■修羅場ランバ

 6月は決戦の時。あまりの事の煩雑さに出来事の時系列を定かに覚えていないが、思いつくままに記していくとしよう。

 6月も半ばを過ぎると「ダビング」という最後のプロセスも視野に入ってくる。実際にダビングが行われたのは7月の10日前後であったと思うが、このダビングというプロセスは出来上がったフィルムに合わせてアフレコで録ったセリフ、音楽、効果音を付ける作業である。効果音はその一週間前くらいから出来上がったフィルムを見ながら足音から何から付けていくのだが、芝居が見えないと音の付けようもないので当然色の付いたフィルムが上がっていなければならない。だというのに。

 この期に及んでもフィルムは半分も出来てはいない。およそダビングに全て完成したフィルムは間に合いそうにもない状況である。さてそのような場合長年業界に蓄積された対処法とは如何なるものであるか。
 今まで万全な状態でばかりダビングが行われたことなどそうそうあるものではない。何事にも緊急時の対策はあるものだ。

 アフレコにおいてアフレコ用のフィルムをでっち上げたようにダビング用に効果のタイミングが分かるようにまたしてもフィルムをでっち上げるわけだ。音が入る芝居をすべて分かるようにするわけだから、セリフのタイミングさえ分かればよいと言うアフレコより格段に細かいフィルムが要求される。ダビングにそれすら間に合わなければそのカットには音がつかないと言うことになる。それはまずい。

 ダビングに最低限のフィルムを間に合わせるために、現代文明の申し子たるコピー機は再び過酷な運転を強要される。コピー機は連日唸りを上げて原画・動画のコピーを吐き出し、またしても地球に残された貴重な資源を浪費する。
 ああ、マザーアースのすすり泣きが聞こえる。ごめんよ。
 コピー機のボタンを押し続けるのは、アフレコ用フィルムを作ったときにやはりボタンを押し続けたガンプ君である。新人の彼は思ったに違いない。

 「アニメ道とはコピーすることに見つけたり」

 見つけるなよ。

  こうして作成されたフィルムは色の付いた「本撮」が上がった場合順次差し替えられることになるのだが、撮影所の方にしてみれば同じカットを「アフレコ用」 「ダビング用」「本撮」というように3回も撮らされることになるのだから、おそらくこの作品に愛想も尽きたことかと思われる。マザーアースといい撮影所の 方と言い、申し訳ない。とは言ってもこういうケースがそれほど珍しい業界でもないから、この作品だけが特別地球に厳しいと言うことではないので誤解無きよ うに。
 ダビング用のフィルム作成ももちろん時間のない中での作業となったのだが、更にその対応を遅らせた人間が、いや生き物がいる。賢明な読者諸氏の皆様にその名前を挙げるまでも無かろう。
 先にも書いたがアフレコ用とダビング用ではフィルムに要求される内容が格段に違う。アフレコ用のフィルムは既にあるとは言え、それがダビングに絶えうるものではないことくらい誰の目にも明らかなわけだ。誰の目にも。目が節穴では分かるわけもないか。

 「エ? アフレコ用のフィルムじゃダメなんですか?」

 無論ハマグリのセリフ。ダビングの日程が聞こえはじめた頃、何の用意をしようともしない制作を心配した演出・松尾氏がダビングへの対応をどうするのかと問いつめたときの答えである。
 今考えると仮にも何年も業界にいた人間が本当に知らなかったとは考えにくい。仕事をするのが嫌で電話をするふりをする生き物の考えることだ、知らないふ りをしてダビング用フィルム作成という手間をごまかそうとするくらい訳はなかったのだろう。フィルムのクオリティなどこの生物のあずかり知らぬ事だろう し。

 さてダビング用のフィルムを作るにあたって音が入りそうな全てのカットが必要になるということは、最低ラフ原画以上は必要なわけでレイアウトさえ無いカットなど許されるはずもない。筈がなかったからといってそういうカットがないわけではない。
 ぎょえ。この期に及んでも担当原画マンすら決まってないカットが存在していたのだ。
 これは実は私にもその責任が多分にある。私がレイアウトを取るということになっていたカットたちだ。具体的に言えばフロントクレジットが入っているあた りで、冒頭のコンサートシーン開けの夕暮れの瓦屋根の街並みの向こうを電車が通るカットから未麻が自転車を押して車とすれ違ったりする数カットだ。

