先日、11月1日から四泊五日で神戸。
アートカレッジ神戸のレギュラーの講義は二泊三日のスケジュールだが、今回はアニメーション神戸授賞式と抱き合わせにしてもらい、四泊五日の小旅行。その分荷物がかさばる。
いつもは大きめのショルダーバッグだが、今回はタイヤのついたカート。ゴロゴロ。
いつもは新幹線で直接新神戸駅に行くが、今回は少々イレギュラー。
いつもより早めの16時50分東京発の「のぞみ」でまずは新大阪へ。
前日、アートカレッジ神戸の広報課長から心躍る提案がなされたのだ。
「前に言うてた、あの一日8人しか取らない焼き肉屋へ行きません?」
「行かない」という選択肢が用意されているわけがない。
車中、来るべき焼肉に胸ときめかせて浮かれてばかりもいられないので、VAIOを起動して仕事をする。来月収録のNHK「デジスタAWARD2007」のために各作品の採点をしなければならないのだ。締め切りが迫っている。
「デジスタAWARD」は、その年放送されたレギュラーの「デジスタ」でベストセレクションに選ばれた作品を集め、その中からさらに年間のベストを決めるという年末恒例となっている番組。「映像部門」「インタラクティブ・インスタレーション部門」それぞれ一点が選出される。
番組収録に先立ち、グランプリを選ぶための下ごしらえとして、キュレータたちがエントリー作品を採点しておくことになっている。
映像部門が全部で25点、インタラクティブ・インスタレーション部門が全13点。これらにすべて目を通して採点する。去年までは10段階評価だったように記憶しているが、今年は5段階評価に変わっている。
いずれの作品も各回でベストセレクションに選ばれただけあって、力作である。
大半の作品は既に自宅で目を通してきたので、コメントをまとめて点数を決める。採点表には5段階評価の他に各作品へのコメント欄があるので、簡単な評価も書き入れる。
どれもいい点を付けてあげたいが、近年の流行は「格差」である故、私も世間に倣うことにする。
5段階という狭い序列をいっぱいに使って、非情な気持ちで点数を振り分ける。
「おお、この人の作品は素晴らしかったな。うーんと……5点」
「う〜ん、これはちょっとなぁ……表現というより表現の真似事くさいんだよな……でも技術的には見るべき物があるから……3点」
「あ、こういうのはいかんよなぁ……自己満足を見せられるのは嫌……0点」
ウソウソ。さすがに0点は付けない。
ビールを飲みながら採点しているうちに新大阪駅に到着してしまった。
大阪駅まで移動して、アートカレッジ神戸校長、広報課長と合流。噂の焼き肉屋へタクシーで移動。雑居ビルの4階に入っているその店は「炭・やき肉 やまがた屋」。
http://www.eonet.ne.jp/~yamagataya/
カウンターだけの店内は狭く、椅子は確かに8人分……と思ったら、補助椅子みたいな物が追加されていて9つ並んでいた。カウンターだけの小さなスナックを想像してもらえば宜しかろう。実際、元スナックだったという店らしい。
店内にはマンガ雑誌などがうずたかく積まれており、雑然としているだけに却ってマニアックな香りが立ちこめている。ついでに焼肉の煙も立ち込めている。
まずはビールを飲んで乾杯。料理は基本コースを注文。
コースの内訳は、キムチの盛り合わせ、塩ホルモン7種類、野菜で¥6,000。
焼肉といってもカルビやロースといったお馴染みの物ではない。ホルモンばかりを塩味で食するらしい。渋いね、そりゃまた。
先客の様子を見ていると、自分たちで肉を焼くのではなく、店主自らが焼いてくれるようだ。軍手をはめてトングで慎重に肉を焼くその様はかなりマニアックである。ワクワク。
あっさりめのキムチが美味い。さらにワクワク。
まずは牛タン。厚めにスライスされており、歯ごたえ味共にたいへん美味い。
出された順番は忘れてしまったが、ネクタイ(食道)、肺、ハツ(心臓)、キモグレンス(脂肪肝)、小腸、ハラミ(横隔膜)などが出される。
