ハマグリが子分を連れてきた。名前を出すのはやはり憚られるので可愛らしくカマキリ君としよう。ハマグリとカマキリ君、いいコンビではないか。カ マキリ君はハマグリの下について制作上の細かな進行を担当する役目であったが、ハマグリが何もしないので役割分担というのはあって無いようなものである。 かといってカマキリ君が大きな問題に取り組めるわけもないので、結局は誰も何もしないわけだ。どのくらい何も出来ないかと言えば、例えば「セロテープを 持ってきてくれないか」と頼み事をしたら、実際にセロテープを手にするまでに3回は「セロテープ」という言葉を口にしなければならないという有様。誇張で はない。セロテープならともかく、これが火急を要する事態で大事なカットを持ってこいと言うときでも一度で持って来た試しがない。意志の疎通が円滑に進む ことなど、スロットマシンで当てるよりも難しい確率だ。それ以前に疎通するべき意志があるのやら。パーブル制作中、特に後半になるに従って現場スタッフの 間でよく交わされたセリフの一つに「無能なのもやる気がないのもこの際しょうがないけど足を引っ張るな」というのがある。無駄飯食いの最強コンビここに立つ。立つなよ。
カマキリ君はハマグリがクビになった会社でやはり同じ制作の仕事をしていたらしいのだが、こともあろうに、というか大それた野心というか演出死 亡、いや演出志望で、そういう仕事をするために以前の会社を辞めたという話。手が足りない、というよりオツムの足りない制作のテコ入れとして彼としては不 本意ながら我がパーフェクトブルー班に雇われたという経緯らしい。ここで改めて紹介しておくが、我が班の制作組は無能の王様ハマグリを筆頭に、その子分・ カマキリ君、新人のネズミちゃん、更にド新人のガンプくんの総勢4人の揃い踏み。4人が揃えば半人前。減るなよ。ちなみに通常の作品よりは担当する人間の 頭数は多い方だ。それとここで使う彼らのコードネームにはあまり意味がないので深読みしないように。クスクス。
さてカマキリ君の着任に伴いそのポジションを占めていた女性が異動となり、これでパーブルの制作に最初から関わっている人間は誰もいなくなると同 時に、制作、メインスタッフ全てがこの制作会社にとって外人部隊となる。これがどういう意味かお判りだろうか? 少なくとも良いことではないことぐらい想 像に難くない筈。当の制作会社の人間が誰もつかない(新人は別にして)ということは、その会社のにとって当然「看板作品」な訳もなく、序列としてはかなり 下位の部類と宣言されたようなものではないか。無論制作会社の中で動かしている作品に序列をつけるのは当然のことだとは思う。もっとも事はそれほど単純で はないだろうし、これが全く正しいものの見方とは思わないが、当時の心境としては扱いが悪いのは全てそのせいに思えてくるのだ。被害妄想?そうかもしれな いが、ただでさえ苦しい状況でそんな疑心暗鬼まで抱えた日には精神状態によろしいはずがない。制作状況の進展とともに、我々スタッフの背中に担ぐリュック には様々なよけいなものが放り込まれていく。山頂は遙かに遠いというのに。
カマキリ君も口先で演出脂肪、いや演出志望というだけはあって、着任当初はやる気の断片くらいは持ち合わせていたようだ。前回の終わりで触れた が、プロモーション用の1〜1分半のフィルムを作ることになった。この時点では1カットたりともフィルムが上がっておらず、このプロモーションフィルムに 向けてカットを選び原画チェック、作監、動画仕上げ、背景、撮影をするわけだ。まずは上がっている原画の中からプロモーションとして使えそうなカットを選 びコンテを編集するのだが、当時新任のカマキリ君に気を使って私も言ってみたのだ。「俺も時間無いから、興味があるならやってみる?編集」
ハハ、私も実に心のこもらない上っ面なことをよくも言う。するとどうだ、彼は休日を利用しコンテを切り貼りして一生懸命に作ってきたではないか、使えないコンテを。
いや、それはともかく、そのやる気に私は驚きこれは良い人間が来た、と迂闊にも思ったものだ。ああ、見る目が無いというか、何故そんな早とちりをしてしまったのか。坊やだからさ。
原画がとにかく上がってない。しかも時間のない中での作業となるため、演出チェック、作監ともに負担の少ないものを選ぶと自ずと決まってくる。勢 い本田師匠のカットが多くなってしまったのだが、さすがに師匠のカットだけというわけにもいかず、無難なカットを中心に選ぶものの、当然「困ったちゃん」 の人のカットからも選ばざるを得ず、原画を描き直す羽目になる。制作状況はきわめて悪く、数十カットの内容を更に欠番を出し、本番ではそのフィルムは使わ ないという力技まで動員して急場を凌ぐことになる。
