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仕事というと聞こえはよいけれど

私 は椅子に座っております。身体に一番近いアイテムですので、本来なら多少のお金をかけてでもよい品物に座るのが望ましいのですが、無精がたたっていまだ会 社から支給された椅子に座っております。キャスター突きの代物ですが、板張りの床では大変よく転がりますので、少々の移動の際も座ったまま滑って行きま す。楽しいです。
机の上に私の大半がある、と最初に記しましたが、そのほとんどはやはり仕事に必要な道具であり資料です。

監 督業に必要な道具を簡単に紹介しますと、まずはアニメーション制作には欠かすことの出来ない「タップ」という代物です。254ミリ×19ミリの細長く薄い 金属に3ヶ所の突起がついているものです。中央の突起は丸く、両側は四角くなっております。この突起に、やはりアニメ制作に欠かせない「レイアウト用 紙」、「動画用紙」や「セル」をはめて固定するわけです。
アニメーションはご承知の通り、少しずつ動いた絵を描いてそれを撮影してフィルム上で動いて見えるようにするという、いわば錯覚を利用したひとときの夢な わけですが、その個々の絵の基準になる位置がずれてしまわないようにタップで固定するわけです。ですからこの突起物の間隔などの規格は一貫したものであ り、作画も仕上げも撮影も同じものを使っているのです。
アニメーションがどんなにその想像力の羽を広げ、安直なファンタジーと極彩色の美少女への妄想を膨らませたところで、所詮タップの戒めからは逃れられることは出来ないのです!何を言っているんだ。

そ の他の道具でどうしても必要なものと言えば、シート、鉛筆、色鉛筆、鉛筆削り、消しゴム、羽箒、セロテープ・メンディングテープ、直線定規や円・楕円定 規、Zライトなど。アニメ制作ならではの道具といえば後は動きのタイミングやカットの尺を計るためのストップウォッチといったところでしょうか。それと私 の場合は立場上「コンテ用紙」は必需品です。

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ち なみにコンテ用紙の比較です。左がパーフェクトブルー、右が千年女優のコンテ用紙です。どちらもサイズはB4です。以前より絵を描く部分が大きくなってい るのは、少しだけ予算が増えたからです。ウソです。今回コンテを描き始めるときにこの用紙しかなかったからです。絵が大きくなったのですから以前よりコン テの進行が遅れるのは無理もありません。こら。

それと机には備え付けの棚が付いているのですが、その上にカ ラーボックスを置いてあります。これはアニメスタジオの景観を特徴づけているものの一つでもあります。アニメスタジオ風景の最大の特徴は、動画机を別にす ればカラーボックス、段ボール、ベニヤ板が三種の神器です。うわ、貧乏くさ。
私のカラーボックスにはこれから先、各原画マンから上がってくるレイアウトや原画の入ったカット袋がたくさんたくさんたくさん溜まることになります……いや、本当はたくさん溜めてはいけないのですが。
溜めるつもりはなくとも溜まるのがカット袋と不義理というものです。
この二つは比例して増えます。カット袋が溜まれば不義理も増えるという仕掛けになっておりまして、和やかだった人間関係にもひびを入れかねない事態になりますので、なるべく溜めないように注意が必要だぞ、俺。

アニメ監督に必要な道具といえば、概ね以上のようなものです。他に是非とも揃えておきたいのは克己心や集中力、厳しさを併せ持った寛容な精神、そして何よ り人望ということになりますが、こうしたものは残念ながら文房具屋では売っていないので私はあまり持ち合わせておりません。
ただ寛容な精神というのは、場合によっては当人の銀行の残高に比例することもあるようです。金持ち喧嘩せず、というやつです。しかし私はそれも持ち合わせ ていないので、ただでさえでかい図体をかがめて腰を低くしてやらねばならんでしょうな。その言い方が既に偉そうだっちゅうの。
そういえば金持ち原画せず、という名言もありました。やはりお金のない私はきっと最後には原画もやらねばならないんでしょうな。……なんか嫌だな。

そんな戯言はともかく、その他美術・背景さんになりますとポスターカラーや画用紙、筆といった画材が必要になりますし、仕上げさんはセルやセル絵の具と いった一般的にはあまり馴染みのないものを日常的に扱うようになりましょうか。さらには撮影さん、音響さんになりますとお小遣いでは買えないほど高価な機 械やハイテク機材等が必要になります。
こうしたアニメの小道具類やその他業界用語などについては、現在当HPにおいて「アニメーション用語解説」なるページを準備中ですので、そちらにおいてふざけた解説の一つもされることを期待して下さい。

ともかくも監督の私に必要なものといってもたいした種類ではありません。しかしどういうわけか私の机の上はいつもモノでいっぱいであります。モノにまみれて生きる立派な現代人です。
何故モノが溢れるかといえば、「仕事に必要な最低限の道具に準ずる仕事に必要なモノ」が大きな顔をしてのさばっているわけです。
その代表格といえば、本でしょうか。特に今回の「千年女優」では色々な時代や風俗をカタログ的につまみ食いをしているので、それらに関する資料が非常に多 くなってしまい、必然的に机の上を占拠してしまうわけです。占拠されると絵を隠すペースが大変狭くなったしまうので今回は自宅から袖机としてバタフライ式 のワゴンを持ってきました。資料を乗せておくには最適できわめて快適であります。さらに今回の仕事では机の左脇に会議用のテーブルを一つ用意したので、こ れで大丈夫、と思いきややはり机の上はいっぱいです。何で?

