2008年12月3日(水曜日)

はやくも12月



はやい早い速い。
もう12月だなんてまるで冗談みたい。
11月は10日間の北欧出張、ムサビのゼミとアートカレッジ神戸出前講義などを合わせ、半月近く本業を休んだことになる。
ただでさえ進まないコンテが……。
あ、11月分の請求書を出すのを忘れてた。
満額請求するわけにはいかないから大きく減額請求せねば。
年越せるかしら。

北欧から帰ってからも何かと席の温まる暇が少なく、先週もバタバタしていた。
火曜日にムサビのゼミ、木曜から関西出張。舞台版『千年女優』の記者発表に混ぜてもらい、翌金曜日はアートカレッジ神戸でいつも通り5時間講義。土曜日に東京に戻って平沢さんのライブ……って、それは仕事とは言えないか。
ゼミ生たちの卒業制作は、発表に間に合うかどうかスリリングな状況にも思えるが、確実に形になり始めている。
どれも悪くないと思う。
春からの短いつきあいではあるが、目の前でそれぞれの作品が成長する様を見られるのは思った以上に楽しくも興味深いものだ。
学生それぞれがそれぞれの形で作品との関わりを深化させていく。
「(予算や期間の規模は違えど)自分と仕事の関わりもこういうものなんだな」と思わされる。
スケジュールがスリリングなサスペンスになるのも似ている(笑)
卒業制作の提出期限まで後一ヶ月ほど。
頑張ってもらいたい。

最近のゼミは、制作が進んできたので制作途中の映像を見せてもらいコメントするのが主な内容。具体的な技術や問題点について話すのは楽しく、仕事場でスタッフの仕事をチェックする感覚に似ているので、本業の延長のような気がしてくる。
無論、制作主体は学生それぞれだが、作り手の考えに想像的に同期しながら、なおかつ経験のある第三者としてそこに「欠落しているもの」「過剰なもの」などについてコメントする。具体的な作業を手伝うわけではないが、それまでの経緯や紆余曲折も聞いているので、作品が具体化するほどにそれぞれの作品に参加させてもらっている気がしてくる。
具体的なコメントが多くなってきたせいか、3時間の授業の半分はまったく逆に抽象的な話が多くなってくるらしい。抽象的というと聞こえはいいが、ほとんどは「雑談」である。
近頃は全然映画も見ていないので、最近読んで印象に残った本などを紹介することが多い。ゼミを担当するようになってから、書籍を選択する際に新しい基準を手に入れられた。
「学生に参考になりそうな本」
これまでも制作現場の新人向けに「お薦め図書」を購入することはあったが、ゼミでの「ネタ」になると思うと選ぶのがいっそう楽しい。
それに、こうして購入した本が思いのほか自分の参考にもなるもので、特に映像や作劇関係の本は己の足回りを再確認する上でとても重宝するし、技術や芸の伝承、教育論に関する本なども教える仕事をするようになってから読み方が変わってきたように思う。それだけ切実になった、ということであろう。

最近読んで学生に紹介した本をいくつか紹介してみる。
ゼミ生の中には漫画家を目指している子もいる。私も前世は漫画家だったが、漫画制作に伴う苦労や技術はほとんど忘れてしまっているし、そもそも漫画家として失敗した人間なので(笑)、私の助言だけでは心許ない。
ということもあって、読んでみたのがこれ。
『マンガの創り方』山本おさむ(双葉社/¥3800)
これは実制作の心強い味方である。漫画解説の読み物としてもたいへん懇切丁寧で面白い。
ここまで具体的に漫画制作に踏み込んでくれる本は実に貴重だ。
シナリオや演出の丁寧なガイドブックであり、アニメーションの脚本・演出を目指している人、すでに「演出」の肩書きを付けているのにコンテや演出という「迷路」で迷子になっている人は是非ご一読を。

『映画の瞬き』ウォルター・マーチ(フィルムアート社/¥1700+税)
店頭で見かけて「学生の参考になるかな」と思って買ってみたら、何より私にとってたいへん興味深い本であった。
この本の中で紹介されているジョン・ヒューストンの編集にまつわるエピソードが実にかっこいい。
「編集とはつまり……」
その先は教えない。
映像編集の具体的な技術が紹介されているわけではないが、「編集とは何ぞや?」「編集はどうあるべきか?」という根本的な概念や態度が記されていて、カットを割ることについて改めて深く考えさせられる。
「自分がどうしたいか」ということよりも「フィルムがなりたがっている様」に同期していく、といった記述や映像編集と身体性の関係が強く印象的であった。

