2008年11月12日(水曜日)

ストックホルム続き



演劇ドラマ大学で十数名の学生相手に簡単なレクチャーと質疑応答。計90分。
スウェーデンの大学は勿論「無料」だそうで、立派な設備をしかもたいへん少ない学生数で贅沢に使用している。映画用、テレビドラマ用のスタジオ、演劇発表用のホールなどいずれも本格的な設備である。
ちょっと羨ましいぞ、スウェーデン。
もっとも、学生の雰囲気は日本と似ているようで、「質疑応答」では積極的に手は上がらない。むしろ、質疑応答の時間が終わった後、個別に質問をすることが多いというのも何だか日本に似ている。
学生に代わって先生(Professor Editingというから編集の教授である)が率先してあれこれと質問してくれたので、無言の時間が流れることもなく大過なくスウェーデン最初のミッションを終了。
終わって外に出ると、雨。そして日没である。早いな(笑)
夜の一般向け講演に備えて、サンドイッチを一切れいただき一旦ホテルに引き上げて休息。

軽食を食べながら聞いた話。
スウェーデンは自国に入ってくる人間に寛容な国だそうで、難民や亡命者の受け入れには積極的だとか。さらには彼らに対して、手厚い保護と教育も施す。無論、公的資金により無料の教育で、住居や生活費の面倒を見て、小遣いまで支給されると聞いた。
一方で、自国民が使う教科書は「お下がり」で済ませるのだそうな。
景気が良い時ならともかく、景気が低下してくると不満が高じるのは致し方なかろう。だが、基本的には難民たちは、当初公的資金による援助でお金がかかろうとも、結局は言葉を覚え働くようになれば、税金という形で国に恩返しをすることになるのだから、意外と帳尻は合うということかもしれない。
それにこの国では「困っている人は助けるものである」という一般的な心情が形成されているようで、これは紛れもなく教育の賜物であろう。
困っている人たちの上にさらに爆弾を落とすような国とはずいぶん違うものだ。

少しばかり仮眠ができた。スリープを解除して、さて仕事。
迎えの車でスウェーデン・フィルムインスティテュートへ。先にレクチャーを行った演劇ドラマ大学のすぐ隣の建物。
あいにくの小雨が続いており、お客さんの出足がやや心配だったが、三百数十席の会場は308名の来場者で満員となった。ありがとうございます。
お客さんは老若男女さまざま。心優しきスウェーデンの民は、私のつたない話を熱心に聴いてくださる。
講演は90分。とはいえ、通訳が間に入るので私が喋るのは実質半分。
今回は事前にテキストを用意しておいたので、話をするのはたいへん楽なのだが、すでに過去のものとなった考えをライブで口にするのはあまり愉快なものではない。気は楽だが、知的には少々物足りない。
とはいえ、通訳の都合もあるので、やはりあらかじめテキストを用意しておいたのは大正解である。
ただ、ちょっと量が多すぎた。ある程度分量は多めに用意しておいた方がいいとは思ったのだが(話すことがなくなるよりはいい)、思いのほか多すぎた。
仕方がないので、私が発言した後、通訳してもらっている間に割愛する個所を選んで、間引きながら話すことにした。それでも、用意したテキストの三分の二をこなしただけで質疑応答の時間となってしまった。
次の訪問地ノルウェーでの講演では、あらかじめ分量を減らしておこう。

大きな拍手をいただいて、講演と質疑応答を無事に終える。結局計100分ほどのイベントとなった。
聴衆のみなさんから発されるムードが柔らかく穏やかだったので、たいへん快適であった。
イベント終了後は、「恒例」のサイン会。監督作のDVDを持参した方にせっせとサインを描く。
『東京ゴッドファーザーズ』の上映時間が迫ってきたので、ロビーに出ると上映に並んでいるお客さんがたくさんおられる。ありがたいことだ。
ロビーでミニサイン会を続ける。
差し出されるDVDソフトの傾向は、多い順に『パプリカ』『東京ゴッドファーザーズ』『妄想代理人』、それに『千年女優』と『パーフェクトブルー』がわずかに混じっていたろうか。
『パプリカ』はブルーレイ版ばかり。中にはロシア版も混じっていた。

この日、たいへん驚いたことが一つ。
中学の同期生の女性がおられた。地元ストックホルムで日本のマンガの翻訳や編集に携わっておられるとのこと。
ストックホルムで釧路東中学の同期生に出会うとは。
しかも、彼女は「中学当時からの今 敏ファン」だというのだから私の驚きのほどは二乗である。
「保健室のそばに今君の描いた絵が貼ってあって、それが欲しくて欲しくて……」
そんなこともあったようななかったような。
そんなに年季の入ったファンなどお目にかかったことはないし、これからもないだろう。
どうもありがとうございます。
彼女が持参したDVD3枚それぞれにサインをすると、さらに驚くべきものを取り出して、これにサインをしてくれと仰る。
中学校の卒業アルバムである。
げ(笑)
私はこれまで色紙やノート、DVDは勿論、割りばしの箸袋からチケットの半券や紙の切れ端、バッグやTシャツ、はては地肌にまで色々なものにサインをしたことがあるが、卒業アルバムは初めてのことである。
「3年3組」のページを開き、幼い私の顔写真の横にサインをしてくれと仰る。
何と気恥ずかしいサインだ(笑)
「当時の面影がありますよ」
そんなたちの悪い冗談はおよしになって。
当時の私の面影など前額部とヒゲによる浸食に呑まれて跡形もないってば。
顔写真の隣だけでなく、さらには布張りの表紙にもという御所望なので、31年にも渡る彼女の思いにちなんで千代子の顔をいつもより丁寧に描かせてもらった。
どうもありがとう、Fさん。

大使館の方が懇意にしているというタイ料理のお店で、通訳をお願いした先生も交えて打ち上げ。
店のオーナーは日本人で、最後にはオーナーも加わって楽しいひと時を過ごす。
料理はいずれも美味しく、いつでも食べられるわけではないという揚げたカニや春雨サラダが美味しく、揚げ春巻きは特に絶品。異国で飲む冷えたシンハービールも格別である……って、日本で飲んでも異国のビールなのだが。
ああ、美味い。
ストックホルムの街歩きに始まり、講演が二つ、それに中学の同期生との出会いなど、盛りだくさんで長い一日だった。
やれ、疲れた。

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