■愛の天使が微笑んで

 5回くらいで終わらせるつもりだったこのうろ覚え制作日記も既に6回目。しかも内容的にはまだ半分くらいしか到達してないという始末。一体いつに なったら完結するのか私にもわからないぞ。しかも記憶は日々欠落していく。お付き合いされてくれている方がいるようでしたら、まあ気長にみてやってくださ い。
 滅多に文章を書かない私が挑戦しているこの連載の当初のコンセプトは、「楽しい文章レアなビジュアル」でありましたが今回は忙しさにかまけてビジュアルもいい加減です。すいません。では本題の方に参ります。


 作画作業が少しづつ始まった頃、音楽の打ち合わせも進行していたと思われる。音楽に関してはスポンサーがらみでアイノクス・レコードというのが決 まっていたので、世間様の常識に従い、私も長い物に巻かれることにする。偉そうに監督などといっているが、只の雇われ監督に過ぎません。若干弱気。レコー ド会社サイドで音楽家を探してもらい、幾見正博氏に決まる。何をしてきた人かは存じ上げないが、音楽の専門家に間違いは無さそうだ。よろしくお願いしま す。

 この作品では厄介なことに、主人公がB級アイドルという設定上、コンサートシーンがあり、当然歌い踊ると言うことになる。まずはその劇中で使う歌が決まらねば、芝居や振り付けも決まらないのだが、注文の仕方が難しい。

「あまり売れて無さそうな感じでお願いします。」

 失礼な依頼だな、全く。しかし上がってきたサンプルは見事に注文に応えており、なおかつ恥ずかしくなるほどにプリティ。やったね!「愛の天使」……トホホ。
 
 ♪恋はドキドキするけど愛がLOVELOVEするなら もっとガンガンいこうよ
  きっとチャンスはあるから 愛の天使は微笑んでるよ♪

 
 何と言っていいものやら。恋はドキドキするものかもしれないが、愛はLOVELOVEするものなのか? ガンガンいくって何だ? しかも、いこうってなげかけられてもな…。ま、注文通りであるからしてなにも文句は、無い。
 しかし賢明な読者の方は容易に想像がつくでありましょうが、作画作業には度重なる打ち合わせというものが必要で、その度にいい年した大人がやれ「ここの �ドキドキ�のとこのカメラワークが…」だの「いやいや�LOVELOVE�のタイミングは…」などとまじめな顔で話し合うという図はあまり胸を張れるも のではないな。トホホも3倍だ。

 さて問題は曲よりも振り付けだ。想像で描くにはあまりに遠いので、これは実際にプロの振り付け師の方にお願いして、それをビデオ撮影して作画参考 とすることにする。監督以下、作監、演出、そして何よりそのシーンを担当する原画マン・森田氏、一同手に手にビデオカメラを携え、都内某所のスタジオに乗 り込む。

 振り付け師の女性は、その筋では有名な方らしく、かの丸山奈美恵やなんかの仕事もしてるとか。こんな仕事を引き受けてもらって申し訳ない。彼女と 他の二人のダンサー嬢も大変気さくな方がたで取材は概ね良好に進行。チャム・3人バージョンの「愛の天使」、2人バージョンの「一人でも平気」、それぞれ の曲に合わせて踊りまくる姿をゲット。暑い時期に汗だくになって踊りまくるダンサーも大変だが、これをアニメーションに起こすため絵を描きまくる労力を思 うと頭が重い。丹念に、かつ地道にやるしかないのだろうな、こういうのは。頼みの綱はこれしかない。

「がんばれ森田君」

 この日を境に当スタジオでは繰り返しこの「愛の天使」を聞くこととなる。森田氏は自分専用のモニターとビデオデッキを購入、机周りはハイテクの要 塞と化し、日々ビデオを研究しながらの作画作業となる。彼の名誉の為にも言っておくが、振り付けのビデオがあるからといっても、別にそのまま引き写すだけ じゃあない。様々な工夫が必要であり、その為にはまず振り付けを体で覚えることが大事だ。「分からないときは実際に体を使って演技してみる」アニメの基本 だ。そして森田氏は基本を大事にする男だ。曲に合わせて実際にスタジオで踊りまくる姿はアニメを志す人間には是非見習ってもらいたい物だ。もっとも30過 ぎの男性がアイドルの振りを実際に演じているのを見て、かっこいいと思うかどうかは別物だがな。だがその甲斐あって森田氏の担当したステージシーンは、そ れだけで一見の価値有り、という物に仕上がってます。パーフェクトブルーを御覧になられる方は、フィルム上で可愛らしく歌い踊るチャムの姿の向こうに、同 じように歌い踊る30過ぎの男の姿をイメージしていただければ、何倍も作品を堪能できるという物です。それはどうだか。