逆に学生から紹介してもらって読んだのがこれ。
『映画を見る眼』小栗康平(NHK出版/¥1500+税)
以前、ブックレットの簡易版を読んだことがあったが、興味深く読んだ。映像の初歩を学ぶ上ではおおいに参考になるのではないかと思われる。
ただ、後半アニメーションについて言及している内容はお粗末極まりない。前半に記された映像の奥深さ、その興味深い話をすべて覆すほど「イタイ」。
よほど「バイアス」がかかっているのであろうと思われる。
折角前半が面白い内容なのに、ある部分で著者自らがそれを否定しているに等しい。
誰も指摘しなかったのだろうか。
惜しい本だが、映像を考える上で参考になる箇所は多い。

『キャラクターメーカー』『ストーリーメーカー』大塚英志(アスキー新書)
物語を作るのは技術である、という態度が清々しい。
アイディアを思いつくにはセンスや才能が大きく関与するが、物語として育てるのは技術であると私も思う。
お話を作ることに興味があるにもかかわらず、物語に普遍的な構造があることを知らない人はこうした本を読むと大いに参考になるはず。

学生の参考になると思って読んだわけではないが、最近読んで非常に印象的だったのはこれ。
『赤めだか』立川談春(扶桑社/¥1333+税)
一緒に仕事をしているスタッフに薦められて読み、いまは私が他人に薦めて回っている。
たいへん売れている本らしい。帯には「2008年講談社エッセイ賞受賞!」「「本の雑誌」2008年上半期エンター底面面とベスト1受賞!」「マスコミ、各界で大絶賛の嵐!」と賑やかな惹句が並んでいる。
その通り確かに面白い。
面白おかしいエピソードが満載で単純に読み物としても楽しいが、芸の習得や師匠と弟子の関係について深い洞察を与えてくれる。
著者の師匠、立川談志の言葉として紹介される芸談には伝統に裏打ちされた奥行きと簡潔な鋭さがあって何より印象深い。芸の畑が違っても、その心得はまったく同じである。いや、耳が痛い。

『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』川口マーン惠美(新潮選書/¥1300+税)
この本も最近書店で平積みになっているので、きっと売れ筋の書籍なのであろう。私は雑誌「新潮45」にその一部が紹介されていたので興味を持った。
ベルリン・フィル往年の団員による二大巨匠に関するインタビュー集で、これもいわば「芸談」。
学生の参考になるというより、アニメーションなど集団制作の在り方や、全体の中における個を考える上で示唆に富んでいる。もちろん、語り手それぞれは非常に高い技術を持った演奏家だから、オーケストラの部分でありながらまた同時に一つの全体でもある。
そんな彼らが巨匠と音楽について語るのだから面白くないわけがない。
まったくタイプの異なる二人の指揮者。巨匠といわれる人たちのエピソードや発言はそれだけでも奥行きとスケールを感じさせるし、フルトヴェングラーとカラヤンそれぞれの人間性や指揮のスタイルの大きな差異、語り手によって浮かび上がる人間像が異なってくるのも興味深いが、語り手それぞれのプロ意識が印象的。
「指揮者の批評をするのは、オーケストラの仕事ではない」
「団員が個を出していては、オーケストラは成立しない」
なるほどその通り。
オーケストラと指揮者の関係に、アニメーションのスタッフと監督・演出の関係が重なってくるし、レベルは大きく違えど我が身を振り返って考えさせられる。先の言葉を聞いた方がいいのではないかと思われる人はうちの業界にも多かろう。
挙げ句にこんな発言も。
「知っていますか? オーケストラは指揮者の娼婦なのです。指揮者の要求したことを全部叶えてあげるのがお仕事。その代わり、出来上がった音楽についての責任は、すべて指揮者が持ちます」
すごい発言だな(笑)
極端な比喩はともかく、要するに「要求されたことに完全に応えてみせること」が団員の仕事でありそこにプライドがある。
気持ちのいい一冊であった。

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