Interview 06
1998年3月 フランスから「パーフェクトブルー」に関するインタビュー

1)「パーフェクトブルー」というタイトルを選んだ理由は何ですか?

 FAQ(Frequently Asked Question)であり、また聞かれる度に困る質問でもあります。ありのままを申せば、原作小説のタイトルが「パーフェクトブルー」だったから、ということになります。
 原作段階ではこのタイトルが何らかの意味を有していたのかもしれませんが、ストーリーや、おそらくはテーマすら、かなり変えてしまったのでタイトルの意 味も失われているはずです。推測でしか言えないのは私は原作小説を読んでいないからです。私のところに届けられた企画書に書いてあった、「原作に近いらし い」ラフプロットに目を通しただけです。
 タイトルに関しては、制作途中でも「内容的にそぐわない」という理由で、別なタイトルに変更するという話もあったくらいで、私自身「おかしなタイトル」 だと思っていますが、現在では意味ありげで、なおかつミステリアスなムードで気に入っています。

2)「パーフェクトブルー」では白をとても効果的に使われていたと思います。白の使い方で感情を表現するなど、何か意図があったのですか。

 意外な質問です。どの部分を指しているのか計りかねますが、何度か挿入されるホワイトアウトする画面のことでしょうか。だとすれば、それはかなり意図的 に使っていた表現です。これは日本語だけの表現なのかもしれませんが、「頭の中が真っ白になる」という言い方をします。極度に動揺したり混乱して、理性的 にものを考えられない、いわばパニック状態を表す言い回しです。主人公・未麻の心理的な混乱や揺らぎの表現として多用しました。
 また、この作品のテーマの一つとして、「光と影」ということが挙げられます。例えば「未麻ともう一人のアイドル姿の未麻(我々はヴァーチャル・未麻と呼 んでいました)」であり、またステージに立つものとそうでないものとして「アイドルとそのファン」、「タレントと裏方スタッフ」といった対比です。そう いった表現として白、というか光の演出は考えました。
 
3)アニメで初めてのサイコホラーを作られた訳ですが、「セブン」「氷の微笑」「羊たちの沈黙」などを意識されましたでしょうか?

 意識はありました。いわゆる「サイコホラーモノ」は、世界中で数多作られており、手垢の付いてしまっているジャンルです。しかし、どの作品ということで はないのですが、その殆どが「犯人がどれほどの変態で狂った人間か」という狙いの物に見えます。ですから、私としてはその裏を狙って、「ストーカーに狙わ れるうちに、如何に主人公の内面が壊れていくか」に焦点を当てました。
 ただし作品内に登場する劇中劇「ダブルバインド」については、ストレートに「サイコモノ」の作品を意識してします。というより、パロディに近い意識で す。ハリウッドの流行物をすぐに真似して安直に作られる日本のテレビドラマへの批判のつもりです。

4)「彼女の想い出」のヒロイン・エヴァは、歌手であるとともに自分自身の夢の囚人だったと言えると思います。また、「パーフェクトブルー」の未麻も、歌手であり、自分の夢の囚人だと思うのですが、今監督は夢と現実の関わりや、音楽の世界に特に興味がおありですか。

 言われてみれば確かに両作の主人公とも歌手であるという共通点がありますが、これはただの偶然だと思います。「MEMORIES/彼女の想いで」の主人 公をオペラ歌手にしようと言い出したのは大友氏でしたし、「パーフェクトブルー」の場合は原作を踏襲したに過ぎません。ことさらに音楽の世界を描きたいわ けではありません。
 夢と現実の関わりには大きな感心があります。「彼女の想いで」の夢と現実の交錯、というモチーフはシナリオ完成後も私の興味を刺激し続けました。その後 漫画で連載していた「OPUS」という作品では、主人公である漫画家が、彼自身の漫画作品に入って行ったり、逆に漫画のキャラクターが現実世界に出てきた りするという、「メタフィクション」の真似事をしておりました。この作品は連載していた雑誌が廃刊となってしまい、残念ながら完結を見ておりません。
 そんな漫画を描いている最中に丁度「パーフェクトブルー」の企画を頂いたため、原作には全く見られない「夢と現実の交錯」というモチーフを持ち込んだ訳 です。その狙いは村井氏の多大なる才能と努力によって見事なシナリオに昇華されたと思っています。
「夢と現実」「記憶と事実」「自分と他者」といった本来「境界線」があるはずの物同士が溶け合う、というモチーフは今後も私のテーマになっていくと思いま す。「ボーダレス」という概念がもてはやされていますが、ポジティブな面ばかりではなく、様々な分野や関係においてその「境界線」は揺らいでいるような気 がします。

