイスバインとやらも大変おいしい。しかし何だ、こう三口、四口と食べると飽きてしまうのだ。 どれもホントにおいしいんだけど、何かこうどれも似たような印象の味なのかもしれない。醤油はないのか醤油は。

 夜10時半、「UNLUCKY MONKEY」上映である。「KINO 7」という劇場の前には会場前から既に人が溢れており、400席ほどの劇場らしいが満席となる。ああ、羨ましい。
 上映に先立ちサブさんの挨拶。「日本から来た天才監督です」ドイツ語の通訳を介し遅れて客席から笑いが漏れる。よくそういうセリフをさらっと言える なぁ、役者やのぉ……って、その通り役者か。自分も三日後には同じ場所に立つことを思い、シミュレーションしてみる。「日本から来た貧乏監督です」って訳 にもいかないし「えー、どうも、そういうわけで……」なんて始めようにもそんなドイツ語があるのやら。どうせ色々考えてもいつも通りの出たとこ勝負になる んだろうな、とぼんやり考えているうちに上映となる。

 初めて見たサブさんの映画「UNLUCKY MONKEY」は、気の利いた演出が随所にあって楽しめた。他人の作品をあれやこれや言うのは憚られますが、ただちょっと長いかなぁという気はしたかな。

 銀行強盗で大金を手に入れた男が逃げる途中に若い女性を偶然殺してしまい、逃亡中にその罪に苛まれていくという話に、ヤクザ同士のやはり偶然の殺 人にまつわる小さな抗争が絡んでくると言った内容で、ご自身も好きだといっていたタランティーノ・テイストといった感じでしょうか。気の弱い強盗男が罪を 償う術すら失っていく様は面白かったです。

 上映後のティーチインでは熱心なお客さんが数多く残り、ゲルマンにも大変好評のようである。監督に対して活発に質問の手が上がる。中でも一人の若 い女性が発した意見は大変印象的であった。「日本の最近の若者は善悪の判断も出来ないと聞いていますが、主人公が殺人の罪に苛まれ深く悩む様に、まだ日本 にも正義について真面目に考える人もいると知って安心しました、云々」こらこら、ちょっと待て。誰に聞いたんだそれ。そりゃ確かに人心は荒廃しておるが、 他人の国を悪魔の国みたいに言うんじゃないよ。それにしてもこの女性、ドストエフスキーの「罪と罰」まで引き合いに出していたが、大体そういう映画じゃな いだろうに。サブさんも答えに窮していたようだが、明日は我が身かもしれない。桑原桑原。