1998年11月7日(土曜日)

PUBLIC HOUSE



 私をご存知の方には申すまでもないが、私はめっちゃ酒を飲むらしい。らしいじゃあないだろ。飲む。
 酒の席は確かに多い。そして飲む場所と言えば主に居酒屋と言うことになろうか。ジャパニーズパブである。
 先日イギリスBBCの取材を受けたとき、先方の希望で阿佐ヶ谷の居酒屋「鬼無里(きなさ)」の座敷で、いかついビデオカメラと眩しいライトを向けられ、他の一般客の胡散臭そうな視線を我慢しながらインタビューに答えたりもしたのだが、その時イギリス人が居酒屋をして「ジャパニーズパブ」と言っていたのできっとそうなのであろう。しかし何だか妙な感じがするではないか。「パブ」と言って居酒屋を思い浮かべる日本人はそうはいるまい。
 今回のテーマとは外れるが、って別に大層なテーマがあってこれを書いているわけでもないのだが、ちなみにこの時は「DopeSheet(通の情報)」とか言う番組の取材で、日本を含め世界各国のアニメ事情を取り上げるという企画であったらしい。他にどんな人に取材したのか聞いたら、「たむらしげる」「宮崎 駿」と言っていたが、どう考えてもそこに「今 敏」を入れるのは食い合わせが悪いと思うのだがな。それ以前に前者二人の組み合わせというのも解せない。一体どういう企画意図なんだか。

 さてよく言われることかも知れないが、私にはどうにも「パブ」だの「スナック」、「バー」だのの違いがよく分からない。何か明確な区別が存在しているのであろうか。営業登録を行う上で、例えば席数の制限だとかコンパニオンの有無とか。
 しかし中には「パブスナック」などと言うハイブリッドな種別名を冠した店まであるではないか。一体その辺の線引きはどうなっているのだ。
 「カラオケスナック」「カラオケパブ」といった合体も多かろうか。「ランジェリー」と「パブ」に合体されると今回の趣旨と外れるのでここでは考えないことにする。いや特に趣旨があって書いているわけでもないのだが。ま、そういう店は行ったことはないがおよそ想像に難くない。あられもない下着姿の若い女性が、酒の相手をしてくれて、背広の男子を悩殺しちゃうのであろう。いいなぁ、悩殺。されてみたいししてみたい、ああ悩殺、悩殺
 そういえば「フィリピン」と「パブ」というのも仲の良い合体の形であったろうか。その昔マンガの編集者に連れられて何度か行ったことがある。その編集者にはお目当ての娘がいたようなので、私はいいだしにされてもいたのかもしれないが、それはそれでよい社会勉強でもあった。
 私が行った限りではあまり日本語でやりとりできるケースがなかったので、たどたどしい英語でのコミュニケーションとなる。自慢ではないが私は十年あまり受け続けた英語教育の恩恵に浴していない。からきし英語はダメである。これを読んだからといって私の家に英語の教材の案内など送ったりするなよ。
 英語は無論のことタガログ語が話せるはずもない。酒飲みのお喋りな男から言葉を取り上げるとあまり愉しい酒にはならないことは想像に難くはあるまい。
 一度、非常に可愛らしい、というかいたいけな感じの年若いフィリピンさんが付いてくれたことがあった。たどたどしい英語で聞いてみると昨日日本に来たばかりの17,8だかの娘さんであった。およそ客を楽しくさせる風ではない。私は酔った頭と恥ずかしい英語で色々と質問していたのだが、そのうち彼女は自分の家族の話を始め、そして清い目で私を見てこういうのだ。
 「この近くに教会はありますか? 次の日曜日教会に行かなければなりません」
 醒めたな、酔い。
 確かその店は練馬にあった店だと思うのだが、私は土地勘もないし「この辺に住んでるわけじゃないので、分からない」としか答えてあげられなかったと思う。
 しかしそんな話題で弾むか、話が? 冗談でも言えるか?
 「俺も君と一緒に行きたいなぁ、日曜日の教会、エヘへ」とか。
 彼女は国や家族を思いだしたのか尚更言葉少なになったので、仕方なく私は彼女にこう言ったよ。
 「…レッツダンス」