109112

 カット109、110、111、112のコンテ。最後になってこんな手間のかかりそうなレイアウトが残っていたのはちょっとつらかった。もっとも、コンテの段階でイメージを整理してあったので、これを拡大してディテールアップすることで何とか急場をしのげたわけだ。コンテを描いていた俺にありがとう。

110lo

111lo

 カット110、111のこちらはレイアウト。
 俯瞰の110の方は緑の部分がセル。作画の手間を減らすために未麻はスライド。いくら望遠といってもパースが平行になるわけでもないので、不自然に見えないようにものの大きさと配置で誤魔化すのが大事。
 やはりこれも極端に望遠のカットの111。手元に素材が揃ってないので背景用の原図だけ。濃い色の車はセル。
 コンテの方を参照してもらえば分かると思うが、坂の向こうを未麻が自転車を押して上がってきて、手前から車が上がっていくカット。未麻の歩きを作画リピート、それをホンの少し上にスライド。車は確か2枚ブレで目盛りでスライド。思ったよりは上手くいったと思うがいずれにしてもただのスライドなので、原図に工夫が必要であった。
 特に111は奥行きを極度に圧縮して描かなければならないので慣れと工夫が必要かもしれない。
 なぁに急いでいるときは何とかなるものさ。なってない?

 私はカット内容、処理などについてあまり「保留」にすることをしない。今決められないことは後でも決められない、というのが信条である。判断に詰まり「保留」の棚にカット袋が積み上げられるのはよく見るが、およそ後になっても良い解決策が見つかるというケースは少ない。よって私は即決を好む。好んだからと言って必ずしも実現できることばかりとは限らないのも世の常だ。何と言っても「優先事項」は日を追って指数級数的に増大していく。そして最後まで「保留」にしていたそれらのカットにはやはり痛い目に遭わされたわけだ。レイアウトもない上にラフ原画まで自分で描かねばならぬ羽目になったのである。やめてよ、もう。
 さらにラスト近くのしんどいカットが3カット。BGオンリーのカットなのでダビングはコンテ撮でも乗り切れるのだが、だからといってダビングから初号までは日数もないため全て用意しなくてはならないことに変わりはない。
 未麻が路上で空を見上げた主観のカット街の俯瞰、更に大ロングという3カットである。確かに他の人間に比べればその手の絵を数多くこなしてきた私にはそれほど苦になるものではないが、私も疲れている上に他にもやらねばならぬ事がたくさんある。街の俯瞰やビルだのは描くのはそれほど難しくはないが、とにかく時間をかけて描いていくしかコツはないので、これは辛い思いをしながら描いたものである。

10691071

 カット1069、1070、1071のコンテ。手元にレイアウトがないのではっきりは覚えていないが、1069はほぼそのまま、1070はもう少し俯瞰、1071もさらに俯瞰にしてカメラももっと引きにしてレイアウトを作成したと思う。最後に出したレイアウトは1071だったか。
 この一つ前のカットは未麻が路上に倒れていて空を見上げるカットなのだが、1069は主観、その後の二つは「憑き物」が落ちて解放された未麻の精神的な主観を漂うような感じのカメラで表現したかったと思うのだが、どうなんでしょうね?

 この頃には動画・仕上げ、背景の上がりもかなりの数になっていたはずである。それもその筈で3月半ばのあの打ち合わせ以降、不眠不休で演出チェック、作監・美監作業を続けてきたのだ。
 だと言うのに撮出しを出来る数が異様に少ない。
 撮出しに関しては以前にも触れたが、セルと背景が揃い、カットによってはエアブラシなどによる特殊効果、略して特効が入った時点で素材を組んでみて、指示や素材の不備など撮影所に入れる前の最終確認を行うプロセスがこの撮出しである。一日に2〜3カット、多くても6〜7カットくらいだ。ひどいときは一つもないことすらある。すでにフィルムになっていたのは300くらいの物であったろうし、全部で約1000カットとして残り700、週平均にしても30カットも出せないとなると、単純に計算しても数ヶ月もかかることになるではないか。んなアホな。

