2001年5月16日(水曜日)

誰が決めた



 仕事場の近所で晩飯を食べて戻ってきて気がついた。
 スタジオの入っているビルの1階には本屋と靴屋が入っているのだが、店先に靴屋が出したらしい幟が立っており、風にはためいている。
 「父の日は靴の日」
 ちょっと……強引すぎるんじゃないか。
 「6月17日 気持ちを贈り物に……」というリードがあり大書して「父の日は靴の日」だ。
 靴屋の営業的戦術は無論分かる。「父の日」の贈り物として靴を買ってもらおう、それは分かる。しかし「父の日」は断じて「父の日」であり、「靴の日」ではあるまい。
 実際に「靴の日」というのがあるのかどうか知らないが、今時365日がなにがしかの記念日になっている浮かれた世の中だ。「靴の日」くらいあっても良さそうなものだ。しかしそれが「9月2日」を「靴の日」と制定するならまだしも、折角の「父の日」に無理矢理に重ねなくてもいいじゃないか、「靴流通センター」さんよ。
 ひとつここは調べてみることにしよう。
 まず「父の日」だが広辞苑によると、
 【父の日 父に感謝する日。6月の第3日曜を当てる。アメリカに起こった行事】
 とある。アメリカが起源とは知らなかったが、しかしどこにも「靴」なんて言葉は見あたらない。
 やはり牽強附会に過ぎる、いやこじつけにもなってないじゃないか「靴流通センター」さんよ。
 ネットで「靴の日」について調べてみた。
 ほら。ほら見たことか。
 http://www.raumi.com/top1.htmを見るが良い。
 【9月2日 ・宝くじの日・VJデー・くつの日・天心忌】
 取っちゃうぞ、鬼の首。
 どうせ「○○の日」なんてこんな語呂合わせに決まっているんだ。「9月2日」で「くつの日」だ。笑っちゃうくらい素直だ。決めたのはきっと「全日本履き物協会執行部」とかそんな人間達に違いあるまい。平均年齢は75歳くらいに決まっている。もしかしたら協会の理事長の老人が独断で決めたのかもしれないし、ことによると理事長最愛の孫娘(6歳)がこまっしゃくれた顔をしておじいちゃんに提案したのかもしれないぞ。さらに下手をすると孫娘(6歳)は、おじいちゃんの寵愛を笠に着て執行部の会議にちょろちょろと顔を出しやがったのかもしれない。
 「え〜本日お集まりいただいたのは他でもなく、前回岡野君の方から提案された履き物販売促進運動の一環として“靴の日”を制定する件についてです。では岡野君」
 「ただいま議長の方から……」
 と岡野君が話し出してすぐのことだ。
 「クツだから9がつの2にちがいいよ!!」
 もう孫娘(6歳)の磯子は勝ち誇ったような顔だ。
 「おお!磯子のいう通りじゃ!靴の日は9月2日に決定じゃ!でかしたぞ磯子!大手柄じゃ!」
 言葉を失った岡野君の手に握られた書類には「9月2日」の文字。
 ああ、やだやだ……って何を一生懸命書いているんだ、私は。
 しかし磯子のいう通り……いや磯子は私がでっち上げただけなのだが、それはともかく「9(ク)2(ツ)」は分かるが他の三つは何だ。「宝くじの日」「VJデー」「天心忌」はなぜ9月2日だ。
 ここはもう一つのサイトで調べてみる。
 その名もズバリ「“今日は何の日”カレンダー」。便利だなぁ、インターネット。
 宝くじの日(第一勧業銀行宝くじ部、1967)とある。
 第一勧銀の宝くじ部が1967年に決めたということであろう。それはいいが、しかし……この「宝くじ部」という名称はどんなものだろう。ちょっと、いや、かなりいただけないというか、「9/2」を「クツ」と読む磯子並みじゃ……いや磯子はもういいんだってば。あんまりといえばあんまりだな。
 はっきり言ってイヤじゃないか?
 何か人前で堂々と言えない気がする。それが例えばスポーツクラブのプールで爽やかな汗を流し、ジャクジーなんかに浸かりながら会話になったとしてだ。
 「へぇ酒井さん、第一勧銀に勤めてるんだぁ」
 「ええ、宝くじ部なんです」
 言えないだろう、何か。
 会話の相手が酒井さん(独身)が以前から気になっていた女性、朝吹園子さんだったらなおのこと言えないだろう。酒井さんが心配だ。誰だよ、酒井さんて。
 しかも「宝くじ部」という銀行内の歴とした一部門として正しく相手に伝わっているならまだしも、もしかして「宝くじ部」というサークルかなんかと勘違いされるかもしれないじゃないか。「バレー部」とか「柔道部」に混じって「宝くじ部」だ。
 ギャンブル好き。
 烙印を押されてしまうのだ。何て気の毒なんだ、酒井さん。あえなく失恋。
 何について書いているんだか、さっぱり分からなくなってきているが、今は「9月2日」についてだった。
 「天心忌」というのも判明した。これは「岡倉天心、没(1913)」に因んでいるらしい。
 しかし「VJデー」が分からない。だいたい「VJ」が何の略だか分からない。私の貧困な知識では「VJ」といって「Video Jocky」くらいしか思い浮かばないが、ビデオジョッキーというナウい職種とメルヘンさえ匂わす記念日というのは何かすこぶる相性が悪い気がする。だから「日」ではなく「デー」なのか。それにしたってかっこ悪いだろ。VJがいるようなクラブの店先にやはり立つのか、幟が。「半額オールナイト!9/2は VJデー」。そんなことは、無い。
 
 やれやれ、一時はどこまで話題が流されるかと冷や冷やしたが、とにかくこれで「父の日」が「靴の日」でないことを論理的に証明された。ああ、良かっ……ん?
 あれ?……あれあれ?
 「靴の日」がもう一つ発見されたぞ。
 【3月15日 ・靴の日・世界消費者権利デー・涅槃会】
 ……まじッスか。何て先が読めない展開なんだ。
 しかしよく見れば確かにこれでも「3(ク)15(ツ)」と読め……読めないよ、全然。何だよこれ。何で「3月15日」で靴の日だよ!?
 あ、そうか、「3(シュ)1(ー)5(ズ)」全然違うだろ。
 分からない。何の語呂合わせなんだ。
 ああ、これで「3(サ)1(イ)5(ゴ)」ってことか……ってそんなつまらない駄洒落で終わるのはイヤだなぁ。
 語呂合わせではまったく想像がつかないが、これはもしかしたら「9/2」を決めたのとは別の団体が提案したものかもしれない。先のが「全日本履き物協会執行部」だとしたら、こちらは「ジャパンフットウェアアソシエーション」という新興団体が決めたのかもしれない。そこの代表は「9/2靴の日制定事件」で磯子と理事長を恨みに思って「全日本履き物協会」を飛び出した岡野君に決まっている。また出たか、岡野君。「3/15」を強引に「靴の日」と決めた岡野君の心中、察するにあまりある。
 
 結局、「3/15」が何故「靴の日」か、それはさっぱり分からないが、ともかく「父の日が靴の日」ではないことも、あまつさえ「靴の日」が二つもあることも判明した上は、はっきりと言わねばなるまい。
 欲張りすぎ、「靴流通センター」。

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