2008年3月30日(日曜日)

「予定が狂うのは予定を立てるからだ」



予想外だった。
会場と電話でやりとりしていたスタッフが「会場がうるさくて声が聞き取りにくい」といったことを口にしていたので、多少予想はしていたのだが、こんなに人出に溢れ、喧しいとは思わなかった。
東京国際アニメフェア(TAF)の会場のことである。

昨日は15時から45分間、TAFのマッドハウス・ブースでトークイベントをすることになっていた。
前日までに何を喋るのか、ネタは用意していたのだが、会場に着いてその喧噪を目の当たりにした途端、こう考えざるを得なくなった。
「……予定変更」
準備していたネタは、短編「オハヨウ」のいわば簡単なメイキングだ。
ブースのモニタに制作プロセスの映像や背景、撮出しのデータを御覧に入れつつ、近年私のスタイルとなっているアニメーション制作プロセスの一端を紹介しようと思っていた。
映像や画像を見せていけば、時間をもたせるのは容易である。
しかし会場の喧噪は、そんな地味で微妙な話を許容するものではないのであった。
広い会場にひしめくたくさんのブースでは、多くのイベントが同時に行われており、イベント出演者やそのお客さんのリアクションの声が渦を巻いている。隣の人との会話もままならない。
とても落ち着いて話すような状況でも落ち着いた話をする状況でもなく、「大声で話す」ようなネタでなければ全然通用しそうにない。通用しないどころか、多分声を大きくしないとお客さんに聞こえないであろう。
久しぶりに頭を急に回転させなくてはならない状況になってしまった。

正直、私は高をくくっていた。
「45分なんて、どうとでもなるわい」
確かにそのくらいの時間なら一人の喋りでもどうにでもなるとは思うが、しかしそれはあくまで自分のペースで普通に喋った場合のことであり、「大声で45分」は想定外だ。
こうした想定外、つまり「外部」の都合によって自分や自分の都合が変形されることも楽しめるようでなくてはならない。私は自分にそう課している。
この状況を笑いながら楽しむべきである。
表題にもなっている、かの名言が思い起こされる。
「予定が狂うのは予定を立てるからだ」
言ったのは私である。
予定というのはあくまで「こちらの都合」である。そして世の中は「こちらの都合」だけではなく様々な「あちらの都合」と共に成り立っている。
ことこまかに予定を立てれば立てるほど、その予定が狂わされる確率は当然高くなる。
だからといって、予定を立てないわけにも行かないので、そこはこう考えることにしている。
「ぼんやり予定を立てる」
もしくは、きちんと立てた予定を「ぼんやりと実行に移す」。
「ぼんやり」というのは何も辞書的な意味での「気がきかないさま」「利発でないさま」というわけでは無論なく(私の場合はそうかもしれないが)、「半眼」でものを見る、というか意識を一つのことに集中せず、分散させて色々な状況と相談しようする態度である。
事前に立てた予定に意識を奪われたり、無理に正確に実行しようとすれば、予測不可能なアクシデントに対処が利かなくなる。
これまでに経験した講演などでも、事前に準備をし過ぎると、それを遂行することに意識が傾いて逆にろくな話が出来なくなってしまうことがあった。もっとも、準備してもしなくてもたいした話は出来ないのだが。
何となくの心づもりと流れに従っておけば、予定や都合が急遽変更せざるを得なくなったときでも、「それはそれとして楽しめる」ものであろう。
そして大事なのは、想定外の事態に臨んでは、まずちゃんと困ることだ。
ちゃんと困りもせずに、焦りや動転を抱えたまますぐ次の行動に移ろうとすると、得てしてろくなことにならず、事態を悪化させることも多い。
まず、ちゃんと困る。
その困った自分を外部から把握しようとする。私の場合、そのためのマジックワードがこれである。
「あら、困った」
実際、口に出してみるとこれが一つの「句読点」の役割を果たすようで、自分をいくらか突き放して見られる気がする。
「ここに困っている人が現れた」
困った人を外部から眺めると、たいてい「面白い」ものだ。
ちゃんと「困った」あとで、それを笑ったり面白がったりすると、他人事のように思えてくる。
自分のことなら動揺するかもしれないが、「他人事」に対しては冷静になるのが人というものだ。
冷えた頭で考えれば、アイディアも浮かぶはず。
ちゃんと困ったら、次はこうだ。
「さて、どうしようかな」

