MY RECORD OF WAR

- Battle Blue -

 さて“私の戦記”等と大仰な見出しなどを付けてはおりますが何のことはありません。私が監督をさせていただいた“PERFECT BLUE”と言うアニメーション作品の制作過程よもやま話であります。
 こんな裏話だの苦労話だのは業界の人間同士の酒飲み話で終わらせておく物ですが、自分のホームページならこんなことを書くのも良いかと思って暇暇に書いていこうかと思ってます。
 但し、あくまでこれは私の素晴らしいうろ覚えと、アンモナイトの様にねじれた主観による物なのでお忘れおきなく。

 では、どうぞ。



■発端

 前触れもなく届けられた一通の角形封筒。中にはオリジナルビデオ「PERFECT BLUE」企画提案書とそのシナリオ第3稿。中をめくると、アイドル、サイコホラー、メディアミックス展開など、近頃じゃめっきり信用できない文字が踊る。

ストーリーはといえば、「清純派アイドルがイメージチェンジを図るが、その転身を許せない彼女のファン(変態オタク)が、彼女の清純さを守るため、 彼女の周りの人間を襲い、やがてはその純粋さ故に彼女自身をも狙う……」というようなものだ。ホラー的な要素もさることながら、出血の描写が多く、むしろ スプラッタ的な話であった。私は余りそういう趣味は持ち合わせていない。

「どうしろってんだ?俺に」

plan

これが企画書だ!

 後日、プロデューサーの井上氏より連絡があり「PERFECT BLUE」の演出を頼みたいのだが、ついては制作スタジオとなるマッドハウスで打ち合わせをしたいとのこと。 当時の私はといえば、今は既に廃刊となった 学研の“コミック・ガイズ”に“OPUS”(未完)を連載中で、他の仕事を取る余裕など絶対あるはずもなかったのだが、そこはそれいい加減な性格な上に、 漫画という個人作業にも飽きてきていた頃だったのだろう。

「ええ、じゃあ話だけでも……」

 プロデューサーから作品の規模や内容についての概要を聞く。この時点で70分のオリジナルビデオで、予算9000万(音響制作費を除く)であるこ と、及びキャラクターデザインは、原作者竹内氏の要望で江口寿史氏ということだけは確定していた。スケジュールは翌1996年末完成、約1年ということで あった。(それがよもや1997年の夏、半年以上も遅れて完成するとは……。なあに、それがアニメ界の常識ってもんさ。)

 70分の作品に1年というのはあまりに短い。30分のビデオ(“ジョジョの奇妙な冒険”第5話/演出)を作るのに半年以上かかった実績がある私 だ。スケジュール的にあまりに無理が多いことと、内容的に自分には合わないということで断ろうかとも思ったのだが、“初監督”という魅力に釣られてしまっ た。

「じゃあ、とりあえずやるということで。」

madhouse

このビルの3階が我々の戦場だった

 2度目の打ち合わせで原作者・竹内氏、企画の岡本氏と顔を合わせる。竹内義和氏といえば、あの名著「大映テレビの研究」シリーズの作者ではない か! 私がまだ20代前半、漫画の仕事も少なくぷらぷらしてた頃に気分が沈んだりするとよく手にしたものだ。どんなに落ち込んでたって笑いを誘ってくれ る、ホントにおかしい本なのだ。
 その竹内さんと仕事をするというのか、この私が。見た目はただのおじさんだし妙に礼儀正しいが、あの本の作者で、おまけにあのカルトなラジオ番組「サイキック青年団」のパーソナリティをつとめる人だ、侮れるもんか。まずは低姿勢だ。

 「あ、よろしくお願いしますゥ。」

 ところが竹内さんの方こそが低姿勢な方で、原作者にありがちな偉そうな態度がひとつも感じられず、絶えず現場のスタッフとフィルムの上がりを優先 させるという態度で、おまけに作品内容に手を入れることは全く厭わないという。そういう気持ちの良い姿勢には、精一杯応えるのが私の態度だ。

 「じゃあ、いじらせて貰います。」

 連載の合間にぼちぼち話を考える。シナリオ第3稿を元に再構成やアイディア等の差し替えを試みるが、どうにもうまくない。第一いまだかつてアイドルに入れあげたこともなければ、ましてやアイドルだったこともないのだ。気持ちが入るわけもない。
 アイドルと変態ストーカーファン…、簡単すぎるのか構造が? 変態度が足りないのか? 要素が少ないのか? 私の頭が足りないのか?
 手垢の付きすぎたサイコホラーなどというジャンルで、いかなる変態が出て来ようがもう食傷気味じゃあないか。どうせ最後はハラハラドキドキの格闘の末に…………さて困った。
 その頃愛聴していたCDに平沢進の「SIMCITY]というアルバムがある。プロセスを伴わずして唐突に現代性を兼ね備えて出来あがってしまった街…と いうニュアンスかと思われる。そんな影響からかふと出てきたアイディアが“シミュレート未麻(未麻というのが本作の主人公)”という存在である。
 本人の意思とは関係もなく、何者かによって作り上げられた“私”。自分が担い人前で披露してきた“私”が一人歩きを始め、更には自分よりも自分らしく なってしまった完璧な“私”。作られる舞台は電子のネットワークの中。あるいは主人公のインナースペース。主人公にとっては過去の自分、それが現在の自分 と対立する……。

 「あ、これで話になるかも…」

 このアイディアを中心にまとめた簡単なメモが、オリジナルビデオ「パーフェクトブルー」を生み出す卵となっていくのだが、まあ、ことがそんなに簡単に運ぶわけもない。これからが話を作る本格的な難所となっていくのだが、それはまた次回ということで。

プリンタ用画面
友達に伝える
カテゴリートップ
TOP
次
その2●人間狩り