2001年2月19日(月曜日)

出張 その6“ン万円”



 ホテルへ一旦戻る途中、広場で骨董市をやっている。今朝は何もなかった広場に突如として出現した骨董市。正しくは「骨董アイランド」と命名されているが、骨董とアイランドという言葉はあまり仲むつまじい感じはしないのではないか。
 真っ先に私の目に飛び込んできたのは3両の当世具足。鎧兜だ。その中央にどっかりと構えた真っ黒な具足が特に目に付く。
 「二枚胴具足 桃山時代 七十五万円」
 かっこいい。
 兜の前立てが小さな法螺貝というのがやや不似合いな気もするが、かなりかっこいいぞ。着たいなぁ。京都の太秦で一度身に付けたことがあるが、妙に似合ったしなぁ。髪はざんばらだし頭は月代みたいだし、って大きなお世話だ。
 ……これ……買って帰ったら女房はびっくりするかな。というかこれを着て帰ったらさぞやうちの女房は驚くだろうな。コタンなんかびびって脱糞しちゃうかもしれないぞ。
 「ただいま、京子」ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ「ああ疲れた」
 「ああっ!落ち武者の霊が!?」
 「ウゲッ!ゲッ!ゲッ!」プリッ。
 ああ、買って帰りたい。でもなぁ洒落で七十五万はちょっと高いなぁ……ちょっとじゃねぇよ。

 ホテルでしばし休憩。軽くビールでも飲んでみるか。
 伝票によるとビールは一缶400。ホテルの冷蔵庫にしては安い方であろうか。近頃流行りの発泡酒は300。差がありすぎないか。キリンの発泡酒にしよう。
 貧乏性だな、私。

 7時が近くなる。
 学校へ戻り、広報と教務課の方、それとアニメ学科の先生と合流。計4人で雨の中タクシーに乗り込みいざ三宮へ。ハーバーハイウェイなる道路を渡る。雨じゃなければもっと夜景が綺麗なのだが、残念である。そういえば以前もこんな場面があった。一昨年にやはりアートカレッジ神戸、当時は芦屋芸術学院といったのだが、ここに講義に来たときだ。その時は山賀さんとジェニーが一緒にタクシーに乗っていたのだ。山賀さんというのは「オネアミスの翼」の監督で、ジェニーは当時山賀さん付きの仕事をしていた女性である。いい年しておきながら、外の夜景に
 「あぁ、宝石箱みたぁい。きれぇい」
 などと少女じみたセリフを口にするジェニーに大笑いした覚えがある。なんてことを頭の片隅に思い出していたら、広報のKさんが言う。
 「そういえば、あの人どうしました? ええっと……ジェリーさん」
 ギャハハ、藤尾じゃないって。ジェニー。
 そうか、思えば一昨年講義に来たときにジェニーと「千年」作監・本田師匠の仲を知るところとなったのだが、その二人も現在すでに同じ姓になっているのだから月日の経つのは早いことであるよ。

 タクシーが三宮に近づき、景色が賑やかになる。車中の話題が震災のことになる。私は神戸が今度で4回目だが、いずれも震災後のこと。以前の景色を知らないだけに、あの大震災が今自分がいる土地の上で起こったことであることに実感が湧かない。無論頭では良く理解しているのだが、あの悲惨なニュース映像と目の前の現実を結びつけるのは難しい。
 阪神淡路大震災のあった1995年1月17日、というと確かアニメージュで連載をしていた頃と思われる。多分朝方まで仕事をして寝しなにテレビを付けたら上空からの映像で壊れた街が映し出されていた。絶対に外国の出来事だと思って見ていたし、「神戸が」と聞いても俄には信じられなかった。そして何年か後に初めてこの地を訪れたときも実感は湧かなかった。
 モニターの中の現実が自分の現実に重なるのは常に当事者だけなのかもしれない。

