2007年11月3日(土曜日)

脳ストップアメリカ−その4



●4/16(月)七日目

4時に一旦目が覚める。時差ボケの傾向が解消していない。
7時過ぎ、本格的に起床。
曇天。
大事な命の煙が残り少ない。どこかでマルボロライトでも買おう。
ネットで日本の動画ニュースを見る。日課だ。
ルームサービスでトーストとコーヒー。
入浴してから出発の準備。大きな荷物は家内がまとめてくれる。自分の手荷物と貴重品をまとめるだけで済むのでたいへん助かる。

10時過ぎにホテルのロビーに集合。
強風の中をDulles空港へ。
この空港はニューヨークから到着した空港とは別らしい。市内から30分ほどかかる。ニューヨークの方では暴風で飛行機に欠航が出ているというニュースを見たが、ワシントンは風が強いが問題はない様子。
と思ったら、強風の影響でボーディングブリッジに異常が発生したとかで、飛行機を移動して別のブリッジに変更、出発が遅れる。
機内では客室乗務員のちんたらした段取りでなかなか食事にありつけない。
ワゴンの一つも使ったらどうだ、姉ちゃんよ。
トマト味のパスタ、というよりは赤色の細長いものを口の穴に流し込んでとりあえず胃の腑の抗議を沈静化する。
寝る。胃の腑よりも脳の手当が重要だ。
『柳生忍法帖』の下巻をどんどん読み進めてしまい、読む本が切れる可能性も出てきたのでポッドキャストを聞きながら寝る。現実逃避の重要性を改めて実感する。
飛行所要時間は5時間半くらいか。広いな、アメリカ。

無事ロスの空港に到着。東部時間との時差は3時間。
私は腕時計をしないので、日本では携帯電話を時計代わりにしている。というより、私にとっては電話の付いた時計みたいなアイテムである。アメリカで使えもしない携帯電話を時計のためだけに持ち歩くのもバカバカしいので、iPodの時計を使っている。これだと選択一つで世界各地の時間に合わせられる。便利だ。
せっかくやり過ごした時間を時差によって3時間キャンセルされたので、この日は長い一日になりそうだ。

さすがにロスは暖かい。
迎えの車でソニーピクチャーズの建物や『ダイ・ハード』の舞台になったビルなどを遠くにを眺めながらホテルへ向かう。
運転手の情報によると、ワシントンにある大学で銃の乱射事件があって、学生33人が死亡したとのこと。
人殺しが好きな国だな、まったく。
少しは殺される身にもなったらどうだ。

17時過ぎ。ホテルにチェックイン。宿泊するフォーシーズンズホテルは映画『プリティウーマン』の舞台にもなったところらしい。映画は見てないが。
1169号室は眺めもよく快適な感じ。
タバコはバルコニーじゃなければ吸えないのが玉に瑕だが、仕方あるまい。
このホテルもネットの接続に料金を取りやがる。ニューヨークで泊まったホテルとだいたい同じくらいで一日1800円ほど。そういえば、ワシントンで宿泊したホテルはネットの接続が無料だった。
ニューヨークで送信が出来なかったウィンドウズメールは、ワシントンではあっさり使えるようになった。どうしても連絡しなければならないということがあるわけではないが、使えないと思うと不快になる。
相変わらず「KONTACT BOARD2」が何度アクセスしてもつながらない。
放っておくとゴミみたいな書き込みが溜まるのでチェックしたいのだが・。
あ。思い出した。
ゴミの書き込みを少しでもブロックするために掲示板の設定で「日本からのアクセス以外を全て排除」していたのであった。
自分で自分を閉め出した格好だ。アホや(笑)

19時20分にロビーに集合、現地ソニーピクチャーズのIさんのお迎えで和食レストラン「ki ra la」へ。
開店して半年くらいだという、小ぢんまりとしたきれいなお店。
得てして店に入った途端に、落ち着けるかそうでないかは分かるものだ。ここは○。
シャンパンで乾杯して予約しておいてもらったコースを美味しくいただく。
アサリの味噌汁がすこぶる美味い。
締めには寿司。
いい感じで疲労が酔いを回してくれる。
車でホテルに送ってもらって就寝。
明日は10時から仕事。

