2008年6月22日(日曜日)

落ち着かない



月曜日に蝦夷地から帰ってきて、翌火曜日はレギュラーのムサビゼミ。段々と鷹の台への通い道にも慣れてきた。
この日のゼミは原画や芝居の面白さや奥深さの一端でも伝えようとと思い、『東京ゴッドファーザーズ』のQAR(クイック・アクション・レコーダー)データから、印象的なシーンのムービーを紹介する。
というとさも用意を調えたかのようで聞こえはいいが、実は前日はさすがに北海道帰りで仕事場に顔を出さなかったので、自宅のパソコンに残っていたデータから見繕うことしか出来なかったという事情もある。
しかし、完成したアニメーションの画面で見るよりも、動画や原画の鉛筆画が動いている様を見た方が、アニメーションの作り手を目指す人間にはより刺激になるのではないかと思われる。クリーンアップされた動画も心地よいが、原画ナンバーや動画への指示がパカパカと現れる原画の方が、線の太さや勢いが直接見られる分だけ、描き手の「熱」や個性が感じられる。アニメーションが手業で作られていることがつくづく実感できるであろう。

たとえば、一枚の絵画やイラストを鑑賞するだけでなく、そのエスキースなどを見ると、描き手の思考の跡が見える分、それだけその絵が身近に感じられることと同じ。それが単なる鑑賞者ではなく、描き手側を目指すものにとってなら尚のことであろう。少なくとも私はそうだったし、いまでもやはり手の痕跡が見える段階の素材に接すると、完成品とはまた違った感動を覚える。
矛盾するようだが、一方で作り手としては完成品からはなるべく手業の跡を消したいと思う方だ。裏方の熱やら息づかいが一々画面に見えてしまっては、画面全体としての伝える力や語るべきストーリーや表すはずの情感の支障となるからである。
また優れた手業、広く技術というのは、優れれば優れるほどその痕跡を消して行くものであると思う。いかにも「何でもない」ように出来上がっている完成品であればあるほど、その背後に積み上げられた個々の技術を直接見たときの感動は大きいものである。
久しぶりに見返した『東京ゴッドファーザーズ』の原画に、監督としてではなく、一業界人として素直に感動してしまった(笑)

ゼミが終わって急いで西武線から中央線に乗り換えて出社。
月一で出張している「アートカレッジ神戸」アニメーション学科2年生がマッドハウスの見学に来ている。就職活動の一環で、アニメ学科専任の先生の引率により、一泊二日でマッド他数社の制作会社を見学してきたとのこと。実際の制作現場を見学したことが刺激になればよいのだが。就職活動の健闘を期待する。

水曜日は仕事場の模様替えに着手……といっても、北海道から帰ってきてからどうも体調が思わしくなく(多分疲れと飲み過ぎが主な原因だとは思うのだが)、力仕事はプロデューサーと新人制作にお任せし、私は「デジスタ」の応募作に目を通す。翌日にセレクション作品を決定する打ち合わせがあるのだ。
いつもより応募総数が少なく、見るのは楽なのだが、これといって抜きん出たものが見あたらないのは少々残念。しかし、多くのキュレーターが番組においてこれまで批評や指摘したことが作り手にフィードバックされているせいなのか、応募作のアベレージは高くなっているように思われる。何より、無闇に長い尺の作品がなくなったのは素晴らしいことである(笑)
得てして尺の長い作品は、それだけの長さがどうしても必要な作品というより、単に「長くなっちゃっただけ」ということがほとんどである。どうせ同じ労力をかけるなら、「長くて薄い」ものより「短くて濃い」ものの方が間違いなく良いものになるといっていい。

翌日、15時から2時間半かけて「デジスタ」セレクションの打ち合わせ。「デジスタ」の収録自体は当日の打ち合わせを入れても数時間で済むので、楽な仕事に思われる方もおられるだろう。だが、実際には全応募作を見るのに2〜3時間、打ち合わせに2〜3時間かかるので、トータルするとけっこうな労力を要する。正直、その割にはギャラがヒジョーにキビシーのであるが(笑)、「デジスタ」の仕事はとても楽しい。
多くの短編を見ながら、担当者とあれこれ批評を交わす打ち合わせもまた興味深い時間である。
これまでの「デジスタ」では、キュレーターが事前にセレクション作品を4本選び、番組内でその中からベストを1本を選ぶということになっていたが、今年度からセレクション作品は3本に減らし、替わりに「もう一歩」という作品を何本か紹介することになったという。
いつものつもりで4本の当ては付けていたので、少々予定が狂う。
今回は特に目立つ作品が見あたらないとはいえ、アベレージは低くないので、3本を選ぶのが難しかったが、セレクション作品のバリエーションやバランスも考慮しつつ決定する。いずれも手触りの感触が高いものではないかと思う。
また新年度から「クリエイターズプロファイル」といったコーナーが新設されるとのこと。要するにその回の担当キュレーターの仕事を紹介する内容らしい。最近、あんまり仕事してないんだよな(笑)
過去の仕事から今回のセレクションにまつわる内容が望ましい、とのことだったので「オハヨウ」の素材を使って、画面作りというか、密度感の演出について紹介する予定。

