2007年10月27日(土曜日)

脳ストップアメリカ−その1



古い話で恐縮である。
パソコン内のファイルを整理していたら、2007年4月に『パプリカ』のプロモーションで渡米した際の日誌が出てきた。海外にパソコンを持って行ったのはこの時が初めてだったので、こうした形で記録が残っていた。
どれどれ。
うん……うん……うーむ……読み返していたら、思い出して泣けてきた(笑)

「監督作のプロモーションで海外旅行」などと聞くと、さぞや至れり尽くせりで羨ましいと思う人も多いだろうが、その通りだ。半分は。
確かに製作委員会担当者のおかげで、『パプリカ』のプロモーションにおいてはこのアメリカに限らず、ヴェネチアだってフランスだってハワイだって国内だって、いずれも行き届いたアテンドによって快適な旅行をさせてもらっていた。
飛行機はビジネスクラスだし、宿泊だって快適なホテルばかりだった。休憩だってオフの日だってある。観光もした。美味しい物だって高価な物だって食べた。美味しい酒だって高い酒だって飲んだ。羨ましいだろ? ワッハッハ。
であるのに、何故アメリカツアーを思い返すと泣けてくるかというと、タイトルにもある通り脳がストップ、そしてクラッシュしたからだ。
かなり深刻な壊れ方だった(笑)
何しろ取材に次ぐ取材なのである。当然だ、取材を受けに行っているのだから。プロモーションは歴とした仕事、それもハードな部類に入る仕事である。
そうは言っても、このファイルに記されているだけで取材やQ&Aなどが約30。
10日間でこの数であれば、決してハードではないし、それどころから超楽。パリでの取材などは2日間で24〜5本、ヴェネチアなんて2日で50以上の媒体をこなしている。
だから、アメリカでの取材スケジュールは全然ハードではないのだが、そこに至るまでに『パプリカ』に関する取材にはもうすっかりうんざりしていたのだ。
渡米前の正直な気持ちはこんな感じ。
「アメリカですかぁ……勘弁してください!…ってわけには行かないだろうから、しょうがないか」
珍しく後ろ向きだった。
渡米期間は2007年4月10日から19日までの10日間でニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルスの三都市。すでに日本での劇場公開が終わり、翌月にはDVDがリリースされる時期。ということは、渡米前に国内外合わせてすでに250本ほどの取材を受けている。そりゃ厭きる、っちゅうの。
媒体数にして250くらいだから、囲みの取材(複数媒体が同時に取材する)の重複分を除いても少なくとも200回は下るまい。200回も同じような話をするのだぞ。どんな荒行だ、それ。私ゃカセットデッキじゃないんだから。
こんなにハードなケースはさすがに『パプリカ』が初めてだったが。
これまでの監督作ではせいぜい1本につき50〜100くらいではなかったろうか。

取材そのものは楽しいのだが、数が増えればそうも言ってられなくなる。しかし、だからといって何も取材の数や蓄積された疲労だけでアメリカ滞在中に脳の調子が崩れたわけではなかろう。何故そんなことになるのか自分にもよくは分からない。
脳がストップ&クラッシュした状態を他人に伝わるように記述するのは難しいが、私の場合は脳が鉛でコーティングされたように重たくなる。コーティングというより脳の皺が鉛で埋まる感じだろうか。
コンピュータにたとえると、ハードディスクに負荷がかかっていてデータの読み出しや書き出しが極端に遅くなる状態みたいな感じだろうか。応答なし。
これまでに同じような症状に陥ったことは、このアメリカを含めて3度。最初はロスのドリームワークスで取材を受けたとき。二度目はスペイン。そしてまたアメリカ。国内ではそれほど重い症状が襲ったことはないので、おそらく言葉の問題が一番大きいと思われる。分からない言葉を大量に浴びるという負荷が私には堪えるのであろう。
この症状が進行したときに私はたいていこんなことを思う。
「喋るなお前ら!」
そりゃ無茶だ。取材なんだっちゅうの(笑)

