2009年6月17日(水曜日)

BBS増刊号「好きなことをしているから安くてもいい」



BBSのレスとして書いていたテキストが段々ボリュームが膨れてきてしまったので、ブログに掲載する。
内容は、先日まで連載していたJAniCAレポートにも関係するものなので、こちらの方が適当でもあろう。
splさん、Sさん、ご容赦のほど。
BBS、splさんの「好きなことをしているから安くてもいい」と題されたスレッドをご一読の上、以下をお読みいただければ幸いである。
なお、BBS用に書いたテキストなので、通常のブログと文体が異なっている。

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こんにちは、splさん。

>好きなことをしているから安くてもいい
>これは実はアニメーター側の病なのではないかと考えています。

確かにそういう面もあるでしょうね。でも、問題の要素としてはそれほど大きくはないと思います。
ブログでも記しましたが、私は時に漫画家としてもイラストレーターとしても機能してきたという経験から感じたのが「お前たちは好きなことをしているのだから安くてもいいだろう」です。
イラストの仕事も格差が激しいというか、下の方は本当にひどい状況です。
先日、某大手出版社から文庫本の表紙イラストを依頼されましたが、提示されたギャラは四半世紀前に耳にしたギャラと同じ額でしたね。
おそらくは「社内の規定」による額なんでしょうけど、どうして社員でもない私がそんなものに従わされなくてはならないのか。知ったこっちゃありませんのでもちろんお断りしました。
以前、文化庁関係のウェブだか何かからあった依頼なんかは、桁が一つ足りなかった。
「桁が一つ足りません」と返信したら、そのまま梨の礫でした。そういう人たちです。
一方で、20年近く前ですが、某建設会社からの依頼で「白黒一枚三桁」なんて美味しい仕事が2回も続いたことがありました。おかげで当時貯金が出来た(笑)

>安すぎる仕事は断るというオプションがあるはずなのです。

そりゃあそうでしょうが、もし路頭に迷った派遣労働者たちが集まっているような職安なんかで「安すぎる仕事は断るというオプションがあるはずなのです」と言い放ったら、愉快な思いはしないでしょうね。
業界において相対的に「安すぎる仕事」は誰だって敬遠します。
問題なのは「安すぎる仕事」ではなく、新人や単価仕事には「安い仕事」しか用意されていないということです。初期設定としての単価が低すぎるのです。
「だったらやらなきゃいいじゃん」という話もあるでしょうが、絵やアニメーションの仕事も世の中には必要とされているわけですし、それで食っている人間も少なからずいる。
少なくとも、私の知り合いの多くはちゃんと食えています。
私などは腹が出るほどつい飲み食いをし過ぎるほどです。別に儲かっている訳でもなく、好きな仕事をして常識的な報酬はいただいているという程度ですが、たいへんありがたいと思ってる。
誰もが一流になれるわけではありませんが、だからといってその頂上部分を支える裾野だって存在するし必要なわけです。
裾野が食えなければ文化全体は失われるでしょう。
文化に限らず、どんな分野も裾野がなければ成り立たない。
一位になれないならオリンピックに出る必要なんかないと思いますか?
社長になれないなら社員になる必要がないと思いますか?
地方格差に不満のある地方の人間はすべて都会に住むべきだと思いますか?

>だけどアニメ以外やりたくないから断れない。
>好きだからで入ってくる人間はたくさんいる。
>だから買い叩かれる。

需要と供給の問題ですから、そうした構図が生まれるのは当然です。
ただ、「程度の問題」だと申し上げているのです。
それに「買い叩かれる」状態が続いているというのともちょっと違うのです。
そんなはっきりとした意志が介在しているわけではありません。
単に昔からの「惰性でそうなってしまっている」だけです。
平たく言えば、「そうなっちゃったままになっている」。ザッツアニメ業界。
実際、昔(四半世紀くらい前)に比べれば予算はましになっているし、食うために十分に稼げる部署も生まれている。デジタル万歳。
一番の問題は「予算の配分の仕方」であって、この点がアナログ時代からの配分の仕方が惰性で続いているわけです。
仮に過去という背景を忘れて、なるべく各部署の負担と報酬が公平になるよう予算の配分をすれば、作画の仕事も十分とは言わないまでも、報酬ははるかにましになります。
ではなぜそうならないかというと、予算配分をするのは、政治家や官僚と同じで自分たちの既得権益をわずかにでも損ないたくない人たちですし、何より昨日までと違うことをするのが「面倒くさい」からです。社員万歳。

