ブログのデータが入ったメモリを会社に置き忘れてきたので、「年賀状のレシピ」は後回しにする。
昨日も引き続き、引っ越し先の整理。
作監や美監、原画マンはすでに本来の仕事を始めているが、監督はいまだ荷物と格闘する。
「絵を描くなんてまだ先の話だよ、こっちは」
気の利く制作進行は、引っ越しで頑張りすぎたのか、発熱でダウンとのこと。若さを過信してはいけない。くれぐれも大事にな。
頑張るのはいいが、頑張りすぎてダウンすると、折角頑張った分も帳消しになりかねない。テキトーに休みつつ、時に不平を笑いに混ぜて消化して吉。
あ、そういえば今年はおみくじを引いていないな。
さてと。自分の部屋を片付けるためには、まずは共有スペースにはみ出した資料本の整理が先決だ。荷物の分散を図るにはその分スペースが要る。仕事同様、自分の領域の問題は自分の領域だけでは解決しないことだよ。
目の前にスチール棚二つ。
重たい本がびっしり詰まっており、眺めているだけで気が萎えそうだ。
改めて本棚を見直す。
知的活動に従事する人の書棚に比べれば「屁」みたいな量だろうが、アニメーションの一スタッフが個人として仕事場に抱えるには少なくはない量だろうか。ただ、『パプリカ』からこっち、必要な参考画像はネットで検索することが大半なので、本の増殖はかなり食い止められている。
以前に比べて増えてないからと言って、目の前の本が少なくなるはずもない。
もしかして「自宅に置くスペースがないから仕事場に持ってきたのではないか?」という疑いもあるが、決してそうとは限らなくもないかもしれなくもないかもしれない。
「もしや、誰か他の人の資料が混じっているのではないか!?」
と、疑念の視線で眺めてみるが、いずれの本にも購入の記憶が薄ぼんやりと付帯している。
「何で着物の本が並んでるんだよ?」それは『千年女優』で使ったものだ。
「今さら使わないだろ?『こじき大百科』」『東京ゴッドファーザーズ』の時に参照した資料だが、発禁になったと聞いたことがあるので貴重かもしれない。
「屋久島の写真集?」それは『パプリカ』の大樹の参考。
「好きだねまた廃墟関連」それは趣味。
「……やれやれ」
廃棄するべき本はたいした量もなく、諦めて本の出し入れに取りかかる。
本が詰まったこのスチール棚はアニメ制作会社にはお馴染みのアイテムで、カット袋などを収納するにはけっこうだが、効率よく本を収納するには奥行きが広すぎて不向きだ。ただ、配置のおかげで両側からの使用が可能になったので、表裏両側に本を配することで収納率を上げることが出来る。壁に接していないので大きな地震に見舞われたら大惨事になるかもしれないが。
通路側に面した方に、アクセスの多い資料、打ち合わせスペース側にあまり使わないものを置くことにする。
この棚に収められるべき本はすでに並べられているのだが、乱雑にただ置かれただけなので、これをジャンルごとに整理して並べ直し「使いやすい」本棚にせねばならない。どうせすぐにグチャグチャになるのだろうが、引っ越した時点での整理具合以上に整理されることは予想しにくいので、原初の状態はなるべく快適であって欲しい。
「建築関係はここ、写真集の類はあっち、画集はそこ……」
本を棚に抜いてスペースを作り、収まるべき本を配架して行く。整列が終わった本の背表紙に洗剤をスプレーして汚れの薄皮をはがしてやる。
目の前で秩序が構築されていくさまはたいへん気持ちがよい。
枠の中に秩序を作るという意味では、本来の業務と大差がないと言える。
作業しつつ、記憶から欠落していた本を認識したり、本の配置を記憶したりすることで、「仕事場」を再構築せねばならない。置いてありゃいいというものではない。
整理整頓の苦手な私は、ただでさえ「どこに何があるのか」がすぐに分からなくなるし、そもそも「何を持っていたのか」さえ曖昧になる方なので、こうした作業は「脳の整理」にもなって宜しい。
絵を描く前に脳の整理だ。そう思うとやる気も出てくる。
もっとも、脳に秩序が再構築される分、足腰には鉛のような重みが蓄積するのだが。
本を抱えて立ったり座ったり。
ヒンズースクワットより効くんじゃないのか。
突如背後で「ゴボゴボッ」と不快な音がする。
見ると給湯ポットの蓋からお湯が溢れだしている。
「誰だ!?電源を入れやがったのは!!」
このポットは前日から「ポット洗浄中」であり、その旨大きく貼り紙までしてあるというのに電源を入れたものがいたらしい。
「字を読めない者がいるとは、日本の義務教育持ちに堕ちたり!」
そんな大仰な話かよ。
ええい、配架作業を中断し、ポットの掃除だ。
本との格闘は続く。
「うう……疲れてきた」
本棚表側の整理を終えた頃には大腿部の、特に前面に重たい痛みが蓄積していた。腰に至っては、不平すら言わなくなり無言の抵抗に入ったらしい。
だがしかしけれどもだって、まだ裏がある。
こちらも表同様、アクセスしやすいようにジャンルやサイズを揃え、監督部屋からもそそくさとこちらに書籍を移動し、格好がつくくらいになった頃には筋肉痛と空腹がヘトヘトになってしまった。
スチール棚の上に置かれていたマロミのぬいぐるみ(というかマロミは元々ぬいぐるみだが)を、ポサッと棚に移してやる。
本の間にグテッと座り込むマロミがこちらを見返す。
長年荻窪の仕事場に剥き身で放置されていたせいか、白目の部分が茶色く汚れて、さながら充血しているように見える。
お前も随分疲れているみたいだな。
「……休みなよ」
桃井はるこさんの声が聞こえる気がした。
「……休みなよ、休みなよ、休みなよ、休みなよ、休みなよ……」
うん、素直に従おう。