 無論最後にはどっとまとまった数の上がりが来るはずで、一日に50だの100だのと言う不況知らずの景気の良い数の撮出しが行われることになる。そうなれば当然ミスも多発することになるであろうし、結果撮影でのリテークもかさみ最悪はリテークも出せない事態になる。事実そうなるのであるが。それを避けるためにも毎日少しずつでも撮出しをしたいのだが、これが何とも素材が揃わない。これまでに毎日作監作業でも一日7〜8カットは出しているのだから、この時 期に同じくらいの数を撮出し出来ても罰は当たらないだろうに。

 いつのことからは判然としないが、私の度重なる「ハマグリ追放」の嘆願に、ある程度の願いが聞き入れられた。さすがにプロデューサー側としてもハマグリ を今更外すわけにも行かないので、現場的な仕切りをハマグリから分離して、マッドハウス内の他の作品の制作の方に役割を分担してくれることになったのであ る。多分6月も半ば過ぎの頃であったろうか。
 原画、動画の仕切り、背景の仕切り、コンピュータに絡んだ処理、とそれぞれの部門を数人の制作の方に見てもらうわけだ。無論彼らは自分の担当作品もある わけで掛け持ちになり大変な負担を強いられたであろう。だがこちらとしては非常に心強かったし、ともかくハマグリでないというだけで気も楽なのだ。昔の映 画でいえば騎兵隊の到着というところか。
 「制作応援」と呼ばれたこの方々のクレジットは完成したフィルムには残っていない。実はゼロ号の段階ではあったのだが、「みっともない」という理由で初号では削られたのである。が、この方々の「応援」がなければ完成も危なかったのだ。

 さて制作応援の方にヘルプに入ってもらって、早速の劇的な効果があった。あまりの劇的な事態に私は涙と怒りを通り越してすっかり呆れてしまった。
 背景進行を担当してくれた方が、数字上のデータを当てにせずアナログな方法で、まず上がっている背景の数を数えたのである。一方セル上がりの担当の方も 同様に手作業で一つずつ確認してくれたわけだ。混乱した制作体制においては最も有効な手段であろう。修羅場に妙に慣れている、というのもいいんだか悪いん だか分からないがともかく心強い。
 その結果である。撮出し出来るカットが出てくる出てくる。数十近い数ではなかったろうか。
 それまで撮出しの数が不自然に少ないことを制作にただしても、

 「セルも背景も数はあるんですけど、組めるものが無いんです。それに特効待ちもあるんで」

 という答えしか返らなかったのだが、それがどうだ。
 組めるカットは出てくる、特効待ちといわれていたカットは棚に置きっぱなしで発注さえされてない。それじゃ待てど暮らせど上がりが来るはずもない。
 何ヶ月も前に上げて置いた筈の原図も放置されたまま。スケジュールを短縮のために制作に「早く出してくれ」と言われて苦労して出したカットが、その制作の怠慢で放置される。
 カット袋の管理、カット番号の突き合わせさえ出来ず、制作は一体何をする仕事だというのだ。電話番か。いやそれすらも出来ないことはもう分かっているではないか。
 ふりをして電話を塞いでいても肝心なことはなにも連絡を入れない。ある時制作が誰もおらず私が電話を取ったことがあった。外国人選手マックを貸し出してくれているレンタル会社からであった。

 「レンタルの期間がまもなく終了するので、延長するかどうかの確認なんですが……」
 「延長することになると思いますが、今担当者がおりませんのでこちらから折り返し連絡を入れさせます」
 「あの、担当のハマグリさんという方でしたか、随分前から何度も連絡を入れてもらうように伝言をお願いしておいたのですが……」

 レンタル会社の方が、まさか「ハマグリさん」などとは言った訳ではないから誤解しないように。
 それにしてもまったく。

 「忘れてました」「気がつきませんでした」

 度重なるお定まりの言い訳。
 だがもうこの頃には私にも気持ちの余裕があるわけではない。それらのセリフはこのようにさえ聞こえる。

 「忘れようとしてました」「気がつかないようにしてました」

 あながち遠くはあるまい。

 話は前後するが、この「制作応援」が入ることがハマグリに通達されていた、まさにその時のことであったろうか。
 深夜2時も過ぎた頃、“ピエール”松原君から電話があった。
 ハマグリら制作は上記のことで2階に呼ばれており不在。その時3階には原画の直しに入ってもらった“大トラ”鈴木さんと私しかいなかったと思う。
 さて運悪く電話を受けたのが鈴木さん。
 何事か答え電話を切り、おろおろした様子で私に向かって言う。

