■ベルリンは燃えているか -3- ■


●2月14日/3日目●

 ホテルでの朝食の際、マダムREXに一人のゲルマンを紹介してもらう。ドイツのフィルム・バイヤーだそうで、「パーフェクトブルー」を買いたいの だそうだ。彼にドイツでのアニメーション事情を聞いてみたのだがテレビでは日本のアニメーションがよくかかっており、なじみも深いとか。確かに滞在中にも 「キャッツアイ」だの「モンタナジョーンズ」だのを見かけたし、何たって「キャプテン・フューチャー」がもっともポピュラーなゲルマンの国だ。ドイツ国産 の、子供向けではないアニメはあるのか聞いたところ、劇場作品でしかも15R指定という、私が親近感を覚えるような、若い連中に人気のアニメがあるそう だ。タイトルは失念したが、バイクを乗り回す反道徳的な連中が暴れる内容らしく、何と言っても主人公の名が“アスホール”だそうだ。どんなアニメじゃ、そ れ。かすかに覚えた親近感もぶっ飛ぶが、別な意味で、見たいなそれ。

 この日は特に予定もないので全くの観光客と化して、市内を走る2階建てのバスに乗り観光名所・旧跡だのを訪ねて歩く。大戦中の爪痕をそのまま残し て街中に立つヴィルヘルム教会、ウンター・デン・リンデンからブランデンブルグ門を抜け、旧東側の歴史的建造物の数々を見て回る。建物を見るのがことさら に好きな私としてはこたえられない風景である。特に歴史的な建造物でなくてもこの街の建物は目に楽しく、またそれらの並びが作り出すくすんだ色の調和に車 や看板の原色が映え、パクりたくなるほど美しい。ただ一つ疑問だったのが街中を走るピンク色のパイプである。一体中を何が走っているのか聞きそびれたのだ が、あまり美的な景観とは言えないな。サイバーな雰囲気はするけど。

これが謎のピンクのパイプ。街のあちらこちらで見かけたのだが、一体何のための物なのか教えて欲しい。

 アレクサンダー広場の方まで歩くといかにも「旧東側」というムードが漂い始め、西側の明るさや賑わいとは随分趣を異にしている。疲れもあったが「サブゥい」気持ちになってきたので引き返してくる。

 夜、滞在中のホテルのすぐそばの劇場で、やはり「フォーラム」に招待されている日本映画「青い魚」を見る。この映画のことは全く知らなかったのだ が、同名の「青い魚-a fish of blue」という写真集(撮影・菅原一剛)が私のお気に入りで、何か関係がある作品らしく画面は大変美しかった。800ほどの席は満席だったが、内容の方 はというと、触れないことにしておく。2日後には拙作もここでかかるかと思うと他人の物をとやかく言う気にはならない。

 若干寒くなった気持ちと泣き出しそうな腹の虫を抱えて歩く。洋行3日目にして早くも現地の食事に飽きたのもあって、ガイド本に出ていた“サッポロ館”という日本料理というか居酒屋というか寿司屋というか、ともかく何でも有りの店に入る。私の生まれはサッポロであるからしてこれも何かの縁だ。店先の赤提灯が何とも街にミスマッチでよい。