 いよいよ肉である。神戸牛である。高いのである。さぞや美味いのである。
 「菊水」。老舗なんだそうである。一階は高級和牛肉を扱う肉屋だ。こういう店は値段以上に美味いに決まっている。
 以前、京都ですき焼きを食べた店もそうであった。一階が肉屋で上がレストランになっていたのだが、ここのすき焼きはそれまで食べたすき焼きの中でもキングオブすき焼きの称号に相応しい店であった。私にとっては値段もキングだったが。
 「菊水」の3階に案内される。鉄板を挟んでお客と料理人が対峙する形での店で、客の目の前で肉を焼いてくれるスタイルである。もう、これは決まっている。
 「美味い!」
 いやまだ食べてない。
 席とコースを予約をしてくれた担当者に感謝する。
 「ビール」
 生はないのだそうな。しかも瓶は小瓶。いかにも上品と言うことなのか。
 「アサヒとキリンがございますが」
 「じゃあ、エビス」
 なんてことは言わない。キリンにする。
 「お疲れさまでしたぁ」
 ああ、ビールが美味い。皆さん飲みっぷりが宜しいようだと思ったら、アートカレッジ神戸の中でも飲み助の精鋭3人らしい。私も酒好きに関しては人後に落ちない方だ。仲間を得たようで酒がさらに進む。
 「すいません、ビール下さい」
 「はい。サラダはいかがでしょう?」
 要らん要らん。肉肉肉肉肉。
 ジュワッ!!
 ウルトラマンの雄叫びではない。肉が焼けるのだ。
 我々4人のために用意された肉はすこぶる美しい色である。霜もしっかと降っている。何と言っても縦に立つぞ。側面も焼かなければならないほどの厚い肉。美味そう。ヒレとサーロインの2種類が用意されている。
 「焼き方は?」
 レアレア。もうレアに決まっている。手際よく切り分け皿の上に肉が出される。
 んめぇぇ。羊の声のようだが食べているのは牛だ。もう“んまい”どころじゃあない。んめぇぇ。
 飲み物はビールから赤ワインに移行する。ワインリストを持ってきてもらい私が選ぶ。無論この食事は接待であり、アートカレッジさんのおごりになるのだが、お世辞にも経営状態が素晴らしいというわけではなさそうなので、ワインリストの値段と相談する。やはり私は貧乏性なのだ。
 一番安いものを選ぶのも気が引けるので、そこから一つ上ってオーダーする。ボジョレーである。もちろんヌーボーではない。
 テイスティングとやらが私のところに来た。私がオーダーしたからだな。
 少しつがれたワインを一気にあおる。ウソウソ。それらしく口に含んで、
 「うっわ、まず」
 言わない言わない。
 「ん〜……まるで春の日差しにほころぶ新緑を思わせるようなさわやかさに溢れ、それでいて……」
 言わない言わない。
 「美味しいですね」
 しかし、不味くても替えてくれという勇気はないなぁ。
 さっぱりしていて飲みやすい。ますます食が進む。食べるものも美味しいのでワインも進む。それ、もう一本。
 野菜類の焼き物を一通り挟んで再び肉である。飽きるわけがない。どんどん食べる。ソースは塩、ポン酢、甘辛など数種類が用意されており、なおのこと飽きが来ないようにされている。すばらしい。何より肉がよい。追加でシーフードも頼む。
 ああ、幸せ。
 すっかり満腹して店を出る。値段は聞かなかったが、4人で締めて……ン万円だろうな。

 所を移す。外はまだ雨である。担当者が何度か行ったことのあるという洋酒屋へタクシーで移動する。山の手にあるようで、随分と坂を上り目的地へ。
 入口に「ROSE GARDEN」とピンクのネオン管が鮮やかである。
 飲み屋が入っているにしては不似合いな建物、高級マンション風な建物の階段を最上階まで上がると入口がある。
 入った途端に気に入った。
 店内の静かなムードも気に入るところではあるが、何より店内いっぱいに配された植物群が見た目に実に心地よい。それに何やら空気がいい。しかも店内は暗めの青いライトで統一されているため、植物がより濃厚に感じられる。明るいと多分茶色に枯れた部分などが見えて興ざめするのだろうが。すぐにそういうことに頭を回すのは職業柄のせいだろうか。
 とにかく気に入った。店も気に入ったので酒が進む。店で進める南仏の爽やかなワインを数杯、いやもっとかな。とにかく飲んだ。
 何しろ酒の肴は楽しい愚痴話なのである。
 詳しいことには触れられないが、ともかく学校の宣伝ために奔走するK氏はさながら有事に真っ先に乗り込むアメリカ海兵隊のようである。彼を応援するために、私が命名した。
 「アートカレッジマリーンズ」
 彼はナイスガイである。
 話が盛り上がりすっかり出来上がってしまいそうだが、明日の講義に支障のない程度にしておこう。

 タクシーでホテルに戻る。
 ああ、講義と牛と酒ですっかり疲れた。しかし寝る前に一応メールチェック。
 「千年」制作担当、豊田君からメールあり。
 「イマジカで試写を組む予定」か。よしよし、宣伝に入らねば。
 「打ち上げ情報」もあるぞ。わーいわーい、宴会の予定でいっぱいだぞ。しかしなぁ、打ち上げの時期になったなんて、感慨深いなぁ。めでたいめでたい。景気づけにビールでも飲もう。
 それと、何々?
 「ビンゴ、どう思います?」
 やるよ。やるに決まってるよ。何はなくとも打ち上げにはビンゴだろう。といっても私は一度も良い目を見たことがないが。
 ネットに繋いだついでにいつものところくらい巡回。
 お。ケイオスユニオンHPの「Hirasawa番日誌」( http://www.chaosunion.com/)……おう。
【師匠は音楽を担当した「千年女優」の試写会へ(^0_0^)「ヒジョーに良かった」そうだ。公開はもう少し後だが・・みんな!期待大ですよー】

 いい夢でも見よう。

続く

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