「暑い」
一日のうち、何度そう口にすることか。
起きちゃ暑い、飯を食っちゃ暑い、外に出ちゃなお暑い、寝ても暑い。
加えてかき分けたくなるほど濃密な湿気である。起きているだけで疲れるような日々が続くここ最近、「暑い暑い」と言いつつ、机の上にはない仕事が続いた。
先々週の木曜日から神戸に出張。月一で続けているアートカレッジ神戸アニメーション学科に講義のデリバリー。
今回は、この神戸行と抱き合わせにする形で、広島での講演も予定に入れていた。「広島アニメーションビエンナーレ」さんからご招待で、「広島アニメーションアカデミー2008」と題されたシリーズにゲストとして出演する。
西部方面から帰還して、翌日はムサビで夏休み前最後のゼミと打ち上げ、その次の日はNHK「デジスタ」の収録。どうにも気忙しい。
神戸・広島遠征は4泊5日の出張である。
11日木曜に東京を発って、まずは神戸へ。
車中、3日後に控えた広島での講演内容を考える。といっても、先方担当者からのオーダーは「十年の土産」トークイベントと同じものだったので、特に考える必要はない。しかし単独で2時間喋るとなるとある程度構成を考えて、ネタも確認しておかないと間が持たない。車中とホテルで一応の目処を付けておく。
金曜日はアートカレッジ神戸で、1、2年生相手に計5時間ほど授業。
これが1学期最後の授業である。早いものだ。4月に入ってきたときは高校生そのものだった新入生も、少しばかり専門学校生の雰囲気になってきたように思える。夏休みを挟むときっともっと大きな変化が現れることだろう。毎年の実感である。特に娘さんたちの化粧の濃度、衣装の変化は注目に値する。
皆さん、一夏の冒険は身の危険がない程度にお楽しみください。
一学期の「打ち上げ」は三宮の老舗「とけいや」。アニメーション学科の先生と広報の課長と乾杯する。古い旅館を思わせる店内は、空気の重心が低く、気持ちがよい。
http://www.tokeiya.net/
クソ暑いというのに、この店お薦めだというので敢えてすき焼きにチャレンジする。うう、「すき焼き」とキーボードを叩いているだけで暑い。
私には少々甘い味付けだったのが残念だが、極太のうどんまで食して満腹。行きつけとなった「mishima」へ移動する。
http://blog.bar-food.com/
あいにくお気に入りの空間である2階席はいっぱいだったが、1階のこれまた座り心地のよい椅子に納まって、美味しくお酒をいただきバカ話に花を咲かせる。涼しくて気持ちの良い空間でアルコールを摂取する時間は贅沢の一つだ。
翌土曜日は広島に移動。
私にとっては初めての広島であるが、この地に降り立った最初の感想はこの通り。
「……暑い」
東京も神戸も広島もこの時期の感想に変わりなし。
しかし、神戸の日光よりも広島の方が光に野性的なものを感じる。
広島アニメーションビエンナーレの担当氏とは18時に駅で待ち合わせていたが、早めに広島入りしてホテルにチェックイン。
シャワーを浴びて一息つき、車中から引き続いて新作用にアイディアを考える。出先のホテルで仕事をするのは気分転換にもなって悪くない。
ホテルのロビーで担当者のM氏と落ち合い、「交流会」へ向かう。折角シャワーで流したのに、すぐに汗が出てくる。
スケジュールをきちんと確認していなかったので、どういう方々とどのような交流をするのか、さっぱり分かっていない。
「交流会って……どういう人たちがいらっしゃるんですか?」
「アニメーションが好きなHaby(ハビー)という市民団体です」
市民団体!?
