2009年1月30日(金曜日)

千代子讃江・その6



近況から少し。
一昨日、「アニ*クリ15」の書籍化(DVD付き)のために、赤坂キューテックで「オハヨウ」のビデオ編集に立ち会う。V編といっても、何も処理を足すわけではないし、明るさの調整をしただけである。
オンエア時、画面が思ったより少しばかり暗かったので、収録時には改善しようと思っていた。データの方に特に問題はなかったはずで、実際、NHKさんでのハイビジョンによるスクリーン試写では、イメージ通り再現されていた。
「オハヨウ」は今後のハイビジョン対策のテストケースも兼ねていたので、この結果には満足していたのだが、生憎書籍に付属されるDVDはハイビジョンではない。
マスターモニターで見ると、ダウンコンバートされた映像でもまったく問題はないが、民生機で見ても画面の明るさにほとんど問題はない。拍子抜けした。
せっかく赤坂まで出向いてきて何もしないのもしゃくに障るし、民生機のレベルではがっかりするほど画面が硬い。中域のレベルを少し上げてもらって、黒つぶれ等をなるべく回避する。
仕事は15分もかからぬうちに終了。
さて、主目的である晩御飯はこれから。って、本末転倒この上ないが、そのためにV編の仕事にはほとんど関係のないスタッフ含めて総勢5人で出かけてきたのである。前日の仕事場での会話はこんな感じ。
「明日のV編、18時からです」
「じゃ、赤坂で飯食おうか。荻窪の御飯には飽きてるしさ。ビフテキ丼とかさ」
「ビフテキ丼」とはまた、古風に豪勢な名前だ。
私は、以前一度食べたことがあったが、若者にはそのネーミングがインパクトがあるだろうと思って、「にっぽんの洋食・津つ井」に行ってみた。
http://akasaka.221.jp/
『妄想代理人』のやはりV編の帰りに入って、上のトップページでも紹介されている「名物ビフテキ丼」を食べた。関根勤さんが濃い顔をほころばせて食事されていた。
以前この店は、キューテックのすぐそばにあったのだが、移転して随分と離れた場所に変わっており、店構えはひどく立派になっていた。前は定食屋みたいだったのに。
新装なった店内は洋食屋さんというよりはレストラン風。喫煙可というのが大変宜しい。近くのテーブルでご老人がオムライスを食べており、よほどオムライスにしようかと思ったが、若者の真似をして「名物ビフテキ丼」にしてしまった。
荻窪の御飯に馴らされた舌には、珍しさも大きく手伝って美味しいのであった。

何か書くとすぐに飯の話になってしまうな。
とりたててブログで取り上げるようなことがないわけでもないが、まだ書かない方がいいようなこともあるし、書きたくても書けないこともある。
昨日、入手した情報には心底がっかりした。
笑えないほどおかしく、笑えるほど悲しい話を聞いた。
何のことを言っているのかさっぱり分からないだろうが、それでもここに私の気持ちを書いておきたい。
「ダメに決まってるじゃないですか、そんなの」

