故郷、北海道のうまい食い物と休養で体力を回復した私は職場復帰とともにバリバリと仕事に励むことになる。なんといっても当面の仕事はレイアウトだ。
レイアウトという言葉は様々な職種や業界において使われており、アニメ業界におけるレイアウトとはいかなるものかをご存じ無い方も多いと思われる。今まで業界用語に何の説明も加えずに書いてきておいて今更なんだという気もするが、まあ聞いてくれ給え若者よ。
レイアウト-layout━《名》
1 [C]a (街・庭などの)地取り, 設計.b 設計図, 配置図, 見取り図. 2 [U] (新聞・本などの)割り付け, レイアウト. 3 [C] (工夫して)並べたもの; ごちそう. 4 [C] (野球用語)零点のまま負けること,完封負け 5 [C] 絵を描きまくること,原画マンが折角描いてくれたものを、思い上がった監督が「違うんだよねぇ」などとのたまったあげくに描き直すこと,重荷を背負い込むこと |
正解は4番の完封負けのこと、ではなくて5番だ。素晴らしい!さすがに私の英和辞典、こんな記述までなされている。(みなさん注意深く読んでね、くれぐれも)
とにかく大変だということがお判りいただける、わけないか。若干説明をすれば、要はカットの下書きというようなものだ。絵コンテに沿ってカメラ位置やレンズの種類(望遠とか広角とか)を設定し、さらにその中での人物の芝居や動きを設計、また必要な撮影処理などを考え、と同時に原図といって、背景のための下書きもこの段階で作成する。大変だぞ、ホントに。通常、原画の親方の元で5年から10年は厳しい修行を積まないと一人前のレイアウトは描かせてもらえません。最近では我慢のない若者が増え、1,2年で親方の元を飛び出し半人前のレイアウトをお客様に出す店が多くなり心ある職人の間では、非常に残念なこと
だ、と嘆かれています。(しつこいようですがくれぐれも注意深く読んでください。)
画面を決める上で非常に大事なプロセスで、なおかつ私自身今まである種専門にして関わってきた部分であり、特に重要視しているのでどうしても見方が厳しくなっているのかもしれない。作品全体で1000カット弱のうち、8割程は直したかと思われる。しかしレイアウトには個人の好みという物もあり一概に良くないから直すという物でもなく、上手な物でも生理に合わない物はやはり直さざるを得ません。一生懸命描いてくれた原画様、勝手に直してばかりでごめんなさい。
レイアウトの善し悪しの判断基準は、絵の上手い下手や個人的な好みも無論であるが、むしろ演出的な問題の方が多い。というより画面を作るということ自体「演出」なのだ。単に絵としての収まりというより、たとえば画面内の人物の心理状態や心象、複数の人間が登場する場合彼らの人間関係、力関係を考慮して画面内に配置したり、カメラアングル等を決めることが重要である。またそこに配置される対象も、心情や以後の話の展開を象徴するような物であるので、作品やシーンを理解していない限りレイアウトを決めるというのは難しいと思われる。絵がいくら上手くてもその使い方を間違えていればアウトだ。
C.148レイアウト/作品を見ていただいた方のうち何人かに「リアルですね、あの風呂場。」と言われたカット。しかしこれがリアル、というのは考え物。描いている時にもどうしようかと思ったのだが、湯船にお湯を満たしているところで果たして洗濯物を吊しておくものだろうか。湯気で濡れてしまうではないか。とは言っても「それらしく見える」ことが大事なので結局吊しておきました。実際のユニットバスを考えればこれでも広い感じがするのでしょうが、これ以上カメラが寄ってしまったり、無理に広角でとらえた風にするとかえって狭く見えないので、手前に洗濯物を配することで狭さを演出してみました。なんちゃって。 |
これがBG原図になります。グレイになったいるのはセル部分。密度感というか、ごちゃごちゃした感じがほしかったのでセルを多くしたつもりですが、仕上げが荒れたりするとみっともないことになりやすいので要注意。この作品ではどうだったかといえば、それは言わないことにしておく。 |
来る日も来る日もレイアウトチェック。ひどく上手な人、また作品やカット内容を理解している人の描いたレイアウトは無論チェックも楽である。全く
直しがなければサインだけして流せるし、結果的に全部描き直すことになっても上記の人の描いたレイアウトは「足せばすむ」のだ。自分でコンテを描いて設計
したカットを原画マンにお願いし、こちらのミスをフォローしてもらったり、自分でも予想しなかった部分を足してもらったりするのは、絵を介してキャッチ
ボールしているようであり大変楽しいことである。たまに変なボールが返って来るくらいは問題ないし、こっちの手元が狂うことも多い。問題は一から描き直さ
ねばならない場合であり、これが辛い。一人でキャッチボールするような物で、自分で投げて走って受けに行かねばならないのだ。疲れる。
「それ、行くぞぉ!」ピューッと放られるボール。タタタタタタタッ、パシッ!「もっといい玉投げろよぉっ! エイッ!」タタタタタタタッ、パシッ!「おまえこそちゃんと投げろよ!」「ゴメンゴメン!」以下延々と繰り返しでこれを一人でやるときたもんだ。