stage

作品冒頭にでてくるコンサートシーンでのチャム。

 一方BGMだ。脚本が上がった頃から音楽のイメージはアンビエント系を想定していた。ノイズが混じった感じでSE(効果音)か音楽か分からない感 じになればいいなと思っていたのだが、これがまた伝えるのが難しい。当の作曲の幾見氏がその手の音楽を普段聴いて無いし馴染みもないという。結局失礼かと 思ったが、氏もその方が話が早いと言うことで、私の持っているCDからそれらしい曲をピックアップして渡すことになった。THE ORB,THE FUTURE SOUND OF LONDON,APHEX TWINのANBIENT WOKRS,旬のランドスケープ、派手めな曲も必要なのでSYSTEM 7,UNDERWORLDあたりをサンプルとして渡す。さてこれらのアンビエント・テクノ系の音を聞いていかなる解釈で曲が上がってくるか楽しみにして待 つことになる。

 夏。制作担当が変わる

「うそーーっ!?」

 制作担当というのはアニメーション制作全般の流れを仕切る立場で、外部にいるスタッフや各セクション間での情報の伝達、仕事の発注やらスタッフ探 し、といった絵を描かない部分での重要なスタッフである。制作システムの要といえる。それが変わるというのは一大事だ。もちろん業務の引継等は行われる し、前任者も社内にいるわけだからこれといった問題も起こらないかに思える。しかし、おおかたが口約束で成り立っている業界の体質を考えれば、約束をした 相手がいなくなるのは何かと齟齬を来す物だ。仕方ない、お上の通達だ。新任者とうまくやっていこう。よろしくお願いします。

 「X」の作業の終了に合わせ、我々パーブル班は同じビルの5階から3階に引っ越すことになる。ここからが本格的な始動であり、同時にここが我々の 戦場となる。さてその引っ越しだが、これがうまくない。我々は「来週のこの日に引っ越しがある。」という連絡の元に机回りの荷物を箱に詰め、準備万端整え 当日を迎えた。予測の上に行動するのが分別ある大人のすることだ。が、しかしである。移るべき3階のスタッフに事前に通達がなかったのか、何の準備もして ないのだ。オーマイガッ! どういう仕切りだ? ごたごたの末に何とか自分たちの荷物を3階に運びいれて場所を確保したものの、当然掃除もされているわけ もない。使い込まれた仕事場と掃除をしてないだけの仕事場とは違うだろう。汚い仕事場からは良いものは生まれないというのが私の持論だ。いや、誤解しない で頂きたい、ここで以前作っていたものがどうとか言うのではなく私はただ一般論を言っているのであって……墓穴を掘りそうだ。まぁいい、まずは大掃除だ。

 机や資料棚、鉛筆削り、テープカッターだの仕事の道具を始め、窓ガラス、トイレや流しに至るまでマイペットを掛けては拭きまくる。あー快感。まめ な掃除は苦手だが、大掃除は好きな方だ。積年の汚れの層は流れ落ち、汚くも焦げ茶色に染まっていたものはみるみるうちに、美しくもくすんだ薄茶色に変わ る。大差ないな、拭いても。とは言えあらがえぬ清掃への渇望。拭いて拭いて拭きまくれ。

 そうやって私が悪戦苦闘していると、「今さん今さん、怖いよあれ。」とラーメン男・栗尾が呼ぶ。この男がこういう声を上げるときはろくなことが 待っていない。見ると窓の外の隣のビルの壁面(1メートル程の間隔である)に、髑髏が描いてあるではないか! 歪んだその髑髏はうっすらと微笑んでいるよ うにも見える。「怖いよう怖いよう」と口元に爆発しそうな笑いを浮かべる栗尾。