5)「パーフェクトブルー」はオタクを、批判(知的な方法で)していると思いますが、日本のオタク達の反応を気にしておられますか。

 彼らの反応は気にしていません。私としては「オタク」の人たちを特別に批判したつもりもありませんし、現実の社会にいる「オタク」に私は特別な嫌悪も好 意も持っておりません。各自が好きなものを見つけてその人なりの楽しみ方をするのは構わないわけで、世間に迷惑さえかけなければ問題はないと思います。社 会的な客観性を持った「オタク」というのは存在するはずです。
 作品の中で「犯罪に走る極端なオタク」は登場させましたが、「オタク」に限らず、物事に極度に熱中する人間は往々にして「自分と他者」や「夢と現実」の境界を曖昧にしてしまう、と描きたかったのです。

6)「パーフェクトブルー」で作られたキャラクターはどのくらいの期間人気を保てると思われますか。

「キャラクター」が売りの作品ではありませんし、保つほどの人気も最初からないと思います。

7)技術的に「パーフェクトブルー」はすばらしい作品で、それぞれのカットがとても緻密に計算されていたと思います。そのようなカットを作られるのに、長い時間と労力をかけられましたか。

 ご存じかと思いますが、アニメーション制作では脚本の次に絵コンテを描き起こします。この作品では全カット私が描きましたし、完成した画面と殆ど変わら ないくらい、構図はコンテ段階で決め込みました。それぞれのシーンのカット割りやカットの芝居や尺、あるいは脇役の顔や服装、背景となる舞台や小物等の設 定も決め、カメラマンの役割も果たすわけですから、大変かつ重要なプロセスです。とはいってもこれほど楽しい作業はありませんでした。毎日こんな楽しいこ とをしてお金がもらえるなんて夢のような日々でしたが、楽しみすぎて全体の尺が伸びてしまい、100カットほど欠番を出さざるを得なくなったのは大変残念 でした。
 コンテが上がったところから順に次の作業、レイアウトや原画に入っていったので並行作業となったのですが、コンテの正味の期間は欠番も含めて全1100カットを描くのに、約4〜5ヶ月だと思います。

8)大友克洋さんと何度か一緒にお仕事をされてますが、どのように形で大友さんのプロジェクトに参加されているのですか。

 元々私は漫画家としてデビューしまして、短編や連載漫画を発表する一方、時折大友氏の「AKIRA」の連載を手伝ったりしておりました。アニメーションに関わるきっかけとなったのも、やはり大友氏の縁です。
 氏が企画・脚本を担当した“老人Z”という作品の美術設定・レイアウトとして参加しました。「ワールドアパートメントホラー」の時は、飲み屋で大友氏が 「今度実写を取るんだ」という話をしまして、その題材を探しているということだったので、私が以前に漫画の短編用に考えていたアイディアを提供したわけで す。シナリオを練る段階にも参加しました。
 「MEMORIES」の時は、脚本を書く適当な人間がいなかったこともあって大友氏からご指名いただきました。いつも安直な関わり方です。どこの業界も人材が不足しているのです。

9)「パーフェクトブルー」は世界中で有名になりつつありますが、日本のアニメーションスタジオがかかえている問題は、作品を海外に輸出することで解決されると思いますか。ジブリがブエナビスタと組んで世界配給を始めたように。

