2008年7月1日(火曜日)

ニューヨーク三日目



4時に一度目が覚める。タバコを一服して一眠りして、気がつくと8時。うん、よく寝られた。
11時にロビーに集まり、近場にあるラーメン屋「めんちゃんこ亭」へ。
http://www.gnavi.co.jp/world/america/nyc/8201016/
私は海外にいると、何しろ日本の食べ物を欲してしまう。別に現地の食べ物が嫌いなわけではないが、自由に食べられないとなると欲しくなるのが人の性というものではないか。
メニューを開き、お薦めの麺や博多ラーメンなどにも魅力を感じつつも、身体が醤油味を欲している。「醤油ラーメンとミニしょうが焼き丼」のセット、サイドディッシュに餃子を頼む。冷えたビールが喉に心地よい。
ラーメンが7〜8ドルである。日本で言えば少し高い感じかもしれないが、一玉のサイズがアメリカ向けになっているようで、「大盛り」の値段と考えれば日本と変わらないように思える。
味の方は、そっけない醤油味だが、ニューヨークで食べていると思うと満足度は高い。

満腹して市街を散策。
日差しが強い。景色や街行く人々を縁取るハイライトがひどく目に眩しい。

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私は今回でニューヨークは3回目。とりたてて観光をしたいわけではないが、街の中を歩いているだけでも目に楽しい。何より、ニューヨークに林立する高層ビルが形作る垂直のラインや、空間を埋め尽くすようにひしめく窓たちが織りなす秩序と秩序のハーモニーが気持ちよい。私はビルが好き。
ビルの合間から顔を出すクライスラービル。萌え。

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セント・パトリック教会やロックフェラーセンターを見て回り、ブライアントパークでコーヒーブレーク。人出で賑わうタイムズ・スクエアではシャッターを切る機会も増えると同時に、新作に使えそうなイメージを思いつく。観光も無駄ではない。

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タクシーでバッテリー・パークへ移動。ニューヨークのタクシー、というより車全般に運転が荒っぽい。乗っていると他の車に接触するのではないかと冷や冷やする。実際、一昨日、タクシーに乗っていると後ろから衝撃が。
ゴリッ!
乗っていたタクシーが停車中、後ろから左側に車線変更しようとした車がタクシーの左後部を掠めたらしい。NYのタクシーカラー、鮮やかな黄色には黒々と接触の痕跡が悲鳴のように記されていた。
滞在中、何度もタクシーを利用したが、どの車の後部座席にもモニターが設置されており、常にニュースや映画の紹介などの映像が配信されていた。画面は分割されていて、車の現在地を知らせるマップが、移動に合わせてリアルタイムに表示される。モニタはタッチパネル式になっていて、地図の全画面表示も可能。その他、レストラン案内など便利な情報も選択できるようになっているらしい。
こうした設備投資に加えてガソリンの高騰など、タクシードライバーの仕事は日本に限らず圧迫されることが多いように思える。日本ではタクシー運転手が低賃金に喘いでいると聞くが、ここニューヨークでもそれは変わりあるまい。これまで乗車したタクシードライバーは黒人かイスラム系がほとんどである。

「自由の女神」を臨むバッテリーパークには観光客が溢れている。アメリカ各地からのおのぼりさんであろう。私も日本から来たその一人だ。
しかし同行メンバーの一人がNYは初めてということなので、ニューヨーク、引いてはアメリカの象徴とも言うべき「自由の女神」は外せまい。
「自由の女神」というと、多くの映像などから「巨大なもの」と認識されているが、バッテリーパークから眺める「自由の女神」は彼方にかすんでひどく小さい。携帯電話などの広角レンズで撮ると、写っているのかどうかすら視認できないほどだろう。
だから、この場所から初めて「自由の女神」を目にした人は、その感動と同時にこういう感想を口にする。
「うわ!小っちゃい」
その通り。
私が今回携行した一眼レフには「18−200mm」(35ミリフィルムカメラに換算すると27−300mmになるらしいが)のズームレンズを装着しているが、その最大望遠でも以下の画像程度にしか見えず、空気にかすんでほとんどシルエットにしか見えない。
彼女が象徴する「自由」もそれだけ小さくかすんでいるということかもしれない。

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バッテリーパークからフェリーでスタッテンアイランドへ渡ってみる。特に何も見るようなものはない島だというが、時間はあるのだし船からマンハッタンを眺めるのも悪くない。

