■それってデジタル

 前回はずいぶんと貧乏くさいデジタル自慢をさせてもらったが、何もそれだけじゃない。世間様が思う「デジタルカット」もあるのだ、ちょっとだけ。 実を言えば前回書いたようなパソコンの渋い使い方も勿論好きだが、もう少し派手なデジタルの効果というのも使いたかったのだ。とは言え予算がそれを許して くれなかっただけで、まだまだデジタルは高くつく。最終的な形がビデオ納品ならば機材費等の問題はあるが大きな問題はない。しかしフィルム納品となると作 成したデータをフィルムに変換しなければならず、このフィルムレコーディングというのが実に高くつくらしいのだ。またもや貧乏くさい話になりそうだ。お とっつぁん、それはいわない約束よ。
 実際にいわゆるデジタルの恩恵に浴したカットは、その殆どが「テレビモニターに別なカットからの映像をはめ込む」というもので、モニターの走査線とビデ オの巻き戻しのノイズ以外特にデジタルの処理はしていない。しかも、それらのカットはリテークはおろかチェックすら出来なかった。デジタルならではといえ ば3カットくらいで、そのうちの2カットはあまりよい結果にはならず(勿論これもノーチェック)、上手く効果を得たのはたった1カット、15O(D,E) というカットだ。私の拙い文章で解説するのはあまりにことが複雑なので、ここは一つビジュアルに頼ることにする。まずコンテを見ていただこう。

C.150  C.150(D)と(E)という二つのカット。前カットを受けてハッとなり窓の外に目をやる未麻。A.C.(アクションカットといいまして動作の途中でカットを切ってつなぐことです。多分)で未麻振り返り、カット頭からT.B.(トラックバック)。窓外からの視点で未麻の部屋のよりからずーっとカメラが引いて、オーバーラップしてさらに引きサイズとなり、小さく見える未麻の部屋のカーテンが引かれる。「覗いている誰か」の視点というイメージ。それまでのシーンがカメラはずっと室内にあり、このカットでカメラも外に出て一気に引いていくことで客にジャブを出したかったわけだが、これを従来の撮影台で撮るにはコンテにあるように2カットに分けてO.L.(オーバーラップ)でつなぐしか方法はない。上手にやればそれなりの効果は期待できるがやはり「一気に引く」という感じは薄まってしまう。他に方法がなければそれでも仕方がないと思っていたのだが、デジタル処理を頼める人間がいるということで、ワンカットで やろうということになった。この人物は演出・松尾氏のつてで紹介してもらったのだが、某ゲーム会社にいるコンピュータ使いで、そういうアニメのデジタル処理に興味があり、本来の仕事があいてる時間に手を貸してくれるという話だった。しかも実費のみで手間賃無しという何とも素晴らしい条件。貧乏な我々にはこれ以上の好条件があろうか。デジタルの国からデジタルを広めにやってきた様な素晴らしい人物ではないか。その風貌は正にデジタル仙人と 呼ぶのがふさわしい。結果的には前述の1カットだけになってしまったが、当初の予定ではデジタル処理のカットはすべてこの人物にお願いすることになっていた。何故にそうならなかったかといえばハマグリの威力である。我々が催促するにも拘わらず相手に何ら連絡も入れない状態が続き、渡すはずの素材と材料を放って置いた結果、処理が間に合いそうもなくなり別なCG関係のスタジオに有料で頼むことになってしまったのだ。さすがハマグリ、目の前にいても音信不通の男。まあハマグリのそういう逸話は掃いて捨てるほどあるが、それはまた別の回に記すとしよう。話を戻す。

150  これが最終的に出来上がったカット150(D,E)の画像。最初の絵から始まってカメラは引いて行き、この最後の絵まで1カットだ。何故これがデジタルか。いくら大きめに絵を描いてカメラで寄っても、あまりに寄ると絵は荒れて見えてしまう。六畳間程の大きさで絵を描けば寄ったときでも問題はないが、そんなものが載る撮影台はないし、それに背景マンは看板描きじゃない。そこで描く手間を省くためにも全体はやや大きめに描き、寄る部分、このカットだと未麻と彼女のいる部屋を一番大きなサイズ、彼女のマンションを次に大きなサイズで作成する。これらをコンピュータ内で比率を合わせて合成するという、よく使われる手法だ。取り立てて新しいわけではないが上手に使わないと、スケール感がなじまなかったり、他の通常のカットから浮いてしまったりして失敗します。確かこのカットの素材分けは、一番奥の街並み(BG)、電車(セル)、線路から手前の家並み(BOOK・A)、部屋の中(B)、未麻(セル)、彼女のマンション/外観(C)、その手前の家並み(D)、画面手前左からインする建物(E)、同右からインする建物(F)、更に一番手前左側の建物(G)、の全部で10 素材ほどだったかと思う。その他このカットではカメラのT.B.に合わせて手前の家並みのBOOK(一番下になる物以外の背景描きの部分)のを少しだけ変形させたり、カットラストに画面内にインしてくる建物を3Dで組んでいたり(あまりに暗くてわかりにくいです)、と隠し味が色々あるようですが詳しいことは作った本人に聞かないと私もよく覚えていません。このカットは私としては上手く「作品にはまった」と思っておりますが、見た方はどう思いますやら。但しこの作品のデジタル処理は、いわゆる劇場の解像度にはなっていなかったと思うが、それは担当した人間の技術等に問題があるのではなく、あくまでこれはビデオ作品だ、という前提があったからです。
 ここまで読んできた方にはお判りかと思いますが、このパーフェクトブルーという作品におけるデジタルとはこの位のものでして、昨今世間をにぎわす「新世代デジタルアニメ」(笑)とはかけ離れたものです。それらのお金持ち劇場超大作と同じ様な文脈で取り上げられたりするのは、私たちにとって不本意ですし、それらのかっこいいアニメにも気の毒ですのでなるべく一緒にしないで欲しいものだな。