「こら!」

 全く馬鹿なことを考えつくもんだ。引っ越し早々、一生懸命に掃除している傍らで落書きする奴がどこにいる! しかも隣のビルの壁にふっといマジックで、おまけに下手くそ。おまえそれでもアニメーターか。
「大丈夫だよ、隣のビルの人は絶対見れないんだから。」
 そういう問題か。

 すったもんだの末にどうにかこうにか引っ越しを終えたものの、たかだか5階から3階への引っ越し一つ仕切れずに、70分ものアニメの制作を仕切れ るのか、この会社は? ふと胸に不安がよぎる。厳しい夏の青梅街道の空に暗雲が立ちこめ、そしてビルの隙間では髑髏が下手くそな笑みを浮かべる。

 不吉な予感とは裏腹に作打ちだけは嘘のように順調に進行していく。コンテもCパートにはいった頃、原画スタッフにして私の“平沢”仲間であり、最 大の飲み仲間にして温泉番長の中山勝一氏が出社ついでに鴨をつれてきてくれたのだ。しかも並の鴨じゃない。本田 雄、松原秀典というビッグな鴨、しかも葱 つき。本田 雄と言えば、かの「エヴァンゲリオン」の作監をつとめ、業界筋では若くして「師匠」と呼ばれる天才。片や松原秀典と言えば「女神様」などの キャラデザインで超売れっ子、原画の腕も半端じゃない。やはり業界筋では若くして「ピエール」と呼ばれるほどの…それはあだ名か。とにかく千載一遇、とは 正にこれだ。仕事も途中に、晩飯と称して飲みに出る。絶対逃がすもんか。飲んで口説いて原画をやってもらうことを確約してもらう。ああ、何て素晴らしい 日。

 本田師匠には未麻がもう一人の未麻を追っかけるシーンをお願いし、松原氏にはまだコンテが上がっていないクライマックスのあたりを頼むことにする。

 さてそのクライマックスをいかなる物にしようかと日々思案を巡らせる。内容的にはシナリオに書かれてもいるのだが、問題は舞台とムードだ。ただひ たすらアクションシーンを作画の腕力で見せるのでは、あまりに芸がない。描いてる方だって闇雲に疲れる上にフィルム上の印象も弱まってしまうという物だ。 そこまでのシーンの流れから絵的に転調して、強調と言うか印象的にする方が効果的かと思われる。そう分かっていても中身が思いつかないのが辛いところ。

「どうすんべか?」

 ない知恵を絞りぼりながらの、とある日の深夜の帰り。終電に遅れまいと私はJR・阿佐ヶ谷駅へと急いでいた。多分8月の頭なのだろうが、阿佐ヶ谷 の地元商店街は丁度七夕祭りの期間であった。ご存じの方も多いかと思うが、ここの七夕の飾り付けはその派手な蛍光色が目に痛いほどで、昼間には人通りと相 まって実に華やかである。しかし深夜人通りの消えたアーケードはうって変わり、連なる提灯と無数の七夕飾りが風に揺らぎ、妙なムードを醸し出している。お お、夢幻の世界への誘いか…さらさらと音を立てる金銀に輝く七夕飾り…遠く聞こえるゲロを吐く酔っぱらいの声……台無し。

 とにかく頂きだ、このムード。ただしゲロ無し。

 9月に入り、ようやくコンテが全てアップ。予定より弱冠遅れた物の、レイアウトのチェック作業も平行していたことを考えると合格点の範囲だろう、 スケジュール的には。が、案の定尺は赤点。予定を10分近くオーバーしており、タッチアウト。A,Bパートがアップするごとに少しづつ切っていたのにこの 有り様。落書きの髑髏の笑みが頭をかすめる。プロデューサーに相談するも善後策は生まれず、結局76分には収めろとのお達し。呻吟すること数日、大鉈を振 るう決意を固める。冒頭からカットを洗いなおし、削除しても話が分かるシーン・カットはほとんど欠番とし、さらにセリフを削り、芝居を削りトータルで10 分ほどの尺を削る。話に関係なさそうな部分が面白かったのに……あう〜身を切る思いとはこのことか。そうさそうさ伸ばした私が悪い。

「なあに、ぎりぎりまで切ったくらいで丁度良いのさ。」

 この時点で総尺76分プラスアルファ。お上のお許しも出て、尺の件は何とかクリア。そして私は北海道へ帰省、遅い夏休みだ。

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