2008年3月19日(水曜日)

多忙な道のり・その4



「アジア学生アニメコラボレーション」2日目。
10時に会場入りすると、すでに学生たちは黙々と作業を進めている。
ほとんどの学生が夕べも深夜まで作業していたらしい。
真面目な子たちばかりで、講師を引き受けた甲斐もあるというもの。
会場はすっかり「仕事をする空間」になっている。
コラボレーション会場となった場所は、普段は会議室に使われているのだろうが、参加者13名と講師やチューターの継続的な仕事によって、「仕事の空気」が充填された感じだ。
「仕事場」にはこの空気が必要である。
慣れない仕事場や、長らく空けていた仕事場などですぐに「全開モード」になるのは難しい。全開モードになるためには、その空間が仕事をするための空気やムードに満たされる必要があり、そのためにはそこで継続的に仕事をする以外にない。
学生の熱気と仕事の空気に影響されてか、私も何だか絵を描きたくなってくる(笑)
ホテルの部屋に一々戻ってイラスト修正作業をするのでは、学生たちの質問やアクシデントに対応できないし、かといって指導の必要が常時必要なわけでもないので、会場にパソコンとタブレットを持ち込むことにした。
「熊手千代子」修復作業再開。
実線と同様、粗くなっていた着物の柄などをリファインする。
アニメーション制作も地味なものだが、イラストの作業も実に地味なものである。
ちまちまディテールをシャープにして行く。こりゃほとんど趣味の領域だ。
そりゃあ、楽しい。

15時半、学生たちの進行状況報告と今後の作業内容や時間の確認する。
今夜中の完成がかなり難しい状況だが、「出来ませんでした」では済まない仕事である。
完成への最短作業を考え、清書は後回しにしてすべてのカットをラフでもいいから進めるようにする。
肝心なタイトル画面を作るのを忘れていた。
ここは一つ、ディレクター中谷さんの指示を仰ぐ……はずなのに、そう言ったそばから自分で思いついたアイディアを口にしたら、すぐ採用になってしまった。
どうしてこう「手間も時間もかけられない」という状況に私は強くなってしまったのだろう(笑)
アイディアはこうだ。
タイトルはサンプラザ中野くんさんの「ASIA2008ASA」。
この「ASIA2008ASA」という文字を参加メンバーで「同トレス」する。
そうすれば、全員の「コラボレーション」という明確な意味も浮かび上がるし、何より手間がかからない(笑)
最初にディレクター中谷さんに「ASIA2008ASA」の文字を動画用紙に書いてもらい、その上に別な動画用紙を乗せてトレスする。すると、まったく同じようにはトレス出来ないので、自然とズレが発生する。こうした素材を参加人数分作って撮影すれば、揺らぎが生まれる。
これならタイトル文字としての機能も果たせ、映像としても悪くない。
決めごとは簡単。次にトレスする人は必ず前の人とは違う色のペンでトレスする。だけ。
完成した結果も悪くなかったと思う。

すべての班を見回っていると、人物の「手」が描けずに往生している娘さんがいる。
あまり講師が絵を描いてみせるのも気が引けるが、時間に余裕もないので、「サンプル」を描いてヒントを与える。
「こういう手を描きたいの?」
画面手前に向かってくる手を見上げた感じのポーズだ。
「ああ、そうだ、そうですそうです!」
娘さんはヒントを頼りに再び嬉々として作画作業を続ける。
何だか、「絵描きのオジサン」になったみたいで、自分でも微笑ましい。
その「絵描き」の本業である「熊手千代子」の修復作業は、講師仕事の合間を縫ってようやく完成。

夜になって、ふと思い立ち「カット表」をこしらえる。
進行状況が「一目で分かる」ようにするため、手製の表を作り、カット番号とそのカットがどこまで進んでいるかを調べてマスを埋める。
アニメーション制作現場ではお馴染みのものだが、その簡易版。
「動画ラフ」「清書」「撮影」という項目がすべてにチェックが入れば完成である。
これで進行状況を具体的かつ一目で把握できる。
それにマス目を埋めるのはなかなかの快感であり、作業の励みにもなる。
その時点での進行状況を埋めてみる。
その結果、何と!
半分も進んでいない(泣)
時計はすでに20時を回っている。明日朝にはこのホテルを出るのだ。
うう、まずい。
それでも少しずつカットが埋まって行き、次第に動いた映像も見えてくる。
本番だけでなく、テストカットも動いた様はなかなか素晴らしい。
結果が見えてくると作業への弾みもつくし、テンションもさらに上がってくる。
ただ作業をするのではなく、楽しく作業すること。その場を盛り上げて行く方法を考えること。
これらは仕事の上で、非常に大切なことだと思うが、アニメーションのスタッフには、あまりお分かりいただけないことが多いのが残念である。
そうした役回りを、本来の仕事として引き受けねばらない筈の「制作」、特に「プロデューサー」でそうした認識が欠落している人が多いようだ。
それは認識不足ではなく職務怠慢に他ならない。ということすら知らないのだから何とも嘆かわしいことである。
「プロデューサー」はスタッフの適材適所への起用やスタッフや現場外部との交渉を始めとして、「人」に対する洞察やその対処が要求される仕事である。
にもかかわらず、目の前にいるスタッフや現場への配慮すら出来ない。
「人」や人の生み出す「場」を上手く使い、時にサポートする。そんなプロデューサーの出現や成長を期待したい。
それは当然、今 敏内部で育成中の「プロデューサー」にも言えることだ。というより、近頃そのことを念頭に置いているので、かようなことが特に気になるのであろう。
つまり「プロデューサーとは何ぞや?」。
実践的に学んでみるより他にあるまい。