 話は前後するが10月頃、BGMのサンプルがあがって来たと思われる。オーダー内容は、メインとなるBGMが4曲、他には冒頭の戦隊モノのショウ で使う曲など細かいのが数曲。BGM4曲というのは少ない方かと思われるが、あまりBGMを多用する気がなかったのと、それぞれの曲を長めに作ってもらう つもりであったからだ。1曲が10分前後というのは、私が欲しいているアンビエントだのテクノではさほど珍しい長さではない。それに最近の映像作品は音楽 を多用しすぎで私は閉口する方だ。音楽とカメラワークは登場人物やシーンのエモーショナルな動きに沿ってなるべく控えめにつけるのが私の好みで、音楽先行 でシーンを盛り上げ足り、泣けと言わんばかりの音楽の使い方は見ていて鬱陶しい。この鬱陶しいという漢字は非常にグラフィックだな。見た目がホントに鬱陶 しい。鬱陶鬱陶鬱陶鬱陶鬱陶鬱陶鬱陶鬱陶鬱陶鬱陶鬱陶鬱陶鬱陶鬱陶鬱陶、ね? 

 さてBGMのオーダー内容だが、未麻の内面をテーマにしたアンビエントな曲2曲、ストーカー・内田とバーチャル未麻のテーマという感じでアップテンポな 2曲である。あがってきたサンプルテープを聞くと、前者の2曲は概ねイメージが伝わったようですんなりとOKを出せた。問題はリズム主体の後者2曲。私は 「テクノな音」を頼んだつもりだ。が、私が期待に胸を膨らませドキドキして聞いたその曲はテクノというより何かエレクトーン。ヤマハの発表会か、これは。 使っている音のチープさもさることながら、厚みがないのだ全然。いくら普段馴染みのない傾向の音楽だろうが、テクノとエレクトーンくらい区別できるだろ う、普通。音響監督を通じリテークを出してもらう。「もっとアグレッシブなイメージが欲しいんですよねぇ」「こう鉄骨をブッ叩いたような音が欲しい」「人 声のサンプリングというか、電波系な感じとか」「もっとガッと来る感じで」言うことが段々訳が分からなくなる。私の日本語能力についての疑問もさることな がら、音を口で説明するのは甚だ難しいのだ。この2曲はずっとリテークをお願いしていたのだが、年が明けてしばらくするといつの間にやらサンプルが上がっ て来なくなってしまった。待てど暮らせど来やしない。最終的にはOKを出さないまま、次にその音楽を聴いたのは7月のダビング当日だった。なんでやねん。
 何かと問題のある音楽ではあったが、音響監督・三間氏の機転でトラックダウンの時に音素材をバラして録っておいてもらったので、実際のダビング時にはそ れらを様々な形で使用することによりしのぐことになった。実際使われたBGMとサントラ盤では印象が違うかと思われる。後に判明した事実であるが、リテー クを出せなくなった背景には予算がつきた、という実に寂しい事情があったらしい。貧乏にも程があるだろしかし。というのもだ、聞いてくれよみんな、ことも あろうにサンプルを出す度に1曲分のギャラを請求していた人間がいるというのだ。誰なんでしょうねぇ、全く、ボクは良く知らないけど。世の中に下書きで原 稿料を取る物書きがいるか? 練習だけして年俸を取るスポーツ選手がいるか? 蒲焼きのたれだけでご飯を食えるか? あ、それは食える、国分寺のウナギ屋 でそういうおやじを見た。ラフスケッチでお金をくれる制作会社があるか? あったら教えてくれ、行くぞ、私は。
 音楽が思ったとおりにならなかったのが悔しいのではない。子供じゃないんだから泣いてごねたりはしない。せめてだめならだめな物として「じゃ、しょうが ないからこれで行こうか」という判断位させて欲しいではないか。判断があれば使う場所を減らすだの別な音を足すだの色々な対処があるではないか。こともあ ろうに内書で決定を出すとは何のために監督がいるのだ。それでも実際のフィルムでまだ何とかなっているのは、音響監督の尽力の賜物だ。ありがとう未麻さ ん、いや三間さん。
 知らないうちに決まっていたのは何も音楽だけではない。以前にも書いたがこのパーフェクトブルーはオリジナルビデオ作品であった。いや今でもそうだと 思っている。それが1月か2月のことであったろうか、スポンサー・レックスの人間を交えてスケジュールかプロモーションに関する打ち合わせをしていたとき である。そう言えばあの頃はゴールデンウィークに公開だのどこぞのホテルで制作発表だの夢のような計画でいっぱいだったっけ。そうです遅らせた私がみんな 悪い。ええ、ええそうですとも。そのレックスの眼鏡をかけた一見まじめそうな男、仮にMr.REXとしよう、その彼が持っていた書類に書いてある文字を見 て私は愕然とした。
「激情アニメーション作品」
 
