2008年6月21日(土曜日)

鶴居ました



先週の土曜日(6/14)から二泊三日で北海道に行っていた。釧路市から車で40分ほど内陸に入ったところにある鶴居村。
http://www.vill.tsurui.lg.jp/
ここにある母方の祖父母の墓参りを兼ねた、親戚の集まりに参加するためである。
去年は両親の金婚式を記念して阿寒湖に行った。同じメンバーで今年は鶴居。名目は何でもいい、というわけではないが子供の頃からお世話になっている馴染み深い親戚と顔を合わせるのは嬉しいものだ。

羽田空港でチェックインして、お土産物を買い、蕎麦屋で親子丼セットをビールで流し込んで、12時45分のJALで釧路へ。
土曜日の東京の予想最高気温は28℃、一方釧路のそれは13℃。あまりの気温の落差に持参する衣服の選択に少々困るほどだ。実際、釧路空港に降りた途端に寒さを感じる。もっとも、私は暑いのは苦手なので心地よいくらいだ。
以前にも紹介したが、さびれ行く故郷、釧路のキャッチコピー「くしろよろしく」も空港で小さく出迎えてくれており、「寒さ」も一塩である。
私が高校を卒業した釧路市は、かつて20万人を擁した人口もすでに20万台を割り込み、高校などの統廃合も進み、景気のいい話とは無縁のシャッター街が広がり始めている。悲しいことだ。
だが近郊にある鶴居村は、2500人前後とはいえ人口は横ばいを維持しているとのことで、福祉や公共施設も充実した地域だそうだ。ウィキペディアによると、「農業所得が極めて高く、農業従事者一人あたりの平均年収額は全国一位」だそうだ。喜ばしいことだ。

私が鶴居村を訪れたのは、おそらく四半世紀ぶりになると思うが、鶴居村は驚くほど豊かに整備された、小綺麗な街並みであった。「行き届いた地域」という印象である。

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私が主に鶴居村を訪れたのは小学生の頃。毎年の夏休み、1週間近く親戚の家に泊めてもらい、同じ年頃の親戚の子どもたちとクワガタなどの虫取りに熱中したものである。私はたいへん虫取りが好きな子どもであった。カエルもだ。
母方の兄弟は8人、母は下から2番目。数多いいとこの中で、私は下から2番目となり、年の離れたいとこは私の母とさして変わらない年齢になる。だから、昔一緒に虫取りや花火を楽しんだ親戚というのは、いとこの子どもということになる。少子化の中で育ってきた人には考えられない状況かもしれない。
釧路空港には、鶴居に住むいとこがわざわざ車で迎えに来てくれた。もう70歳を過ぎたいとこであるので、少々呼称に困る。「おじさん」というに相応しい外見であるが、あきらかにいとこである。親戚筋からは「〜ちゃん」と呼ばれているが、だからといって弱輩者の私が同じく呼ぶのも気が引ける。何しろ、子どもの頃、鶴居を訪れた際に泊めてもらい、世話してもらったのはこのいとこの家なのである。
このいとこは親戚筋だけでなく地元でもたいへん人望に厚い方で、まことに心遣いが細やかで人柄も素晴らしい。いとこの端くれとしてせめて見習いたいものである。

いとこの車で鶴居に向かう途中、少し回り道をして「丹頂鶴自然公園」に案内してもらう。ちなみに「鶴になった男」としても知られるここの名誉園長は、少し離れた親戚である。
園内には20羽近い成鳥と、先月末に生まれたヒナ4羽を見ることが出来た。親鳥の後を覚束ない足取りで追いかけるヒナは「めんこい」ものである。 

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園内のそこかしこに、丹頂鶴に関するちょっとしたクイズが備えてあってなかなかに楽しい。このクイズで知ったのだが、丹頂鶴の大きな特徴である頭頂部の赤色部分は、赤い羽根ではなく、地肌だそうだ。一瞬、羽を全部むしると全身真っ赤なのかと想像したが、まさかそんなことはあるまい。

鶴居村にある「グリーンパークつるい」に宿泊する。
http://www2.ocn.ne.jp/~gptsurui/
元々はかの悪名高き「社保庁」によって作られた温泉保養施設らしい。鶴居村の規模に対して少々不似合いなほど立派な施設にも思えるが、ここは珍しく黒字経営だったとか。現在運営は民間にゆだねられているとのこと。
社保庁運営当時は、食事のメニューは一種類しかなかったそうで、お客は何日宿泊しようが同じ献立に付き合わされたらしい。たいへんお役所仕事らしいエピソードである。現在は無論そんなことはない。
ここの食事は、語弊があるかもしれないが「普通に美味しい」。当たり前の物がごく当たり前に美味しいのである。これはたいへん素晴らしいことである。
ご飯にしろおかずにしろ、余計な手間をかけていないので、何というか「上等な家庭料理」のような印象。初日に出された「時鮭」はたいへん美味であった。
「グリーンパークつるい」は温泉の質といい、料理や館内施設、隣接するレジャー施設も合わせてたいへん快適である。スタッフもたいへん親切で応対も気持ちよく、宿泊料金も安いので、多くの方に利用されることを期待したい。