普段食べ付けない食材なだけに、自分ではどの程度焼けばいいのかよく分からないが、いずれも店主の焼き加減は絶妙に思える。なぜなら美味いから。
一種類ずつ炭火の上に置かれて焼かれるのもまた良い。というのも、生のままの状態だと中にはあまり見た目が美しくはないものもあるし、もしこれが7種類すべて皿の上に一盛りにされていたら、ちょっと食欲が減じられる可能性もある。
これまでホルモン焼きはそれほどたくさん食べたことはないが、たいていは濃いめの下味がついていた。牛タンを除けば、塩味で食べるホルモンというのは初めての経験だと思うが、あっさりした塩味で出すということはそれだけ食材が新鮮であり、そこが店の自慢なのであろう。
そして料理をさらに美味しくするのは酒である。そしてまた酒をさらに美味しくするのが料理である。
ポジティブなスパイラル関係。
そういうのを近頃では「ウィン・ウィンの関係」というのだろうか。
け。まじめな席でまじめな顔で「ウィン・ウィンの関係」なんて口にする人がいるらしいが、かなり恥ずかしい言葉の響きだ。オノマトペにしか思えない。
「これからの時代は両者どちらかの勝ちとか負けというのではなく、両者にとって「ウィン・ウィンの関係」を構築することこそ……」
何がウィン・ウィンだ。唸ってるんじゃないよ、まったく。
そんなものはパンダの名前にでもしておけ。
そんなことより酒である。マッコルリである。韓国の濁り酒である。
隣の客が注文して飲んでいるのを見て、目を奪われた。
この店で出している「虎マッコルリ」がまた実にマニアックなのである。
店主の解説によると、マッコルリは元々は韓国の酒ではあるがこの店で出すものは日本で醸造されたものだという。福島の造り酒屋だったと記憶している。しかも一般の市場には出回らない一品だとか。
それだけでも十分に魅力的であるが、開栓の「儀式」がまたアトラクティブなのである。
勝手に開けてはいけない。店主がそーっと、これまたマニアックな手つきで開けるのである。
開栓前のマッコルリは上半分が透明で、下側は成分が沈殿して不透明に白濁している。店主がキャップを静かに開けると、沈殿部から細かな泡が立ち上がり、独りでに両者が混合して行くのである。おお、テーブルマジックみたいだ。
頃合いを見計らって、店主は栓を閉めて静かにボトルを傾けては起こし、起こしては傾ける。こうして混じり合ったところでいただくのだ。
思わず我々も声を上げた。
「同じの下さい!」
実に美味いのである、これが。マッコルリは何度か飲んだことはあるが、こんな味は初めてである。普通マッコルリというとヨーグルトを思わせる甘みのある味だが、ここのマッコルリは全然甘くない。切れるようなマッコルリ、というと形容矛盾にも思えるが実際そうなのである。しかも、ラベルを見ると製造年月日はわずかに3日前。
新鮮にしてコクがありキレがある。
何て凡庸な表現なんだ。
甘みがないので飽きずに飲めて、実に焼肉に合う。私は甘い酒は嫌いだ。
これはスイスイ飲める。
「新たに注ぐときはボトルをやさしく傾けて、混ぜ合わせてからどうぞ」
店主のコーチを受けつつどんどん飲む。どんどん食べる。
「もう一本、虎マッコルリ」
こんなに美味しくて一本¥2600とは。
コースの品はすべて終了した後でも、こう言いたくなるというもの。
「これ、もう一本」
3本も空けてしまった。
確かアルコール度数が9度だったろうか。低めなのでそれほど酔いはヘビーではない。
いい感じで酔いが回ったところで校長と広報課長と世間話を続けていると、隣にいた3人組の客と店主との会話に混じって、妙に耳に馴染んだ単語が聞こえてきた。
「ジョジョがどうしたこうした」だの「スタンドがあーだのこーだの」
確かに店内には「少年ジャンプ」が積まれていたからそうした話題が出るのも頷ける。
そしてさらには。
「あれってゴックだっけ?ズゴックだっけ?」
ええ? そういうの有りなの?
