2008年8月1日(金曜日)

課外ゼミ・続き



マッドハウス見学の話であった。
ゼミ生たちにこんなことを聞いてみた。
「どんな基準で入りたい会社を考えるの?」
私は就職というものに縁がなく、これまでに就職したこともなければ考えたこともない。だから自分には切実な体験というものがない。
「色々なタイプの作品を扱っているところかな。萌えからリアルまで」
えらい。
動画の際、偏らずに色々な絵を経験しておくことは、アニメーションの仕事を身体化する上で非常に重要である。これは原画についても言えることで、仕事が偏ることで特化する才能もあるが、アニメーターという職業を長く続けるには、やはり多くのパターンを知っておくことが大切であろう。

「好きな作品を作っている会社」
至極まっとうな考えだ。
「アニメが好き」だから「自分も作る仕事に就きたい」というストレートな結びつきで業界を志望する人が大半だろうし、その多くが「好きな作品を作っている会社」に入りたいと考えることだろう。
自分が好ましいと思うタイトルを制作している会社で、それに携わることが出来れば、それはそれで小さいながらも一つの「夢の実現」ともいえる。
会社に寄せられる履歴書の多くに、「好きな作品を作っている制作現場に参加したい」といった希望が記されている。
その中には時折、今 敏が監督したタイトルの名前が書かれていることもあり、何だか「悪い影響を与えてしまったのではないか」という後ろめたさ(笑)を感じることもあるが、特定のスタジオで仕事を続けていればこうした面映ゆい状況も仕方がない。
ああ、いらっしゃいいらっしゃい。歓迎するよ、私は。社員じゃないけど。
でも、「今 敏の作品に参加したい!」と意気揚々と入ってきて、三ヶ月後に意気消沈して脱落した実例だってある。
確かに、自分が好きな作品制作において、自分の仕事にNGを出されたりすれば己の無能が身にしみることも多かろうし、無能の自覚からしか上達はない。
どうせ切られるなら自分にとって切れ味の良い刀の方がよろしい。
仕事が上手く行けばそのまま自信や意欲につながるだろうし、まったくダメならそれはそれで諦めがつくのも早いというものだ。

「元請けの会社かどうか……」
そりゃそうだ。下請けや孫請けなら、その分動画単価の一部は当然会社に管理費等の名目で「抜かれる」ことになるのだから、どうせなら元請けが良いとは思う。

「新人教育がちゃんとしているところ」
そんなところは聞いたことがないな(笑)
新人教育のノウハウがある程度確立されているなら、それらが少しくらいは専門学校などに反映されているはず。
アニメーターを育てるための基本的なプログラムというものが確立されているとは思えないし、あればもう少しましな映像が日々見られるはずだろう。
基本的に、この業界(に限らずだけど)に共有されている考え方は、こうである。
「上手い人は勝手に上手くなるもんだ」
私もそう思う。
ただ、「ものすごく上手い人」は才能や本人の努力によって勝手に育つものだとは思うが、スタッフワークは「ものすごく上手い人」だけで成り立つわけもなく、「普通のことを普通並にこなせる」人材が多数必要とされる。
本来もっとも厚みがなければならないはずの中間層、そのボリュームが足りないことがアニメーションの質を維持するうえで何より大きな問題に思える。
「ものすごく上手い」人を一から育てることは無理でも(それはどんな業界だって無理だろうし、才能に負う部分としかいいようがない)、「普通のことを普通並にこなせる」人は訓練によってかなりの割合で育てられるのではないかと思える。
その層の中から「ものすごく上手い人」とまではいかなくても、「上手い人」が出てくる可能性は高い。
アニメ雑誌やYouTubeで取り上げられないかもしれないが、アニメーション全体の質に貢献しているのはこうした層である。

会社を選ぶというのは一大事に違いない。
私も動画職から業界に入ったわけではないので、あくまで見聞きした程度のことと多少の経験から言えることでしかないが、アニメーターを志望する者にとって重要な会社選択の基準は、煎じ詰めれば「よほどひどくない」ということではないかと思える。
作画職の大半は会社に就職するわけではないのだから、当面動画の仕事を覚えられればいいわけで、その点において会社による大きな差はないと思われるし、多くの人が同じようなことを口にしている。
無論、一部の超優良制作会社は待遇面において破格の違いはあるだろうが、こと仕事を覚えることに関していえば、極端な差はないように思える。
第一、有名な制作会社出身だから上手になるとか、大手だから原画になるのが早い、なんてことはあるまい。
原画になることだけを問題にするなら、むしろ大手ではない方が早いのではないか。
動画と原画は全然別種の仕事だと言ってもいいくらいなのだから、考えようによっては新人教育がいい加減なところの方が早く原画になれるから有利とさえいえる。
会社にしろ個々の作品制作現場にしろ、安定したところよりも不安定な方が、経験の少ないものでも一つ上のランクの仕事をさせてもらえる機会は多い。
いわば「学徒動員」(笑)
だって、「猫の手も借りたい」状態なんだから。
安定している制作現場ではそういうわけにはいかない。経験の浅いものにとって、「しっちゃかめっちゃか」な状況は売り込むチャンスなのである。
私自身、漫画の手伝いでもアニメーション制作現場でもそういう機会を利用させてもらって随分学ばせてもらった方である。
ああ、良かった。
ありがとう、スケジュール崩壊の現場たちよ。
いや、ホントに。

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