うちの親戚一行は、うちの両親や母方の姉弟が3人、いとこが一人、それと家内と私で、計8人。半分は後期高齢者である。
近頃話題の「後期高齢者医療」や「地方格差」の問題がひどく身近に思えてくる。東京で暮らしていて、年金暮らしの老人や過疎化する地方は脳内のスクリーンにイメージとして投影されることはあっても、そこに実感が伴うような質感はない。今回のような経験は現実的な想像力を賦活してくれる。
さらにもう一つたいへん有意義な体験をさせてもらった。牧場を見学してきたのである。ここでも近頃の大問題である燃料費や飼料の高騰による皺寄せを身近に考えるきっかけを与えてもらった。と同時に、酪農という仕事の迫力をわずかばかりではあるが間近に見せてもらった。

鶴居の地元にいる親戚、すべて私にはいとこになる人たちが宿泊所を訪ねてきてくれて歓談した際のこと。うちの一人が牧場を経営しており、翌日見学させてもらうことになった。滅多にない機会だ。是非にとお願いする。
翌日曜日、普段の生活では考えられないような早起きをする。といっても7時だが。この日訪れる牧場では、起床は3時半だとか。普段の生活なら私が寝る時間に起き出して働くのかと思うと、地理的な距離よりも遥かな隔たりを感じてしまう。
朝風呂を浴びて、食堂に行くと他の方々はすでに朝食を済ませている。東京に住むやくざな水商売者らしく、遅めの朝食をいただく。といっても8時に食べているのだから、うちにとってはものすごく健康風な時間帯なのだが。
朝食で印象的だったのは、地元で取れた絞りたての牛乳である。美味い。びっくりするほど味が濃く、実に牛乳らしい味のする牛乳だ。そのまま飲んでもたいへん美味しいが、これに濃いめに入れたコーヒーを混ぜ、カフェオレにしたらさぞや美味しかろう。という目論見は悪くなかったのだが、いかんせん食堂のコーヒーは甚だ薄い。グリーンパークさん、コーヒーだけはもう少し濃くした方がいいですよ。

食後、今回一番の目的である先祖の墓参を済ませる。納骨堂にある親戚にも手を合わせる。
お墓参りが終わっても、まだ10時である。普段の生活ならようやく起き出そうかという頃合いだ。しかし、田舎には早起きが似合いである。長い一日になりそうだ。
見学させてもらう牧場で「搾乳」が始まるのが15時過ぎ、ということだったので、それまでの時間をグリーンパークに隣接する遊戯施設で「パットゴルフ」をしたり、焼きそばを食べたりして、実に由緒正しきファミリーレジャーを楽しむ。パットゴルフをするのは初めての経験だ。あれは子どもや老人の遊びとバカにしてはいけない。見るとやるでは大違い。けっこう難しい上に、かなり楽しい遊びである。

さていよいよ牧場。
途中、少々道に迷うが予定の時刻通りに到着する。車を降りると途端に鼻孔を刺激するたいへん「かぐわしい」香りがする。強烈な臭いだ。
よく「ミソもクソも一緒にするな」というが、「ミソとクソを一緒にしたような」香りである。聞いたところによると、これは牛や排泄物の臭いではなく、牛のエサとなる発酵した牧草の放つものだそうだ。臭いはきついが、しかしすぐに慣れてしまった。人間の身体はけっこう融通が利くように出来ているものだ。慣れると平気で深呼吸もしたりなんかして(笑)
「長靴でないと足下汚れるんだけど、男もんの長靴ないんだわぁ。したらこれ被せるかぁい?」
と、流暢な北海道言葉でいとこから渡してもらったのは、いわゆるコンビニ袋。牧場内を見学するにあたって、ビニール袋を靴の上から被せ、ガサガサと音を立てながら歩いて回る。確か同じようなシーンが映画『スナッチ』にもあったことを思い出して妙に愉快な気分になってくる。
黒のスーツに革靴という出で立ちで、両の足下をコンビニ袋で包んでガッサガッサと歩く姿は、いかにも田舎に突然現れたトカイモンという風情で、己の滑稽な姿にさらに愉快になってくる。

