2007年10月28日(日曜日)

脳ストップアメリカ−その2



4/11(水)二日目
朝早くに起床。
VAIOを起動して、ネットで日本の動画ニュースを見る。おお、これは便利。
日本のニュースを見られるのも嬉しいが、日本語が聞けるだけでもありがたい。
ルームサービスで朝食を取る。
パンとコーヒーとオレンジジュースで21ドル(税・サービス別)は高い気がするなぁ。ま、日本のホテルでもこんなものか。コーヒーは美味い。
取材は午後からだが、10時半にロビーで待ち合わせてまずは買い物へ。さすがに寒さに耐えかねるので、コートを一着購入することにした。デパートなどを物色するが好みと用途に合致する物がない。結局、DKNYでセールになっていたコートを買う。ものすごい値引率で、なかなかいい物だ。色はもちろん黒。
こうした買い物一つでもちゃんとアテンドしてくれるのだから製作委員会さまさまである。
「おにがしま」という麺のお店で昼食。親子丼とうどんのセット。何故に海外の日本食は総じてこうも甘い味付けなんだろう。うどんはいいが親子丼の甘さに閉口する。
現地食とどっちがいいか?
うう、甘くても我慢しておく。

ホテルに戻ってうたた寝。
14時からいよいよ取材。場所は宿泊しているホテルの別室。
まずは「The New York Times」紙。
以前、『東京ゴッドファーザーズ』でニューヨークに来たときも取材してくれた方かと思われる。一時間半と長めの取材。『パプリカ』に対して好意的である。サンキュー。
ま、批判的な人は滅多に取材には来ないけど。
15分休憩。
次は「The Museum of Moving Image」という映画博物館みたいなところのウェブ取材が30分。
続いて「The Washington Times」の電話取材が30分。
通訳はUさんというチャーミングな女性。私の拙い日本語をとても上手に通訳してくれている……らしい。多分。しかとそれが分かるくらいなら少しは英語を話せる、っちゅうの。
彼女のおかげで私の負担は全然大きくない。非日本語話者からの取材ではとにかく通訳の方のセンスや能力の問題が大きい。単に語学に堪能なだけでは通訳が出来るわけではない。扱われる話題について広範囲な知識が必要である。アニメーションならば、作画や背景などといった役職についてある程度の知識が必要になるし、広く映像のことを知らないと取材中に言葉の渋滞を引き起こすことになる。もちろん、こちらとしてもあまりに業界的な言葉は平易な言葉に置き換えるように心がけるが、それも限度がある。
だから通訳次第で喋り手の負担は大きく変わるのだ。

通訳は大きく二種類に分かれる。ネイティブが日本語話者か外国語話者か。平たく言えば日本人か外国人か。
日本語、当該外国語のどちらもネイティブ並みに話せる方なら問題は少なくなるが、得てしてネイティブの言語の方が得意な方が多い。当たり前だが。
日本語に難のある外国人が通訳についた場合、私の負担はかなり増大する。何しろ通訳の言葉を理解するのに困難を伴うし、通訳がこちらの言葉を理解しない場合も多い。特に熟語などはその意味を解説しなくてはいけないケースが多いので、平易な言葉を探さねばならない。
だがこの場合、一度通訳の方に話を理解してもらえれば、通訳から取材者には容易に伝わる。同じ言語を使用する者同士だから当たり前と言える。
逆に当該外国語に多少難のある場合。同じ日本語話者だから私と通訳の間のコミュニケーションは円滑になるので私の負担は軽減されるが、今度は通訳から取材者への伝達に何を生じることが多くなる。喋る内容に漢字や熟語が多くなると、外国語に翻訳するのも難しいのであろう。通訳の能力があまり高等でない場合、結局、こちらが訳しやすい日本語を探すことになる。
自分のナチュラルな言葉を脳内で一旦平たい日本語に翻訳してから喋るのはかなりのストレスである。
海外のイベントや映画祭で、これまで何人もの方に通訳をしてもらったが、なかなか両言語共に堪能な方は決して多くはなかった。
語学の能力だけでなく、事前のリサーチ等によって話す内容のバックグラウンドまでフォローしてくれる人となると尚のこと少ない。これまで私の通訳をしてくれた方の中では、パリでお願いした日本人女性がもっともこちらの負担が少なく、通訳上のストレスはまったく感じなかった。彼女は『東京ゴッドファーザーズ』のフランス版の字幕も担当されていたとか。道理で。
そう言えば、海外取材での通訳は女性の比率が多い気がする。何故だろう? 通訳の職に就いている女性の絶対数が多いのだろうか。通訳は女性に人気の職業なのか。

