■あなた、誰なの?

  遂にプロデューサー自らの要請で声優のキャスティングをフィックスさせることに。だがそこに至るまで、キャスティングが決まるまでには幾多の道のりがあった。

 今回は時間を少し遡るとする。

 身長1メートル75センチ、靴のサイズ26.5センチ、褐色の肌で筋肉質の屈強な女性。最初に私がその名前からイメージしたのはそんな女性像だった。

 岩男潤子。

 未麻役のオーディションテープに添えられた声優リストの中で、まずその名前で私にインパクトを与えたことは間違いない。
 「凄い名前だな。いわおとこじゅんこ。どんな女だよ?」
 「岩男潤子(いわおじゅんこ)でしょ? オレ持ってるよ、CD。」
 と、二つとなりの席から声があがる。“温泉番長”中山勝一氏である。早速ジャケットを見せてもらうと、小柄で可愛い感じの、先の印象とは全く対照的な子ではないか。
 「これのどこが岩の男?」

 MELODYから平沢進・P-modelまでとさすがに守備範囲の広い勝一さん。近代野球の要はセカンドと言われるが、パーブル班のセカンドはや はりこの人ではないだろうか。よく知ってるし、またよく持ってるよ。我がパーブル班で唯一アイドルに入れ込んだことのある、貴重な人材だ。かつてはゆうゆ のファンだったと言う。私はゆうゆのお姉さんの方が可愛かった気もする。何だそれは。

 私は前にも書いたかもしれないが、アイドルなるものに入れあげたことはない。手に入りそうもないものにあこがれる趣味はないらしい。唯一それに近 い感触としては、高校生の折りにそのビジュアルも含めて大変好きになった久保田早紀だけだ。アルバムはみんな持っている。今だって久米さゆり名義のCDを 探しているくらいだ。

 そんなお前が「異邦人」だって? 失敬な。
 (☆本気で久米さゆりさんのアルバムを探しています。知っている方がいたら情報を教えて下さいませんか。)
 ちなみに他に好きでアイドル視していたといえば、日本テレビアナウンサー、木村優子さんくらいかな。私のあこがれ。

 声優のオーディションが行われたのがいつのことだったか覚えてないのだが、沢山の女性声優さんを見たいはずの私が、オーディション当日に行かなかったことを考えると、かなり忙しくなっていた頃には間違いない。返す返すも残念だ。
 普段アニメも吹き替えの洋画も見ない私は、声優さんに関する知識はほとんどなく、特に女性声優さんの誰が人気があるとか、何の役で有名だとか全く知らな い。当時知っていたと言えば、テレビで見かけた、けったいなキャラクター「へきる星人」くらいだったろうか。遠い星から声優の出稼ぎとはご苦労。まだ帰ら なくていいのか? 故郷に。ご両親も大変心配しているだろうに、色々な意味で。

 ともかく、ことさらに声優さんの希望はないこの私にとってはオーディションが頼りである。「なるべくわざとらしい芝居をしない人」というのが、私が音響監督の三間さんに出した注文だったかと思う。いわゆる「アニメ芝居」にはおぞけがふるう。

 それにしても音響監督と主人公の名前が、決して名前としてはポピュラーな音ではない「ミマ」だったという偶然は、少なからぬ驚きであったと思う。
 「三間さん、未麻の声ですけど…」話しかける際に違和感は拭えない。

 三間さんの方で未麻役の声優候補を具体的にチョイスして貰い、また各声優事務所にオーディションの案内を出したりしたようだ。
 オーディションでは、シナリオから抜き出したいくつかのシーンを沢山の声優さんに演じてもらうことになる。日常芝居、テンションの高い場面、バーチャル 未麻等々、バリエーションをつけたシーンのセレクトだ。一人あたり3〜4分だろうか。手元にテープが残っていないので、どれほどの人数だったか定かではな いが、未麻役だけで20〜30人は下るまい。