そういえば子供の頃はキャッチボールの相手は学校の壁が多かったかもしれない。私の育った施設では、比較的年の離れた妹たちが多かったのでキャッチボー
ルをしようにも相手が無く、学校ではいじめられてる方だったのでどうしても一人遊びの毎日だったなぁ……。(信用しないように)
再三申し上げるが、全修(全部修正することを略してこう呼びます)したからといって、描いてくれた人が下手とは限らず私が偉いわけでもない。《俺上手いけどね》 私も他の作品に参加すれば当然直されることもあるわけだ。《またまた謙遜謙遜》
今までも何度か紹介させてもらっているが、主人公・未麻の部屋というのはもう一つの主人公であり登場シーンが多いのだが、これが実に小物が多いし、テレ
ビドラマの撮影所も多くの人や小物や道具類にあふれている。現実から考えればずいぶんと省略して描いてはいるが、カットごとに描き起こさなければならない
ことを考えれば結構大変な方だ。《とか何とか言っちゃって》 しかも文句を言おうにもコンテを描いたのも、部屋の設定をしたのも自分だからしょうがない。俺の馬鹿。《ホントは楽しんで描いてたくせに。》さっきから誰なんだ、この突っ込みは。《ヴァーチャル俺。》 いやなやつだな! 《フフ、ホントは自分が一番上手いと思ってるくせに!》 なに言ってんだよ! みんなが描いてくれたものを大事に… 《ハハ全部自分の絵で埋めたいくせに!》 やめろ!やめてくれ! ……ッて何だこの三文芝居は。《フフ、映画を見ればわかるはずだぞ!》 もういいって。話が進まないだろ、これじゃ。
日に日に着々と遅れを出しながら制作は進んでいく。10月の声を聞いてもレイアウトは半分も終わらず、加えて原画も上がり始める。逆に言えばこの時期にまだその程度しか進んでいなかったとも言えるのだが。
当時聞かされていたスケジュールは年内作画アップ、である。原画も播き切れておらず、原画上がりも全体の3分の1以下、動画仕上げはすべてこれからとい
う状況で、残り2ヶ月のうちに80分のアニメが出来るものなら苦労はしない。であるにも拘わらず制作は原画マンに催促するわけでもなく、新規の原画マンを
連れて来もせず、また私に向かってスケジュールを楯にあがりを出すよう話をするわけでもない。放っておかれているに等しい状況だ。制作の方はそれほど無口
な人じゃなかったと思うのだが、ホントに何も言ってはこない。進行状況のデータは毎週出されるが、いかに遅れているかを伝えるだけで、それを元に何ら対応
が無ければ紙の無駄という物だ。アニメはかくも地球に優しくない。
概ねこういった状態の時、我々の業界では「本当はスケジュールが延びるんだな」と勝手に読んで良いことになっている。(『アニメ業界基礎知識’96』-アニメ有志の会発行-167ページ第3章「スケジュールと仕事」より抜粋) 良いことになっているわけじゃないんだろうが、そういうものである。よって当然それまでと同じペースでこちらも仕事を続けることになり、結果、遅れは蓄積 され増大していく。何か手を打たなくては作品の質以前に、完成すら危ぶまれることになってきたその頃である、あの暗黒大王が現れたのは。
11月。制作担当交代。
「嘘だろ!?」
前回(愛の天使が微笑んで)にも書いたが
この重要なポジションがころころ代わられちゃ冗談ではなく困るのだ。しかも2回目だ。状況を打開するはずが、これでは尚のこと混乱を来すではないか。制作
側の事情もあるだろうから、こちらの都合ばかりは言えないが実にご無体な仕打ち。
現れたのは○○という男。実名を挙げるのは憚られるので仮にハマグリとしよう。スタッフの一人からハマグリの噂というか前科は聞いてはいた。某アニメ制
作会社のテレビシリーズを担当し、放映開始6回目にして総集編を流したという強者でその会社をクビになっている。制作事情の悪化から放映に間に合いそうに
もない時は、それまでの放映分から総集編を作成して最悪の事態を回避する(『アニメ業界基礎知識’96』397ページ第5章-制作編-「緊急時の対応」より抜粋)という手段はあるのだが、わずか6回目にしてその非常手段を使うとは。噂に聞こえたすごいやつ、といえばキャシャーン以来二人目ではないのか。
♪噂に聞こえたすごいやつ キック・アタック・電光パンチ
生まれ変わった不死身の体……♪
キャシャーンは生まれ変わって不死身の体となったが、ハマグリは不思議な頭になってしまったのかもしれない。プレッシャーのかかる事態になればな るほど現実頭皮、いや現実逃避をして事態をより悪くするというのは私には実に不思議に見える。とはいえハマグリが現れた時点ではまだそこまでは把握しよう もなかったし、そう悪い人間にも見えなかった。後に伝説となる「一人電話」や「震える口」や「ズル寝」といったハマグリの底力というか本領を発揮するの は、制作状況の進展を待たねばならない。が、いずれにしろ役に立ちそうにもない者を、どんな事情があるにせよ何故に拾ってきてこの作品に投入するである か!?