ニューヨークの仕事初日はわずかに3本だった。拍子抜けするほどだが、とても助かる。
部屋で休憩。
どうしてもウィンドウズメールの送信が出来ない。ポート番号を変更してもうまく行かない。やれやれ。
うたた寝。

18時半にホテルのロビーで待ち合わせて、ビレッジの方にあるレストラン「Frank」へ。
03年にNYに来たときも食べに来たイタリアンレストランでたいへん美味しくいただいた記憶がある。だから再びこの店へ。
この店は予約不可、クレジットカード不可という風変わりなのだが、驚くほど客でいっぱい。店に向かって右側がレストラン、左側がバーカウンターになっていて、中で繋がっているものの、体裁としては一応左右で別な店ということになっているらしい。食事待ちの人たちがバー側に溢れている。
待つこと1時間。やっとテーブルへ。
ムール貝、ミートローフ、パスタを3種ほど。どれもたいへん美味しいがミートローフは特に絶品。
満腹して店を出る。
満腹によるお腹の曲線を少しでも滑らかにするためにあたりを散策。本屋なども覗いてみる。
いよいよ寒くなってきたのでタクシーでホテルへ。
23時前に就寝。
疲れた、というより珍しく時差ボケ気味のようだ。
これまで時差ボケで困ったことなんかないのにな。

4/12(木)三日目
朝の5時前起床。トホホ。
うまく寝られないもんだ。ゆっくり入浴する。
雨が降っている。
ルームサービスでベーグルとコーヒーを食べる。ポッドキャストを聞きながら一眠りしてみる。
昨日依頼されたポスターへのサイン、35枚のうち三分の二くらいを描く。
サインするのは面倒ではないが、これも数が多いとしんどい。というより飽きてくる。
しかし35枚なら可愛いものだ。台湾での『東京ゴッドファーザーズ』プロモーションではどっさりと色紙を渡された。その数100枚。私ゃプリンタじゃないっちゅうの。
さてと、この日は本格的な取材の地獄になりそうだ。
ファイト。

いきなり予定変更。最初に予定されていたインタビューがこの日のラストに回る。
最初が「CHUD.com」というウェブサイト。
すぐに休憩10分。
次が囲み取材。以前『東京ゴッドファーザーズ』でNYに来たときに取材してくれた方もおられる。
計5媒体である。
「Cinemattraction.com」
「El NuevoHudson Newspaper」
「loncinema.com」
「TheReeler.com」
「TimesSquare.com」の面々。
10分休憩。
次が「IGN.com」。
さらに続いて「Wired.com」の電話インタビュー。
どれも40〜50分くらいだったろうか。
質問の内容はこれまでと大きくは変わらないが、傾向として分析的な質問が多いような気がする。『パプリカ』単体についてはもちろんだが、業界とかアニメーションという表現ジャンルなどについて、あるいは私の監督作の特徴などについて。
「これからの日本のアニメーションはどうなって行くのか?」
「アメリカで『パプリカ』のような知的なアニメーションが作られないのは何故だと思いますか?」
「日本での3Dアニメーションの可能性は?」
「夢と現実の境界が曖昧になるのが特徴ですが、それは現代社会の何かを反映されているのですか?」
「なぜそうした題材を扱うのでしょう?」
などなど。
こうした傾向はニューヨークの土地柄なのだろうか。
難しいことを聞きやがるといえば、何と言ってもパリでの取材が思い出されるが、それに次ぐ難しさである。
通訳のUさんが救いだ。とてもよく予習をしてきてくれているので非常に助かる。こちらが言ってないことまで補ってくれているようだ。ありがとう。