 ルミ役もテープで選んだ記憶はあるがあまりにすんなり決まったせいか、どれほどの数だったか覚えていない。そのくらいルミ役に関してはあっさり松本梨香さんに決めたような気がする。
 作品完成後、彼女と親しくお話しさせてもらう機会があったときに聞いたのだが、オーディションを受ける前から「ルミ役は絶対私しかない」と思ってくれて いたと言うから、まったく有り難いとしか言いようがない。後に詳しく書くつもりではあるが、確かに絵にはない部分まで含めて「ルミ」を演じてくれた松本梨 香さんの演技には、感謝のしようもないほど作品は救われたと思う。
 最高の人選だった。私の耳に狂い無し。

 未麻役を選ぶのには苦労した。シナリオやコンテ、あるいは具体的な作画作業に入っても、演技のイメージはあるものの、キャラクターの「声」そのもののイ メージというのはなかなか明確には浮かばなかったし、あってもシーンによってばらつきがある。だから最初に未麻のセリフを耳にしたときは違和感こそ感じて も、イメージに合う人などいるわけもなかったのだ。

 「私の未麻はどこにいる?」

 未麻役のリストの中にはエンディングテーマを歌う予定の川満美砂ちゃんの名前もあった。声の質はかなり私が思う未麻の感じに近いのだが、さすがに素人に頼むほど私も冒険家ではない。植村直巳の二の舞は避けたい。そういう事言うなって。

 確か未麻役のオーディションは2回行われたはずで、両方のテープを合わせると2時間を超える量だ。それをスタジオで繰り返し聞いたのだが、聞くほどに分からなくなってくる。
 細かな芝居を聞くにはやはりヘッドフォンがよいので、仕事をしながら耳元で聞くのだが、20〜30人の女性の声で同じセリフを繰り返し聞かねばならないというのは、いかに仕事とは言えなかなかの忍耐が伴う。

 悪夢のような「あなた、誰なの?」無限ループ。

 作品中重要なキィワードにもなっているセリフなので、ヘッドフォンを外してもこのセリフが特に耳について離れなくなる程だ。
 「あなたのお名前、何てぇーの?」算盤の音も耳に鮮やかに甦る。それはトニー谷。知らない若者は気にせんでよい。

 「あなた、誰なの?」どうも初めまして「あなた、誰なの?」今 敏と申します「あなた、誰なの?」これでも漫画家やってます「あなた、誰なの?」 今ではアニメの水にも慣れまして「あなた、誰なの?」すっかり監督、この作品の「あなた、誰なの?」同じことばかり言わないで「あなた、誰なの?」ウェブ ロボットみたいに言わないで「あなた、誰なの?」…「あなた、誰なの?」…「あなた、誰なの?」…「あなた…」

 お前こそ誰だよ。

 声優のリストと照らし合わせ×印をつけていく。第一印象を大事にしようと思ったが、数の多さもあって消去法をとることにする。はい、この人はバッテ ン……この人は……保留…この人はちょっとよし……という具合だ。オーディションに立ち会わなくて良かったかもしれない、と真面目な顔で遠い目をしてふと 思う。と言うのも相手の顔が見えてしまうと、それがもしも可愛い子で私の好みだった日には、無下に消去できなかったかもしれないからだ。

「ねぇ君、この主役が欲しいなら…ひひ…わかっているよね?」
「あ、いけません監督、そんな……」
「なぁに一晩だけでいいんだよ、ね? ほら力を抜いて…」
「あ〜れ〜っ」

 そんなAVの様なことがあるわけもないし、しているほどの暇は、無い。あったらするのかって? どこぞのプロデューサーや監督じゃあるまいし。誰 かって? 私は知らないよ。あくまで噂ですよ、ウ・ワ・サ。○○の××が声優を食っちゃったとか△△の□□が誰それに手を出してフラれたとかね。いつアニ メ界に写真誌の魔の手が伸びるかも分からないぞ、桑原桑原。

 話を戻す。リストの中からまずどうやっても使えそうにない、あるいはイメージがまったく違う人は削除していったのだが、それでも残った数は十数人だったろうし、迷いが出るとつけたはずの×印を消したりなんかして、なかなか決められないのだ。この天秤座め。
 ほとほと困った。あまりに麻痺してきて誰でもいいような気さえしてくるのだ。