よく検証してみます。
まず「監督」という立場を偉そうに利用して用意してもらった会議用のテーブル。ここにはスタジオの引っ越しでゴミとして放置されていた90センチ×90センチ×30センチほどの本棚が乗っております。資料が多いですね。「FULL MOON」「ON PLANET EARTH」「0155 THE PORTRAITS OF HIROSHI NOMURA」「遠い町DISTANCE」「a fish of blue」「japanese road」「百歳王」など、個人的に買った写真集が多いでしょうか。今回の作品には直接関係のない「OTTO WAGNER」「GA DOCUMENT」といった建築の本なんかも突っ込まれています。家に入りきらない本なんかも持ってきてしまっておりまして、すでに混同してます、公私を。
写真集の類は、単純に見るのが好き、ということもありますし、また直接的な資料という側面の他にも、美術監督に色味のイメージを伝えるための参考などにも 役立ちます。持ち込んできたり新規に購入した書籍はこの本棚に入りきるわけもなく、資料棚として用意されたスチール棚等にも所狭しと私物の本が展開してお る次第で、その数は200冊くらいになっているかもしれません。勿論これは私個人の資料ということで、作品として必要な資料はさらに美術監督個人の本、図 書館から借りてくる本、田中嶺奈ちゃんの写真集や引っ越しのどさくさに紛れて勝手に持ってきた……いや、ともかく「千年女優」のブースには種種雑多な本が 置かれています。
本棚にはCDのソフトだのハードだのもぶち込まれています。最近はあまり音楽に食指が動かないので、CDの隊列も控えめにしておりますが、これがストレスの増大に比例して進軍を開始することになるかもしれません。

さてこのテーブルは既に天版いっぱいにモノが広がっておりますが、その大半が「ハイテク」です。その王様がこのテキストを書きつづっているアップルマークの「POWER BOOK2400c/240」です。
以前とある会社に在籍中、仕事の合間の手慰みにと思って購入し、仕事のお供に連れて歩いていたのですが、今ではこのテーブルの上でSCSIやシリアルや LANケーブルに拘束されてがんじがらめの青春真っ最中。飛べないモバイルはただの小さくて遅いマシンに成り下がってます。
このマシンは先日配属されたG3にEthernetで繋がっておりますし、その他MO、13インチモニタ、プリンタ、A3スキャナ、フロッピードライブ、 CD-ROMへと足枷を繋がれております。念のため断っておきますが、プリンタ以外は私の私物です。誰に買ってもらったわけでもありませぬ。勝手に羨まし がらないように。

G3 も含めて何故パソコンが必要かといえば、勿論こうして草の根宣伝活動としてのHP制作のためということもありますが、他にも使い道はいろいろあるわけで す。G3を見せびらかしたり、インターネットで友達を捜したり、メールで酒を飲む約束をかわしたり、デッサンの参考に女の人の裸の画像を求めて奔走した り、うら若き女子高生とチャットしてみたり……おい。本当はあれです。アニメ制作の援助ツールです。支援て言え。
そう、色々とカットのシミュレーションをしたりする支援ツールなわけです。「千年女優」班が我が物顔で居座っているこのフロア……言葉を慎みましょう、 「千年女優」班がこっそりと作業しているこのフロア……何もそこまで卑屈になる必要はないか。ともかく私たちのいるフロアにはクイックがありません。お や、また業界用語が一つ登場しましたね。
クイックとは正しくは「クイックアクションレコーダー」という代物で、動画を簡単に撮影して動きのタイミングを見るための機械です。それ専用に特化した機 械なので、大変簡単かつ便利なのですが、その程度のことなら少々時間が余分にかかるとはいえ、パソコンとスキャナでも代用が出来るわけです。それにクイッ クでは不可能な背景に引きスピードやカメラワークの確認や簡単な編集も出来るわけですから、パソコンは必要不可欠な代物となりつつあります。新世代デジタ ルアニメとやらを作るわけではなくとも必要なんです。け。
ただし気を付けなくてはなりません。パソコンが身近にあると「シミュレーション地獄」に陥る危険性がとびきり大、であります。シミュレーション地獄という のは、カットの色々なシミュレーションを繰り返すうちに「ちょっと違う」「もうちょっと、こう……」「もう少しニュアンスが……」などと延々とシミュレー ションに時間をかけて、本来の作業に多大な遅れをもたらすことをいいます。要注意です、私も。
さらにパソコンの必要性として、個人的には最近の仕事絡みの連絡等はメールを利用しているので、手元にないと非常に困る上に、ネットに繋げられない状態に長く身をおくとちょっと不安にすらなるくらいです。ビョーキでしょうか。
「最近誰からもメールがないとぉ、何ていうかぁ、ホントに自分の存在っていうかぁ、そういうのに不安を感じるっていうかぁ」
「……ふ〜ん、じゃあ、メールが来るとそういうことが実感できるのかな?」
「っていうか、私を必要だと思ってくれる人とかぁ気にしてくれてる人がいるって思えるでしょ」
「……でしょ、って言われても実感は出来ないけど……そうなんだね?」
「っていうか、分かんない?フツー。私がここにいるっていうことがぁ、お互いの存在とかぁ分かり合えるっていうかぁ……」
「…………」
「っていうか、つながっている感じっていうかぁ……」
死んでしまえ。
私にもメール友達が何人かおります。ただ近頃は忙しくてメールの返事もままなりませんが、なにとぞお許し下さい。すいません、私信になってしまいました。全部私信みたいなもんですけど。