ようやくランチにありつく。腹減った。
ホテルのレストランでハンバーガー。山盛りのフレンチフライなど盛りだくさん。日本なら大盛り、いやそれより多い量ではないか。グエ。
チキンヌードルスープは美味しかったが、全然食べきれない量だ。
少し休憩して雨の中を車で移動、ソニーピクチャーズのビルへ。
通訳のUさんがベリープリティなレインコートを着ておられる。白地に「傘」の柄が全面にプリントされている。これ以上はないというほどレインコートらしいではないか。
ソニーピクチャーズでは巨大なスパイダーマンのはりぼてが迎えてくれる。
ここにある試写室で「School of Visual Arts Students」の学生が『パプリカ』を鑑賞しているとのこと。その上映終わりに合わせて到着。学生相手にQ&Aを行う。
和気藹々としたムードで楽しくお答えし、何とプレゼントとして花束までいただく。私には不似合い極まりないが。ありがとう。
気をよくして、サインやら写真撮影やらファンサービス。
車でホテル戻り、引き続きインタビューを受ける。
「Comingsoon.net」というこれもウェブサイト。
以前に比べて、ウェブサイトが混じる率が高くなっている。映画の情報を得るのにウェブを利用する人が増え、その影響力も大きくなっているということなのだろう。これは日本国内でのプロモーションの際にも感じたことだが、アメリカやフランスの方が割合は高いように思える。
そして最後のインタビューは、今日最初の予定だった「NY Press」のJennifer Merinさんという、とても可愛いらしい老婦人からの取材。
プリティな柄がプリントされた小さなアルミ缶からレコーダーをゆっくりと取り出す手つきがとてもチャーミングだ。何も話す前からすっかり楽しい気分になる。ごゆるりと準備してください。
彼女は1971年に日本で仕事をしていたそうで、日本という土地をたいへんお気に召している様子。
チャーミングな外見からは想像できないくらい鋭い質問だった。
「日本語がアニメに与える影響」だとか「なぜ現実と夢が曖昧になるような原作小説が支持されるのか」とか。
う〜ん……「日本語がアニメに与える影響」か……。難しいなぁ。
自分の監督作に限って言えば、日本語の特徴として代表的に上げられる「主語の曖昧さ」だろうか。本来、社会的には明確に区別される「あなたと私」や「夢と現実」の境界が揺らぐといった今 敏監督作の特徴に上げられる部分は、日本語の主語の曖昧さからよって来たる面はあるだろう、などといった話をする。
彼女の『パプリカ』に対する理解は深く、質問は難しいがたいへん気持ちの良い取材だった。
『300』という映画についてどう思うかとも聞かれたが、あいにく見ていない。全米で人気があるというが、日本ではまだ公開もされていない。
聞くと「CGで加工され尽くしたスタイリッシュな画面」とのことで、つまりCGによって実写と絵の境目が薄らぐことや、そうした新しい映像が人気のあることをどう思うか?というようなことであった。
映画を見てないので何とも言えない、では何の芸もないので、とりあえず思いついたことを答えておく。
「スタイルだけではすぐに飽きられますよ、多分。スタイルとしてもてはやされるものの多くは内容的には感心しないものが多いし、飽きられるのも早いですからね」

以下は、現在(2007年10月)の話。
この時私は『300』を見ていなかったので、近そうなものとして『マトリックス』を思い浮かべて答えていた。
先日、わざわざDVDを買って『300』を見てみた。先の答えは大外しというわけではないが、否定的な態度は間違いであったと思わされた。
『300』は笑ってしまうほど面白かった。いや、笑うといっても何も内容が滑稽だとか面白おかしいという意味ではなく、こういうような笑い。
「よくやるなぁ(笑)」
画面の狭さ、というか絵の広がりの無さはいただけないが、画面は美しいしアクションシーンなどもたいへん目に楽しい。まぁ、ストーリーはあまりに捻りがないが、それを期待する映画ではなかろうし、ストーリーの推進力で見せようという映画ではないので気にならない。
作り物の美しさを楽しむ映画として『300』は良いと思う。

では再びニューヨークに戻る。

このインタビューでニューヨークでの媒体取材のミッションは終了。後のお仕事はニューヨーク映画祭の関係者の方々と会食だけである。
通訳をしてくれたUさんにサインを描く。なるべく丁寧に。
彼女は今回の通訳の仕事にあたってきちんとこれまでの今 敏監督作を「おさらい」してくれたらしい。時折、私が発言していないのに登場人物の固有名などを補ってくれたりしていた。
感謝。本当にありがとうございます。
英語能力の高さはもちろんのことだが、事前のリサーチまでしてくれる人はなかなかおられない。人柄もたいへん感じの良い、可愛らしい方だった。
お疲れさまでした。

部屋でしばし休憩。ああ、疲れたよ。
町山智浩さんのポッドキャストで頭をほぐす。
車で移動してレストランへ。
ニューヨーク映画祭の運営委員の方やニューヨーク大学で映像を教えている日本人の方、昨日取材に来られたニューヨークタイムズの記者、ソニークラシックスの社長やらなんやらかんやらに囲まれる。よく分からないがニューヨークの映画関係者、その知識人の集まりということらしい。
ニューヨーク映画祭では『パプリカ』を上映してもらったのでなるべくにこやかに応対したいのだが、広々とした店内は人の声が反響してたいそうやかましい。声の乱反射。苦手だ。
店内はもちろん禁煙なので、増大するストレスを沈静化できないし、少しずつ脳に鉛が侵入してくるような気がする。うう、出力低下。
オーダーはサラダとステーキだけにする。それでも昼飯が遅かったのでほとんど食べられない。グエ。
美味しいのに申し訳ない。まさに「モッタイナイ」。
ホテルに戻る途中、ワインとビールを買い、Tさんの部屋に皆で集まって飲む。
ふう。脳の鉛が洗われる気がする。
ニューヨークミッション終了お疲れさまでした。
明日はワシントンに移動だ。

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