 私は貧困な海外体験しか持ち合わせていないが、外国でこういう日本の店に入るのは好きな方だ。海外で日本料理というのは少なからぬ無理がつきまと うと思われる。基本的な調味料などは今時どこでも手にはいるだろうが、問題は素材だ。卵・肉料理などはさして変わらないと思うのだが、魚というのはかなり 地域によって穫れる種類が変化する物だろう。一番の期待は刺身。普通日本で刺身盛り合わせといえば、「はぁい!喜んでぇ!」のかけ声がやかましい店あたり でも、マグロ、甘エビ、カンパチ、イカあたりがスタメンだろう。が、海外で慣れ親しんだ彼らに会えるとは限らない。以前エジプトのカイロに行ったときなど 大いに楽しませてもらった。出てきた刺身、あるいは他の料理もそうだったのだが、見た目は申し分なく日本料理だ。こちらも長年馴染んだプロセスでマグロを わさび醤油につけ口に運んだのだが、なにやら違和感を覚える。
 「マグロ……か?」
 他の白身の刺身にしても「タイ…みたいだけど…?」といった具合。そうなのだ、何か違うのだ。しかもどう見ても「これは日本じゃ穫れない魚の色だろう」という物もある。それが面白く実に楽しい。
 前日にベルリンで食べた中華料理も素晴らしかった。面倒くさいのでコースを頼んだのだが、これが実に豪快な5品のセレクションだった。味自体は悪くはな いのだが、最初のスープ以外残りの4品全て炒め物、しかも一斉射撃。一遍に持って来るんじゃないよ、ホントに。冷めないように熱した鉄のプレートに載せて くれる気の使い方が出来るんだから、炒め物総攻撃はないだろう。そりゃあ牛、豚、エビ、鳥の4種類だけど全部炒め物じゃあ、それはコースと言わんだろ、普 通。
 カナダで食べたすき焼きなぞは尚のことふるっている。白菜の代わりにキャベツ、椎茸の代わりにマッシュルームが出てきて、正解は牛肉だけといった代物で実に楽しませてもらった。そりゃあ遠目に見れば似てるかもしれないけど、無理にも程があるだろうに。
 この感覚はあれだ、あの「外国映画に出てくる日本」を見るときの感覚。一部では“奇妙な果実”とも言われるやつだ。ということは当然逆に考えれば、普段 慣れ親しんでいる日本で食べる洋食も当の国の人には奇妙に思えることだろうし、迂闊に自分の作品に「西洋人」など登場させて、分かった風な演出でもした日 には恥ずかしいのだろうな。言葉も食も映像も無論文化であり、扱うにはその文化を理解してなければならないということか。身になってない文化に手を出す時 は、言葉一つ、絵一枚描くにも気をつけなければならないなぁ、などとベルリンのへんてこな居酒屋で我が身を振り返ってみたりもする。BGMは大川英策、細 川たかし。この店で聴く演歌は悪い気はしない。
 さて問題のこの店の料理であるが、残念ながらというと失礼だが、「普通」であった。刺身も卵焼きもサラダも鳥の唐揚げもみんな普通である。強いて言えば サラダのキュウリのスライスがあまりに巨大であったことくらいか。まるで日本の普通の居酒屋にいるような気にさせてもらったが、ただ惜しむらくは“サッポ ロ館”を名乗る割には「鳥の唐揚げ」であったことだ。これはやはり「ザンギ」と表記して欲しかった。何故って、それが北海道の文化というものだもの。


●2月15日/4日目●

 日曜日である。日本では休日こそがかき入れ時として、各商店とも大いに張り切り、多くの買物客で賑わうものだが、ドイツというのは商売気のない国 なのか宗教のせいなのか、不思議なことに日曜日はデパート等のショップが休みである。ガイド本に紹介されているどの店の案内をみても、軒並み日・祝日は休 業となっている。しかも土曜日というのも営業時間が短く、午後の2時から4時にかけてどこも閉店してしまうようだ。休日はすべからく休め、と言うことか。 その割にレストラン関係は無休の店が多いようだが。食いしん坊万歳。

 と言うわけで、折角の日曜日に金満国日本人得意の買い物巡礼にも出かけられないかと思いきや、毎週日曜に開かれる大きなフリーマーケットがあると聞きつ けた妻に引っ張られて、ビデオカメラ片手に行ってみる。少しもじっとしていられない、全くもってビンボ臭い旅行者なのである。お前らこそ少し休めよ。

