■捻れた話
さすがである。クレバーにまとめられた村井氏のプロットに、私の目に狂いがなかったことを確信した。さすが俺。
今読み返すと、このプロットの初稿の段階で完成した「パーフェクトブルー」の雛形はほぼできていたといえる。ほとんど話の流れや大まかなエピソー ドなどは変わっていない。完成したフィルムでは「チャム」というアイドルグループの名前がこの時点では「ミスティメイト」になってたりするあたりが微笑ま しい。それにしても劇中劇にサイコドラマを持ってきた上に、そのタイトルに「ダブルバインド」(板挟み)とつけるそのセンスに良い意味で爆笑させてもらっ た。(主人公の立場はまさにその状態だということが、本編を見ていただければよく分かるはず。ちなみにこのタイトルは村井氏が昔ドラマの企画で出したこと があるとか)
しかしまあ、原作の竹内氏の好意をいいことに私も好き勝手に話をいじって来たが、村井氏は更にそれに輪をかけて我々好みに引き倒した上に、ひねってきたもんだ。専門用語で言うところの「暴走」に近い。そのような暴挙を監督のこの私が見過ごすわけにはいかない。
「えーい、もっとひねってしまえ。」
プロットにいくつかの要求を出して村井氏にはシナリオに入ってもらう。一方“仕事をしない巨匠”とやらからは一向にキャラのラフも上がってこない。さすがである。看板に偽りなし。
私はといえば漫画の連載に追われる日々。隔週連載とはいえ18ページをこなしていくというのは容易なことではない。まして私の場合、仕上げ(主に 消しゴムかけとスクリーントーンを張ること)はアシスタントに頼むものの、背景までは自分で描かねば気がすまない故、一回の連載分に10日近くかかること もまれじゃあない。この家内製手工業にハイテクのはいる余地はない。果たしてこれで「パーフェクトブルー」が始まった日には一体どうなるのだ? 想像には 難くない。絶対両立しないさ、そりゃ。
最終的には想像もしなかった意外かつ馬鹿馬鹿しい展開によって、概ねスムーズに仕事は移行していくのだが、このときはまだなんら解決法も思いつかぬまま闇雲に仕事を続けており、アニメの現場スタートまでにいかに連載の話を終わらせるかに頭をひねるしかなかった。
そうこうするうちに1995年も年の暮れを迎える。
訳の分からぬメモが書かれた脚本の表紙。キャラのオーダーや頼みたい原画マンの名前、無意識に書いてしまう幾何学風の落書き等々。 |
手元の資料によると1996年1月6日、シナリオ第1稿が上がる。今まで打ち合わせを続けてきた結果のシナリオがそこにあった。当たり前のように 思う向きもあるかと思うが、現実には期待通りのモノが出来てきた試しなどなかなか無い。思ったモノがでてきただけでも驚くところを、その一稿は思ったモノ 以上のできであった。正直な話、絵コンテ段階の直しで何とかなる程度ならいいやと思っていた。通常アニメの脚本の扱いはそんなモノであるし、只でさえ凡庸 なシナリオを、輪をかけて無能な演出がいじくり回して更にダメにする、あるいはその逆か、というのがこの業界の習わしである。ところがだ。面白くなるだろ う、このホンならば。確信は更に深まった。なんと私の目の確かなことか! さすが俺。
しかし人間、欲がでる。第一稿でここまで来たのだから更に先へ行きたくなるのも無理からぬこと。相手を知り己をしれば百戦危うからず。まず目の前の脚本を知り抜くことだ。
非常識かもしれないが、一度脚本として上がったものを、構成段階まで分解して、後追いする形でどのように工夫されているのか探ってみることにした。エピ
ソードや伏線のつながり、呼応しているセリフを丹念にあらい、複雑に編まれた縦と横の糸をほどいていく。村井氏の思考のプロセスを読み解くにつれ、その周
到さに頭が下がる。ひねりが効いていてよく出来ている、さすがに。だが感心だけしている場合ではない。こっちがアイディアを加える番だ。
「もっと押しちゃえ。」
解体した物を再構築。これだけの物を書く人間を納得させるには生半可なアイディアじゃあ通用しないし、提出されたイメージにつけ加える以上それ以 下では相手が納得するわけもない。出来た物に関してコメントを加え、自分も出来る気になる大馬鹿はよく見受けられるが、そんな仲間にはいるのはごめんさ。 連載の合間の七転八倒の日々。
ところが、祈れば願いが叶うこともある。幸運なことにシンクロが来たのだ。こういうと唐突だが、不思議なもので、毎日の生活の端々にアイディアの 断片が見えかくれするのだ。電車に乗っていても、テレビを見ていても、他の仕事をしていている時でも、とにかく何をしてても「あ、これ使える」ということ にぶつかるのだ。実際に本編に出てくるルミというキャラは、そんな時期にテレビで見た変な女がモデルになっている。更に昔漫画のネタに使おうと思ってい て、お蔵入りしていたアイディアが頭をもたげ、嘘のようにこの作品にはまったりするときた。考えてはおくものだ。
「ありがとう俺。」
再構築かつ書き加えたメモをしたためシナリオの打ち合わせに臨む。言いたいことは山ほどに膨らんでいる。数々の要求をすぐさまに理解した上で、更にその場でアイディアを出す村井氏。さすが。
この間の村井氏と私のアイディアの応酬は、曰く、
「この冒頭の戦隊モノというのは仮面と、虚と実の……」
「未麻だけがチャムを抜ける理由は…」
「『あなた誰なの?』というセリフを…」
「未麻の実生活とドラマの役を重ねるか対照的にするか…?」
「未麻の芝居、アニメっぽいストレートな感じじゃなく、極力人前では本心を見せないで…」
「内田の説明はしない方向で…」
「未麻が自分の意志でアクティヴにもう一人の未麻を追うシーンとか…」
「段取り臭いお約束のシーン変わりは要らないから…」
「最後の方は未麻が現実か夢かドラマか認識できずに…」
「はがしたはずのポスターがあって、『だってここが未麻の部屋だもの』というセリフで例の…」等々。
構成に関わることから、セリフのニュアンスにいたるまで、その打ち合わせは数時間に及んだ。煮詰まることもあれど、徐々に作品の骨格と人物の人と形が見えてくる。楽しいったらありゃしない。もっとも楽しいのは私だけだったかもしれない。寝てるプロデューサーもいたしな。
クライマックスにいたる頃には当初から一ひねり半ほど加えられ、自分の頭もひねられ、会議が終わる頃には、喋り疲れて精魂尽き果てる有り様。この疲労が好きさ。しかし表面に大人の顔をかぶり一言。
「と…いうことでよろしく。」
かくしてその2週ほど後にほぼ要求通り、いや、更に村井氏のアイディアが加わった第2稿が上がり、簡単な手直しの上、私にとっては第一の関門、絵コンテに入ることとなる。
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