2009年2月7日(土曜日)

千代子讃江・その13



昨日、イタリアで出版されたという評論集に触れ、その本に関するウェブページを紹介した。翻訳された日本語はグルーブ感に溢れていたが、問い合わせされた方が、同文をきちんと日本語に訳したテキストをお送りいただいた。ありがとうございます。
興味深いテキストなのでここに紹介させていただく。

「今敏は、著名な映画祭へ作品を出品しているということもあり、新世代の日本アニメ監督の中でも最も有名で賞賛されている。
このように重要な芸術家についてのイタリア初の研究である本書は、劇映画(「パーフェクトブルー」、「千年女優」、「東京ゴッドファーザーズ」「パプリカ」)とテレビ作品(「妄想代理人」)の分析を通じて、また日本アニメの内外の主要専門家により監修された彼の素晴らしき映画の全側面に触れる“縦断的な”掘り下げにより、今監督の複雑なテーマの分析を目的とする。序文マルコ・ミュラー。
日本アニメの才能の中でも、今敏は過剰と矛盾の巨匠、昔から変わらず全てであり全ての反対である。彼のエネルギーは、常に幻想的側面の下、魔術的ネオリアリズム(「東京ゴッドファーザーズ」)、シュールレアリズム・スリラー(「パーフェクトブルー」)、芸術についての熟考(「千年女優」)、反伝統的で曖昧で獰猛な語り口(「パプリカ」)にまで及ぶ。今敏は、自らの作品に抑えきれない想像力を記述しながら、ジャンルをむさぼりそれらを色彩の純粋なソースにひたったアニメーションの中で発芽させる芸術家である。アニメ愛好家のための論文、この監督の全作品とその映画を構成する主要テーマの詳細な分析。本書は、マルコ・ミュラーの序文に飾られ、アンドレア・フォンターナ、ダビデ・タロ、エンリコ・アッザーノ、ブライアン・ルー、アレッシア・スパニョーリ、ステファノ・ガァリーリョ、マッテオ・ボスカロル、マリオ・A・ルモール、ラファエレ・メアレ、ルカ・デラ・カーザ、マルチェロ・ギラルディ、そしてパオラ・バレンティーニの評論を掲載する。」

実に面白い表現だ(無論、翻訳の問題ではなくて)。
形容の重ね方が私には大変嬉しい傾向にある。イタリア人はヨイショ上手なことだよ。
「過剰と矛盾の巨匠」「昔から変わらず全てであり全ての反対」「反伝統的で曖昧で獰猛な語り口」など、矛盾と違和感のある組み合わせがとても刺激的。
とはいえ。あまりに過度な賞賛に思える。
ふと、以上に上げたフレーズを読み返すと、これらの形容が誰よりも適切な御方が思い浮かんだ。そう、当サイトをよくご利用の方にはもう分かりであろう。
きっとあなたも「点呼」されたいに違いない。

さて、しつこくも続く「千代子讃江」第13回。

ようやく舞台版も終幕が近づく。
映画版でもとても好きなシーンだ。というのも、自分の演出が気に入っているというわけではなくて、アフレコ時のシーンがひどく印象的だったからである。
老千代子役の荘司美代子さんが、呼吸器変わりの小道具を口に当て、細い息で別れの言葉を口にする。
「悲しくしないで……だって私、またあの人を追いかけて行くんですもの」
このあたり、荘司さんの芝居がたいへんいいのだが、その収録光景が忘れられない。
アフレコのブース内には、荘司さんお一人。確かこのシーンは椅子に座っての収録であったと記憶している。
他の声優さんはすでにそれぞれの役を終えていたのだが、千代子の最後を見送るように、少なからぬ声優さんが残って見守っていた。
折笠さんと小山さんの若い「千代子たち」に見守る中、老千代子は息を引き取っていく……。
このアフレコ時の記憶や様々な思いでが重なり響き合い、舞台はいっそう感動的な最後を迎える。
舞台版、千代子たちの末期は悲しくも美しく、しんみりしつつも晴れやかである。千代子たちを優しく包む和田さんの音楽が情感を盛り上げる。
そして最後の台詞である。

映画版の最後の台詞は賛否両論があったと聞いたが、それについては「千年女優画報」のインタビューでも答えているし、だいたいあの台詞に辿り着くために作ったような話である。好悪は人それぞれ。
ただ舞台版では、最後の台詞は原作と同じでも、聞こえる印象がずいぶん異なるのではないかと思える。
ここもやはり舞台版の方がぐっと「女性的」であり、映画版よりも受け入れられやすいイメージになっているような気がする。全体の演出は勿論、音楽による部分も大きいし、やはり何といっても女性5人という身体によってしっかりと担保されているからではないかと思えた。
思い入れが過剰にならない、見事な千年の終幕である。
さよなら千代子たち。

と言いつつ、翌日も翌々日もまた千代子たちに出会うのだが。

会場は大きな拍手に包まれ、千年を走りきった女優さんたちが登場。さらに拍手が高まる。
その光景そのものが感動的だ。
女優さんたちの顔はどなたも晴れやかで美しい。
心の底からこうお伝えしたい。お疲れさまでした。
拍手喝采。

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