深夜3時過ぎ、作業終了するもの、もう少しで終わるもの、と次第に完成が近づく。
撮影後の編集エラーがいくつか出る。
「カットの尺が足りない!」
おや、どっかで聞いたことのあるセリフだ(笑)
要するに予定している秒数に対して、描かれた絵が足りない、と。
「よくある話だよ。どれどれ見せてみな」
足りないのは半秒くらいか。たいした問題はあるまい。
まともに考えれば、足りない絵をこれから描かねばならないが、すでに疲労もピークに達しており、時間も3時を回っている。
こういう時のためにこそ、私が講師としているのだ。
制作現場の「何とかする」知恵が活きてくる。
でも、なるべく活かすような状況になって欲しくないんだけど(笑)
「えーとね……」
前のカットのリピートの利く部分を延長して、足りなかった尺を埋めると、あら不思議!
予定通りにするよりも却ってリズムが良くなる。
こうした「ケガの功名」もよくある話で、だから仕事が面白い。
4時過ぎ、私もすっかり疲れて部屋に引き上げかけるが、中谷日出さんのお誘いで、終わったものやチューターがロビーでビールを呷る。
「お疲れさまでした」
まだ完全には終わっていないが、とりあえず乾杯。
5時半過ぎ、就寝。
うげぇ、疲れた。

翌日は10時起床。
さすがに疲れていてひどく眠いが、入浴してあわただしくチェックアウトの準備、11時、会場に行く。
作品は無事に完成したとのことでほっと一安心。
学生たちとは一旦分かれて、私はタクシーで荻窪マッドハウスへ。
「十年の土産」案内状の色校を確認せねばならぬのだ。
ご存じない方のために一応説明しておくと、「色校」は「色校正」の略と思われる。本番の印刷前に、想定した色が再現されているかどうかを確認したり、間違いなどをチェックすること。
デザインを担当してくれた家内も合流して色校を確認。ほとんど問題なし。
とてもいい感じに仕上がっている。
案内状の絵柄を取り巻く部分だけをマット(艶消し)の黒色にしたのが効果的だ。

会社で一眠りしてから、「アジア学生アニメコラボレーション」発表会のある新国立美術館へ。
完成した作品の上映ではサンプラザ中野くんさんが生で「ASIA2008ASA」を歌い、そのバックに映像が流れる。
感動的だ。
内容そのものも感動的だが、2泊3日で完成したこと、作画を担当した13人それぞれの顔やその苦労が思い起こされ、思わず落涙しそうになる(笑)
よく頑張ったね、みんな。
講師の一人として講評を述べる。
喋ることは何も考えていなかったので、挨拶直前に浮かんだ「並列と直列」という概念に沿って喋る。
何を喋ったか覚えていないが、「並列と直列」とは要するにこういうことだ。
普段、私が仕事にしている商業アニメーション制作において、制作プロセスは基本的に「直列」と考えて差し支えない。
たとえば監督の指示により、作画監督や原画マンが絵を描き、彼らの指示で動画マンが絵を描く。あるいは、監督の指示によって美術監督は美術ボードを描き、それを元に背景マンが絵を描く。
この指示系統や制作プロセスを「直列」と捉えると、「アジア学生アニメコラボレーション」は「並列」の関係に思えた。特に監督もなく指示・指揮系統もない、各人によるイメージとそれを具体化する作業の集積によって出来上がっているのだから。
中谷ディレクターは「監督」という性格のものではなく、「発起人」に近い立場のようで、講師やチューターも「世話役」や「交通整理係」に過ぎない。
「並列」によって映像が制作されるプロセスに立ち会えたことはなかなかに刺激的であり、貴重な体験であった。
私個人にとっては何より「絵描き」の部分が刺激された場であった。
懸命に絵を描く学生たちの姿に、昔の自分の姿を重ね、ついぞ忘れていた「無心に絵を描く」ことを思い出させてもらった気がする。
そしてまた、「並列」で制作されたにもかかわらず、それは一本の作品としてのまとまりや収束力を持った映像に仕上がったことが何より素晴らしい、というようなことを喋ったような気がする。多分。
この後、打ち上げ、二次会と23時くらいまで参加者と飲んで楽しく喋ったが、さすがに疲れたので六本木からタクシーで帰宅。
ぐったり疲れて眠る。
さあ、明日はまた別のイラストリファイン作業だ。

まだまだ続く。
長いね、まったく。

トラックバック・ピンバックはありません

ご自分のサイトからトラックバックを送ることができます。

現在コメントは受け付けていません。