2009年6月11日(木曜日)

暮らせますか?



JAniCAによるアンケート調査結果の続き。
「時間単価(概算)」は以下のように算出されている。

時給=年収・年間労働時間

【職種】 【時給(単位:円)】
・絵コンテ−−−1.388
・監督−−−−−1.412
・演出−−−−−−864
・総作画監督−−1.500
・作画監督−−−1.103
・原画−−−−−−689
・LOラフ原画−−−521
・第二原画−−−−277
・動画チェック−−−432
・動画−−−−−−298

動画の「¥298」に泣けてくる。
第二原画が「¥277」とさらにファンタジーのような数字を叩き出しているが、この実態は私にはもう一つはっきりと想像できない。
第二原画とは、動画職から原画職になる半人前の段階で、経験のある原画マンが描いたラフの原画を清書する仕事だと理解しているが、第二原画という固定したポジションとして確立されているのかどうか、私にはよく分からない。近頃のテレビアニメのエンドクレジットで「第二原画」という文字を見かけた気もするが。
少なくとも私が監督してきた仕事ではほとんど第二原画は使われていない。
あ、『パプリカ』の時にあったか。
諸々の事情があって第二原画を韓国のスタジオにお願いした。
これはしかし、完成フィルムで見ることは出来ない。
一旦第二原画になったカットは、最終的にすべて元の担当原画マンによって清書までなされた。なぜかって、それはその……ええと、あの……そこはそれ、諸々の事情による。
国の内外を問わずアニメーターの方々にはお手数をおかけしてすみませんでした。

原画の新人育成段階で第二原画は便利に使われているとも聞くが、要するにスケジュール短縮のために出現したポジションだろう。原画にかかる時間を圧縮するべく、本来原画というひとつの仕事をラフと清書に分け、作業をばらまく上で必要になったと思われる。
今時のテレビシリーズでは「作打ち後1週間でカッティング(編集)」だとか「作打ち時にはすでに編集が終わっている」なんてこともよくある話だ(劇場だって制作終盤にはそういうこともあるけれど)。
手分けしてでも時間を圧縮したい事情はよく理解できる。
原画のラフといっても清書するだけで済むくらいきちんと描かれたものから、動きのラフが大雑把な絵で描かれたものまで大きな幅があるはずなので、ラフ原画がどの程度のものかによって、第二原画の負担は大きく左右される。しかし、その「程度」が、事前に設定される単価に反映されているとは思えない。
元のラフが粗くても状態がよくても単価は一緒。ラフ原画だって、単価が一緒なら、より手間がかからない低きへとスイスイ流れていくものだろうから、第二原画の負担は益々大きくなっているのではないか。
それが「¥277」の一因かもしれない。

さて、ではアニメ業界の平均の時給は国民全体と比較するとどうなるのであろう。
先日、6/1の毎日新聞朝刊にちょうど都合のよい記事が出ていた。
昨年度の全国平均の時給は「703円」。
先の業界平均時給で言うと「原画698円」がもっとも近い数字である。
全国労働組合総連合(全労連)はこの数年、最低賃金で本当に暮らせるのかを検証するシミュレーションを行っているという。組合員が一ヶ月間、「各地の最低賃金で22日(1日8時間)働いたと仮定して、月11万〜13万円で暮らす」。昨年までの経験をまとめたものが「最低賃金で1か月暮らしてみました。」(亜紀書房)として出版されているそうだ。
記事の紹介によると「食材の使い回しや、デザートや映画を我慢することなどで何とかやりくりする様子が紹介されている。空腹で体調を崩したり、精神的に落ち込む例も多く、ギリギリの生活の危うさがよく分かる」という。
「月11万〜13万円」でこの有様なんだから動画の平均月収「8万8.250円」ではどういう生活になるのか。
しかも「各地の最低賃金で22日(1日8時間)働いたと仮定」して算出されたのが「月11〜13万円」であって、動画の平均労働時間ははるかに長い。
記事の締めくくりとして、全労連局長のこんな談話が紹介されている。
「最低賃金は、働き続けるための賃金になり得ていない。せめて時給1000円のまともな最低賃金が必要だと訴えたい」
ちなみに08年度の地域別最低賃金が紹介されていた。
最高は東京、神奈川の766円。次いで大阪(748)、愛知(731)。
最低は沖縄、鹿児島、宮崎の627円。

動画の時給298円は全国最低レベルの627円のさらに半分以下ということになる。
全国平均の時給703円に近い数字は原画の689円以外だと演出の864円あたり。
しかし、全労連の局長によると「まともな最低賃金」は「せめて時給1000円」だという。
業界で「まともな最低賃金」に近いのは作画監督の「1.103円」。
作監にならないと「まとも」な暮らしはできないということか。
それもまた「自己責任」ですか。
いいや、違うと思うね。
私は二十歳のころから、絵を媒介にして生きてきた。時に漫画家、イラストレーター、アニメの設定やレイアウト、監督としても機能してきた。
幸か不幸か一度も就職することなくフリーランスとして四半世紀ほど生きてきた経験から、根本にあるのはこういうことだと私は思っている。
「お前らは、好きなことをしているから安くてもいいだろう」
誰がそう思っているかって?
ま、ご想像の通りだ。
そう、世の中に溢れるあの「連中」のこと。
「管理の好きなリトル・ブラザーたち」
管理に収まらない人間を羨望しつつも蔑むのは、「河原者」の昔から変わっていない。

トラックバック・ピンバックはありません

トラックバック / ピンバックは現在受け付けていません。

現在コメントは受け付けていません。