以下に記すのは、一人のアニメーション監督が海外のプロモーションでどういう仕事をしているのか、という具体的なサンプルだ。当時の日誌を補い、思いついたことを書き散らしてみる。
そのスケジュールの隙間にどのような苦労とストレスがあるのかをくみ取っていただければ幸いである。
もっとも、楽しそうにしか見えないのが残念だが(笑)
羨ましがってもいいけど。

4/10(火)一日目
朝の5時半起きである。非常識な時間だ。
7時半にマッドハウスのHさんが車で迎えに来てくれる。運転は若手の制作H君。
「おはぃーッス」
Hさんには昨年からのプロモーション仕事などで毎度お世話になっている。H君も成田への送りや国内でのプロモーション仕事での送り迎えで度々ドライバーを担当してくれている。ありがとうございます。
車中、半分眠りつつ成田空港へ。
意外なほどに道路状況が良く9時半前には到着する。
ソニーピクチャーズのTさんと空港で合流。
「おはぃーッス」
渡米メンバーはソニーTさん、マッドハウスHさん、そして家内と私。ワシントンからマッドハウスの丸山さんと合流する予定になっている。
Tさんにまとめて搭乗便のチェックインをしてもらう。流暢な英語を話すTさんは、この渡米に限らず『東京ゴッドファーザーズ』『パプリカ』では海外でも国内でもたいへん快適なアテンドをしてくれている。以前から私はこう確信している。
「Tさんの後について行くと美味しい物が待っている」

成田空港のサクララウンジでビールとワイン。ラウンジはビジネスクラスの客が利用する場所でスモーキングエリアも用意されている。ドリンクと軽食はフリー。しかし、経営難からか置いてあるワインが以前より貧相になっている。
「あ。シャブリが無くなってるじゃねぇか」
生意気言うなよ、まったく。

ラウンジといえば、思い出すのは去年(2006)のハワイ。ハワイ映画祭でやはり『パプリカ』プロモーションのために渡航したとき。帰りのフライトを待つラウンジで隣り合わせたのはモックン一家だった。
「あ。シブガキ隊」
いや、声には出さない。
ご夫人が樹木希林によく似ていることと、飲み物をこぼした子供に躾をする態度が印象的であった。
ハワイといえば思い出すのは俳優、渡辺謙氏だ。現地通訳の方が紹介してくれたので、少しだけ話をさせてもらった。この映画祭で特別賞か何かを受賞されると聞いたが、氏としてはご自身が製作に関わった映画のプロモーションが主な目的であったらしい。であるにもかかわらず、その映画の上映が聞いていた条件と全く異なり、一般の方向けに上映できないとか何とかで、少々引きこもりみたいになってしまったとか何とか。ハワイの青空の下、ホテルの部屋に。
そうした手違いなどは映画祭ではよくある話だ。
「気の毒に、ナベケン」
私の中ではハリウッドスターも一度話したからには「ナベケン」呼ばわりだ(笑)
冗談ですよ、謙さん。

まだアメリカ行きの飛行機にも乗っていなかった。
航路を戻して、ここは成田空港。

デューティフリーでキャビンのスーパーマイルドを1カートン購入。命の煙である。
12時ちょうどのJAL006便でニューヨークに向けて出発。命の煙とはしばらくお別れ。
機内でシャンパンなどいただき、いい感じになってうたた寝する。だがすぐに食事となる。食っちゃ寝、食っちゃ寝。これが長時間フライトの基本。ブロイラーもかくやといった状態。
昨日買ったばかりのiPod80GBで町山智浩さんのポッドキャストを聞きつつ寝たり起きたりする。読書ばかりしていると目の負担も大きいのでiPodは重宝する。
12時間のフライトは結構長い。
ビジネスクラスのシートは最新のコクーン型ものでたいへん快適。フルフラットとまでは行かないが、快適に眠ることが出来る。
目的地に近づき、朝食替わりにとんこつラーメンを食べる。ただのカップ麺だ。美味くないし。
出されるはずと思っていた朝食が、ない。おやつのつもりでラーメンを食べたので到着時には空腹だ。同日(4/10)の午前11時半、ジョン・F・ケネディ空港に到着。
同じ便のファーストクラスに、ジェニファー・コネリー一家が乗っている。
JFK空港は2度目だ。以前、『東京ゴッドファーザーズ』プロモーションで訪れたのが最初。
まずは建物の外に出て、命の煙を肺いっぱいに吸い込む。
「プッフウ……!ああ、美味い」
クラクラくる。
たまらんね。ニコチンの毒を感じる瞬間。
このクラクラ、最初は驚いた。
以前、モントリオール・ファンタジア映画祭に行く途中、バンクーバーで飛行機を乗り継ぐときのこと。長時間の禁煙の後、やはり肺いっぱいに命の煙を吸い込んだら、あっという間にクラクラに支配され、ギョッとした。
「エコノミークラス症候群か!?」
ただのニコチンの毒だった。