本編では使わない以上、多少キャラが似てないという程度のものは作監の負担を軽くするためにも流すつもりでいた。時間がないのだ。作監・濱洲氏に 「これくらいなら、流しても平気ですよね?」と、とあるカットを見せると寝不足で赤くなった目の濱洲氏は不敵にニヤリと笑い「直す」と一言。下手な絵は許 せないのか許さないのか。さすが頼りになる人物だ。
助っ人のマックもこの時が実戦デビューとなり、背景処理や直しのために打ち気満々で打席に入ったが、私の未熟故の不手際と制作が更に足を引っ張るという素晴らしい連係で5、4、3のダブルプレイに終わる。どこなんだよ5、4、3て。
「使えないやつ」という噂に口数の少ない外人・マックもかなり落ち込んだようだが、出来上がったプロモーション用のラッシュを見て落ち込んだ私には比べ ようもない。睡眠を削りやっつけで作ったフィルムとはいえ、初めて見る動くカットだ。フィルム選定のために試し撮りしたカットは見ていたが、やはりなんと 言っても動くのを見たいではないか。何たってアニメなんだから。同じ建物の5階に映写機があったのだが、その時いた原画マン、色指定、美監作監等と一緒に 勇んでラッシュチェックに行ったまでは良かった。期待と不安に胸は高まる。一年近く積み上げてきた苦労の成果の一端が今見られるのだ。カタカタカタカタカ タカタカタカタ……汚く汚れたその映写機が映し出したそのラッシュが進むにつれて私の中で何かの圧力が限界まで高まり、そして最後にはその圧力を閉じこめ ていたはずの容器が崩壊した。しゅーーーーーーーー………………。終わったな。
脱力感とはこういうことだったのか。だめ。こんなじゃだめ、神様。こんなフィルムを作るために一年間も努力してきたわけじゃない。「一年を棒に振る」という言葉が頭蓋内部でどんよりと踊る。「一生も棒に振る」「一緒に棒を振る」「一年生が棒を振る」「一年歩けば棒にも当たる」「年俸を棒に振る」「棒という字は分けると不幸に似ている」ああ、何を考えている。
何がひどいのか? それがよく分からない。動きが悪いのか?いや原画に問題はない。背景か?いやそういう訳じゃない。全体に色が明るすぎて品がないのは 色指定のせいか?いやそんなことはない、チェックしたときは問題はなかった。それに16ミリのラッシュで焼きの加減のことまで言っても仕方ないはず。とい うことは、もしや、もしかしたら、ひょっとして万が一、俺か。俺なのか。俺なんだ、まずいのは。
落ち込むこと海のごとし。パーフェクトにブルー再び。素潜りで記録に挑戦するのはグレートブルーだったか。エンゾになりたい。頭の中はエラーが出始め る。スタッフの一番前で見ていた私はフィルムが進むにつれてテーブルにもたれた姿勢のまま固まり目は虚ろになり、そして思考は停止した。ああ、爆弾マー ク。誰か私を再起動して。
作監の濱洲さんの話によると、私のあまりの落胆に濱洲さんは落ち込めなくなったそうな。濱洲さんほどの腕の持ち主でも、自分が関わった作品のラッシュを 初めて見るときは決まってがっかりするらしいのだが、私の電光石火の落ち込みに機先を制されたということか。何事も監督が率先するべきというのが私の信 条。
一同無言で仕事場へぞろぞろと戻り、私と演出・松尾氏そして色指定で頑張ってくれている橋本君がラッシュ部屋にリテーク出しのために残った。「ひどい」 「何でこうなる」「そんなはず無い」フィルムの出来にぼやきとも怒りともつかない言葉が口をついて出る。文句ばかり言ってても仕方がない、とりあえずリ テークを出すためにもう一度チェックしなければならない。しびれる頭で気力を振り絞る。スタインベック(フィルムを見る機械だと思って下さい)にフィルム をかける松尾氏の手つきもなんだかスローモーションのようだ。