 とある深夜、周りの意見も聞いてみようと仕事中スピーカーで音を流してみる。

 「あなた、誰なの?」

 「この子は誰なの?」と、周りにいた原画スタッフが聞いてくる。朝方も近いということもあり、ビール片手に勝一さん、二村君あたりとテープに耳を傾ける。
 勝一さんは私が真っ先に×印をつけたはずの、全くもって素人臭い子を気に入ったようで力強く推薦。
 「危うい魅力でいいよォ。シロウト臭さにもうメロメロ。どっして、ワッカンナイっかな。俺はこの子を応援しちゃうな、多分オレだけだろうけど」
 だから私は冒険家ではないって。

 二村君は前出の川満美砂ちゃんがお気に入り。とは言っても彼はチャム楽曲収録時のビデオで見た彼女のビジュアル優先なのだ。そりゃ可愛いけどさ。 私だって初めてマッドの打ち合わせであったとき、未麻と同じ髪型で来てくれた彼女を悪くは思わないさ。しかし私は自分の作品のほうが可愛いのさ。
 二ちゃんは力説する。
 「僕はカワマンがいいよ、カワマンが」
 カワミツだって。さては言葉の響きが好きなだけだな、お前。
 聞かなきゃ良かったかもしれない。混沌はなおさら深まる。

 本当にもう誰でもいいような気がして放っておいたのだが、それで済むわけもなく気を取り直して全ての声を聞いてみる。無論、絵を描きながら。
 繰り返し繰り返し聞いているうちにふと耳に残る声がある。

 「やっぱり、いわおとこ、か」

 最終的に私が候補として選んだのは、岩男さんと矢島さんという方の二人だったと思う。矢島さんというのは「クレヨンシンちゃん」の声だという。物知りだな、勝一さん。
 あの鼻の詰まった声の「クレヨンシンちゃん」。あまりに意外な感じを受ける向きもあろうが、安心して聞ける魅力があったのだ。普通に聞こえる、これは特筆してもいいと思う。それに「シンちゃん」の声で未麻を当てていたわけじゃない。それはそれでおかしいけど。
 ともかく、本命と押さえは必要なもの。

 プロデューサーにその選択を伝えたところ、一も二もなく「じゃ、岩男に決まり」
 「矢島さんは確かに上手いし、ある意味無難ではあるけど、極端な話ルミ役でも出来る。そういう人を選ぶ作品じゃないと思う。」
 その通りだ。確かに本命は決まっている。

 「岩男ですか。監督からはその辺の名前が来るんじゃないかと思ってました」
 音響の三間さんはそう言った。俺もつくづく無難な人間だな。ホントか? そう思っているよ。
 「いやぁ、いいんですけどねぇ、岩男も……」
 腕組みをして答える三間氏。何だか含みのある言い方ですね。そのココロは?
 「あまりに狙い過ぎだと思われる気がして……」

 エ?

 元セイントフォー? 

 岩男潤子が!? 

 歌う角兵衛獅子と言われた、あの何億円だかのハズレくじと言われたあのセイントフォーの一員だった!? 
 メガネの子しか覚えてないけど。

 当たりくじ。
 直感した。セイントフォーはハズレだったかもしれないが、彼女は当たりくじに違いない。ちょっと作った感じの芝居は鼻についた気はするけど、私は再三言うように冒険家ではないのだから。

 いいじゃあないか、アイドル脱皮(笑)を図りB級アイドルグループを抜ける主人公の声を、元アイドルが当てる。話題性抜群、しかも同席していたスポンサーの担当者・ミスターREXも「岩男さんなら人気もあるし、宣伝効果もあってうちとしても嬉しい」ときたもんだ。
 そう言われると他の人にしたくなるな、なんだか。この天の邪鬼。
 そうか、人気あるのか、いわおとこ。知らなかった。
 「それにしても、すごい偶然ですねぇ元セイントフォーとは」
 と、私。
 「けど、あまりそれは触れない方がいいみたいなんでね、事務所的には」
 はあ、分かる気もする。そんなことはともかく、未麻役は岩男潤子に決定。

 「勝一さん、勝一さん、知ってた? 岩男潤子、元セイントフォー」
 「あ、やっぱそうなんだ。確かセイントフォーでも一人メンバーチェンジした、後期のメンバーだった筈なんだけど、よく覚えてないんだよね。」
 それだけ覚えてりゃ大したものです。
 「何だぁ、結局未麻は岩男潤子なの? 何か普通すぎるんじゃない? オレの一押しのあのシロウトみたいな子は? ダメだよもっと冒険しなきゃ(笑)」
 いや、だから。