ニューヨークは寒かった。すごく寒い。
同行したH氏の事前の情報はこうだった。
「ニューヨークは暖かいみたいです、大丈夫ッス」
服のセレクトは大失敗である。うう、寒い。
迎えの車でマンハッタンにあるホテル・リージェンシーへ。
渋滞があるも小一時間くらいでホテルへ到着する。ホテルでは『パプリカ』を配給してくれる「ソニークラシックス」の方が出迎えてくれる。
「ハロー、ナイストゥミーチュ」
私が滞米中に口にする英語は他に「サンキュー」と「サンキューベリーマッチ」がある。
日本の英語教育はかなり問題があると指摘しておかねばなるまい。
すでにチェックインをしておいてもらったホテルの部屋へ入る。とりあえず荷物だけ置いて、空腹を癒しに出る。ニューヨーク入りした私の感想をまとめると次の通り。
「寒い寒い腹減った腹減った寒い寒い腹減った腹減った」
さながら難民だ。高等難民。
ホテルのエレベータ内で白人のご老体が私の姿を見て強い言葉でこう言った。
「Cold! outside cold!」とかなんとか。
分かってるっちゅうの。
その通り大変寒い中を4人連れだって歩き、ホテル近くにある「バーガーヘブン」というレストランでハンバーガーとフレンチフライ、マッシュポテトを貪り食べる。ビールには寒いのが少々残念だ。
アメリカらしい山盛りでマッチョな食い物で、無駄なほどにカロリーを補給したおかげで少しは寒さに対抗できる身体になる。
あたりを散策する。気温は低いものの天気は良く、セントラルパークは子供連れでいっぱい。
ふと見ると、見慣れたリンゴのマーク。
「おお、アップルストア」
フィフスアヴェニューにあるアップルストアを物色。iPodのケースを買う。透明なプラスチック製。

ホテルに戻って休憩。うう、寒かった。
持ってきたVAIOを開き、部屋からネットに接続。
接続にあたって、何やら見慣れぬウィンドウが開く。ホテルからのインフォメーションらしい。何々?
「一日14ドル95セント!?」
ざっけんなよ、ヤンキー!
ネットに繋ぐだけで一日1800円なんてぼったくりではないか。日本のホテルで接続料なんて取られたこと無いぞ。
ま、いいや。委員会が出してくれるということだし。まことに何から何までかたじけない。
とりあえずネットには無事接続。速度は遅いが用は足りる。
何故か、自分のところのBBS「KONTACT BOARD2」に接続できない。どうしたんだろう?
それはともかく困ったことにウィンドウズメールの送信が出来ない。後で考えよう。
晩御飯はTさんが予約しておいてくれた「酒蔵」という日本食屋、というより高級な居酒屋という感じの店でいただく。のっけから日本食とはありがたい。私は海外で現地の食事ばかりが続くとストレスが極端に増大する方だ。
締めに稲庭うどんをズルズルッとすする。満腹。
店を出るとクライスラービルが見える。美しいビルだ。
ホテルに戻って入浴してすぐに就寝。ああ疲れた。

続きはまた明日。

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