少々酔っぱらった私の脳内は回路がショートしがちになっていたので、後先を考えずに店主に向かって口走っていた。
「アッガイとか言って通じる店なんですか?」
通じた。当たり前だろうけど。
「この人、ジョジョのアニメやってるんですよ」
校長が言い出す。「この人」とは無論私のことである。
「あ、そうなんですか?」
嫌な予感がしたのだが、校長がさらに店主にこんなことを言い出す。
「『パーフェクトブルー』いうアニメ知ってます?」
なしてそこで『パーフェクトブルー』だってさ。『パプリカ』くらい言えばいいっしょ。だいたい相手が知らなかったらみっともないべさ。
酔いが回った頭の中で方言がスパークする。
「あ、知ってますよ『パーフェクトブルー』」
ふぅ……いがった、知っててくれて。
「この人ね、監督」
相違ないべさ。
店主がわざわざ色紙を出してくれたので、サインをする。
隣にいた客の一人も「今 敏」の名前に大きく反応してくれた。某大手広告代理店の方で、名刺までいただいた。30代半ばのその男性は何でも『千年女優』がとてもお気に入りだそうで、DVDも買ってくれたのだとか。ありがとうございます。
「監督にお目にかかれるとは光栄です」
いえいえ、こちらこそお買い上げいただき光栄です。
店からもらった色紙に千代子を描いてお渡しする。
若干、酔いが後退した気がしたが、おつりが来るほど気分が良くなって店を出た。
ふう、満腹。
大阪から三宮まで車で移動。
校長はお帰りになる。お疲れさまでした。そして、ご馳走様でした。
私も、そ・こ・で・ホ・テ・ル・に・か・え・れ・ば!、翌日アルコールの余韻が主張することもなかったのだろうが、気分がいいので課長とさらにバーで一杯飲みつつバカ話を展開する。
そ・こ・で・か・え・れ・ば!、まだ翌日の食欲は旺盛だったのだろうが、ついつい酔っぱらいの王道を千鳥足で歩んでしまった。
「う〜む、うどんを食いたい」
数行前に書いた「満腹」の二文字をどこへ消化されたのだ。いつから私はそんな食いしん坊になってしまったのだろう。
しかし。酒飲みなんてそんなもんだ。
「うどんですか…ほな、こっち行ってみましょか」
うどんを探して三宮の飲み屋街をウロウロするが、なかなかそれらしい店に遭遇できない。
「うどん、うどん、うどん……と」
食べたいとなったらどうしても食べたいのだ。締めには麺類がいいのだ。
「うどん、うどん、うどん……ないね、なかなか、え?」
煌々と光を放つ看板の洪水の中を「うどん」もしくは「饂飩」、出来れば「手打ち」の文字が記された看板を探し求めるが、目につくのは飲み屋ばかりだ。ふと目についた看板に触発され、唐突に予定を変更することにした。
「寿司でもいいや」
……何が「締めには麺類がいいのだ」だか。
先客は二組くらいか。いずれも中年男性がいかにもなキャバクラのお姉さんを侍らせて座っている。
ビールで喉を潤し、焼酎の水割りを飲んで寿司をいくつかつまみながら、課長と二人で酔っぱらいのたわごとを並べる。
や。気がつくと店内は人で埋まっている。うーむ、甘くてべたついた臭いがすると思ったら、どちらの男性の周りにも「夜の蝶」(古い表現だが)が乱舞している。
いかにも深夜の寿司屋だな。
よし、撤収。
本当にもうお腹がいっぱい。
やっとホテルに引き上げる。
ホテルの部屋が、ツインのシングルユースだったので、空いているベッドに酔っぱらった課長が収まることにした。
「課長、明日学校は何時からなの?」
私は昼から行けばいいのだが。
「9時ッス」
ということで、7時半に目覚ましをセットする。
「えーと、モーニングゴールは、と。34を押して、0730」
硬質な女性の声が答える。
「ゴシテイノ、ジコクハ、ゴゼン、シチジ、サンジュップン、デス」
おやすみなさい、機械のお姉さん。
すでに時計は2時を過ぎ。
初日から飛ばしすぎだ。
まったくもって、たわけである。