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間近に見る牛の何と大きなことか。その体格に相応しく糞も尿もその排泄は豪快である。ボットンボットン、ジャージャーってなもので、牛たちはたいへんリラックスしている様子。
乳牛にとってはリラックスが何より大事で、ストレスがかかると途端に乳量は落ちるのだそうだ。何でもこの牧場は、一頭あたりの乳量がたいへん優秀だそうで、牛糞を発酵させて作られる牛床の効果が大だとか。要するに自分たちの排泄物を乾燥させたものの上で暮らしていると安心するということなのであろう。牛という生き物はたいへんデリケートな神経の持ち主のようだ。
糞尿は牛床の他に、肥料やメタンガスを発生させて発電にも利用されているとのこと。無駄のないシステムだ。

メインイベントである搾乳を見学させてもらう。テレビなどで最近の牧場のハイテク化は多少見知ってはいたが、生で見るとその驚きは格別である。
ゲートが開くと牛たちが待っていたかのように、両側に入ってきてそれぞれの位置に付く。作業する人間の腰が痛くならないように、牛が高い位置に来るよう工夫されている。

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乳首の消毒の後4本一組になったカップが装着される。ここまでは人の手によるが、そこから先は自動で乳が搾られ、乳が出終わると自動的にカップが外れる。絞り終わった後の牛のお乳は先より萎んでいる。考えてみれば、当たり前のことだが実際に目にすると何か感動的である。最後に手作業で、乳首から雑菌が入らないようにするための薬剤を塗布。ゲートが開くと牛たちは整然と帰って行き、次の牛たちが入ってくる。見事なものだ。
絞られた牛乳はパイプを通って、温度を下げられ濾過されてタンクに溜められる。この牧場では早朝と午後の2回の搾乳で、11トン!もの牛乳が取れるのだとか。

仔牛たちが集められた牛舎を見せてもらう。めんこい仔牛が数十頭いる。

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真っ黒な出で立ちで上背のある私に驚いたのか、あるいは私の腹黒さを本能的に感じ取ったのか、私を目にした途端、仔牛たち数頭が動揺して遠巻きにこちらを眺める。びびらせてすまない。
ここでも機械化は進んでおり、仔牛たちの首にはICタグが付けられ、授乳量をコントロールしている。授乳の機械は、仔牛が来ると自動的に人口の乳首が出てきて乳が供給される仕組みになっている。
その際、授乳機の近くにあるセンサーがタグを読み取り、同じ仔牛が続けて何度も飲めないようになっているらしい。メカニズムそのものより、その考え方と工夫に感心する。

さらに驚いたのは牧草を刈り取ったり、収穫したりするトラクターなどの大型機械。一台3千万だの1千万という景気のいい数字が聞こえる。

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こういうメカを間近に見ると、私はついつい能天気に思ってしまう。
「わ!かっこいい」
運転席に座らせてもらったが、さながらアニメに出てくるメカの操縦席みたいだ。そんなイメージしか出てこないのは、情けない想像力のせいか、職業柄か。ふと見上げると、運転席にはちゃんとカーオーディオも装備されていた。農作業にはどんなBGMが相応しいのだろう?

こうしたメカ……もとい、農業機械は高価なローンを払い終わる頃にはマシンも古くなってしまい、結局はローンが続くことになるらしいが、少ない人手で多数の牛の世話をするには不可欠なのであろう。
この牧場では牛が7〜800頭おり、世話をしているのは13人。機械化が進んでいるとはいえ、見るからにたいへんな仕事で私にはとても想像できないような労力や苦労、工夫などがあるのだろう。アニメの仕事が楽だとは思わないが、しかし酪農に比べて考えると、何だか申し訳ない気がしてくる。
せめてこれからは心して牛乳をいただくことにしよう。
みなさん、牛乳を飲みましょう。

月曜日は宿泊施設の規定に従い、10時にはチェックアウトして、再びパットゴルフ。昨日の雪辱を果たすべくチャレンジするが、狙えば狙うほどボールは言うことを聞かず、成績は悪化。ち。いつの日かまたチャレンジしよう。
いとこの車で空港まで送ってもらう途中、ちょっと時間が早いので郷土資料館に寄ってもらい見学する。おお、何と立派な施設か。
図書館や映写室、学童保育所なども併設されたたいへん立派できれいな建物。鶴居村開拓の歴史や鶴の生態などが分かりやすく展示してある。
過疎村だというが、鶴居村は道路や公共施設などのハード面はもちろんだが、何より「手入れ」が行き届いている印象がとても好ましい。
今度は出来れば寒い時期、丹頂鶴がこの村を訪れる時期に訪ねてみたいものだ。鶴がいてこそ鶴居の名に相応しかろう。
 

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