エ、エロ作品かい!?
 違った「劇場アニメーション作品」「劇場アニメーション作品」「劇場アニメーション作品“パーフェクトブルー”」いつからだよ。いつそういう風になったんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!? ビデオ作品の宣伝として小屋に掛けることもあるというのはそう言うことだったのか!? 
 しかし考えてもみろ、劇場の巨大なスクリーンに掛けることを想定したコンテと家庭のテレビモニターで見ることを前提にしたコンテでは構図の取り方も芝居 の作り方も全く違うに決まっているだろうが。何が違うか分からないって? それは教えない。ともかく私が聞いていたのはあくまでビデオ作品としての条件だ けだ。週末に金持ちとは言えないアニメも好きな普通の若いカップルなんかがレンタルビデオ屋に行って、「こんなの知ってる?」「知らない、見てみよっか」 などと会話をかわし、3〜400円という値段で借りて、ぼろアパートには不似合いな29インチのテレビとオーディオでこの作品を見て、終わった後にい やぁぁぁなきもちな気持ちになる、じゃなくて「まぁまぁじゃない?ビデオにしちゃ」「え〜〜?良くわかんなかった〜誰だったの犯人?」「あのレイプシーン がいまいちだったよな」「あたしすっごく嫌ぁ」「ただのアニメだろ?」「知らない男に乱暴されんだよォ!」「知ってる男だったら、じゃいいだろ?」「い たっ!ちょっとやめてよぉ」「エ?いいじゃん別に…」「もう!だめだって……!お風呂入ろうよ」「思い立ったが吉日ってさ」「もォ…テレビ消してよォ」な どという会話をしてもらえるように作っていたつもりだったのに。どんなつもりだ、それ。ああ、激情アニメ。
 作品を扱う側のそうした無神経さには腹が立つが、無理矢理にも「劇場公開作品」の文字をパッケージにつけたい論理もよく分かる。それがあるかないかでこ の商品を扱ってくれるレンタルビデオ店の数が大きく変わり、当然売り上げに影響するのだから。作品が完成した今となっては「劇場作品」としたことで世間的 な注目も多少は浴びるわけで、おかげで各国の映画祭にも招待していただくし(但し作品のみで私が各国に行くわけではない)、結果一人でも多くの人の目に触 れることになったのは良いことであると思っている。300円でご家庭で見られるはずの物が1500円の劇場にすり替えられ、監督の意図とは違った形でお客 に提示される。少なくともパーフェクトブルーというのは劇場のスクリーンに耐えられるようなクオリティではないし、こちらもそれを前提にして作っていな い。絵を描いていたスタッフにとっては「恥」だけが拡大されて映されるような物だ。高校野球のつもりで練習して、いざ試合となったら相手はメジャーリーグ だったような物で、お客に「へぼチーム」と言われても我々のせいじゃないだろう、ね? この言い訳はつい出てしまうのだが、この作品のトラウマになってる ようなので許して下さい。
 知らないところで出来上がった物をついでにもう一つ、第一弾の宣伝用ポスターとチラシというのもある。ある日突然届けられたそれに私と濱洲氏は絶句。 か、かっこ悪。都会の夜景(実写)の上に未麻のバストアップのセル。「あなた、誰なの?」という安直なコピー。血を表現したつもりらしいミドリムシみたい なしみの付いたメタルなロゴ。どこから見てもかっこ悪いことこの上ない。一言相談してくれれば、デザインのアイディアも出したし、ポスター用の絵も描いた だろうに。そのポスターの未麻は随分前に描かれた絵で、濱洲氏にとっても見るのは忍びなかったのだろう、スタジオの壁に貼られたそのポスターの未麻には、 いつの間にか濱洲氏手製のひげが着いていた。しかもレリーフ。
 スケジュールの話はうやむやになってしまったが、そのかわりというかプロモーションのビデオを作れという話になる。期限を遅らせてばかりで申し訳ないの で快く作るつもりだったが、やはりこれも時間のない作業となり、しかもそれは無惨な結果となっていく。それはまた次回と言うことで。


予告

 無い!無い!スケジュールの行方が分からない!押し黙る謎の男ハマグリ!影も形も見えないスケジュールに翻弄されるスタッフた ち!一体どこに行ったんだ、スケジュールは!?スタジオ中をひっくり返し血眼になって探すスタッフが疲れ果て諦めかけたその時、不意に襲いかかる狂気のよ うなスケジュール! 次回・パーフェクトブルー戦記「スケジュールを探せ!」見なきゃお仕置きよぉ!

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