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この片道30分のフェリーは以前、2ドル程度の料金を取っていたらしいが、現在は無料。島に住む人たちの通勤の足として利用されているらしい。
船から見える「自由の女神」はなかなかに大きい。私がもっとも近い距離から見た女神像だ。この距離からだと、彼女の固有色もはっきりと認識できる。

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フェリーが島に近づくと、不意に風が冷たくなったように肌寒くなる。
聞いていた通り、島は「これもニューヨークなのか」と思ってしまうほど何も見るものはない。静かな住宅地といった趣だ。

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することもないので、30分後のフェリーでマンハッタンに戻る。

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さすがに歩き疲れたのでタクシーでホテルへもどり、シャワーで汗を流して一休み。

先ほどまでの晴天が嘘のように雨が降り出している。
小雨の中、リンカーンセンターまで徒歩で移動。到着した途端、鬼のような豪雨に変わる。ラッキー。
舞台裏で出番を待つ。
「『千年女優』のイントロダクションを5分ほどお願いします」
……ありゃ?
もらっていたスケジュールでは『妄想代理人』の質疑応答と『東京ゴッドファーザーズ』のイントロダクションだったはずなのに。
どうも変更になっていた予定を知らせれていなかったらしい。
ま、いいや。どっちにしろ何を喋るのか、準備なんかしていないのだから。
ステージに上がっても何も思い浮かばなかったので、
無難な話に終始する。NYリンカーンセンターでのレトロスペクティブ上映を光栄に思うこと、『千年女優』は8年前に制作した少々古い監督作だが、個人的にはいちばん思い入れのある映画であること、『千年女優』の挨拶では定番になっている「注意事項」を伝える。映画が始まってから中座することのないよう、トイレなどは必ず先に済ませてください。というのも、千年の時間を90分に収めようとした無謀な映画なので、中座して席に戻ると劇中では100年くらい経っているかもしれないので、云々。その他、この映画制作を通して、それまであまり意識してこなかった自分と日本の文化や歴史の関係について、個人的に考える機会を得られたこと、などなど5分ほど話す。
しかし、どうもうまく喋れない。いつものことかもしれないが、いつもより3割り増しで拙い。やれやれ。自分にガッカリする。いや、ガッカリするほど端から期待もしていないのだが。
商会の挨拶が終わると、外はさらに豪雨に変わっており、雨はこれでもかというほどの飛沫を上げている。
劇場のロビーでしばらく雑談。通訳をお願いした方から、ニューヨークで食べられる美味しい蕎麦の情報を入手する。その名も「蕎麦屋」。店はイーストビレッジにあり、値段も手ごろだそうだ。蕎麦と聞いては行かねばなるまい。
夕立のような雨は、しばらく後にさっと上がる。
ホテルまで戻って小休憩しつつ、入手した蕎麦屋の情報をウェブで検索。そして、これから行く、美味しいと評判のレストランも調べてみる。
「ジャン・ジョルジュ(Jean-Georges)」
ニューヨークでは3軒しかないというミシュランの三ツ星レストランの一つだそうだ。ニューヨークタイムズ紙でも数少ない四つ星レストランの一つだという。
日本でだって三ツ星とやらのレストランとは無縁だ。期待しないわけにはいくまい。
出される料理はヌーヴェル・フレンチとかモダン・フレンチといわれるタイプだそうで、そのような「おハイソ」なものを食べたのは、一昨年パリで行った「ジョエル・ロブション」くらいであろう。たいへんおいしゅうございました。
きっとジャン・ジョルジュも美味しかろう。

