すでに帰国している。
月曜日の午前10時半、無事帰国。
ノルウェーのオスロからデンマークのコペンハーゲンを経由して成田まで、十数時間。
疲れた。
話は数日さかのぼる。
オスロでの夕食の話、その続き。
この夕食には、在ノルウェー大使館員のお二方の他に、外務省の「本省広報文化交流部」の女性もいらしていた。ロンドンで風邪を召されたらしく、苦しそうに咳をしておられる。
「風邪を移さないようにします」
え?どうやって(笑)
この方は出張先のロンドンから、ノルウェーでの明日のイベントを「視察」にいらしたそうだ。
「視察」?
「視察」、それは甘美な響き(笑)
誰だって行ってみたいじゃないか、「視察」にさ。
私たちもこの日の午後、オスロ市内を「視察」してきたが、まさかそういう「視察」ではあるまい。
何を「視察」なされるのか、興味深いのであれこれ尋ねてみた。
日本のアニメや漫画が現地でどのように受け取られているのか、という点が大事なのは分かる。アニメや漫画というポップカルチャーは近年急速に輸出されたものだから、リサーチが必要だ、と。
ふーん、なるほど。
そして何より重要なのは、現地での日本のポップカルチャーの受容が、「単にアニメや漫画が好きなだけ」なのか「アニメや漫画を通しての日本に対する興味」につながるものなのかを見定めるのだそうだ。
日本という国に対するパブリックイメージを向上させるというのも、「ブンカ交流」の重要な眼目であろうし、それが日本の国益にもつながる、と。
なるほど、それは理解できる。
「……ということは」
と私はあれこれ考えをめぐらせる。
今回、私は「視察」される側の「主人公」なので、あれこれ疑問を解消しておきたい。それに、私も帰国後、主催の国際交流基金に対して簡単ながらレポートを提出する義務もある。
私の一番の疑問は、「アニメや漫画が近年急速に外国で受容されている」として(近年というにはもう随分長い年月が経っていると思うのだが)、それらが単なる興味本位か国益につながるものなのかを「視察」するということは、それ以前に長年紹介されてきたはずの「日本の文化」の場合はどうだったのか?という点である。
要するにこういうこと。
「じゃあ、能や歌舞伎に関してはどういう結果が出ているのですか?」
普通、そう思うよね。
さっきの話から考えると、現地の人が「単に能や歌舞伎が好きなだけ」なのか「能や歌舞伎を通しての日本に対する興味」なのか、それらは近年紹介されたものではないはずだから、その点については何らかの分析結果が出ているはずで、それがどういうものであるか知りたいと思うのは道理であろう。
「視察」しつつも「視察」される側としては、非常に興味深い点だ。
たとえば、これまでの文化交流による国益がいかほどのものなのか、たとえばそれらによって日本のパブリックイメージがどう変化したのか、あるいは文化輸出による貿易高といった細かい数字だって知ってみたいものではないか。
そうした、これまでの「視察」や研究による蓄積があるはずだし、それらとの比較によって「アニメや漫画の場合」が検討されるのでなければ話の筋が通らないと思うのだが、目の前におられる方はきっぱりとこう仰った。
「分かりません」
え?
それじゃ、何のための「視察」なのだろう。
「視察」のポイントをご存じない方が何を視察されるのか、私のような一般人には素直かつ率直な疑問である。
私とて、単なる物見遊山のために北欧まで出向いているわけではない(かなり物見遊山の濃度は高いが)。私なりに、文化の交流やひいては「国益」にも貢献するつもりで(出たね、また大きく)あり、だからこそ国際交流基金からの依頼にも応じた次第である。本当は北欧に行きたかっただけだとしても(ってその通りなのだが(笑))、公的な資金が使われる以上大儀と名分くらいは身にまとっている。
なのに、ね?
明日のイベントでは、何を視察されるのか、私もぜひ視察されつつ視察したいと思う次第である。
以上、まわりくどい話で申し訳ない。
「視察の本当の目的」は後に聞かされたのだが、「ここだけの話」ということだったので内緒にしておく。