2009年6月8日(月曜日)

5月の雑食



「NOTEBOOK」用のデータを仕事場に忘れてきたので、JAniCAレポートは一休み。

先週の木曜から2泊で神戸出張。専門学校「アートカレッジ神戸」で、レギュラーの出前講義。
だいたい一月に一度くらいの出張は、私の生活や仕事にとってちょうどよい「句読点」として機能してくれている。往復の新幹線とホテルで過ごす時間は貴重な読書の時間である。ま、大半は睡眠にあてられるのだが。
今回の出張のおかげで、いま話題沸騰、売り切れ続出、印刷所も大わらわ、出版業界の救世主とも期待される『1Q84』を読み終えることが出来た。
村上春樹、待望の新刊『1Q84』〈ichi-kew-hachi-yon〉。
無論、ここで内容については一切触れない。
私の希望は、周囲の人に早く読んで欲しいということ。
だって、せっかく楽しんだのにまだ誰とも話が出来ないんだもの。

『1Q84』は発売から一週間で96万部、とか。
すごいなぁ。
下世話な話だが、「BOOK1」「BOOK2」ともに映画料金程度。映画でいうと公開一週間で約100万人を動員するビッグヒットである。
しかし、著者の希望もあって事前に内容については一切公表しないようにしていたにかかわらず、これだけのヒットになるということは、「内容が面白そうだから」というわけではなかろう。
多分「村上春樹だから」という理由が大きいのだろうが、「話題になっているから」という面も大きいのかもしれない。
話題が話題を連れてくる。
お金にしろ話題にしろ、仲間がいるところに集まるものだ。
そういう仲間には縁がない。

先月、映画は2本しか見ていない。しかもいただき物のDVD。

『アイアンマン』(監督ジョン・ファヴロー)
『インクレディブル・ハルク』(監督ルイ・レテリエ)

……頭悪そう(笑)
でも、どちらも楽しく観た。
いずれもソニーさん製で、『ハンコック』も同時にいただいた。ソニーさんの「3強ヒーロー」揃い踏みである。ありがとうございます。
どちらもマーベル・コミックの漫画原作で、共通点が多い両者。
『インクレディブル・ハルク』内には『アイアンマン』からの「乗り入れ」も見られるし、『アイアンマン』も劇中で続きが示唆されており、続編が最初から予定されているのであろう。
いずれも中核となって描かれる、強力な力を得た者ゆえの「歪み」はつまりは持てあますほどの軍備を抱える彼の国のセルフイメージなのであろう。
さしずめアイアンマンと2号機、ハルクとハルク2号はそれぞれ民主党と共和党といったところか。
端から見ればどっちも変わりゃしない(笑)
何よりの共通点は話の形がどっちもまったく一緒。
まあ、軍事と結びついた科学技術の暴走ものみたいな話は、一号機が出てくれば悪者が改良型二号機となって出て来て最後に対決。力には劣る一号機のヒーローが知恵や愛や勇気で奇跡を起こし、二号機を倒してめでたしめでたし、が昔からの定番である。
私が最初に参加したアニメ『老人Z』もまったくそんな話だった。
当時、原作・脚本の大友さんにそのことについて質問した覚えがある。
「いいんですか?こういうパターンってよくあるのでは……?」
「一号機が出てくれば、二号機が出てきて戦う。そういうもんでしょ」
いまならよく分かる。
「こういうのはそういうもの」である。
話形を外すことよりは、同じ話形の中でいかに工夫を凝らして楽しませるのかが問われるアトラクションだ。それこそが正しい「娯楽大作」ではないか。
遊園地のジェットコースターはジェットコースターとしての工夫を凝らすべきで、オバケ屋敷と抱き合わせにしたからといってスリルが増す訳じゃない。
「オバケはいいから加速しろよ!」
そういうもんだ。

いずれも導入部が「雑」なのも共通していて、おそらく御本国では「みんな知っている」という前提が大きな理由なのかもしれない。
『ハルク』の冒頭なんて、ハルクを知らなければ「さっぱり分からない」といわれても仕方ない。私は高校時代にTVシリーズ『超人ハルク』を熱心に見ていたのでまったく支障はなかったけど。
『アイアンマン』も「とりあえず派手なところから入って、説明は後にして……」という「いかにも」ぶり。何かハリウッド映画を下手に真似たどっかのアニメみたいな。
ま、誰だって「こういうの」を見るときに期待する点は決まっているのだから、グダグダと説明してはいられないのだろう。
「いいから早く変身しろよ!」
そういうもんだ。
昔のTVシリーズの変身に比べて、現代のCGによるハルクの変身ぶりに改めて隔世の感を覚えるが、しかし、ハルクもアイアンマンもCGの技術がすごいというよりは、全体にCGがあまりに過剰でちっともリアリティがないのは残念な気がする。
すでに馴染ませるとかリアリティとかいうよりも、「CGそのものとしての見せ物」という領域に入っているんだろう。