「もしかして……私、弾劾されたりします?」
これまで少なくないイベントに参加させてもらったが、その経験の中に「市民団体」という文字列は存在したことがない。アニメーションと市民団体というカップリングもうまく想像できない。
馴染みのない「市民団体」という文字列から想像されるのは、どうも「公共」にまつわる市民運動なので、私のようなチンピラアニメーション監督と市民団体を能動的につなぐキーワードがあるとすれば「弾劾」や「糾弾」以外に考えられない。
会場を埋めた「Haby」のメンバーは40人くらいだろうか。
「監督、まず最初にどういった理由で夢と現実を曖昧にさせ人心の不安を煽るのか、この点についてお聞かせ願いたい!」
そんな剣呑な場所ではなかった。全然。
Habyはアニメーションに興味のある人たちが集う市民団体である。
http://light-novel.hac.or.jp/hab/haby/
ウェブ情報によると、「月1回程度、アニメが好き・イベントを通じて「元気な広島」を取り戻したいと考えている皆さんが大いに飲み語る集い」なのだそうだ。さすが20年以上に渡って「広島国際アニメーションフェスティバル」が開催されてきたお土地柄である。
ビールを飲み、軽食をつまみながら質問に答えたり、サインをしたりと楽しく時間を過ごす。
参加者の半分以上、6〜7割が女性である。アニメーションを取り巻く事情が変わったのか、単に私が監督してきたアニメーションに対する認知が変わったのか。春に開催した「十年の土産」でも感じた印象と重なってくる。
男性の方も控えめな印象の方が多く、広島というと勝手に「男性的な土地柄」をイメージしていた私には(東映ヤクザ映画の影響としか思えない(笑))、少々意外だったが、2時間ほどの交流会はたいへん楽しい時間であった。
タクシーで移動して「水軍の宴」という活魚居酒屋へ。ビエンナーレの関係者数名と宴席。
http://gourmet.gyao.jp/0003001132/
刺身はどれも美味しい。透き通るようなイカの何と美味しいこと。とりわけ岩ガキが驚くほど美味しく、その感想を実際口にした通りに再現するとこうなる。
「ゲ……美味い」
美味しいものを口にして「ゲ」とは甚だ不似合だが、それほどカキを好んで食する方ではないし、特に出先では万が一カキと「コンフリクト」すると恐ろしいので、近年はあまり口にしていなかった。それだけにこの美味しさは衝撃的であった。
さすがカキで名高い広島。カキの食べられる時期といえば、January、February、March……と「R」の含まれる月というのが相場だが、恥ずかしながら「夏ガキ」があるとは知らなんだ。
「夏ガキ=岩ガキ」だそうで、ウィキペディアによると、
「イワガキ(岩牡蠣) Crassostrea nippona(Seki, 1934)
「夏ガキ」とも言われる。殻の色が茶色っぽく、マガキに比べて大きいものが流通する。天然物と養殖物の両方がある」
「マガキ」というのが、いわゆる普通のカキだそうで、上記の通り、食した岩ガキは私のカキの概念を打ち砕くに十分な大きさだった。
殻の大きさは20数センチほどはあろうかという特大サイズで、その身は刺身上に切り分けられて供される。
通常のカキより身はしっかりとして密度が高く、カキにあん肝でも混ぜたかのような濃厚な味わい。「ゲ」というリアクションも無理はないのであった。
美味しい刺身にはやはり日本酒である。地元の方に推薦してもらい広島の地酒を冷酒でいただく。その相性の良さについつい酒が進むが、酔いすぎない程度に自重しておいた。
かつて二日酔いで講演に臨んでイタイ思いをした経験は伊達ではない(笑)
翌日曜日は11時から地元テレビ局制作の番組「ホビーの匠」に出演させてもらう。ホテルの一室を借りての収録。まだよく回らない頭でしゃべること30分足らず。あっという間に終了。
広島で最近流行だという「つけ麺」を食し、タクシーで広島市立大学へ。
創立14年という若い大学で、きれいな校舎がたいへん印象的。施設も充実しているようだ。
しかし、大学特有の臭みとか雰囲気には欠けている感じがする。
脱色脱臭されたような印象で、何というか学校案内のパンフレットに載っている写真がそのまま現実化したような感じがする。
「大学=猥雑」というのは、20年以上前に大学生だった人間のイメージなのかもしれないが、母校にしてゼミで通っている武蔵野美大とは随分ムードが違う。
その一番の違いは、「貼り紙」であろう。サークルや飲み会や人員募集のための手製の貼り紙。
ムサビでは、校舎の内外を問わず壁があればそこには貼り紙があり、新しい貼り紙の隙間にはかつての貼り紙が残滓として垣間見える。そうした具体的な部分に時間の堆積や、多くの人々が存在する、存在した痕跡が感じられる。それが活気にも見えれば、時には空間のやかましさにもなるのだが、広島市立大学にはそういった要素が見えない。
