先週の神戸出張はてんこ盛りの2泊3日になってしまった。
別に予定が過密だったわけではなく、結果的にそうなっただけなのだが。
てんこ盛りを構成するその最初は、三宮市内のコンビニでダルビッシュを間近に目撃したことで、これは掲示板の方に記したとおりである。
総菜コーナーの前で仁王立ちして商品を見つめる196センチの長身は作り物のように立派であった。
翌日の対オリックス戦では三振を11を奪う見事な完封勝利だったようで、さすが日本のエース。
てんこ盛り第二弾はあまり見たくない「ショー」であった。
詳しいことは書けないが、かいつまんで言うとこんな話。
「浮気した亭主の仕事場に幼児を連れた女房が乗り込んで絶叫、罵倒し合う一幕」
いまどき安物のドラマだってこんなベタなことは描かないだろうが、現実というのは度々現実感がひどく希薄な光景が出来するものだ。
どうやら私はこの「ショー」において「観客」として招き入れられたようで、後から考えるとよしゃあいいのに「通行人A」まで演じてしまった次第。
間近にその夫婦の修羅場に立ち会いながら、三人目の重要な主役を無理矢理演じさせられている子供が気の毒でしかたがなかった。
同時に、この三文芝居を見ながらリアルタイムでこんなことも考えていた。
「ああ、こうやって親の業が子供に転写されるのだな」
この場合で言えば要するに「気に入らないことがあれば泣き叫んで相手を罵倒して良い」というコードが親から子に刷り込まれるということ。
おそらくは、安物のイラスト指南書にでも出ていそうなほど大きく顔をゆがめて絶叫を続ける女性も、その親から同じコードを転写されたに違いない。
それにしてもたとえどんな事情があるにせよ、自尊心というものはないのだろうか。そんな真似したら、何より自分で自分が情けなくなるだろうに。
嫌な「ショー」だ。
目撃したある人の言葉を借りれば、その感想はこんな感じ。
「気持ちがザラザラする」
サンドペーパーが必要だ。
てんこ盛り第三弾は、私が講師を勤める「アートカレッジ神戸」の校長と久しぶりに酒席を共にしたことで、飲みながら学校経営にまつわる話をあれこれ聞かせてもらった。
無論、その内容をここで紹介はしないが、ただでさえ少子化という現状で、さらには百年に一度などという枕詞で粉飾された不況のなかで専門学校の舵を取っていくことがいかに難しいのか、どなたも想像に難くあるまい。
まあ、積極的に愚痴を聞かせてもらったと言う方が伝わりやすいかもしれないが。
「専門学校の校長」と「アニメーション監督」、立場は違えど集団を代表するものであることには変わりなく、さらにどうしても社会に対して閉じがちになる「学校」という組織と、お客という社会に対する意識が希薄なアニメーション業界という点も似ている。校長も監督も、組織の内側だけでなく外側との接触が多い立場なので、抱えなければならない矛盾やジレンマなど共通点は多い。
校長が抱える問題を私などが理解できるわけもないが、しかし話の大半は聞いているうちに相手の話なのか自分の話なのかよく分からなくなるくらい近しい部分があって、まるで我がことのように聞ける興味深い愚痴……といっては失礼だから、悩みであった。解決しない問題を抱え続ける役目が責任者の別名でもあろう。
頑張ってください、校長。
愚痴なんてものは聞きたくはないが言いたいというのが常だが、愚痴だって面白く語ってくれれば聞いていて楽しいものである。
校長の愚痴は、内容はシリアス極まりないのだが、時にエンターテインメント性に裏打ちされていて大笑いできる。
「僕、髪の毛薄くなったやろ。これ労災や思うよ」
ぎゃはは。認められない労災。他人事じゃないけど。
私の場合は、監督した映像の尺だけ減るさまを「まるで鶴の恩返し」と形容していたが、「労災」のインパクトには遠く及ばない。勉強させていただきます。
さて、この「管理職の愚痴」というありがちな話題が、またロケーションに実にマッチしていた。というか、その話題のためにセレクトされたロケーションだったのだが。
その店には、中年サラリーマン男性「しか」いないのであった。
座敷はすべて、上着を脱ぎ、Yシャツにネクタイ姿の中年男性ばかりで、どっかの会社の宴会場みたいな光景であった。無論、それぞれ2、3人のグループは無関係の人たちだ。
薄くなった頭が皆、酒で赤くなって咲き乱れる花畑みたいだ。嫌だなそれ。私もその一輪になるのだが。
座敷に通されながらこう思った。
「ここは昭和か?」
素直な感想を伝えると、校長はこう仰る。
「そやろ。ここなら思う存分愚痴が言えるわ(笑)」
まったくまったく(笑)
座敷を埋めるYシャツとネクタイが、おそらくはこちらの話題と似たり寄ったりの会話をしているに違いなかった。