 基本的には主役が決まればそれを中心に脇のキャストを決めていくということだったので、三間さんに他の役のオーダーをチョイスしてもらうことにな る。先にも書いたがもう一人の重要な役どころ、ルミはあまりに簡単に松本梨香さんに決めた気がする。その他の、特に男の役者さんに関してはオーディション ではなく各声優さんのプロモーションテープを聞いて、その声で判断することになった。全ての役に関して私が決めたわけではないし、かなりの部分は三間さん に負うことになったが、難しかったのはやはり田所役。

 あくのある声が欲しいのだが、かといって作ったような芝居では困る。最初、三間さんに何人か候補を出して貰ったのだが、もう一つという感じで更に 数人候補を追加してもらいそのテープを繰り返して聞いたのだが、どうもしっくりこない。田所というキャラクターは「声」そのものイメージより、芝居のイ メージのほうが圧倒的に強くて、「田所」のセリフを喋っているわけではないプロモーションテープでは何とも判別しにくかったというのもある。

 私の中にあった田所のイメージは、作監などに説明した言葉を引用すれば「イッセー尾形が演じる特に脂っこいキャラクター」であった。そりゃ難しすぎるか。
 結局、難航した末に田所役と絡みの多いルミ役が松本梨香さんということもあり、彼女とのバランスや格も考慮に入れ、プロデューサーの判断もあり辻 親八さんに決まった。
 他には内田役というのも難航したと思う。こいつの声は脚本の時から一つだけイメージがあって、体格の割に妙に声が高い、ということだった。内田は終盤に なるまで全く喋らないので、緊張した場面で初めて喋るときに、お客が意外に思うような、というより神経に障るような「甲高い声」が必要だった。演出は使え るものは何でも使うのが鉄則。
 テープで聞いただけでは判別しにくかったのだが、プロデューサーの「もうキャスティングをフィックスさせたい」というプレッシャーも有り、イメージがもっとも近そうだった大倉正章さんに決める。

 さて、前回「さぐりあい、腹」に記した不毛な打ち合わせからそう間もない頃のことだと思う。プロデューサーが慌てた様子でキャスティングをフィックスさせるということは、当然近いうちに予定が組まれるということだ、アフレコの。

 アフレコ。アフターレコーディングの略である。アフターというからには何かの後でレコーディングするということだろう。何の?。無論フィルムが出来上がった後ということだろう。

 この時期にフィルムになっていたのは、おそらく50カットにも満たない数である。1000弱のうちの50以下である。5パーセント。いつアフレコ の予定を入れるのか? 仮にも4月いっぱいにフィルムアップというスケジュールを出してきたからには早くても5月頭くらいであろう。もっともそれまでに フィルムが出来るわけなど無いと踏んではいたのだが。では制作の引いた4月いっぱいというスケジュールはともかく、我々絵描き側の現場サイドでどのくらい の完成を予想していたのか?
 夏。
 暑い盛りにフィルムアップ。それも妥協の上に滅茶苦茶頑張って。
 随分と開きがあるのがお判りだろう。
 実を言えば、監督である私はもう少し甘い読みをしていたのだが、“パーブル班の理性”と言われた演出・松尾氏は正月から、いやそれ以前から主張していたのだ、夏には終わると。

 図星。結果的には図星となる。ベータ版とも言えるゼロ号試写は7月14日、初号試写は8月12日に行われた。が、この頃にはまだゼロ号、初号などまだ見果てぬガンダーラである。

 無理とは分かっていても早急なる完成を目指し、妥協の上に手抜きを重ね、肉体には無理を強要し続け、私はレイアウト・原画チェック、はたまたこの 期に及んでも必要な設定等々に追われていた。件の打ち合わせで、我々の仕事を監視して欲しいという意味で、こちらから提案した3〜4日ごとの経過報告・打 ち合わせは、素晴らしく物覚えの良いハマグリのおかげでたったの1回しか行われず、様子見の10日も過ぎ、3月も終わりを迎えたある日。私はまたも深夜、 ハマグリの上司に当たる人間に呼び出される。