 「あの、松原ってあの松原さんですよね。」
 「ピエール? 多分そうじゃないかな? 何で?」
 「いやなんかすごい勢いで、『大判の紙持って来いって言ったのに全然持ってこないじゃないか!!』ってブチ切れてましたよ。」

  この日松原君の原画上がりを制作が回収しに行った際、松原君は次のカットのためにすぐ大判の紙が欲しいということで持ってきてくれるよう制作に頼んでいた らしい。それが待てど暮らせど持ってこない。紙がなければ仕事が出来るわけもない。何故に頼まれたことがすぐに出来ない!? 無理を言って松原君には急い でもらっているのに。
 松原君にもそして電話を取った鈴木さんにも気の毒なことをした。制作に間違われて怒りをぶちまけられる謂われもなかったろうに。
 そのことを制作にすぐに伝えねばならないのだが、私が制作会議に顔を出すのはさすがにまずい。階下では「ハマグリを切ってくれ」という私の度重なる要求で話し合いが持たれているところにのこのこ顔を出すほど私も面の皮が厚いわけではない。ホントだよ。
 結局鈴木さんが伝言を伝えてくれたのだが、それにしてもそんなことまで気を回さにゃならないものなのか?監督って。そりゃ何でもするけどさ。

 ただでさえ少ない「撮出し」に加えて、今度は撮出ししたカットのラッシュが上がってこない、という事態が出来した。一体どういうことだよ、まったく!?
 考えられるのは撮影所に入れたカットが撮影されていないというケース。撮影スタジオも特定の作品だけを扱っているわけではないので、同じ作品のカットが ある程度たまってから撮影する。だが、2週間も前に出したようなカットがフィルムにならないわけもない。しかも確認の結果撮影は間違いなくなされたカット のラッシュがないことが分かった。どこに消えた? まさか暗黒ブラックホールの持ち主がラッシュまで呑み込んだというのか?
 それも1カット2カットという単位ではないのだ。ラッシュのロール数本が丸ごと行方不明で、ラッシュチェックがないままに勝手に「OKテイク」とされた カットは数知れない。チェックの上時間的な理由でリテークを出せないならまだ納得できるが、見てもいないカットが通過していくのは許せるものではない。し かも時間的にはまだ余裕があった頃に出したはずのものさえチェックできない。ただの偶然か?
 確かに勝手に「OK」とされたものは撮影だけではないし、以前記したと思うが「音楽」もまたそうであった。それがこの作品の宿命だというのか。
 いや違う。およそ偶然ばかりでは考えられないことがあまりに多い。人為的な意図が介在していると考えても、一概に私だけの「疑心暗鬼」と非難される謂わ れはないはずだ。スケジュールは遅れに遅れているわけだし、チェックが入れば当然リテークの可能性があり、それはすなわちさらなる時間と労力を要求する。
 色々な人間がそれぞれの立場で「もうこれ以上遅らせたくない」と思っているこの時期、反則の一つや七つが飛び出すのは無理もないし、誰か一人の思惑による「事故」とも思えない。
 「是非良いものにしたい」という耳あたりの良い言葉を口にする人間は数多にいるが「そのための努力」の裏付けがあるケースは殆どないといっても良い。
 楽をして良い物が出来るなら世の中には傑作が溢れているだろうに。こういうことをいうと、大概が「自分なりの努力」などというたわけたことを口にする が、それを鵜呑みにするほど私も人はよくない。結果の伴わない努力が評価されたいなら学校にでも戻るしかないだろうさ。
 この「ラッシュがない」というのは今もってその理由の真相は分からない。多くの修羅場に接してきた演出・松尾氏にしても「ラッシュが無くなるなんて経験 今までないし、普通考えられないですよ」というくらいだからおよそ「パーフェクトブルー」というのは色々な意味で「特別」の作品なんでしょうよ。トホホ。