 朝の9時半、商品を並べ始めたばかりの店が多い。店というより屋台、露天商といった感じである。扱う品物は雑多で、古着、骨董品や家具、自作のア クセサリー、衣類、古本、中古CD・ゲームソフトなど実に様々である。ゲーム類は充実しているようで、「NINTENDO64」「PLAY STATION」などのソフトが並んでいる。ゲームの種類は分からないが、印刷がぼろぼろにすり切れてしまった「イデオン」のソフトを見つける。伝説の巨 神はやはり死んでいなかったのか、と一人笑う。
 およそ200mに渡って4列に並んだフリーマーケット、と言うより「がらくた市」は、時間を追って人々で賑わい、巨漢のゲルマンで埋め尽くされていく。 犬を連れた人の姿が目立つのだが、どれも紐で繋ぐことをしない。よくも逃げていかないものだと感心することしきり。家族連れも多く、小さな子供にはつい目 がいってしまう。男の子も女の子もとにかく可愛いのだが、どれも紐で繋ぐことをしない。よくも逃げていかないものだと感心することしきり、なわけはない。

 妻は小物だのマフラーだの古着だのと買い物をしていたようだが、私は特に収穫は無し。ビデオで「ゲルマンあれこれ」を撮っているだけで満足であっ た。私のビデオカメラは、古い型のHi8液晶ビューカムで珍しくもないものなのだが、こちらでは珍しいのかモニターをのぞき込むゲルマンも多く、私には見 当もつかぬドイツ語で話しかけてくるものもいた。「シナ」というのは聞き取ったので「メイド イン ヤパン」と答えておく。

 夕方ホテルのテレビでオリンピック中継を見るとも無しにつけておく。スポーツ以外、画面だけで内容が分かる番組は他に見あたらないのだ。と、なに やら聞き慣れた音楽が流れてくる。あ、「君が代」。よく見ると日本人が表彰台の一番高いところに上がっているではないか。「Funaki」というテロップ がでているので、ジャンプのラージヒルで「一等」を取ったんだなぁ、とぼんやり思い至る。「長野五輪」はあまりに無理矢理な日本開催という感じがするの と、世間的な盛り上がりの低さもあってあまり興味を感じていなかったので、「へぇ」というくらいの感想である。何だかとても遠い国の出来事のような気がす る、ってとても遠くにいるんだけど。ベルリンのテレビから流れる「君が代」は、よその国の国家に聞こえる。

 夜、「ラヂオの時間」を見に行く。Delphiというその映画館は座席数800ほどの大きめな会場で、二日後には「パーフェクトブルー」の上映も 行われる。入り口前には開場を待つ人たちが大勢たむろしている。羨ましい。映画祭の招待客という立場を利用して、一般客より一足先に中に入れてもらう。ズ ルばっかし。
 開場と共に館内は満席となる。素晴らしくも羨ましい。「パーフェクトブルー」の上映も、この8割くらいも入ってくれればと切に思う。
 監督の三谷幸喜さんのたどたどしくも微笑ましいドイツ語での挨拶に、軽い笑いが起こり、そして上映開始。

 「ラヂオの時間」上映中は笑いが絶えることがなかった。殆どの観客は英語字幕を読むかイヤホンでドイツ語の翻訳を聴いているからいいようなものの、オリ ジナルの日本語の音声で聞いているこっちは、席を埋め尽くしたゲルマンの笑い声に、セリフが聞き取れないほどだった。ゲルマン大爆笑。メンタリティに差は ないのだなぁ、と改めて実感する。私はこの映画どころかテレビドラマも含めて、三谷幸喜さんの作品を見るのは初めてだったのだが、「ラヂオの時間」は確か によくできていて面白かった。随分舞台芝居のような気はしたが、通りで以前に舞台でも上演していたものらしく、練り込まれた脚本や考えられた小道具の使い 方、気の利いたキャラクターの立て方もうなずける。どうも映画を見ながらもついそんなことを考えてしまうのは、やはり職業病かもしれない。でも非常に楽し い映画でした。

 エンドロールが流れ、会場内は拍手の渦に包まれる。舞台上に三谷さんが現れ、ティーチインとなり沢山のお客さんから質問の手が上がる。訥々と答える三谷さんも上映の成功に喜んでるご様子で、またも私には羨ましく見えたのであった。

 さて、明日はいよいよ「パーフェクトブルー」の上映初日である。ちょっとだけドキドキ。

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