頑張れ、中年男子。
酒の肴は刺身の盛り合わせ、天ぷらの盛り合わせ。そして何より愉快な愚痴でお腹を一杯にして2時間ほどで店を出て帰路につく。
「ザラザラした心情」だったところに、我がことのような問題について考えを巡らせてしまったことになる。
本来はサンドペーパーが必要だったところに、タールを流したみたいな何だかよく分からない有様になってしまった。ザラッとどろどろしている。
このままホテルに引き上げたら悪夢を見るに違いない。
洗浄剤とサンドペーパーが必要になってしまった。
こういうときにはアホな話題が有効だ。そう思って、アホな話題を提供してくれる知人に救難信号を発信したのだが、生憎仕事で忙しいとのこと。
残念だ。
悪夢を覚悟してホテルに向かって歩き始めて、ふと思い立ってある人に電話をしてみた。
さて、ここから先は、視点を変えて一度こちらを御覧いただきたい。
http://d.hatena.ne.jp/mizugucchi/
2009-04-24
「[舞台版「千年女優」への道]黒田武志さんのフライヤー展。そして今監督。」
救いはあるものだ。
願えば通じることもあるのだから、世の中そう悪いことばかりではない。
たとえば、見かけるたびに腹立たしいと思っていたインチキ「地デジ」の恫喝CMに対して、「消えてなくなれ」と家の茶の間で幾度も口にしていたら本当に消えてなくなった、とかね。ま、少しの間だろうけど。
「容疑者」には何の恨みも嫌悪もないが、地デジとそれを取り巻く状況を見ていると、TV買い換えの押し売りにしか見えないのだから、笑顔で他人を不安に追い込むそのトレードマークである以上、偏屈な一視聴者に「消えてなくなれ」と思われることだってあろう。
たかだか酒飲んで裸になって喚いただけで家宅捜索だとか、あまりに大騒ぎしすぎだが、浮かれた大学生じゃあるまいし人前に出ることで大金が動く仕事なんだから応分の責任というエコーが返ってくるのは仕方ない。
一説によると「容疑者」の開けた穴は「一千億円」だとか。
すごいな。
きっと、その日飲んだ酒のうち「限度を超すことになった一杯」というのがあるはずだ。それを飲まなければパンツは脱がなかったはずの一杯。
その値段が一千億。さぞや美味かったであろう。
それにしてもどうして今回は「容疑者」で「メンバー」じゃないんだ?
はるかにスケールの小さい酔っぱらいの話に戻る。
三宮の駅でTAKE IT EASY!プロデューサー水口さん、女優の清水さんと待ち合わせて飲み屋に移動。店内片隅のボックス席に収まってしばらくしたところで演出の末満健一氏も合流していただく。
何てラッキーなんだ。
精神に必要だった洗浄剤とサンドペーパーどころか、高級な研磨剤まで用意してもらった気分だ。
精神だけでなく物理的にも喉の洗浄を欲していたので、ドライなスパークリングワインをボトルで頼んで乾杯。
お久しぶりに顔を合わせたばかりだというのに、舞台版『千年女優』の話より先に、まずは「洗浄」にかかる。
「今日、たいへんなものを見たですよ!」
話を聞いてもらっているうちに、黒々とまとわりついていたタール(「ストレスボンド」といえる)が洗い流され、ザラザラになっていた精神の表面が複数のサンドペーパーで修復され、仕上げに研磨剤で磨き上げられる。
私個人にとってはそんな飲みの席だった。
あ。これじゃまるで構図があれと一緒だ。
「お話を聞いてもらっているうちに……あの頃の私が甦ってきたみたいだった」
やはり強い磁場を持っているのだろうか、『千年女優』ってタイトル。
どうもありがとうございました、TAKE IT EASY!さん、末満さん。
松村さん降板の件はたいへん残念ですが、苦難を乗り越えて走ってこそ千代子ですからね。新たに千代子の一翼を担う立花明依さんの活躍も期待しています。
残念なことと楽しみなこと、両者を同時に携えつつ楽しみにしています、愛知版『千年女優』。
最後に。
この楽しい飲み会で、一つだけ気になる「不穏な情報」が。
舞台版『千年女優』が上演されるイベント、演劇博覧会「カラフル3」が全体として告知や宣伝が足りないのか、チケット売り上げが「寂しい状態」にあるそうです。現状、かなり寂しい……らしい。
演劇博覧会という性格上一時間の短縮バージョンでの上演とはいえ、原作者が三日分のチケットを用意するくらいだから舞台版『千年女優』愛知バージョンも面白いに違いないのです。
5月2日(土)〜4日(月・祝)の三日間、愛知県長久手町までアクセス可能な方は是非、TAKE IT EASY!× 末満健一「千年女優」に足をお運びください。
公演の詳細は以下のページで。
http://www.tekuiji.com/1000.html