 私のマシンのハードディスクに住まう物知りに聞いたところ「PUB」とは「public house」の略だそうで、「英国特有の大衆向けの酒場またはビヤホールで, その地域の社交場の役目もする」のだそうだ。これが日本語の「パブ」で調べても「洋風の居酒屋」であることに間違いはない。
 しかし「和風パブ」という種別を冠した店もあったような気はするがな。どうなってるんだろ内部は? カウンターの代わりに掘り炬燵にでもなっているのだろうか。しかしそれでは正にまったき居酒屋としか思えない。謎だ、和風パブ。
 これが「サロン」やら「ラウンジ」などと言うと少しだけ高級なお店の種別になるのだろうか。フロアレディやホステスさんなどがいるでのあろうか。やはりよく分からない。
 私はほとんど「パブ」や「スナック」という類の店には行かないが、何の間違いかかつてほんの何回かは連れて行かれた覚えもある。数少ない記憶の断片をつなぎ合わせて浮かび上がる「パブ」のイメージと言えば、カウンター席が12,3席で、カウンターの中にはバーテンと化粧の濃いママ、それと良くて若くてあまり綺麗ではないが笑うと愛嬌もあるかな、今度の休みいつなの?アイちゃん、今度の休みは友達と映画見に行く約束があって、つれないなこの間もそう言ってたじゃない、映画好きな友達なんですよぉ、という女の子が一人くらいいて酒を作ってくれたり話し相手をしてくれる、といった感じであろうか。もしかして全然違うのかな? まぁいい、私の「パブ」像はとにかくそういうものだ。これが「スナック」になっても特に変わりはないのだが。
 来る客も近所の商店街のオヤジなんかのお馴染みさんばかり、ではないかと思われる。かなり地方色というか田舎臭いイメージが強くなってくるが、どうにも想像はそちら側にしか広がらないのだ。いやいや「その地域の社交場の役目もする」というのだからこれで正しいはずだ。
 店の外まで聞こえるオヤジの下手くそなカラオケ、カウンターの端のレジの横には古いピンク色の公衆電話と招き猫、更には「来夢来人(ライムライト)」などと言う店の名前なら完璧であろう。古いか。「灯(ともしび)」とか「馬酔木(あしび)」なんかもムードは満点。札幌の実家の近くにスナック「献身」というのがあったが、なんだか気が重くなりそうだがな。
 まぁ、いい。
 ともかく私の中での「パブ」だの「スナック」だのはそのようなイメージに向かって暴走しているわけだ。
 これが「バー」と言うことになると私も「ショットバー」くらいなら出入りすることもあるので、もう少し想像もしやすい。お腹がいっぱいでお酒だけ飲みたいときに入り、ナッツやチーズの盛り合わせ程度のつまみを頼んで静かに酒を飲むわけだ。
 「パブ」にしろ「スナック」にしろそのあたりは大差はないのではないか、と私は主張したい。こういった店は酒飲みにとってその日の一軒目に行く店ではないように思えるからだ。違うか? いや、違うはずはあるまい。アタリメやエイヒレ、ポッキーやチーズで酒を飲む場所に相違あるまい。
 だと言うのにだ。
 私は最近以上のような私の「パブ像」を覆す店を見つけて驚愕してしまった。それも我が家の近所で、だ。

 「とんかつ&パブ」

 エエッ!?
 「旨いトンカツ」なのだそうだ。堂々と看板にはそう謳ってあるのだ。「旨いトンカツ 楽しいお酒」と言い放っているのだその看板は。しかも「パブサルーン」というこれまたハイブリッドな種別の店なのだそうだ。どういうことだよ? レーザーカラオケもあるのだそうだ。困った!!いや、困ることはないか。いいのか!? いや、ま、そりゃ悪いことは何もないのだが。
 常識を根底から覆す謎に包まれた新手の“とんかつ&パブ”「○ォーラム」!! 誹謗中傷するわけではないが、一応伏せ字にしておこう。
 JRの駅からほど近い踏切のそばにあるこの店は、外見はこれといって変哲のない「パブ」である。どちらかと言えばそれほど躊躇無く入れる感じの店構えだ。決してぼったくりに遭うような感じではなく、至って明朗な会計をしてくれそうだ。だったら入ってみろ、という話もあるが、謎を解いてしまうと得てしてつまらなくなるものだから、このまま無邪気に楽しんでいたいと思う。
 先にも書いたがこうした「パブ」「スナック」そしてこの店が冠した種別名「パブサルーン」も含めて、こうした店は決して一軒目にいく店ではないと思うのだ。な?
 例えば友達と飲むことになったとする。
 「乾杯! どう最近仕事は? 忙しいの?」
 「まぁ、ぼちぼちかな、スケジュールは遅れてるけどね」
 このような会話がなされる舞台は食べ物の美味しい居酒屋であったり、もっとしっかり食べたいなら焼き肉屋などと言うことになろう。決して「パブサルーン」ではない筈だ。偏見か? いや、このホームページに公正な意見があるはずもないし、全てが偏見みたいなものだから許されたい。
 お腹も一杯になり、酒も回ってきた頃にはこんな事を口にするだろう。
 「お勘定」
 「さてどうしようっか?」
 「食べ物はもういいから、軽く飲めるとこがいいね」
 さぁ、ここで出番だろう普通、「パブ」だの「スナック」は。
 ほろ酔い加減で歩きながら雨の中次の店を探す二人、っていつの間にか雨が降っている上に二人ということになっているが、それは気にしないでくれ。
 「そういや、この先に新しい店が出来てたな」
 「行ってみる?」
 さあ、二人は雨に追われるように足早にその店に入るわけだ。
 おしぼりと突き出しを出され彼らはこういうだろう。
 「え〜と、俺ウィスキー水割り」
 「ロックで」
 出された飲み物を一口二口飲んだところでバーテンが聞くだろう。
 「おつまみは何か?」
 「そうだな、なんか軽いものでも…メニューある?」
 そしてそのメニューを開いたときに最初に目に飛び込んでくるのは何と!!
 「当店自慢!とんかつ定食」
 しかも豚のマンガキャラが描いてあって、「味自慢!」などと吹き出しが出ているかもしれない。
 醒めるな、酔い。
 これが男同士ならまだしも、夜の秘め事も視野に入れ期待に胸膨らませている男と女だったら、萎えるな。この日は帰るよ、それぞれの家に。とんかつを食って精力を付けて、さぁひと勝負、とはならんだろ。
 どう考えても「とんかつ」と「パブ」じゃ、「合体」できないと思うんだがな、やっぱり。

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