私たちを悲しみのずんどこ、いやどん底にたたき込んだ先程のフィルムが、スタインベックの小さなスクリーンに映し出される。一同無言の間。「あれ?」 「これは…」「もしかして…」「そうだよ、これだよね」「そうそう」「ボクが指定したのはこの色だ」「俺たちが作ったのって、これだよ」にわかに言葉が 戻ってくる。光量の少ないスタインベックで見たそのフィルムは正に私たちが苦労して作っている「パーフェクトブルー」の画面だった。色合いが落ち着いて見 えるだけでこんなにも違って見えるのかというほど、先程のラッシュとは格段の差があった、気がする。色指定の橋本君が誰より安心したのではないだろうか。 このチェックで、落ち込んだ気持ちが奮い立つとまでは言わないが、多少救われたのは事実。素晴らしいフィルム、というわけではないが一生懸命最後まで作る 気になるフィルムではあった。ふとこの仕事に関わったときからの自分の中でのテーマを思い出した。
「最後までやり通す」
当たり前といえば当たり前だが、このテーマは冗談ではない。パーフェクトブルーに入る前にしていた漫画の仕事はいずれも完成を見ないまま仕事が終了して いる。「セラフィム」は原作者が無責任な形で逃げだし、片や「OPUS」は以前にも記したが雑誌がつぶれるという大技に合い討ち死にしている。どちらの ケースも決して私の中だけに原因があるとは思えない。とはいえ自分が持っている運だの業だの流れだのということに思い至ったとしても無理からぬこと。そし て「パーフェクトブルー」
「3度目の正直」か「2度あることは3度ある」か。格言もこう正反対のものがあると気休めにもならない。とにかく自分で何とか最後まで、完成までたどり着かねば。私には不似合いな悲壮な決意(笑)を固める。負けるな俺。
このプロモーションフィルム作成期間中のことだったと思うのだが、不審な留番電話のメッセージがあった。とある日曜日の夜、妻と外食をしてアル コールも入りいい感じになって帰宅すると、メッセージを伝えるランプが点滅している。ピーッ『えっと、あの〜マッドハウスの××ですけど……えっと、今 日、あの、スタジオに来てもらえると嬉しいんですけど……』制作のネズミちゃんの声だが、何だこのメッセージは? この頃はかろうじて週に一度の休日は確 保している頃で、基本的に日曜日のスタジオにスタッフはいない。『来てもらえると嬉しい』という言い回しも妙だ。誰もいないスタジオに来てほしいとは、や はりあれか。告白か。
私はとりあえず酒を飲んでいたし、この女に告白されても悪酔いするだけだ。火急の事態なわけもないと思っていたのでこのメッセージは無視しておいた。後 日聞いたところでは結局はただ原画チェックをしろということだったらしいのだが、同様の電話を受けた演出・松尾氏は人の良いことに、しかも私がスタジオに 来るという彼女のデタラメな言葉を信じて折角の日曜日の夜にスタジオ入り。しかし無論私がいるわけもなく、机の上には既にチェックが終わったカットしかな く、一人スタジオにいたラーメン栗尾に「何しに来たんすか?」とまで言われる始末。やることもなく終電もない松尾氏は、朝までゲーム「まきがめ」100本 ノック。全く制作の仕切りの悪さというか、頭の悪さは筋金入りだ。社会に出る以前に義務教育くらいは受けて欲しいものだな。
今回は本文と関係するようなビジュアルを思いつかなかっ たので、最近描いた「パーフェクトブルー」宣伝用ポスターの絵を載せてみました。どこかのアニメ雑誌に「元漫画家」と書かれていた私ですが、私自身若干不 安になり今でもペンが使えるものかと思ってインクとペンで描いてみました。連載当時ほどのペンの切れはありませんでしたが、まぁこの程度なら許されるん じゃないでしょうか。実際のポスターはカラーです。興味のある方はこちらにおいておきますので見てやって下さい。ちょっと重たいと思いますが。 |
何とかプロモーションフィルムをやっつけ、私は相も変わらずレイアウトチェックに追われる日々。「いつになったら終わるのだレイアウトは」
苛立ちを感じながら少しずつクオリティを下げてカット数を稼ぐが、この頃からさすがにスケジュールに対して本格的な不安を覚え始める。どうなっているの だスケジュールは。何の通達もないとはいえいつまでも制作期間があるはずもなく、どこかで、しかもそう遠くない内に終わらさねばならないはずだ。緩やかに 終わりを迎えるならともかく、この業界の通例として、また特にこの会社の、噂に聞く体質からして、それはある日突然にやってくるだろうという確信だけは あった。以前某作品においては完成間近に監督の首を切るという荒技が飛び出したという話も聞いている。