 「ここ10日くらいのみんなの頑張りにはね、確かに頭が下がるんだよぉ」
 毎日の作監上がりのデータを前にして言う。
 「この日なんか一日700枚以上出してくれてるよねぇ。」
 「濱洲さんがとにかく頑張ってくれてるんで」
 そう答える以外に何が言える。どれだけ泣いてると思っている。
 ちなみにここで言う枚数は、作監が描いた枚数ではない。動画枚数のことだというくらい業界の人間には分かると思うが、そうでない人は700というのは、 「パーフェクトブルー」くらいの規模の作品でもかなり「大変な数字」と思っていただきたい。ワンカットで使う枚数はカットによってまちまちだ。例えばキャ ラが止まっていて、口をパクパクして喋るだけだと、4枚。芝居が細かいカットや、派手なアクションがある場合には、ワンカットで100枚を越えることも多 い。しかしそれはあくまで動画の枚数であり、原画の枚数は当然それより少ない。原画で描かれた絵の間をその指示通りに割って動きを埋めていくのが動画であ る。
 「一日○○枚」というのはチェックしたカットの動画の合計枚数を指す。分かりにくいかもしれないが、枚数が多いカットというのは、必然的に原画も多く、それに絵を乗せる作監の手間も増えるということだ。
 制作の要求してきたスケジュールだと、作監にして「毎日1000枚」である。「(笑)」がつくような数字だし、一人の作監ではどうやったって無理な数字だが、某作品では1500とか2000という要求もあったと聞く。可愛いものか。

 残っている作業量を残った日数で割れば一日のノルマは簡単に出せる。しかし内容的な問題も含めた可能な作業量や現状を把握しもせず数字だけ出せばよいのなら、制作に聞くまでもない。

 こちらのペースで考えてばかりいたら、いつまでたっても作品が完成するわけもないので、多少の無理は当然だと思う。スタッフの通常のキャパの 1.5倍、譲歩して2倍のペースならそのための実現方法も考えるし努力もする。それが3倍4倍となり明らかに実現不可能な数字を出してスケジュール引かれ ると、やる気さえそがれるというもの。

 第一そんな状態になるまで放っておいた管理責任は制作にあるだろうに。

 「一生懸命なのは分かるんだけども、これじゃあ間に合わないんだよねぇ」
 「ええ、そうでしょうね」
 当たり前だ。上手な原画マンのカットをまとめて流して一日700に達したと言っても、普通は200〜300枚が限度だ。
 ちなみに最終的な「パーフェクトブルー」のワンカット平均の動画使用枚数は、29枚。ということは制作のいう「1000枚」という数字を達成するためには、一日30カット作監を出すという勘定になる。出るわけない。
 「約束した通り、根本的にやり方を改めないとダメだねぇ」
 「約束した通りの作監補、直し専任の原画マン、原図整理の人間はどうなったんですか? 誰一人新しい人間が入ってないじゃないですか。根本的に考え方を改めないと完成なんかしませんよ」
 「そうは言ってもね、探してはいるんだけど人がいないんだよねぇ」
 「同じでしょ? 我々だってやってても出来ないんです。だいたい探してるったって、ハマグリが言うだけでしょ!? ホントに探してるんですか?」
 「誰か名前を挙げてくれれば、こっちで…」
 「だから何遍言ってるんです?それを探してくるのも制作の仕事じゃないですか! こっちサイドで何人の有能な人間を連れてきたと思ってるんですか!?」
 我々の手はいっぱいでこれ以上考えるのもおぼつかないというのに、まだ何か要求するというのか?
 「人がいないんだよねぇ」
 今に分かった事じゃない。
 「とにかくさ、このままじゃまずいからねぇ」
 こっちが言いたいよ。
 「スケジュールを延ばす交渉はどうなったんですか?」
 「ダメだねぇ、伸びない。頑張って延ばしても3日、4日」
 「一月二月足りない状況でそれのくらいの日数じゃ…」
 「分かるけどさ、これ以上は伸びないよ」

 ふと足元のサンダルに目が行く。切れてなぁい。
 まだまだ。それにサンダルよ、この人たちがお前の標的ではない。

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