POWER BOOKの外部モニタにしている13インチモニタの横には、14インチの貧乏くさいテレビも鎮座しております。これも私が買いました。資料のビデオを見る ために買ったのですが、まだビデオがないのでただの写りの悪いテレビに過ぎません。テレビの上には20センチほどのピカチュウが呑気に座っていやがりま す。

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け、何が「仕事チュウ」だ。
この会議用テーブルの横には旅館などでよく見かけるワンドアの貧乏くさい冷蔵庫が置いてあります。夏場の渇きを癒すには冷えた飲料が欠かせません。ビール とかね。この冷蔵庫も私の私物。他にも私物の電気ポットやコーヒーメーカーも持ち込んでおりまして、かなり危機的曖昧さとなっております、公私が……溶け て行く……公も……ボクも……キミもない……無意識の世界へ……溶けて行く…………いい加減にしろ。溶けているのは私の頭だ。

こうして頭の活動に異常を来した場合や、特にコンテなどの一番頭を使う作業ではニコチンとカフェインは欠くべからざるアイテムです。不健康と創作を引き替えにしているといえばロケンロール魂に通じるかもしれませんが、単に意志が弱いだけです。
それにしても何か嫌ですね、「何とか魂」とかいうやつは。
ロックと魂、などのように何かに魂の文字が接着された途端に、私はそうしたもの一切合切を胡散臭くかつかなり醒めた目で見てしまいます。そう思いません か。何というか安っぽい思想や一人勝手な思いこみや押しつけがましい仲間意識が汚物のような悪臭を放っているさえ思ってしまいます。偏見でしょうか。これ がもしアニメに魂などが接着した日には、恐ろしい。恐ろしいので考えないことにします。

さて机に目を転じると、四角く黒い無口な物体が頑なにその存在を主張しているのですが、これが意外と饒舌な代物でBOSEのスピーカーシステムです。MDやCDの音を外部に放出するわけです。
その隣には酒瓶が2本。「琉球王朝」と刻まれた歴とした焼酎とフランスの赤ワインです。深夜の飲酒に備えて少しでもアルコールを用意して置くくらいは、常識を身につけた社会人としてのたしなみですね。

机の上は先に上げた仕事道具が大半を占拠しています。道具や資料の他に、脚本やコンテ、キャラクター設定や美術設定などが広げられることになります。
鉛筆は現在UNIのHを使ってコンテを描いております。
簡単に現在の作業状況をご紹介させていただきますと、コンテが計466カットほど上がっておりまして、さらにラフが70カットくらいでしょうか。ようやく半分を超えたという有様で、私としてもかなり危機的状況をひしひしと感じております。
さらに心配の元は尺の問題です。コンテ全体の半分近くの状態で尺の半分以上を喰っている有様ですから、コンテが上がったときにはもしかして偉いことになる かもしれません。しかし今はまだ上がった部分を振り返って直しをしている段階ではありませんので、とにかく先へ進まねばなりません。ススメ、ススメ、ヘイ タイススメ……そんな昔の教科書みたいなことを言っている場合ではないのです。意志の力でコンテを進めなくては、この後の作業にも大きな支障を来してしま います。頑張れ、俺。ファイト。俺。

しかし現実は非常に厳しいです。G3も触んなきゃいけないですし、飲みにも行かなきゃなんないですし、温泉にも行……ってる場合じゃないだろ。
とはいえ頑張ってはいるもののあまりに進まないのでこうしてテキスト打ちに夢中でスペースランナウェイしてしまいます。うう(号泣)ウソです。
真面目に仕事してます、たまには。

たまにはじゃねえよ。(1999.8.28)

 
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