ようやく五日目。
朝食はフォーシーズンズホテルのダイニング「57」でいただく。
http://www.fourseasons.com/jp/newyorkfs/dining/57.html
天井が高く、心地の良い空間でティピカルなアメリカンスタイルの朝食。サニーサイドアップとハム、ポテトのメニューに日本人らしくソイソースをかけて食べる。
目玉焼きには醤油が一番である。
日本からわざわざ「キッコーマン特選丸大豆醤油」のミニボトルを持参していたが(海外出張には必携である)、さすがフォーシーズンズ。頼むと普通に美味しい醤油を出してくれる。「普通に美味しい」というのが肝心なところで、ソイソースが置いてあってもちょっと違和感のある味だったり、ひどいところだと長い間詰め替えていないのか焼けた味がしたりすることもある。
慣れた味のおかげで、食欲もわき出されたパンも含めて完食する。
夕方まで仕事はない。
なんて余裕のあるスケジュールなんだろう。いいのだろうか、こんなことで。まぁ去年陥った海外での「脳ストップ」、そのリハビリだと思うことにする。どうもあれ以来、なるべく海外に出ることを回避したい傾向にある。タバコを自由に吸えれば機能低下も煙に巻けるのかもしれないのだが。
「アメリカ自然史博物館」を見学。展示物の数々が目に楽しい。写真撮影も自由というのがおおらかで良い。
恐竜の骨格を見ると、ついつい『ジュラシックパーク』のテーマ音楽が脳内に流れて来てしまい、見学中、短いフレーズがループして困る。
ネイティブアメリカンのトーテムのデザインが秀逸。
巨大なナガスクジラの迫力は圧倒的。展示の仕方も大国らしいスケールである。
博物館を出て、セントラルパークを徒歩で横断。公園内のレストハウスで一休みして、ビールで水分を補給してから「メトロポリタン美術館」へ。ふう、暑い。
美術館は休みだがミュージアムショップは営業中という情報を得て来たものの、こちらもお休みだとか。お土産品でも物色しようと思っていたのに残念。
そのままホテルに戻るのも惜しいので、近くにある「グッゲンハイム美術館」のミュージアムショップを覗く。
折角来たので何か一つくらい買おうという気になって、フランク・ロイド・ライトのデザインをモチーフにしたコースター4枚セットと美術館の建物をモチーフにした図柄のTシャツを記念に購入。滞米中にお金を払ったのはチップを除くとこのくらいである。どうも旅先では消費の欲望がなおのこと減退する傾向にあるが、何と言ってもスポンサー様のおかげである。
ホテルに戻って休憩し、ブログを更新。パソコンがあると手慰みになってたいへんよろしい。日本にいるときよりも余程まめな更新である。
18時過ぎ、全日空さんが差し回してくれたベンツのハイヤーで「ImaginAsian Cinema」へ。ごく短い間のドライブだったが、それまでに乗ったタクシーとは乗り心地も違えば、日本人ドライバーの運転もたいへん快適。ニューヨークの道路は、修復のあとがあちこちに段差を作っており、加えてドライバーの運転も荒いため、日本での車の乗り心地に比べると決して褒められたものではない。
映画館「ImaginAsian Cinema」で、全日空主催の「Nippon Eiga Club」という日本映画の上映イベントがあり、その13回目として光栄にも『パプリカ』を上映していただくことになった。
全日空さんのパブリシティを目的とした無料イベントということだが、到着すると劇場前にはすでにお客さんが列を作っている。サンキューベリーマッチ。
劇場内に案内されると、この日の上映のためにわざわざ作られた立派なチラシが置いてある。かなり感激。
300席近い会場は満席。年齢層も老若取り混ぜて広く、人種も様々。日本人の姿も多く見られる。『パプリカ』はアメリカでは去年公開され、すでにDVDもリリースされているにもかかわらず、多くのお客さんに来ていただき、たいへん嬉しい。自然とテンションも上がってくる。
イベントは、まず全日空の担当者さんから挨拶があり、その後に登壇。
別に全日空の宣伝めいたことは言わなくても良かったのだが、日本人らしく余計な気を遣ってこのようなことを口走る。
「全日空さんの快適なフライトで東京から来ました」
ヨイショではない。本当に快適だった。
空港ラウンジはたいへん心地よく、座席も機内のサービスも至って快適であった。
前説として『パプリカ』の主題である夢、それを娯楽として扱う際の難しさについて申し上げ、また本作はたいへんスピーディな展開であり、全日空さんの快適なフライトとは対照的に乱気流の中を飛行する映画なので、しっかりとシートベルトをしたつもりになってご鑑賞いただきたいという鑑賞上の注意をお伝えする。
舞台挨拶を終えて一旦ステージから降りるが、まだ時間に余裕があるとのことで「会場からの質問」を受け付ける。
「キャラクターの顔が西洋人のように見えるのはどうしてか?」
骨の髄まで西洋文化に毒されているからでしょう。とはさすがに言えない。日本人の顔を忠実に再現するだけでは陰影に乏しいので、デフォルメした結果である云々、というお答えでご勘弁いただく。
「商業的に売れることと創造性にどう折り合いを付けているのか?」