「デジスタ」の打ち合わせが終わって、東京駅へ。車内でうとうとして、気がつくと東京駅。
20時近い「のぞみ」で新神戸へ。
アートカレッジ神戸への出張講義である。先日北海道へ行ったかと思うと、今度は神戸。今週はニューヨークに行かねばならない。北に西に海外へと落ち着かない今日この頃。
新幹線の車内では、珍しくアルコールなし。体調が不安なので、たまには酒抜きで読書に勤しむ。持ってきた読みかけの本『すばらしきアメリカ帝国』(ノーム・チョムスキー著)を読み終わったので、もう一冊持ってきた本、別役実のエッセイ『満ち足りた人生』を開く。とぼけた真面目さが面白い。
目が疲れてきたので眠る。
毎年、梅雨の時期は決まって身体がだるくなり、体調が低下、そしてやたらと眠くなる。最近は、いくらでも寝ていられる気がする。
気がつくと、新大阪を過ぎている。急いで荷物をとりまとめて新神戸で降りる。
「うわっ、なんて湿気だ」
東京も蒸し暑いが、こちらは輪をかけて蒸し暑い。まとわりつくような湿気、というがそれ以上だ。まるで包み込まれるような湿気。湿気をかき分けるようにホテルまで歩く。チェックインして、入浴剤を楽しみつつゆっくりと風呂に浸かって読書。
汗をかいたので、風呂上がりにささやかにビールを飲む。
「あ。すげぇ〜美味い」
ちょっとびっくりした。前日一日アルコールを抜いただけなのにこんなに美味しく感じられるなんて。復調の気配。ヨーソロ。

ゆっくり寝て起きると10時。ドリップバッグのコーヒーを2杯飲んで目を覚ます。うむ、体調は昨日よりいっそう回復傾向。
荷物をまとめてチェックアウトする。いつもの出張では同じホテルに連泊するのだが、今回は神戸で何やらの学会があるとかで、金曜日は満杯だそう。この日は大阪のホテルに宿泊するので、全部の荷物を持って学校へ。
途中、腹ごしらえ。ホテルの近くに新しい蕎麦屋が出来ていたので試してみる。鴨せいろで¥1800ほどだというのでかなり期待するが……味は、まぁ……うん、好みとはちょっと違うな。蕎麦だけでは晩御飯まで腹がもたないかと思い、おいなりさんも二つ食べてみる。うーん、どうしてこんなに甘い味付けなんだろう。

学校へ。
途中、読む本がなくなりそうだったので、住吉のジュンク堂で本を物色。以前から探していた本を発見。
授業はまず1年生、50分×3コマ。ほとんどの時間を、提出された個々人のコンテを講評するのに費やす。初めて描いた絵コンテにしては総じて悪くない。もちろん、あくまで「絵コンテ風」ではあるが、この段階では何が問題で何が大丈夫なのかはまったく判断できないだろうから、実際の作業を進める中でフィードバックして絵コンテに必要なことを少しでも分かってくれれば幸いである。
講師としては、あからさまに不可能なカットであるとか、画面上何が起きているのか分からないような部分を指摘して修正を指示するのが精一杯である。
授業の最後に、次の作業であるレイアウトについて簡単な指示をしてタイムアップ。
2年生の50分×2コマは、3本のシナリオを講評。3つの班に分かれてのグループ制作である。お題は「昔話・童話等のパロディ」。どの班のシナリオも、それなりにまとまっており、破綻も少なそうなのでいくつかの助言だけで講評も簡単に済む。
2年生には就職活動ともども健闘を期待する。

車で大阪まで送ってもらい、ホテルにチェックイン。その後、アニメ学科の先生と以前一度行ったホルモンの「やまがた屋」へ。
http://www.eonet.ne.jp/~yamagataya/
狭くて煙い店内だが、お目当ての「虎マッコリ」を飲みつつ、「おまかせ基本コース(塩焼き)¥7,000 キムチ盛合せ・塩ホルモン7種類・野菜」を堪能する。
万全な体調でないのが少々残念だが、ものを美味しく感じられるということは完調間近。
食後はおとなしくホテルに引き上げ、ゆっくり風呂に浸かって読書。アルコールも控えて就寝。疲れた。

土曜日。10時起床。うう、よく寝た。体調はかなり良い。
タクシーで新大阪駅へ。
新大阪の駅から帰る以上、お土産はこれしかあるまい。「551蓬莱の豚まん」10個入りを2箱買う。中身がぎっしり詰まった豚まん20個の何と重たいことか。半分は動画部屋への差し入れ、半分はスタッフルームで食べることにしよう。
駅弁は「まむし弁当」(ウナギが二段になった棚入れ丼)を買って、のぞみの喫煙車に乗り込む。
新聞を読みながら弁当を食べる。味は……ま、いいか。
読書をしているうちにゆっくり眠気がやってきて、お誘いに甘えて素直にまぶたを閉じる。休養が望みのスーパーエクスプレス。
気がつくと、東京駅。速いなぁ、新幹線。

バタバタと落ち着かない一週間だった。
今週はニューヨーク出張。遠いなぁ。新幹線で行けるくらいの距離ならホイホイ出かけるのに。
NYリンカーンセンターでのレトロスペクティブ上映(回顧上映には心許ない本数しか作ってないのだが)に立ち会い、舞台挨拶やら質疑応答が予定されている。批評家や主催者との食事などもスケジュールに入っている。
お招きは光栄なことだが、英語を浴びるのは気が重い。去年みたいに脳がストップしませんように。
その後、来月7月13日には「広島市立大学公開講座」なんてのも控えている。その前日に「簡単な歓迎会(交流会)」というのもあるそうなので、広島の方、よろしくおねがいします。

というわけで、この先もなんだか落ち着かないのである。

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