ハマグリへの交代を期にスケジュールの再確認の為の打ち合わせがもたれた。プロデューサーを交え各部門の責任者が集まり、進行状況の確認と、遅れているスケジュールの打開策が検討され、各個に翌日から対応していく、筈だった。
何も変わらない。何一つ変えない。伝統の味一筋。違うだろ。
常識的に考えて、制作の言う1月中にフィルムアップというのが本気だとしたら、翌日から修羅場にしたところで間に合わないくらいだというのに、
なぁ〜んにも変わりゃしない。確かに各原画マンと個別に話しスケジュールを伝えたようではある。しかしそのスケジュールを実現するための努力は一切見られ
ない。この時11月初旬。次にスケジュールの話を聞いたのは翌年の3月のことだ。4ヶ月間何の通達もなかったのだ。いやホンマ、正味の話。怒るで!しか
し。このことだけでもいかなる仕切りの元に制作されたかがお判りいただけるかと思う。
絵を描くのは我々の仕事だし、遅れを出すことの半分以上は我々の責任だ。しかしスケジュールの管理が制作の仕事。結局は本当に何一つ状況は変わらぬまま更に遅れを増大させつつ毎日が過ぎていく。
これから訪れる修羅場を前にスタッフ有志、総勢9名で一泊二日温泉旅行へと出かける。呑気といえば呑気だが鋭気を養うことも必要である。本当かよ。
新宿発の中央線で山梨は甲府へと向かう、筈だったのがいきなり2名が現れず出鼻をくじかれる。アニメ制作だけでなくレクリエーションまで予定通りに進行できないということは、スケジュールの遅れも状況の悪化も『もしや俺が全部悪いのか』という不安に襲われる。電信柱が高いのも郵便ポストが赤いのもみんな俺のせいなのか? 落ち込んだ私は人気の消えた海辺をうなだれて歩こうかと思ったが、甲府には海がないので車中のビールで我慢することにする。若干疑問の残る因果関係ではあるが了承していただきたい。
正しい宴会
現れなかった2名のうち1人は風邪でダウンしてしまい結局参加はかなわなかったのだが、もう1人はなんと甲府のホテル・旅館に電話をかけまくって
我々の宿泊先を突き止め、真っ赤な愛車・フェアレディZを駆って後からやってくるという離れ業で合流した。さすが演出・真っ赤な松尾氏。
さて我々8名は温泉番長・中山勝一氏の厳しい指導の元、正しい温泉の入り方を学ぶこととなる。そのとき渡された「正しい温泉の入り方心得・第五版」から引用してみる。
第一に酒で喉を潤す。風呂に入るという気分を作るのが大切です。 そして一から九の繰り返すことにより、自分なりの「いい感じ」になることが大切です。決して無理をしていけません。 |
飲んでは風呂に入り、あがっては飲んでまた風呂に浸かるという、まさに照り焼き状態だ。かようにして養った鋭気は次の日の散策と山登りで使い果たして帰ってきた。何のために行ったんだか。
楽しい温泉計画も終わり、戦場に戻った私は引き続きレイアウトチェックに追われることになる。
さて次回は「新外国人選手・マック来日」の予定です。最近のアニメ事情をにぎわす「デジタル」ということにも触れながら書いてみたいと思います。