 海外輸出で解決する問題も少しはあると思います。例えば予算的な問題です。時間と予算を必要とするアニメーション制作ですが、実際にはどちらも満足に 使った作品はまずありません。というより、どちらもあまりに足りない状況で制作しておりますので、海外輸出が見込まれることでその点が改善されればよいと 思います。
 もっとも日本のアニメーションが抱えている問題は、そういう予算的な問題よりも作品の内容の問題だと思います。あまりに内容的な幅が狭く、キャラクター を売りにした、「アニメファンのためのアニメ」が多いのが現状です。作り手と受け手の、やはり「境界線」が薄れているのです。作り手側の意識の向上や改革 がない限り、問題の解決はないと思います。

10)「もののけ姫」の成功についてどのように思われますか。

 国内はもとより海外にまで大きく進出することは、業界だけでなく広くアニメーションにとってよいことだと思いますが、心配なのはあれの成功で「アニメが 広く認知された」などと思いこむアニメ関係者が増えないかということです。認知されたのはアニメではなく「宮崎 駿」でしかありません。安直なアニメ企画が増えないことを祈ります。

11) 今さんの初監督作品は、非常に洗練されたアニメーションで、ダークでクレバーで、観客を狂気の世界に引きずり込みます。マッドハウスに川尻善昭という監督 さんがいますが、やはりこういったダークなアニメを得意としているようですが、川尻さんと一緒に仕事をしようと考えられたことがありますか。

 それはありませんね。川尻監督の作品は数本しか見ていないので申し上げにくいのですが、作風は「パーフェクトブルー」のダークとは全く違う物だと思いま す。氏の作品は、キャラクターやアクションを前面に出し、見る者にその魅力や迫力を突きつけるスタイリッシュな映像に特徴があると思いますが、「パーフェ クトブルー」はそれとは逆にリアリスティックな描写と、見ている者を作品側につり込む演出を心がけています。

12)この映画の海外での成功は期待しておられましたか。

 考えたこともありません。今現在の状態にしても「成功」しているのかどうかよく分かりません。ただ、多くの人に見てもらえるのは大変望ましいことです し、先日のベルリン映画祭でも多くの方に見ていただいた上に身に余る好評をいただき、本当に嬉しく思っております。

13)「パーフェクトブルー」ではあまりCGは使っておられませんでしたが、それは、よりリアルによりセンシティブに見せるためですか。

 包み隠さず言わせてもらえば、CGを使う予算がなかったからです。
 コンピュータの使用には現段階でもまだまだ多大な予算を必要としています。出来ることならこの作品でももっと積極的に使いたかったのですが、「パーフェ クトブルー」のような小さな予算枠からは、CGのための費用を割くことは殆ど出来ませんでした。
 今後作品を作る際、CGはより大きなウェイトをしめると思いますが、手描きのアニメーションのムードを損なうことなく融合させてみたいと考えております。

14)今監督のお好きなスリラーとアニメーションは何ですか。それらをお好きな理由は何ですか。

 スリラーというとやはりキューブリックの「シャイニング」でしょうか。「セブン」もスタイリッシュな画面が素晴らしく、大変優れた作品でした。それとス リラーと呼ぶのは作品に失礼かもしれませんが「ザ・プレイヤー」が大好きで、作品の構造も含めて「パーフェクトブルー」を作るに当たって随分と触発されま した。

15)大友さんと一緒に「ワールドアパートメントホラー」を作られましたが、実写を取りたいと思われますか

 実写にも興味がありますが、私が自分の作品を作る上で最大の武器となり、また一番使い慣れたツールはやはり「絵」ですので、アニメーションを作りたいと思います。漫画も描きたいのですが、今一番意欲が湧くのはアニメーションです。

16)次のプロジェクトは何ですか。

 ある意味で変わった作品の「パーフェクトブルー」が世間的に受け入れられ商業的にもうまくいけば、こういった傾向の作品の企画も通りやすくなるかもしれ ません。私としては「パーフェクトブルー」を土台にして、更に「変わった」作品を作りたいと思っていますが、内容的なことはまだ申し上げることは出来ませ ん。

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