ホテルからテクテク歩いて10分ほどのビルの一階に店はあった。
店内はメインダイニングとカジュアル、二つのスペースに分かれており、予約してもらったのはカジュアルの方。メインの方は22時半まで予約でいっぱいだったのだそうだが、当日予約を入れて夕方から席を確保出来たのだから、それだけでも幸運であろう。
店内に足を踏み入れたときに、「ここは大丈夫」という感覚があったので少し安心する。別に霊的な話ではなく、店内の構造の問題に思われる。私は人の声の反響がひどい場所にいると、どうも調子が悪くなる。特に中途半端に天井が高いと、人の声の直接音と反射音のズレが不快な唸りを生じさせるためではないかと勝手に推測している。案内された場所も角地で、背後からの音がないため、満席の店内でもかなり快適である。
シャンパンとカシスのカクテルをいただきつつ、アペタイザーとアントレを選ぶ。メニューの説明を読むと、どれも美味しそうで選ぶに迷う。幸せな悩みだ。
私は「ツナのタルタル」と「ポークチョップのチェリーマスタード」とやらにしてみる。
運ばれてきた前菜は、皿のプールに浮かんだ孤島のように盛り付けられていた。島はアボカドの土台にマグロの断片が寄せ集められている、といえばいいのだろうか。
一口食べて、歓喜した。
「わ!美味い」
美味しいものを食べると途端に元気が湧いてくるように思える。別にそれまで元気がなかったわけではないが、急にテンションが上がってしまった。
基本はフレンチなのだが、スープには醤油も使われているらしく、和風のテイストも感じられ、しかし時に東南アジア的なエスニックの香りも鼻腔をくすぐる。
他の方の前菜も少し分けてもらい味見をしたが、やはり微妙に和風のテイストがあり、どれもみなビックリするほど美味しい。
思わず、前菜を全種類試してみたくなるが、あいにく胃の腑は一つきりだ。とはいえ、前菜を選ぶとき、大いに迷わせてくれた「フォアグラ」がどうしても気になる。そんな私の「フォアグラへの未練」を感じ取ってくれた「スポンサー」様がこんな提案を差し出してくれた。
「フォアグラを一つ頼んでシェアしましょうか」
わーい。
次の料理が運ばれてくるのが楽しみでワクワクする。

前菜は白ワインでいただいたのだが、ワインリストには度肝を抜かれた。庶民には想像も及ばないような世界が広がっている。
ワインリストは、ホテルの部屋に置かれているインフォメーションを思わせる。何ページにも渡って無数のワインの名前が並ぶ中、そのワインはいかにも特別な存在を主張するかのように、一つの名前に対して1ページが割かれている。銘柄のディテールは覚えていないが、シャトーマルゴーのヴィンテージものらしい。そのお値段がすごい。
「$19,500」
……車が買えそうな値段である。
他のページには$20,000や、メニュー上では最高額の$25,000というものまである。高級ワインといえば、「ロマネ・コンティ」くらいしか思い浮かばないが、この銘柄などは何種類も並んでおり、数十万の値段も可愛いものにすら思えてくる。
一体、どんな味がするのだろう? 私がもしお相伴にあずかることが出来たら、さながら現金を飲んでいるような気になるのではないか。
どんな人なら一本のワインに200万以上も出すのだろう? きっと現金なんか普段目にすることがないくらいの金持ちなんだろうな。
しかし、この店にそのワインの在庫は何本あるのだろう? 大地震が来てワインセラーが破壊されたらたいへんな損害だろうなぁ……などと下世話な想像を膨らませてみる。

来るべきアントレに備えて、赤ワインにシフトする。女性のソムリエが選んでくれたそれはリーズナブルなのに、非常に美味しい。
アントレの「ポークチョップ」は肉が柔らかく、ソースのチェリーマスタードも一風変わっていて刺激的である。他の方も同様にアントレに深く感動している様子で、その一人にいたってはショートリブを口に含んでこんな感想を漏らした。
「涙が出るほど美味しい」
その気持ち、分かる。
アントレを平らげたところで、少々無粋な頼み方をしてしまったフォアグラが出される。
うう、美味い。アントレで満腹気味のお腹には少々濃厚すぎる味だが、頼んでもらって本当によかった。もしこれを食べなかったら、成田空港まで後悔を持ち帰ったかもしれない。

そして最後はデザート。
十分以上に満腹しているし、デザートには食指が動かない方だが、こうまで美味しい店ならデザートを食べないわけにはいかない。ここは一つ古来言い伝えられる金言に従うべきであろう。
曰く、デザートは別腹。
細長い皿の上に上品に盛り付けられた、4種類のアイスクリームやチョコレートケーキなどが見た目にも美しい。とりわけチョコレートケーキに感動する。スポンジの中で熱いチョコレートがとろけている。こんな食い物があったとは、オジサン知らなかったよ。
仕上げに飲む、ダブルエスプレッソの苦味が満腹感を癒してくれる。
この食事の感動を言い表す言葉はこれをおいて他にあるまい。
「大満足」
ご馳走様でした、「スポンサー」様。
いつかまた来られますように、と店の名刺をいただいて外へ出る。縦にスリムな名刺、その中ほどに控えめにイニシャルが「JG」と記されている。
いっぱいの満足を抱えてホテルに戻る道すがら、思わず声に出してしまった。
「サンキュー、JG」

今回、ニューヨークに来て良かった。ホントに。

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