予定が狂ったとはいえ、「第2案」がないではなかった。
「オハヨウ」メイキングが使えない場合を想定して、イベント当日の朝に一応準備しておいたものがある。ただ、この「使えない場合」というのは、会場の喧噪を想定してのものではなく、会場に用意されているモニタとパソコンの接続の問題や、パソコンの性能や用意されているソフトなど、映像や画像を紹介できない事態のこと。
結果的にはこの準備が図らずもこの少しばかり困った事態を助けてくれたことになる。
「偶然は準備のない者に微笑まない」
私が言ったのではない、パスツールの言葉である。
第2案も基本的には大声で話し続けるようなネタではなかったが、こちらの方がまだ現状に通用しそうである。
この20年ほど、私が見てきたアニメーション業界とそれを取り巻く状況の変化みたいなことを、少々ふざけたエピソードを交えつつ基本的には真面目に話をしようと思っていた。
第1案、第2案はこんなコンセプトである。
「東京国際アニメフェアという華やかな場所に似つかわしい、「地味」な話か「夢のない」話」
今 敏らしくていいと思ったが、しかしアニメファンで賑わうTAFの会場は「今 敏らしさ」そのものを許容してくれない。
気取るつもりはないが、やはり今 敏はアニメ業界の異端者なのだろうか(笑)

イベントを行う小さなステージを見学に行くと、すでにイベントを待ってくれているお客さんが複数名おられた。
しかも「顔見知り」というか「常連」さん(笑)
先日開催した「十年の土産」トークイベントに毎回足を運んでくれた方々の顔を見て、かなり安心した。
「今日は、いいお客さんに違いない」
実際のところはともかく、私がそう思えればたいへんやりやすいし、気も楽になる。
イベント開始までの30分、控え室でテンションを上げるためにビールと酎ハイを急いで流し込みながら、喋る内容やイメージをあれこれ考え、ようやく方向性は決まった。
「よし。出たとこ勝負」
考えるのが面倒になっただけである(笑)
どうせ上手く喋れなくてもせいぜい45分である。45分だけ恥をかけば済むことだ。
それにこんな考え方だってある。
「今 敏が困っている様をそのまま見せ物にすれば良かろう」
何せ、「いいお客さん」なのであるから、そんな様すら笑ってくれるであろう。
第2案で考えていたイメージは使えないが、その流れに沿ってその場で思いついたことを大声で喋ることにした。用意した進行表などに頼るよりは、こここそ「ぼんやり」で行くべきだ。
「場」や「雰囲気」に呑まれさえしなければ、話題を思いつくかどうかについてはあまり心配していなかったのだが、問題はやはり大声である。
何しろ周りのブースでは喋りやイベントのプロがよく通る声を発している。それに引き換え、こちらは射程距離がせいぜい3メートルの裏方人間である。
第一、私は人前で大声を上げる人間を端から信用しない方だというのに(笑)
嫌なものに自ら進んでなるというのはあまり愉快ではない。
あれこれ考えてもしょうがない。小さなステージに上がって出来るだけの声を出してみるしかないわな。

実際、ステージに上がって第一声を放ち、後は思いつくままに喋ったら45分間なんてあっという間だった!……と書きたいところだが、えらく長い45分であった(笑)
何を喋ったのかろくに覚えてないが、基本ラインは「アニメーション業界をとりまく現状→私の見聞に基づく制作現場の変化→これからのこと」という予定だった。
「予定が狂うのは予定を立てるからだ」という言葉は気に入っているのだが、私は「脱線」も好きである。そして脱線するためには予定路線が必要なのである。だからある程度の予定がないと、楽しい脱線も出来ない。
この喧しい会場のムードでは、知的な話やら真面目な話なんて似つかわしくないように思えるし、まとまった話にならなくても全然問題ないような気がする(笑)
思いつくまま、脱線に脱線をつなぎつつ話すことにする。
喋る内容よりも大きな声を出すことに意識の軸足を置きながら一所懸命に喋り、ペース配分を把握するため「さて、これでどのくらいの時間経過だろう?」と思って携帯電話の時間表示を見て愕然とした。
「げ。5分しか経ってない(笑)」
こんな調子で残り40分話し続けたら喉がいかれるのではないかと思いつつも、せっかく来てくれて、立ちっぱなしで聞いてくれているお客さんに申し訳ないので、思いついたことをせっせと出力する。
次に何を喋るかを考えたりしていると、大きな声で話すことへの意識が薄れる。大きな声に意識を置きつつ、次に話す予定を考えていると、さっきまで何を話していたのか忘れてしまい、「話頭に迷う」ことになる(笑)
ただひたすらに思いつきをつなげるだけでいっぱいである。
思った通り、良いお客さんばかりだったようで、拙い話にも笑いで応えてくれる。
お客さんに励まされながら、なるべく変な「間」が空かないように喋りで埋めようと格闘を続け、ふと気がつけばちょうど開始から45分。
正直、ホッとした。

トークイベントに参加していただいた皆さま、どうもありがとうございました。
おかげで何とか45分間を乗り切ることが出来た上に、美味しいビールを飲むことが出来ました。

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