もっとも、清潔だから好ましいけれど。
講演前に時間を持てあますのも勿体ないので、受付に座って来場者に応対しつつ、サインなどをサービス。
小ホールの講演。控え室まで用意された、たいへん快適な会場である。
会場は百数十名の若者で埋まっている。
用意してきた進行表を元に話を進めるが、やはり内容はオーバー気味。
前半は、監督以前に関わってきたアニメーション制作に触れながら、制作現場のスケジュールの崩壊具合を紹介し、その極めつけであった『パーフェクトブルー』の話まで。予定では『千年女優』まで漕ぎ着けたかったのだが。
15分の休憩を挟んで第2部は少し巻き気味に進める。
後半は監督作それぞれの制作現場で何を学んで、どのように次の制作機会につなげてきたかといった話をする。
BBSに感想を書いてくださった方がおられたが、「私には特にやりたいことがあるわけではない」からこそ、目の前の機会をどうすれば「やりたいこと」に育てられるか、を考えながら仕事をしてきた……というような。
世の中には「まるごと楽しい仕事」だとか「まるごとやりがいのある仕事」なんてものがあるわけではなくて、どんなに好ましいと思える仕事だって不満の種はいくらでも見つけられる。だからありもしない「楽しい仕事」を選ぶことに躍起になるより、「選んだ仕事を楽しくする」方が健全ではなかろうか、と思うのである。
あるいはこんな話。『パーフェクトブルー』でも『千年女優』『東京ゴッドファーザーズ』でも、各エピソードは特別目新しいものではなく、むしろ「よくある」アイディアやイメージである。それでも注目をいただいた部分があるとしたら、それは「よくある」ようなアイディア・イメージを、あまり知られていない文脈でつないだということであろう。
どなたが仰っていたのか忘れたが、発見とは未知のものを見出すことというより、既知のものの間にそれまで知られていない関係性を見出すことである……というようなことをたどたどしくお話しする。
講演は少しだけ時間オーバー、最後にQ&Aで客席からの質問に3つ4つ答えて終了。
タバコを吸いながら、めざとく私を見つけた方々にサインを描き、昨日の交流会で「企画を見てください」と言ってきたグループと少し話をする。
何でも30分近い大作アニメーションを企画しているとのことだったが、目を通したあらすじは、ストーリーというより設定の説明が過半を占めている。これはいけない。ストーリーは説明ではないのである。「何をする話なのか」をまず自分たちで把握しなければ、お客は退屈するばかりである、といったことを伝え、一度シンプルな形に話を還元してから再構築することをお薦めする。
健闘を祈る。
ビエンナーレ担当者M氏と打ち上げ。お疲れさまでした。
晩御飯にはまだ時間が早かったので、イタリアンの店でビールとスパークリングワインをいただいて喉の渇きを癒す。
2時間以上も喋り続けると、さすがに喉がへたれるもので、冷たい泡は慈雨のごとくに喉を潤してくれる。
適度に酔いも回ったところで、この日メインイベントの広島風「お好み焼き」を食べるべく「お好み村」へ。
http://www.okonomimura.jp/
ビルの3フロアにそれぞれ10軒近いお好み焼き屋がひしめいている。いずれもL字型の鉄板をカウンター式に客席が並んでいる。つまり、フロア内は店の数だけ大きな鉄板という「ストーブ」が並んでいるに等しい状態である。
暑い、というか、熱い。
うう、フロアにいるだけで暑さでクラクラしそうだ(笑)
実家がお好み焼き屋を営んでいるというM氏ご推薦で、数あるお好み焼き屋のうち「水軍」という店に落ち着く。
http://www.okonomimura.jp/tenpo/suigun.html
M氏によるとここはたいへん基本に忠実なのだそうだが、私は広島風お好み焼きの基本が何たるかもまるで知らない。
しかし、こうした店に来た際の最初のルールはよく知っている。
「生ビール!」
差し出された紙ナプキンがあらかじめ凍らせてあったのは気が利いているが、流れる汗には気休めである。
基本の食材にエビとイカを追加した「スペシャル」をオーダー。
キャベツや豚肉などの具材、焼きそばなどが目の前で手際よく焼かれる様に感心する。
しかし、暑い。
食べると尚暑い。
美味しいが暑い。
汗だくになりながらもなんとか完食する。
やきそばが含まれているので、一食分として十分に満足した。
普段食べ付けないだけに、イベントのようであった。
関西のお好み焼きにしろ広島風にしろ、私が育った環境ではお好み焼きはまったくといっていいほど馴染みがなかった。少々疑問に思っていたことをM氏に尋ねてみた。ちなみにM氏と私は同年代である。
「地元の人たちって、どういう時にお好み焼きを食べるんですか?」
「私なんかは、やっぱり飲んだ後の締めですねぇ」
エエッ!?
汁もない麺を飲んだ後に!?
恐るべし、広島(笑)