だから、私個人としては「予算の増加」を訴えることも重要だろうとは思いますが、「配分の仕方」を変えれば非常識なほどの低賃金という問題は随分解決することだと思っています。
でも、その解決方法を受け入れたくない部署が予算配分を仕事としているわけですから、その実現困難はご想像いただけるでしょう。
アニメ業界のことに詳しくなくても、この国の政治の問題点を見ていれば、業界の問題も一緒ですから想像は難しくないはずです。逆に業界の問題を眺めていると、政治のことも想像がつくものです。
無駄な出費を減らして人員を削減すれば、業界の問題がすべて解決するわけでもありませんが、軽減されることは間違いありません。

たとえば「予算の配分」について大きな疑問を持つことになった、こんなエピソードがありましたよ。
18年くらい前でしょうかね、ある中編に脚本と設定、レイアウトで参加したときのことです。
脚本が決定稿になろうとしている頃だったと思いますが、ギャラについてプロデューサーと話をしました(事前にギャラの交渉をしなかったのはミスではなくて、半分以上こちらの意図でもありました)。
笑顔を浮かべてその女性プロデューサーは言いましたよ。
「脚本買い切りで20万円でどうでしょう?
設定とレイアウトについては単価ということで」
目の前のコーヒーを頭からぶっかけてやろうかと思いました(笑)
脚本は印税がついてくるもので「買い切り」なんて図々しい話はないし、中編であってもそれは劇場用ですから、当時の私のキャリアで割り引いても「20万円」なんて言語道断な金額です。
さらに設定・レイアウトが単価なんて、制作側にだけ都合のいいのは目に見えているし、その中編の内容を考えるとそんな危ない条件を飲めるわけがありません。
ここまででも十分以上に非常識ですが、本当に非常識なのはさあここからです。
私は提示に対して素直に返答しました。
「ふざけないでください」
すると、どうでしょう!
次回なされた提示はこうでした。
「すべて拘束で月○十万円」
最初「買い切り」といった脚本料の倍からの報酬が月拘束で出てきた(笑)
と、いうことは「買い切り」と「単価」はどこから算出された額だったのでしょう?
かなり変、ですよね。
まぁ、かなり特殊なプロデューサーでしたから、一般論には出来ない話ですけどね。
あ、このスタジオではこんなこともあったとか。又聞きの話ですが。
とある美術監督があまりにも安く使われていることが発覚して、周囲のスタッフが進言したそうです。
「あなたがそんなに安いとは周りはもっと困る。ギャラを上げてもらうよう交渉してください」
交渉の結果はこうだったそうです。
「1.5倍」
最初の予算組はどうなっていたんでしょう?

そういえば、私もさらに前にもこんなことがありましたよ。
先とは別の某作品でのこと。
「予算がない!ない!」と聞いていたこともあったし、単価仕事の原画マンはみんな貧乏をしていたので、自分の報酬「月拘束○五万円」には納得して楽しく働いていました。漫画の方で作った貯蓄もあった頃だったのでね。
ところが、制作後半になって入ってきたスタッフが、私なんかよりキャリアも実力も貢献度ももっと低いにもかかわらず、ずっと高いギャラをもらっていることが発覚した。
速攻、激怒してそのプロデューサーにクレームを付けました。
「ふざけないでいただきたい!」
「で?……どうしろっていうのさ?」
その結果、半年分以上さかのぼって「月10万円ずつ」の「差額」をもらいました。
言ってみるものだなぁ、という教訓が大事なのではなくて、「予算の編成」がどれほどのものかが問題です。

>まずはベテラン勢から声を上げていくべきでしょう。
>新人では価格交渉力はないですから。

あの……だからJAniCAが出来たのだと思いますけど(笑)

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続いては、splさんに対するSさんのレスに対するレス。

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Sさん、こんにちは。

>アニメ業界のことを詳しく知っているわけではありませんが、
>まず予算がありきの場合、ベテラン勢の給料が上がると
>あとは韓国・中国に回されそうな気がします。

アニメ業界に限らず「まず予算ありき」が当たり前だと思いますよ。仕事なんですから。
韓国や中国に発注している仕事のほとんどは「動画」と「仕上げ」で、ベテランのギャラとの相関関係はないと言っていいでしょう。
最近は原画の仕事も韓国への発注が増えているようですが、韓国に頼むと極端に安いという訳じゃありませんよ。仕事の上がりが早いから便利に使っている、という面が大きいでしょう。
誰にとって便利かというと、絵描きのスタッフのわけじゃありません。
制作職にとって、です。

>「今のアニメ業界は不当に安い給料で働き、不当に高いDVDを買うことで成立している」

別に制作職は「不当に安い給料」じゃありませんよ。
ろくに仕事もしないのに肩書きだけは立派な「木っ端役人」が、誰よりも上手いベテランアニメーターより高い報酬を毎月毎月もらっていたりするものです。
アニメ業界の全部署が不当に安い訳じゃありません。
だから先にsplさんへのレスで、予算よりも「配分の仕方」の問題が大きいと記したわけです。
「格差問題」はアニメーション業界の問題でもあります。

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