 自分の持ち分が終わった原画マンは随時、他の人のこぼれ分や直しの作業に入ってもらうことになっており、制作会議において具体的な割り振り等も検討されたりもしていた。 時期的に前後はあるが、直しやこぼれをお願いした原画マンは数多い。
 自分の担当するレイプシーンが大変なうえに安い単価で苦労をかけた新井浩一さんには、持ちカットを終わらせて後「何かできることがあれば」というありが たい言葉をもらい、実際に大変忙しい氏のスケジュールを空けて待っていてくれもした。だというのにやはりここでも制作の連絡ミスにより善意の半分がどぶに 捨てられる。
 作監・濱洲氏と新井氏は東映動画の同期で親しい関係にあり、直接連絡を取ったりもしていたので、善意の残り半分に預かることが出来て大変なカットの直しを二つほどお願いすることが出来た。
 外注でお願いしていた方では他に、雨の埠頭でのダブルバインドロケシーンあたりを中心に原画を担当してくれた山田まことさんは、二村君のこぼし分をはじめ最後まで直しにお付き合いいただき大変助けてもらった一人。
 中にいるスタッフで一番当てにしていたのは、冒頭のチャムのコンサートシーンを担当してくれた森田君であったが、担当分で精魂使い果たしたのか、はたま た給料問題でのトラブルが原因なのかそれとも他の事情があったのかは分からないが、残念ながら持ち分が終わった時点で抜けることになり、戦力的には予想外 の大幅な低下を余儀なくされた。
 最初に出てくる「ダブルバインド」撮影所のシーンを60カットも担当してくれた川名久美子さんは、着実なペースで担当原画を上げてくれた上に、次の仕事 「人狼」に入るまでということで“ラーメン男”栗尾のこぼしたカットを担当してくれた。未麻が内田に襲われるシーンで、内田が「違う違う違う違〜う!!」 と叫ぶあたりを数カットであったろうか。ここでも良い仕事を残してくれ、私は大変好きなカットの一つである。
 川名さんはフリーのアニメーターなのだが「パーフェクトブルー」の前は同じマッドハウスの劇場「X」に参加し、パーフェクトブルーの後はプロダクション IGの「人狼」、これを書いている現在はマッドの劇場「メトロポリス」という具合で、業界で「大変な作品」といわれるものには必ずと言っていいほど参加し ている苦労好き、といっては失礼か。頼れる原画マンである。
 他にも“大トラ”鈴木さんや、“温泉番長”勝一氏、多田さんなどにも直しやこぼれをお願いすることになるのだが、それはまた後に触れるとする。

 「人狼」の話が出たので、ついでにここで一つエピソードを紹介しておく。
 多くの方に原画の直しなどを手伝ってもらったがそれでも手が足りないことに変わりはない。

 「誰か手伝ってくれる原画マンはいないのか?」

 制作会議の席上そのセリフが出る度に私は随分と頭を悩めたことがあった。口には出さなかったが私には実は当てがあった。それも強力な当てである。おそらく今の業界で、これ以上当てがないというくらいの素晴らしい当てである。
 ご存知の方もいるかもしれないが「沖浦啓之」という「超」がつくほどの一流原画マンで「人狼」の監督でもある。

  「人狼」は98年8月末現在もまだ制作中であろうが、その製作開始は「パーフェクトブルー」と同じような時期である。実は4℃制作、川崎博嗣監督の「スプ リガン」というのもスタートはほぼ変わらない。予算の違いにより「パーフェクトブルー」はこれらの作品よりは一年も前にアップしたわけだ。
 これらの作品はちゃんとした「劇場作品」であり、パーフェクトブルーは「激情作品」いや「劇場風作品」なのである。「手打ちそば」と「手打ち風そば」の 違いくらいあるのよ。ちゃんとしたお店で食べる「手打ちそば」と、コンビニでも手に入る「手打ち風」とでは、差があって然るべきである。見る機会を楽しみ にしている。
 そうは言ってもお客さんにとっては劇場で払う入場料は同じなわけだから言い訳にもならないが。