食事時、あるいは深夜の阿佐ヶ谷の飲み屋でも、話題は常にスケジュールのことに及ぶ。「いつまで引っ張れるの?スケジュール」と原画マンに聞かれても監 督の私が聞いていないのだ。「(スタジオの)外にいる原画マンは今月中って聞いてるらしいよ」などという話が飛び出す。スタジオの中にいる人間は何も知ら ないというのにどういうことだ。制作は電話で仕事の催促は出来ても、スタッフに面と向かっては何も言えないというのか。他人を怖がってて制作がつとまるの か? 薄々分かってはいた。彼らにしてみれば、どうしようもなく時間が無くなるまで放っておけば、最後にはプロデューサーなんかがどうにかしてくれるだろ うし、「作品」のためにはこいつら(我々スタッフのこと)が何とかするだろう、くらいに思っている筈だ。確かにそれで成り立っている業界ではある。制作が 毎日スタッフに催促を続け、自らの無能と非常識を露呈して逆に怒られたりするのはやぶ蛇もいいところだろうし。スタッフにしたところで「遅らせて悪い」と は思っているし、催促されれば急ぐことくらい考える。それを何ヶ月か何も言わないでおいて、急に「後1週間であげてくれ」といわれても冗談じゃないさ。
管理放棄した制作が仕切る作品の末路を思い私は怒りよりも、黒々とした澱のような悲しみを覚えた。ああ、酒がまずい。おいしくなるまで飲んでしまえ。こうして阿佐ヶ谷の夜は明けていく。
早く原画チェックを進めて少しずつでも作監に出し、フィルムにしていかなければ取り返しのつかないことになる。演出・松尾氏とそういった対策を話 し合ったのだが、現実問題として原画チェックに手が届かないのだ。「困ったちゃん」の割合が増大してきていた、というのがもっとも大きな原因かもしれな い。
私の机の上で生じるスケジュールの遅れというものについて考えてみる。まずたびたび出てきているレイアウトチェック。以前レイアウトに関しては若干触れ たのでその説明はここでは省くが、原画マンから上がってきたレイアウトは最初に私がチェックする。その内容に問題がなければサインだけして通すし、問題が あればその程度に応じて、加筆修正や全面描き直し、あるいは描いてくれた人間にリテークとして返すこともある。私はかなりの量のレイアウトを描き直した が、その内の半分は設定合わせ等、描き直しというより描き足しという内容でこちらでやるべき仕事であるし、安い単価で頼んでいる人にこまかい違いで直しを 頼むのは気の毒なのでこちらで直すのは当然だ。(金銭と仕事内容の不均衡についてはそのうち取り上げるつもりです)問題は残りの半分の「困ったちゃん」 だ。「困ったちゃん」のカットは全面的に描き直すことになる。そこまで直すならリテークを返せばよいという意見もあるが、リテークを返して自分のまずさを 直せるような人たちなら最初からレベル以上のものは描けるはず、ということはリテークを返しても内容的に向上するはずもなく返すだけ時間の無駄になる。要 求するものが描けるまでリテークを返し続ければ、これはもう立派な「いじめ」だ。「なんで描けねぇんだよ!」という短絡な怒り、あるいは呆れは時々覚える が、言ってもしょうがないし、よそから見れば私もそう思われることもあるだろうから諦めてひとつひとつ自分で直すしかない。たまにキれると「ふざけるなリ テーク」を返すこともあるけど。ほんの1,2回はあったか。ごめんなさい。
以上の結果私の棚にレイアウトチェックを待つカットは累積していく。やっとの思いで直して返したカットも、「困ったちゃん」にかかればあっという間に原 画として上がって来てしまう。それもその筈、レイアウトを返す段階で私や濱洲さんが入れた絵をなぞって、ハイ出来上がり、というやつだ。芝居も何もあった もんじゃない。こちらで入れたラフはあくまでカット内の「段取り」に過ぎない。それを元に芝居をさせるくらいはして欲しいではないか。しかしこれも先と同 じ理由で、リテークを返したところで本人に直せるはずもなく、その原画は描き直しのためにまたも私の棚に累積していく。ストレスとカット袋はたまるのが早 い。
しかも仕事が「早く」てすぐに手が空いてしまう彼ら「困ったちゃん」に追加のカットがわたることになる。地獄の無限ループ。脱却する術は無いのか、引田 天功に聞いてみたい。制作は使える原画マンだろうが使えない原画マンだろうがお構いなしにカットを「埋める」のだ。あなうれしや。
データの上で原画の担当が全て決まったとしよう。制作的には順調な進行ぶりに見える。しかしデータは担当者の技量まで報告する欄はない。上手な人たちが 担当したカットは速やかなチェックの元、各プロセスを流れていくし、実際そういう方々のおかげでこちらの仕事も救われた。やはり問題は「困ったちゃん」の カットだ。「困ったちゃん」をつれてきて原画を頼み、使えもしないその上がりがデータの大半を占めていく。数字上のマジック。バブルだ。
