1999年3月21日(日曜日)

不完全版



 この頃それほど驚く、という経験がなかったのだが、これには驚いた。

 3/20、某劇場アニメが公開されたのである。
 劇場アニメーションが劇場において封切り日に公開されるのはごく当たり前のことである。驚くにはあたらない。
 しかしつい先日まで「公開には間に合わない」と業界関係者が胸を張って広言していたアニメーションが、封切り日に立派に公開されたとなるとかなり驚く。はっきり言って私などは自分の目を疑ったと言っても良いほどだ。
 「公開を飛ばす」ことになる。誰もがそう信じていたのだ。勿論私のような当該作品とは関係のない人間だけかもしれないが。
 口さがない業界人の噂話、ではあったが漏れ聞く進行状況から察しても誰もがそう思わざるをえない状況であった。
 今月の頭のことであったろうか。業界の友達と酒を飲んだおりに、某アニメ会社の机にとんでもなくひどいレイアウトが山のように積んであった、という話を聞いた。当該作品のレイアウトが、である。その他にも隣の国に原画を何百カットもばらまいたという気の毒な話も聞き及んでいた。
 当HPのバカ戦記をご覧になった方なら多少は想像がつくかもしれない。日本のアニメーションは勿論お隣の半島の国によって支えられている。しかしそれはあくまで動画・仕上げ段階を請け負ってもらっているのであって、その前段階である原画のレベルについては少々難がある。いや、正確に言えば「少々」どころではない。
 テレビシリーズのアニメーションならともかく、曲がりなりにも劇場アニメーション作品でお隣の国の原画が大量に使われては甚だ困る。そのレベルである。
 それが大量に投入された劇場アニメーションのフィルムを想像するだけでも、当該作品の監督やスタッフの胸中は察するに余りある。しかし事態はそれどころではないらしいことが判明してきた。
 3/19のことである。夕刊を読んでいて、まず驚いた。「明日公開」と銘打たれて、堂々と当該作品が大きく新聞に宣伝されている。
 「ウソ!?」
 冗談ではなく、私は自宅の茶の間で大声を発してしまった。
 さらに翌日、つまり公開日の朝刊の映画欄には上映のタイムテーブルもしっかりと告知されていた。
 「ホントかよ!?」
 私はまたしても大声で独り言を発してしまった。勿論場所は茶の間だ。それはともかく。
 一体どんなマジックを使ったのだ。今月の頭に未チェックのレイアウトが山のように積まれていた作品が、その3週間後に堂々と劇場で公開されるために、いかなる魔術を使ったというのだ!?
 スタジオに行って、私はすかさずその話をしてみた。現在進行中の私の作品の制作担当に、である。やはり驚いてくれた。それはそうであろう。驚かないわけがない。しかも制作担当T氏は、昼間スタジオで、「当該作品の完成は夏らしい」という無責任な噂話も耳にしていたというのだから。
 我々は事の真相を究明するべく、事態を聞き及んでいそうなプロデューサーのいる場所を訪ねてみたのだが、残念ながら不在であった。
 しかし諦められない。探求心は旺盛なのである。
 その足で我々は本屋へと赴いた。目的は「ぴあ」だ。映画館に直接聞いてみようというわけである。
 考えられる事態は二つ。
 どうしても公開に間に合わなくて、別な作品を上映している可能性。
 この場合公開を飛ばすという失態の代償に多額の違約金を払うことになろう。しかし前日・当日の新聞に堂々と告知されている以上、別な作品を上映しているという可能性はまずあり得ない。
 残る一つの可能性は、恐ろしいフィルムが上映されている、という事態。
 これは想像するだに恐ろしい。
 実に恐ろしい。とっても恐ろしいがとっても面白いので、あれこれと想像を膨らます。
 全部色は付いているのだろうか? 話が分からないほどに欠番が出ているのではなかろうか? いやそれ以前に白味や黒味、あるいはアフレコ・ダビング用の鉛筆画のままカット、セロテープで継ぎ接ぎされたカットがあるのではないか?……等々。
 業界に身をおくものとしては他人事ではない空恐ろしい事態を想像し、興味津々である。
 T氏が早速上映館に電話してみた。
 果たして上映はされていた。当たり前である。
 T氏は素人を装って、あれこれと映画館の担当者に聞いていたようだが、いかんせん「尺は?」と尋ねたあたりでボロが出ていたようだ。素人が「尺」とは言わないだろう。作品全体の時間やカットの時間を業界では「尺」と呼ぶ。
 映画館の担当者は応えたそうである。
 「製作者の不手際で、不完全版での上映」である、と。
 「不完全版」……どういう?……どういう風に不完全なのだ!?
 制作現場の人間が不完全というならまだしも、およそ映画上映で商売している側が、少々の難点でよもや「不完全」などという言葉を口にするわけもなかろう。
 作画・背景・仕上げが荒れていたところで、フィルムが揃っていれば立派な「商品」であることには違いない。ということは素人目に見ても「不完全」であることが明白な場合においてしか出てこない言葉であると考えられる。
 「不完全……って、一体……!?」
 まさか物見高い我々であっても、木戸賃を払ってまで見物に行くほど暇ではないし、そこまで底意地が悪いわけでもない。十分悪いって? まぁ概ね業界内の反応などこのようなものだ。鵜の目鷹の目で見るし、また同じように見られるのだ。
 明日は我が身、というあな恐ろしきこともないわけではない。
 当該作品の制作にたずさわっている方に対しては誠に気の毒に思う。私なら逃げ出しているかもしれない。

 しかしである。アニメ業界もいつまでも構造的欠陥ばかりを言い訳にしているわけにもいくまいし、こうした不手際を真摯に反省することも必要であろう。
 提灯記事ばかり書いているアニメ雑誌もこうした不始末を取り上げてみるのもたまには良いのではなかろうか。
 
 ああ、それにしても。一体どんなフィルムで上映されているのであろうか?
 見た人はいないか?

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