●4/17(火)八日目

4時に目が覚めて、ベランダでタバコを一服する。
ああ、美味い。
ニコチンとタールを含んだ煙が西海岸の風に消えて行く。
排気ガスよりはよほど環境への負荷は少なかろう。
ポッドキャストを聞きながら再び横になり、7時に本格的に起き上がる。
さぁてと、どっこいしょ。
15分、定刻どおりルームサービスの朝食が届く。
コーヒーが薄いなあ。朝は濃いめのコーヒーが望ましい。
天気は曇りだが、朝から13℃あるので温かい。
食事後入浴。
動画のニュースを見る。
昨日のワシントンの大学での乱射事件に続いて、といっていいのかどうかは疑問だが、日本でも現役の長崎市長が遊説後、暴力団の男に銃撃されて重体とか。
道具なんてあれば使いたくなるに決まっている。銃だってそうに決まっている。

取材の開始時間は予定の10時から少し遅れて11時前から。
場所はホテルの別室。
最初は、「LA Times」紙用の写真撮影。
1ポーズでわずかなバリエーションを撮る女性カメラマン。段取りも良く、注文も少ないので素人モデルとしては大変助かる。
これまでの経験では、フランスでの写真撮影が得てして注文が多く、その注文には多くの無理難題が含まれていた。被写体は得てしてこんな思いをさせられた。
「私の身体はそういう風には出来てないっちゅうの」
たとえばあるフランス人カメラマンはこんなことを要求した。
「ジャケットの両方の襟を両手で掴んで少し前に出す感じで」
「はぁ?……こうですか?」
「そうそう。(カシャッ)それで上半身を前に、カメラの方へ出す感じで」
「え?……こうですか?」
「そうそうそう。(カシャッカシャッ)もっと前へ」
「え?……こ、こうですか?」
上半身をΓのように折るのではなく、足を突っ張らせて/のようにせよと言うのである。
「そうそうそうそう!(カシャッカシャッカシャッ)もっともっともっと」
「え?……こ、こ、こんな……あ」
足が耐えきれず私はこうなってしまった。

無理だっちゅうの。

11時過ぎから、「San Francisco Chronicle」紙の電話インタビュー。
続いて、「JATV」という日本語と英語の地元テレビ局。さすがに西海岸には在米邦人が多いからこうしたメディアがあるのだろう。
次が何とかマガジンというサブカル誌、らしい。
あまり知性が感じられない兄ちゃんのあまり知性の感じられない質問にげんなりする。
兄ちゃん曰く、「『パプリカ』のメッセージは?」
親からもらった脳をもっと効率的に運用したって罰は当たらないと思うが、どうか。
いやいや、これでは私の気分が伝わらない記述だ。
素直に表すとこうだろう。
「自分の頭を少しは使えよ、バカたれ」

車で移動してMadhouse U.S.A.仕切りの関係者向け試写会場へ。
世界のアニメファンにその名を知られるマッドハウスはU.S.A.に支社があるのだ。他にはないけど。
関係者向けに『パプリカ』が上映されるのは、出来たばかりの立派なビルのシアターだ。まずは館内に入る前に一服。すぐ近くに『ダイ・ハード』のビルが聳えている。劇中では「ナカトミビルディング」だったか。しかし実は20世紀フォックスのビルだとか。
『パプリカ』上映にはクロックワークスのKさんとヴィンチェンゾ・ナタリ監督が来ていた。やあ、久しぶり。
Kさんは『千年女優』海外プロモーションでお世話になった女性だ。ヴィンチェンゾは映画『CUBE』や『カンパニー・マン 』『ナッシング』 の監督。
お二人は結婚して、Kさんは現在妊娠中のご様子。
上映前に『パプリカ』の紹介をする。
何を喋ったか、すっかり忘却の彼方。

昼食のため移動。
日本の食材を扱う中型(小型というべきか、アメリカでは)スーパーマーケット内にあるフードコートでラーメン「山頭火」の「醤油ラーメンと納豆ご飯定食」を平らげる。
日本にいたら絶対に食べないであろう取り合わせだが、うまい。
納豆ご飯が泣けそうなくらいおいしい。うう。
ラーメンの味はもう一つだが、麺も固めだし現状では十分以上に美味しい、と言える。
スーパー店内を見学。
日本人向けのレンタルDVD、書店、雑貨屋なども入っている。
DVDの多くは海賊版ではなかろうか。こうした商売はパリでも見かけたが、在留邦人にとっては重宝するのであろう。
ラーメン屋の隣は讃岐うどんの店。スーパーの品揃えはほとんど日本と変わりない。
さすがに「輸入品」だから値段は高いけど。
「おかめ納豆」3パックで2ドル。倍から3倍といったところか。
カルピスウォーターは商品名が「Calpico」になっている。こちらで「Calpis」のままでは、イメージが「おしっこ」になるそうだ。「カリフォルニアのおしっこ」。
ユンケルなんかも売っている。リポビタンはラベルイメージがまったく違っている。表記が違うだけでもまがい物のように思える。
「Lipovitan」。
さて、ファイト一発。