どちらの映画も「役者」の占める部分が大きいことも大きな共通点か。
『アイアンマン』のロバート・ダウニー・Jr、『インクレディブル・ハルク』のエドワード・ノートン、主演の役者の持ち味が「娯楽大作バカ映画」に良いフレーバーを与えている。
念のため断っておくが「バカ映画」というのは別に本気でバカにしているのではない。バカのようになって楽しむ映画というような意味である。
主演同様に脇役も『アイアンマン』がジェフ・ブリッジス、グウィネス・パルトロー、『インクレディブル・ハルク』にウィリアム・ハート、ティム・ロス、リヴ・タイラーと役者に高額が投じられている。
グウィネス・パルトローの役なんて、もう「パターン中のパターン」なんだろうけど、グウィネス・パルトローがそれを演じているのがいいのである。
グウィネス・パルトロー、けっこう好き。
『セブン』も『スライディングドア』も『恋に落ちたシェイクスピア』も好き。
『ハルク』のリヴ・タイラーは「お前まで変身したのかよ!?」というくらい肩幅ありすぎなので、ヒロインとしてはちょっと逞しすぎる気がしてしまった。
『インクレディブル・ハルク』のいかつい将軍にウィリアム・ハートってのも味がある。最初、キャストをよく知らないで見ていて、途中で気がついた。
「ありゃ、『蜘蛛女のキス』のゲイが将軍に!」
ウィリアム・ハートといえばやはり『蜘蛛女のキス』が印象的。

高額にして有名な役者たちも、こういう「漫画原作娯楽バカ映画」のバカさ加減を健康的に楽しんでいるように見受けられる。
キャストもスタッフも原作に対するリスペクトがきちんとあるのだろう。そこが重要に思われる。
日本の漫画原作映画にはそういう敬意みたいなものが感じられない。
たとえば漫画界の巨人が残したせっかくの某傑作なんて無惨きわまりない姿になっていた。
もう30秒も見ないうちに「……ぶるる(寒)」ってなもんだった。

5月の雑食では何といっても、

舞台版『千年女優』(愛知公演)

が印象的だが、これについては十分記した。

先月はこんな本を読んでいた。

『声に出して笑える日本語』立川談四楼/光文社知恵の森文庫
『死ぬかと思った2』林雄司編/アスペクト
『心の闇に魔物は棲むか』春日武彦/光文社知恵の森文庫
『人生問題集』春日武彦・穂村 弘/角川書店
『整形前夜』穂村 弘/講談社
『本当はちがうんだ日記』穂村 弘/集英社
『にょっ記』穂村 弘/文藝春秋
『短歌の友人』穂村 弘/河出書房新社
『もしもし、運命の人ですか。』穂村 弘/メディアファクトリー
『世界音痴』穂村 弘/小学館
『現実入門 ほんとにみんなこんなことを?』穂村 弘/光文社
『もうおうちへかえりましょう』穂村 弘/小学館
『パームサンデー 自伝的コラージュ』カート・ヴォネガット 飛田茂雄訳/ハヤカワ文庫
『あぁ、監督−名将、奇将、珍将』野村克也/角川oneテーマ21
『負けに不思議の負けなし』(上巻)野村克也/朝日文庫
『負けに不思議の負けなし』(下巻)野村克也/朝日文庫
『パソコンは猿仕事』小田嶋隆/小学館文庫
『世襲議員のからくり』上杉 隆/文春新書
『志ん生の右手 落語は物語を捨てられるか』矢野誠一/河出文庫

先月は『人生問題集』で初めて知った「穂村 弘」にすっかりはまっていた。
エッセイが面白い。
情けないほどに染み出てくる妄想と悲しいほど滑稽なエピソードが、豊かな知性と巧みな表現で語られる。
さすが歌人。言葉にハッとさせられる。
歌論『短歌の友人』も非常に興味深く読んだ。歌集も何冊か購入したので味わって読んでみよう。
著者と年齢がほぼ同じというせいもあってか(私は一つ下)、共感することが非常に多い。
バブル期にパッとしない二十代を過ごした者にとっては大きく頷くことが多いだろう。
著者が活き活きと描く「ダメさ加減」は半分近くは「自分のこと」のように思えてくる。
「そーそーそーそー(笑)」
とりわけ『整形前夜』には「やられた」。

野村克也も面白いのだった。ファンになりそう(笑)
野球を知らない人にはピンと来ない部分が多い内容かもしれないが、サラリーマン愛読の書といわれるのがよく分かる。
組織の難しさはいずこの世界も同じである。
ノムさんの本を「組織」や「上司」、「育成」の在り方といった点に感心しながら読むとは、私も立派なオジサンになった証拠だ。

書きたいことは色々あれど、機会を改める。

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