折り合いを付けなければならない事態に遭遇したことはないし、あったとしても仕事とはそういうものだと思っているので意識したことはない。
第一、商業的に売れてなどいない(笑)
もちろん、こうして海外での上映にご招待いただくこともあるくらいに売れているとは言えるのかもしれないが、しかし「商業的に売れる」状態と言うには全日空のファーストクラスが用意されるようでなくては(笑)
そうなれるよう精進いたします。
このイベントですべての予定を終了。
全体に拍子抜けするくらいの仕事量で、何だかたいへん申し訳ない気がするが、これはこれで大事な広報活動の一つなのであろう。
この日の夕食は、シアターから歩いて10分ほどのところにあるタイ料理の店「VONG」。
「あ。この店って……」
名前に覚えがあったのは、土曜日に行ったジャン・ジョルジュの店を検索している際に見かけ、ちょっと興味をそそられていたからだ。こういう偶然は気分がいい。全日空さん、ありがとうございます。
J・ジョルジュがディレクションしている系列の店だそうで、タイとフレンチをミックスしたような料理だとか。
テイスティングプレートという数種類の前菜盛り合わせ、メインにタイ式のヌードルの上に盛りつけられたサーロインステーキをいただきつつ、歓談。
何でも全日空さんが国際線の運行を始めてからまだ20年程度だそうで、海外におけるANA(アナではなくエイエヌエーを読ませているという)知名度はJALに比べてまだまだ弱いのだとか。意外な気がする。
日本の航空会社であることやANAの存在自体の認知が低いのだそうで、だから「Nippon Eiga Club」のようなイベントを通じて、その認知を高めて行きたいとのこと。そんなことを教えていただいたのは、ANAニューヨーク支店のマネジャーさんで、彼はアニメファンでもあるとか。照れ気味にこう仰る。
「いやぁ、この歳でアニメを見るのが好きなんですよね」
何を仰いますやら。
「私なんてこの歳でアニメを作るのが好きなんですから」
ニューヨーク六日目
いよいよ帰る日だ。荷物は夕べのうちにまとめてある。
入浴して朝の支度を済ませ、パソコンでメールチェックなどしてから、最後の荷物をまとめてパッキング。
朝の8時である。時差は13時間。日本時間だと夜の9時だ。
日本に着くまでに少しずつ日本時間に身体を合わせるために、朝からビールを飲んでみる。
何しろ日本では夜なのだからこれもまた「有り」だろう。
うう、朝っぱらのビールが心地よい。
窓の外には快晴の日差しにシャープな輪郭を際立たせた摩天楼、眼下にはセントラルパークの緑、そして朝からビールを飲む私。なかなかアーバンな気分。
気がつくと、ドアの下から一通の封筒が差し込まれている。ホテル滞在中に飲んだビールやインターネット接続の使用料の請求だ。アーバンなファンタジーからいきなり現実的な気分になる。
ネットの接続が一日$9.95! 高いなぁ。高いとか安いとか言う以前に、日本のホテルでネット接続の使用料なんて取られないぞ、普通。
ちなみにビールが$7〜8。
まぁ、そんな値段を気にするような人はセントラルパークすぐそばのホテルに泊まらないのかもしれないが。
日本到着までに身体の時差の修正だけでなく、精神も日常への着陸準備に入らねば。
チェックアウトして、迎えの車でJFK空港へ。
ニューヨークは晴天。途中、高速道路は工事のために一車線が閉鎖され、渋滞が続いている。この光景はいずこも同じだ。
小一時間で空港に到着。空港に入ってしまうと、ビジネスのラウンジでもタバコは吸えないので、しばしの別れを惜しんで思い切り2服。
「ああ、旨い」
ANAカウンターでチェックインしてセキュリティを通過。パソコンをバッグから出し、靴もベルトも外してトレイに乗せる。以前に比べてアメリカ国内でのセキュリティの厳しさはいくらか緩和されたようだが、それでも成田のセキュリティチェックに比べると厳しくて面倒だ。
去年、ワシントンでセキュリティチェックを通ったときは、バッグに入れていた「印鑑」が不審に思われたらしく、係官数人で検討していた。そりゃあ、アメリカ人には見慣れないものだろうし、思わせぶりなケースに収まっているから小型のバクダンにでも見えたのかもしれない。
何より私の怪しい外見も不審に貢献していたのだろう。なるべく気をつけて持ち物をトレイに出した方が賢明だ。
空港内のレストランでさらに時差修正のためにビールを飲みつつ、スクランブルエッグとソーセージの朝食を取る。付け合わせのポテトフライのジャンクな味が、日常へ帰還する気分にたいへん適している。
心ばかりのお土産品を物色して、ラウンジに入って白ワインをいただく。冷えていてたいへん美味い。
「くー、効くなぁ」
続けてもう一杯。
うむ、さっきのビールとワインのおかげで、いい感じに眠気を招き寄せられる。来い来い、睡魔。機内で少しでも長く寝られますように。目が覚めたら成田、というのが理想なのだが、そうそう眠れるものでもない。
成田まで14時間。遠いな。
帰りの機内用にとおもって読まずに取っておいた、矢作俊彦『傷だらけの天使 魔都に天使のハンマーを』をワクワクしながら読み始めた……までは良かったが、機内食による満腹の追い打ちもあって、小説より眠気の展開の方が一足早いのであった。
ぐー。
ニューヨーク滞在記・終