15時、ホテルに戻って再び取材。
「Flont Line」という、以前にも取材してくれた日本人向けのペーパー。
IHさんは、『千年女優』のときに阿佐ヶ谷のスタジオにお越しくださった人。言われて思い出した。『千年女優』に関するインタビューが掲載された「Flont Line」を送ってもらった。後のフォローまでしてくれるのは珍しい媒体だ。
日本語の取材は楽でいいな。
続く「サン」というタブロイド紙も日本人向け。
YHさんはたいへん感じのよい方で、これまでの監督作も見てくれているとのこと。楽しくおしゃべりする。こんな取材なら2時間だって平気なのだが。
続く取材は「Animation World Network」。
事前に質問項目をプリントアウトしてくるなど気を使っているのがよろしい。質問内容もまじめなもので、アニメーションのクリエイターを励ますような内容、とのこと。
ここで、とりあえず取材は一区切り。
用意されたリムジン(!)で市内観光ドライブ。
ビバリーヒルズの超高級住宅街、ハリウッドのメッカ、コダックシアターやらチャイニーズシアターも見学。
ホテルに戻って少しだけ休憩。

「The Fine Arts Theatre」へ移動。
アールデコ調の素敵な映画館。アールデコといっても西海岸のそれはひどく陽気で明るい。しかしこれもまたいい。
ここで『パプリカ』の上映がある。何だか嬉しい。
上映後にQ&Aのために登壇。小山のような兄ちゃんが司会をしてくれる。
客席からは作り手側に寄った質問が多く寄せられる。シナリオとか演出とか。
無難な話しかできなかったであろう。
小一時間ほどの質疑応答で終了。
ディナーはコリアタウンにある「Chousun Galbee」へ。
ナイスな焼肉レストラン。焼肉とスープで満腹。
ホテルに戻ってダウン。

●4/18(水)九日目

6時に目が覚める。
入浴してコーヒー。
今日は晴れるようだ。街の遠くまでが見渡せて気持ちが良い。
ホテルのレストランで朝食。
お勧めだという料理をいただく。ロブスターだのトリュフだのポーチドエッグだのが皿に盛られている。
すごいご馳走なんだろうけど美味しいのか美味しくないのかよく分からない。というより私の低調故においしく感じられないのだろう。味だって脳が感じるもんだ。
だがしかし。醤油をかけたら途端に美味しかった。海外旅行に特選丸大豆醤油のミニボトルは必需品だ。日本のエッセンス、それは醤油。ソイソースなんかではない。
しかしそれにしてもやかましい店だ。あああああああ、うっとうしい。
声を出すのも面倒なのに大きな声なんか出したくもない。黙るしかないや。
さあて、飯も食って血糖値もアップして最後の仕事だ。おっしゃあ!!
気合いなんか入るわけがないっちゅうの。

10時から「Animation Magazine」の取材が50分。
インタビューアーはまじめな感じの中年男性だが、彼には少々不似合いなアイテムが見える。レコーダーにトトロのアクセサリーを下げている。ジブリ美術館にも行ったことがあるとかで、宮崎さんに取材したことも何度かあるそうな。
続いては「Lalala」という日本人向けに4万部ほど出している情報誌。
日本人のインタビューアーなのでとても楽。
「LA Weekly」の写真撮影。
カメラマンから少々変わった趣向を提案される。
ごくナチュラルなポートレートは押さえておいて、それとは別に「動きのある」写真を撮りたいという。
「ホテルの廊下でジャンプして欲しい」
エ?
「ジャンプした瞬間を捉えたい」
断るのも面倒なので引き受ける。何でもやりますよ、もう。
テストとしてまず一飛び。ピョーン。
注文が出る。
「ジャンプした瞬間に、何かポーズを取って欲しい」
ポーズ……って。ジャンプしてポーズといわれて閃く姿は萩本欽一しかないのだが。
ピョーンと飛んで欽ちゃんのポーズ!
「Very good!!」
ホントかよ。そんな感じで何ポーズか取ってくれとのさらなる難題が出される。
素直にジャンプする。
ピョーン、ハッ!
ピョーン、ホッ!
ピョーン、フムッ!
ピョーン、ダーッ!
飛べ、ガンダム!
疲労戦士ガンダム。

