2008年12月14日(日曜日)

三昧



木曜日のこと。お宝が届いた。
ここのところ、来る日も来る日も小さいサイズでビルばかり描いており、目と手と肩にたいへん負担がかかっている。老眼初期とはいえ、以前ならさほど苦もなく描いていたものも細かいところがよく見えず、余計に疲労を誘う気がする。
この日も、ビルのパースを取り、新規の設定をあーでもないこーでもないとひねくり回し、脳と身体はすっかり萎れてしまった。
足取りも重く改札を出てよろよろと家路につく。
「さっと風呂に入って酒飲んで寝よう……」
と思って、家のドアを開けると家内が迎えてくれて福音をもたらす。
「届いてたよ」
見ると、そこには待望のお宝が段ボール箱に収まって鎮座していた。
「ひゃっほー!」
溜まっていた疲れが一挙に雲散霧消した。ような気がする。
宅急便によって運ばれてきたその宝物とは。
「五代目古今亭志ん生名演大全集」
CD48枚組(+特典ディスク2枚)である。

最近、仕事仲間から志ん生の落語を分けてもらってiTunesに入れ、清書のお供に愛聴しており、にわかに志ん生ブームが再燃していた。
若い時分、20代前半の漫画を描いていた頃にやはり志ん生を仕事のお供にしていた。
ネームの段階ではなかなか落語を楽しむ余裕はないが、下描きや特に清書の際には流しっぱなしで聞いていた。
志ん生の落語を最初に聞いたのは、確か大友(克洋)さんの手伝いに行った折であったろうか。その後、たいへん気に入ったのだが、当時は全集を買うような金があるはずもなく、やはり時折仕事を手伝わせてもらっていた漫画家の高寺(彰彦)さんにアナログレコードの全集を借りた。
カセットテープにコピーしていたのでは尺が折り合わないので、ビデオテープ(もちろんベータ)に音声だけを記録した。ビデオテープ2巻で計十数時間ほどあったろうか。
仕事中、どれほど笑わせてもらったか分からない。

アニメーションの仕事をするようになってから、落語、というより志ん生を聞くことから疎遠になっていた。私はおそらく落語そのものより志ん生が好きなのではないかと思われる。
疎遠になってしまったのは、多分ビデオテープに記録していたのが原因だろう。当時は仕事場で手軽にビデオを再生できる環境までは用意していなかったのである。
そのうちどんどんと疎遠になってしまっていた。その間は、別の「師匠」の音楽に没頭していた。
去年、いよいよベータのテープを処分しようと思い、残しておくべきもの(久保田早紀のライブとか)をせっせとDVDにコピーしており、この機会に志ん生の落語をiPodに入れようと思い立った。
思いつきは素晴らしく胸が高鳴ったのだが、残念ながら宝の山は掘り起こすことは叶わなかった。
テープがまともに再生できなかったのである。
トラッキングの合わない音声は、病後の志ん生よりも呂律が回っていなかった。

そんな背景があって、スタッフから分けてもらったデータで志ん生を聞いた。
ノイズも少なくクリアな音が感動的であった。無論、志ん生の名演はそれ以上に感動的であり、笑いすぎて清書の線が震えるほどであった。実際、定規の線が小刻みに震えてはみ出し、消しゴムのお世話になること幾たびか。
あまりに面白い。
「やはり全集を手に入れねば!」
思い立ったが吉日。
以前と違い、そのくらいのお金なら何とかなるくらいには仕事もしている。時期も12月、今年一年働いたご褒美として自分に贈り物をしても罰は当たるまい。去年だって『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』のボックスを一挙に「大人買い」した実績があるじゃないか。
私はネットで買い物をするのはあまり好まないのだが、生憎落語の全集などはCDショップでは扱っていない。もし店頭で扱っていたらもっと早くに手に入れていたかもしれない。私は何しろ現金を払ってその場で品物を手にして持ち帰るのが好きなのだが、こればかりは仕方がない。バラで買って集めるのもどうも気に入らない。
ネットで検索して一番枚数の多い全集を選ぶことにした。志ん生病前のテイクが中心でリマスタリングされたものも多いというし、どうせ買うなら「大人買い」の気分も味わいたい。
48枚組で諭吉が10人出動というのは高いような気もするが、今年は全然CDを買っていないので、「月4枚」と考えると別に非常識でもあるまい。
注文ページで必要事項を書き込み、「送信」ボタンにマウスポインタを重ねる。
「えい!」
高価なワンクリックだ。
ああ、良かった、大人になって。

お宝が届いた翌日、起きてすぐに段ボールを開きいそいそと中味を取り出す。
「おお!感動的」
これが届けられたお宝画像である。

daizenshuu.jpg

こんなものを朝起きてすぐに撮影しているのだから私の喜びも想像に難くないだろう。うひひ。
一枚ずつパッケージを開いてパソコンのスロットに滑り込ませる。
さあ、せっせと呑み込むのだ。
とりあえず10枚ほどiTunesに取り込んでiPodにコピーし、早速通勤時に「火焔太鼓」を聞いてみる。
お囃子が聞こえてくるだけで思わずにんまりしてしまう。
住宅街を真っ黒な格好でにやにやしながら大股で歩く長髪ヒゲ眼鏡のおっさんはさぞや不気味であったろう。
電車の中では思わず笑いをこぼしてしまった。ええい、人目などかまうもんかい。
仕事中は勿論聞き通しである。
「黄金餅」「後生うなぎ」「らくだ」「強情灸」「宿屋の富」「搗屋幸兵衛」「一眼国」「抜け雀」「百年目」「元犬」……。うう、面白い。笑いが止まらない。「火焔太鼓(どんどんもうかる)」なんて下げの違うテイクも収録されている。何聞いても面白い。
こりゃもう、仕事のお供に聞いているのか、志ん生を聞くために仕事をしているのかよく分からない有様だよ、ンとに。
あんまり楽しいんで、一日で4枚分も聞いちまったよ。
けどね。これでもたったの四半分だよ、え?
これから毎日志ん生三昧だなんて、どうにもこうにも豊かじゃないかねぇ、おまいさん。

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