とはいえ業界自体に上手い人が少ない上に、そういった人たちは当然忙しいという状況を考えれば制作の無能のせいにだけもできないのだが。それに我がパーブル班は有能なスタッフに恵まれた方だと思っている。これは本当の話。
レイアウト・原図あれこれ。手元に残っているコピーがそれほど多くはないのでテキトーに選んだ物です。本文とはリンクしておりません。 |
かくして遅れは日々増大し、なおかつその遅れは監督の責任へとすり替えられる。後の打ち合わせで言われたものだ。「監督が仕事を抱え過ぎなんだよ」
その言い方は殺生というもの。私の仕事を分散させるために人を入れてくれと何度言ったのだ? その度に「誰もいないんだよ。名前を挙げてくれれば交渉す るから」それを探すのもそちらの仕事ではないのか? 挙げ句に最後の頃には人を入れるとか言う以前に「新しく人を雇う金はない」ときっぱりと胸を張られる 始末。人はいない、金は無い、時間も無い、私ゃも少し背が欲しい。いらねえよ、もう背は。
制作側が暗に何を言いたいかは分かる。
『手を抜けば済むだろう』
しかし制作もそれは言いたくないだろうし、それを最後まで言わないのは彼らの作品に対する良心だろう。その代わり「もう少しカット内容を楽にすれば」と 言う耳当たりの良いセリフが頻繁に聞かれるのだが。フィルムがあるか無いかの瀬戸際では確かに現実的な判断ではある。しかし現実に人がいないところでひど い内容のカットのレイアウト・原画の直し、あるいは必要な設定を誰がフォローするのだ。この作品においての私の仕事のペースは決して遅いものではない。と は言え物量にはかなわない。誰だこんな物量にしたのは? すいません私です。ああ、無限ループ。
我ながらあまりの遅れに呆れ、同時にスケジュールへの不安も極度に増大していった頃、遂にやってきたのだ「その日」が。
3月。半ばも過ぎた頃のことであったろうか。メインスタッフが集められスケジュールに関する打ち合わせ、というか通達があった。それ以前にもたれ たスケジュールの打ち合わせが、前年の11月。以来何の音沙汰もなく制作に放置された空白の4ヶ月。江川ですら疑惑はたった1日の空白だったというのに、 4ヶ月だ。
「やれやれ、やっと制作も重い腰を上げてくれたか」
半ば呆れ気味で打ち合わせに赴いた我々を待っていたのは、更に呆れるべき空前絶後のスケジュールであった。
そのスケジュールがいかに馬鹿げたものかを感じていただくために、この時点での作品の進行状況を整理してみる。レイアウト未上がりが約50(未 チェック200)、原画未上がりが約300(未打ち合わせが4〜50)、フィルムになっているのは0(プロモーション用のフィルムは本編で使用しないた め)。概ね9月から本格的に作画に入ったとして、既に6ヶ月は経過しているというのにこの有様。冷静に考えてそれまでのペースで制作を続け、ラストで巻き が入ったとしてももう半年は必要な状態だ。原画が600上がってるとは言っても前述の「困ったちゃん」のカットは殆ど描き直すことを考えれば半年でも足り ないくらいだ。もっともそれが許されない日数だとは承知していたが。
「来月いっぱいでフィルムアップ」
「……………エ?」
耳を疑るとはこのことか。「来月いっぱいでフィルムアップ、したいなぁ」とか「〜という夢を見た」ではないのか?
あと1ヶ月半、あとたった40日でフィルムアップ。それがお上の通達。40日で残りのレイアウト、残りの原画、原画チェック及び作監約800、ほ ぼ全カット残っている動画、仕上げ、撮影という全ての過程を終えろという、一片の常識も現実性も感じられない馬鹿げたスケジュールだ。およそ4ヶ月の間管 理を放棄してきた人間たちの言い分かそれが。人に頼んだ仕事の進行を管理するのが制作の仕事ではないのか。「この遅れはまずいから人を入れてくれ」と頼ん でいるのに無駄飯食いばかりつれてきて、肝心の絵描きは増やさない。それで後40日しかない!? 「1月半ばに原画アップの約束だったはずだ」ときたもん だ。昨日今日アニメ制作を始めた訳じゃあるまいし、今までスケジュールの遅れでさんざん辛酸をなめてきた人間たちが、この期に及んでそのセリフをはくとい うのか。プツン。呆れてものが言えないどころか、言いたいことは山ほどあるのだ。
海外雑誌インタビュー |
TOP |
PERFECT BLUE●作品紹介 |