がっかりな話は置いといて、千代子たちに関するにっこりな話を続ける。
ということで「千代子讃江」本題。

見ている最中、ひどくクラクラしてくる。
目の前の進行する舞台版『千年女優』、その色々なシーンや台詞がきっかけとなって、脳内のスクリーンには原作の『千年女優』、そしてそれを制作中の記憶や映画祭の思い出などが映し出されてくるのである。
たとえば、蔵の中で「鍵の君」と指切りをした後、「初恋ィッ!?」などと友達にはやされる千代子。この後、千代子の家の前に人だかりが出来ており、「鍵の君」は駅に向かったことを知るあたりまでは、一緒に舞台を見ている鈴木さんが原画を担当したシーン。
「あ、ここは鈴木さんが原画だったな……」
舞台上のシーンによって映画の画面が喚起され、会場の隣席で観劇している鈴木さんが9年前、阿佐ヶ谷の制作現場で原画を担当し、私もレイアウトチェックであれこれ指示を入れた記憶が甦る。
「雪の階段で千代子が鍵を拾うために座る芝居が良かったな……師匠(本田 雄氏)、いい仕事していたなぁ……」
という具合に、脳内では時空間を複雑に行き交うことになる。
千代子が駅へ走るシーンでも、
「この原画は井上さん……井上さんには『千年』の時も随分助けてもらったな……そういえば、走りのモデルを引き受けてくれたtamaちゃんはどうしてるかな?……あ、このシーンは美術も色指定も出色の出来だったな……そういえば……」
舞台の光景は次々と連鎖的に記憶を喚起してくれる。
無論、舞台には集中しているのである。集中しつつも同時に脳内が異様に活性化されるということであろう。
これがクラクラの正体である。
脳がハードディスクだったらものすごい音を立てて回っていたことだろう。
舞台上、駅のホームで倒れた千代子が声を張る。
「……私、行きます。必ず逢いに行きます!!」
聞いていて、思った。
「……あれ?……」
主に若い時分の千代子を演じた前渕さなえさんの声が、映画版でやはり若い千代子を演じてくれた折笠富美子さんと似ている。特に声を張ったときなど、そっくりに感じられる。
後に、TAKE IT EASY!さんのプロデューサー始め複数の方から同じ感想を聞いたので、一個人の思い込みではなかろう。
「折笠さんの声が思い出されるなぁ……」
そう思い始めると今度はアフレコ収録現場のシーンがよみがえってくる。
「ああ、この辺は何回かリテークを粘ったな……ああ、ここはアフレコの時もいい感じだったな……」等々。

島尾詠子が登場する。演じるは老千代子役でもある中村真利亜さん。
老千代子が、千代子に対する「老」のコンプレックスに駆動される詠子を演じるのだから、なんとも象徴的な配役である。
映画では、当時劇団キャラメルボックス在籍の津田匠子さんに演じていただき、詠子をよく印象づけていただいた。
津田匠子さんには、昨年開催した展覧会「十年の土産」にもいらしていただいた。
「「十年の土産」には折笠さんや飯塚(昭三)さんにもおいでいただいたな…」
そんな記憶までレイヤーに挿入されていく。
「映画版の声優さんがこの舞台を見たらどう思うんだろうな……」
映画版で老千代子を可愛らしく演じてくれた荘司美代子さんの顔が浮かぶ。
声優さんやアフレコの記憶から、音響の仕事全般が引き出されてくる。
「音響監督の三間さんには芝居の聴き方を随分教えられたな……ああ、そういえば出港シーンで銅鑼の音が入っていたのは無しにしたんだっけな……倉橋さんの効果は色気があって良かったな……」
そして当然、この記憶が。
「平沢さんに音楽をお願いできて、本当に嬉しかったな……」
幾重にも重なる記憶のレイヤーを、目まぐるしく往復しているようだ。さながら走る千代子のように。
あ……。
この感覚こそが実は『千年女優』で観客に期待していたものではなかったか。
いつの監督作でもそのことに変わりはないが、映画は映画そのものだけで完成するのではなく、きっかけを与えてくれるものだと考えている。無論、画面や音響はそれだけでも楽しめるものでなくてはなるまいが、それらによって喚起される観客それぞれの記憶などが加わることで、映画は初めてその観客のものとなる。私はそう思う。
そういう意味で私は、舞台版『千年女優』の最も正しい観客の一人だ、と言えるはずだ。
『千年女優』というラベルの引き出しに詰まった記憶の量では私はなかなか人に負けないだろう。
何せ「生まれる前からおまえさまのことはよく知っている」んだから(笑)
映画に手ずから関わった立場だからこそ、楽しめる部分は少なくないし、これは一つの特権だろう。
こんな体験をさせてくれることにも感涙が溢れそうになりながらも、舞台ではまだまだ『千年女優』が進行している。

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