取材の合間にポスターにサインをする。20〜30枚だろうか。
休憩を利用して飽きないように少しずつ描こう。

「Los Angeles Times」紙の取材に現れた女性には、かすかに見覚えがあった。
ベルリン映画祭の時、『パーフェクトブルー』について取材をしてくれたという。
そうそう、思い出した。
ベルリン映画祭見聞記「ベルリンは燃えているか」にも書いた覚えがある。
『パーフェクトブルー』をこう評した女性だ。
「フェミニストの映画ですね」
どうもお久しぶりです。
知的な質問は楽しめたが、終わりが少々くどい。
「もう一つだけ質問させてください」
というセリフは一回だけにしましょうよ。
この後まだ取材はあるし、私の脳はそれほど長くはもたない状況になっているのだから。何だかんだで50分を少しオーバーする。
続けて「LA Weekly」が50分。
何だか鼻息の荒いヤンキーの兄ちゃんが勢い込んでやってくる。
大柄な身体にTシャツ、バミューダパンツ。西海岸の制服か。
私から見て右手にあるソファにドスンと座り、鼻息フーフー。
急いできたのかもしれないが、インタビューには似つかわしくない効果音だ。
荒い鼻息も少し収まった彼は面白い意見を披露してくれた。
「『パプリカ』の理事長、乾は強制的に同じ夢を見せつけるが、映画監督というのもお客に強制的に映像を見せるという点で似ているのではないか?」
つまり。乾と私がパラレルな関係だ、と。少し笑える。
だけどね、いいかい、兄ちゃん?
「同じ夢を強制的に見せるといっても、その解釈まで強要しているわけではありません」
どこかの国じゃあるまいし。

ランチはホテルから歩いて数分の寿司レストランの「Kiyono」。
うどんとにぎり寿司を食べる。
和食で助かるが、何だか味も良く分からなくなってきている。
少しばかり散歩してホテルに戻る。
恥ずかしいほどに明るい日差しが目に痛いほどだ。

「Venice Magazine」の写真撮影。
続いて「A’int It Cool News」というウェブの電話インタビュー。
最後は大学生が発行しているペーパーだか何だかの電話取材。
これで最後だ。一頑張り!
と少しは気を奮い立たせてにもかかわらず、相手が何を言っているのかさっぱり分からない。通訳の方も首をかしげるし、Tさんが変わって話してもやはり要領を得ない。
英語話者同士で伝わらないことが私に分かるか。
知るか。アメリカには義務教育はないのか。
ああ、もういい。終わりにしよう。終わりだ、終わり。
はい、終わり。
脳の鉛混入率、95%。
脳ストップ。
力尽きた。

取材に使っていた部屋で椅子に座り込んで固まる。脳も身体も言うことを聞かない。
シャンパンをオーダーしてもらうが、いつもなら感じるはずの泡の心地よさも味もほとんど感じられない。気を遣ってオーダーしてくれた方にも申し訳ないし、シャンパンにも済まない気がするが、自分でもどうにもならない。
きっと、この状態でその筋の病院に行けば何らかの病名を付けられるのかもしれない、とぼんやり考えたりする。
しかし、そんな「名前」を与えられたら、それは存在を立派に主張し始め、長期間継続的に固定されてしまうであろう。ご免だ。
それに、どうせ治療法など決まっている。
「十分な休息を取ること」
そうだろうともさ。
しかし、病気の都合で生きられるほど悠長ではない。

予約してもらっていたソニーピクチャーズのスタジオ見学はパスさせてもらう。
とても残念だ。しかし、脳には替えられない。
家内は見学に出かける。
一人で部屋に残してもらう。この時間を作ってもらったのが何よりありがたい。
iPodで音楽を聴いて、半分眠った時間を過ごす。
断線した神経網が少しずつ手をつなぎ始めるが、修復率はごくわずか。

19時、関係者との会食。
ベトナム系のレストラン。人気のある店らしいが今の私にはまったく落ち着かないし、とにかくやかましい。がさつ極まりない。
折角手をつなぎかけていた神経網の握力が再び一気に低下する。断線断線。
スープとチキンを食べたものの、味も何も分からない。
また脳が停止。
店の外にタバコを吸いに出るが、座り込んで固まってしまう。
頼んだコーヒーも飲まずにホテルに帰る。
23時には就寝。

●4/19(木)十日目

6時半起床。7時にルームサービス。
やっと日本に帰れると思うと少しは気が晴れる。空も快晴。
入浴。
家内が荷物をまとめてくれる。
ネットの接続の様子がおかしい。
ま、いいや、どうせじきにチェックアウトだし。
ああ、日本が懐かしい。

空港でマクドナルドを食べる。
なぜポテトフライがこんなに美味しいのだろう。
やっぱり脳が壊れているせいだろうか。
壊れた頭には不自然な食べ物が相応しいのかもしれない。

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