 両作の監督とも知り合いであるし、その知人関係は業界内でもかぶっていることが多く、重なっていた制作期間中はスタッフの取り合いということもあったかもしれない。
 であるにもかかわらず、何故「人狼」の監督、沖浦君を当てとして考えられたのか、と言えば、「貸し」があったのである。貸し、などと恩着せがましくいうほどのものでもないのだが。
 実を言えば私は「人狼」をちょっとだけ手伝っている。と言ってもパーフェクトブルーのコンテにも入る前、1996年正月の頃の話である。そうだ、まだ漫 画「OPUS」の連載をしていた時期だ。連載の合間の貴重な休日を割いた上に無料奉仕したのだから、少しくらい偉そうにしてもよいか。
 ちょっとだけ「人狼」のシナリオを直す手伝いをしたのである。
 1995年の年末に沖浦君に作品のことで相談を受け、翌年頭に私の家で丸一日かけて沖浦君がやりたい方向でシナリオの技術的な部分で相談に乗り、結構な数のアイディアも出させてもらったりもしたわけだ。

 更に横道に逸れるようだが、この話をしたとき“ラーメン男”栗尾はこう言った。

 「脚本の直しとかってなにやるんスか?」
 「全面的に直す訳じゃなかったから、沖浦君が強調したい部分とか削りたい部分とかを聞いて、その方向に則って最低限の押さえておくこととか必要なセリフだとかエピソードだとかのアイディアを出すんだけど、基本的には自分のじゃないからね」
 「脚本は誰なんスか?」
 「押井 守」
 「げ、手伝ったんスか?押井さんの」
 「別に押井さんを手伝ったわけじゃない。沖浦君のを手伝ったんだよ」
 「直すって事はちゅまんなかったんスね?」
 「さぁ人によるんじゃない? それは」
 「でも直したんでしょ?」
 「俺が直したかったわけじゃないよ。自分と何の関係もない作品なんだし」
 「関係あったじゃないスか、押井さんと。ギャハハ」
 「無かったことになってるから(笑)」
 「沖浦さんにウソ教えちゃえば良かったのに」
 「こらこら」
 「ちゅまんなくしちゃえば良かったじゃないスか。良くすることも出来るなら逆も出来るでしょ今さん、ギャハハ」
 「ウソ言ったら面白いかとチラッと思ったけどな」

 本気の会話じゃないからな、念のため。ギャハハ。

 ともかくその時の恩を感じてくれたのか、パーブル制作中に沖浦君からはこんなセリフを賜った。

 「もしどうしようもないほどひどい状況の時には沖浦がいますよ、今さん。一週間なら自分の作業を止めても手伝います」

 いちいちかっこいいやつである。
 向こうの制作にもそういう事態もあるかもしれないとまで言ってくれていたというが、ありがとよ。
 しかし後に一緒に飲んだ折りに沖浦君は言っていた。

 「今さんのことだから頼んでは来ないだろう、とは思ってた」

 そうか、やはり分かっていたか。

 「俺も何度か迷ったけど、頼む気はなかったし、沖浦君がそう思っているだろう事も思っていたよ」

 よい関係だろ、結構。エヘへ。
 という事からも分かるように、結局私はこの巨大な「当て」を頼むことはなかった。
 何故かと言えば、私は「借り」は覚えていても「貸し」については返してもらう気などあまりない方だからである。もっとも、濱洲さんの腱鞘炎の問題や作品 の質、残された時間を考えても頼むべきではあったのだろうが、私も「監督」としては甘い部分が多すぎる、ということか。

 「当て」は使わなかったが変わりに下りた「保険」という話もある。
 というのも、だ。兼ねてから懸念されていた“ピエール”松原君のカットが遂にこぼれたのである。
 原画アップの最終ラインは6月末である。動きの多いシーンで更に絵の上手な松原君の原画であるから、作監の手間は非常に少なく作監作業ギリギリまで粘っ ていたのであるが、どうにも間に合わないとの本人の弁である。手持ちの残りカットは12であったろうか。電話の向こうで松原君が言う。

 「3つですかねェ……」
 「3つ? いやそれくらいならこっちで何とかフォローできるよ」

 ダビングのため松原君がラフ原画を描いてくれていたので、そのくらいなら手分けして出来そうであった。

 「いや、3つしか無理ですね」

 ぎゃああ。
 こ、九つであったかこぼれるのは。

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